岩井・東海村・結城・古河編(15):古河(06.10)

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 万葉歌碑、雀神社の大ケヤキを拝見して、下宮八幡宮へ。谷中村の氏子たちが廃村にともない、ここ古河に移住した際に遷座した神社です。その由来を示す大きな碑が本殿の背後にたっていました。
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 足尾鉱毒問題とは、中央政府が企業の利益と国益を優先し、地方の人々の暮らしを破壊したというのが本質だと思います。結局、この構図は現在でもほとんど変わっていないということです。いつか東海村も六ヶ所村も(そして皇居と永田町以外の全ての土地が)放射能にまみれ、谷中村のように地の底に埋められてしまうのでしょうか。その横暴に対して抵抗し続け、さらに産業の発展が地球環境にもたらす破滅的な影響にまで思いを馳せた田中正造。彼のように行動することはできなくとも、せめて彼の天狼星の高みのような志を忘れないようにしたいと思います。彼の言です。(上の二つは小説『辛酸』より)
 風呂を焚いてくれるのは人間の心だ。心のゆとりだ。これほどひどい目に会いながら、なお人間の生活を守ろうとするお前さんがたの心がうれしいのだ。
 
 ひとり谷中の問題じゃありません。国家の横暴を認めるかどうかという大問題です。国民の生活を保護すべき国家が、破壊と略奪をこととしている。これは日本の憲法の問題、憲法ブチ壊しの問題でがす。このまま放っておけば、日本が五つ六つあっても足らんことになる。

 辛酸入佳境
 楽亦在其中

 物質進歩の力らハ人の力らを造り又天国をも造る。然れども此天国ハ多くの人を殺して造る天国なり。

 国民監督を怠れハ治者為盗
 特に最後の言葉は絶対に絶対に肝に銘じましょう。われわれが監督を怠り、政治家・官僚・財界諸氏がやりたい放題してきた結果が今の日本の姿です。治者とは泥棒であるという彼の言葉は、まだ国民の耳には届かないのでしょうか。
そして正麟寺に寄りましたが鷹見泉石の墓所は見つけられず捜索を断念し、旧古河市役所(現在は専門学校?)、水戸藩勤皇志士殉難の碑を見物。そうそう、車道をわざと曲がりくねらせているのは良いアイデアですね。
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 さて日没までまだ時間があります。本当は渡良瀬遊水池にある谷中村保存地区に行きたかったのですが、以前行った時にかなり遠かった記憶があり、断念。観光地図で見つけた巨木を見ようと、駅の向こう側までペダルをこぎました。十数分で小蓋宮という小さな神社に到着しましたが、もうかなり遠くから大きなケヤキが住宅地の頭上に見えていました。枝ぶりの見事さもさることながら、根本の太さと逞しさは圧巻です。暮れなずむ町を見守っているような大ケヤキに別れをつげ、自転車を返却し、湘南新宿ラインで帰郷。
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 本日の一枚です
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by sabasaba13 | 2007-01-31 06:12 | 関東 | Comments(0)
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