岩井・東海村・結城・古河編(10):結城(06.10)

 戦前のものらしい重厚な門柱が残る結城小学校に行き、奉安殿を捜しましたがゲットできず、そのかわりに二宮金次郎像を見つけました。銅製で細部の細工も丁寧ななかなかの一品です。門の脇に貼ってあったポスターは「やくそく 1知らない人について行かない 2一人で遊ばない 3大きな声で助けを呼ぶ 4だれと、どこで遊ぶか、家の人に話す」とありました。多少はやむをえない点もありますが、見知らぬ人=敵という刷り込みを子どもたちにしすぎるのもいかがなものかと懸念します。グローバリゼーションに対抗するためには、名も知らぬ世界中の人との連帯が鍵を握っていると思うのですが。
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 小学校の近くには、1907(明治40)年に行われた陸軍特別大演習に際して明治天皇がここに滞在したという行在所跡の碑、日露戦争戦没者を刻んだ砲弾型の忠魂碑がありました。
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 そして細い路地を走っていると朽ち果てつつある「増田書店」という洋館を発見、上部に「部機音蓄田増」という文字とハープを意匠とした装飾が彫りこんでありました。これは逸品、ぜひ保存して欲しいですね。
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 そして弘経寺(ぐぎょうじ)という古刹へ。ここは与謝蕪村が滞在していた寺で、残念ながら未公開なのですが襖絵があるそうです。境内には「肌寒し己が毛を噛む木葉経」という彼の句碑があります。早野巴人のもとで蕪村が共に学んだ砂岡雁宕(いさおかがんとう)が結城出身で、彼の俳風・人柄を慕ってこの地にやってきたそうです。断末魔の叫びをあげる現在に較べ、江戸時代における地方の豊かさを感じさせるエピソードですね。すぐ隣には富久福(ふくふく?)という大きな造り酒屋がありました。切妻の大きな屋根の古い作業場と煉瓦造りの煙突が絵になります。
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 そして駅へと戻りますが、時宗のお寺さんが多いことに気づきました。ある家には「警ら箱 大町警察官派出所」というポストのような箱がとりつけてあります。これは一体何なのだろう?
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 本日の一枚は、造り酒屋「富久福」です。
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by sabasaba13 | 2007-01-25 06:14 | 関東 | Comments(0)
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