鎌倉錦秋編(3):建長寺・亀ヶ谷切通し・海蔵寺・化粧坂切通し(06.12)

 次なるは鎌倉五山筆頭の建長寺です。北条時頼が蘭溪道隆を開山に招いて創建したもので、その鎮守である半僧坊が紅葉の名所という情報を入手しました。左脇の道を進み長い石段を上ると、十数分で到着です。残念ながらまだ色づきは不十分、しかしここから相模湾を見晴らす眺望は素晴らしい。空気が澄んでいれば富士山も見えるそうです。
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 すぐ近くの洋食屋でビーフシチューをいただき、亀ヶ谷切通しへと向かいましょう。完全に舗装されているのですが、両側の切り立った崖に往時の雰囲気をわずかながら偲ぶことができます。なおここにはかつて師子王文庫という田中智学の学問所があったと、「歩く地図5横浜・鎌倉」に記載されていました。彼は宮沢賢治や石原莞爾に大きな影響を与えた日蓮宗の宗教家で、かなり気になる人物です。それにしてもこうした目配りを忘れないこのガイドブックには頭が下がります。
 そして海蔵寺へ。ここは穴場ですね、訪れる人も少なく落ち着いた古刹の情緒を満喫することができました。それほど数は多くないのですが紅葉を楽しむこともできます。ただ惜しむらくは、本堂脇から垣間見える庭園が非公開なことです。苔、池、築山、石段、書院、そして楓の古木、鎌倉には珍しく手の込んだお庭なのに、遠望するだけで入れないとは殺生です。諸般の事情もあるのでしょうが、ぜひ公開してほしいな。
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 そして化粧(けわい)坂切通しへ向かいます。ここは未舗装のうえ、岩が階段状になっているところが多く、さらには敵の侵入を妨害するために道のど真ん中に置いた巨石[…置石]がいまだに残っているので、自動車はおろか自転車でも行けそうにありません。舗装がとぎれたところに自転車を置き、歩いて上りました。噂ほどの紅葉ではありませんが、昼なお暗く鬱蒼とした雰囲気に中世の雰囲気を味わうことができます。なお1333年、新田義貞軍が鎌倉を攻めた時に北条軍の守り固く、戦死者が折り重なり血で染まったといわれるのがこの坂です。化粧という名の由来は、このあたりに遊女が多くいたからだそうです。坂は異界との境目、よって遊女・市・墓地がつきものなのですね。

 本日の五枚、上から建長寺(二枚)、亀ヶ谷切通し、海蔵寺、化粧坂切通しです。
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by sabasaba13 | 2007-03-11 08:39 | 関東 | Comments(0)
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