岩井・東海村・結城・古河編(11):古河(06.10)

 そして自転車を返却して水戸線に乗り込みます。小山で乗り換え、30分ほどで古河に到着。ここは1455年、室町幕府に叛旗を翻した鎌倉公方の足利成氏が、追討を逃れて本拠地とした場所(古河公方)です。なお室町幕府は新しい鎌倉公方を派遣しますがこれが堀越公方、両者の対峙はしばらく続き、地方の自立と闘争の時代の幕開けとなりました。この間に古河は関東地方の政治・文化の中心地として君臨することになります。江戸時代は譜代大名土井氏の領地となり、雪の結晶を精緻に観察し『雪華図説』を著した藩主土井利位(としつら)、家老で蘭学者の鷹見泉石(渡辺崋山による肖像画で有名)らを輩出しました。
 駅の近くにある観光案内所に行くと、詳細にしてかなり正確な観光地図をもらえました。これは大変嬉しい。実は古河に来た理由の一つが、ホフマン窯を見るためです。ドイツ人窯業技術者フリードリッヒ・ホフマンが考案した煉瓦を大量に焼成するための巨大窯で、簡単に言うといくつかの焼成室がドーナツのように輪状に並べられていて、一室を焼成する際の余熱で次室の素地を乾燥させ、温め、加熱するという長期の連続操業が維持される合理的な仕組み。日本では埼玉県深谷市、京都府舞鶴市神崎、滋賀県近江八幡市とここの四つしか現存していません。事前に野木町観光課に問い合わせたところ、シモレン(下野煉瓦製造?)が経営する乗馬クラブの敷地内にあり、両社は倒産したのですが見学は可能だという情報を得ています。案内所の方に所在地を教えてもらい、駅前にある自転車預り所「志満源」で自転車を借りて出発。まずは腹ごしらえ、ステーキ屋の看板を見つけたので矢印の示す方向にしばらく走り、日光街道古河宿道標の前を通り、「ないものはナイ!」と自信たっぷりの店を横目に見ながら、武家屋敷の名残が残る所にある「千里」に入りました。
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 美味しい切り出し肉ステーキをいただきながら、地図で訪問先を確認。おっ河鍋暁斎生誕の地だ、彼は古河出身だったんだ、おっ足尾鉱毒事件により廃村となった谷中村の人々が遷座した神社がある、などとぶつぶつ言いながらおおまかな行程を決めて、いざホフマン窯へ向かいましょう。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-01-26 06:06 | 関東 | Comments(0)
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