三浦半島編(5):平塚(07.3)

 ふたたびバスに乗って新百合ヶ丘駅まで戻り、相模大野で乗り換えて藤沢へ。そしてJRに乗り換えて平塚に到着です。今でこそ七夕で名を知られていますが、かつては海軍火薬廠があった軍事都市です。日本海軍とノーベル爆薬会社など四社が出資して、1905(明治38)年に設立された日本爆発物製造株式会社を、海軍が1919(大正8)年に買収して創設した巨大な軍需工場です。アジア太平洋戦争期には従業員8500人、年産7000トンの無煙火薬を製造していましたが、1945(昭和20)年7月16日の米軍による空襲によってその大半を焼失してしまいます。なお現在は「横浜ゴム」の工場になっているとのこと。まず駅前には「柳の碑」があります。平塚の歴史を見つめつづけてきた柳の古木がここにあったのですが、1956(昭和31)年に枯死してしまいます。その挿し木から成長した若木をよそから貰い受け、植樹したのが現在の柳だそうです。
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 駅前通りをしばらく北へ向かうと、×型をした大きな歩道橋がありました。非人間的だなあ、これではただ向こう側に渡りたい人は、約1.4倍よけいに歩かないといけないじゃないか。「人間の都合」ではなく、「行政の都合」「しくみの都合」を優先させた結果なのでしょう。こういういかがわしい物件があると、その自治体の品位・識見を疑います。そういえばヨーロッパでは歩道橋をほとんど見かけません。たしかポルトガルのべレンで見たぐらいかな(写真右)。
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by sabasaba13 | 2007-05-04 07:50 | 関東 | Comments(0)
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