神戸・南紀編(7):紀伊田辺(02.3)

 田辺に戻り、駅で貸し自転車を借り(和歌山ではJRの駅で自転車を借りられるというナイスなサービスあり)、熊楠の墓がある高山寺へ。田辺湾を見下ろせる高台に、奥さんのお墓と並んでありました。合掌。そして市内にある闘鶏神社へ。彼の奥さんはこの神社の宮司の娘でした。見事な鎮守の森と大きな楠があります。ちなみにこの地方では、子供の名前に、元気がよくなるよう“熊”や“楠”という字を入れる習慣があったそうですが、彼は二字とももらったんですね。
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 そして熊楠の旧居を拝見。現在でも子孫の方が住んでおられるので非公開でした。と、田辺の街中を自転車でフラフラして気がつきました。コンビニエンス・ストアがたった一軒! あとはデパートもスーパーマーケットも皆無! 小さな小売店が身を寄せ合うように、ざっかけない真っ当な商いをしているという実感がヒシヒシと感じられます。「牛乳は高橋さんとこで買うんやで。ローソンで買うたらあかん」なんていう会話が家庭内でかわされているのかも。そういえば「身のしつけ親がしなくて誰がする」という標語を見かけました。そうだよね、そう思う、同感です。街路の幅も、人間にあったスケールで(行き違う知り合いに挨拶できる程度の距離)、おまけに適度にゴチャゴチャしているという私好み。うん、あったかくていい街です田辺は。臼杵(大分)・富田林(大阪)とならび、住んでみたい街ベスト3に挙げましょう。ただ商店街のスピーカーから童謡の「田植え」が流されていたのには、腰が砕けました。好きな曲なんだけど、「植えよ植えましょ御国のために」という歌詞がちょっとね。
 あとここ田辺には、熊楠とも親交のあった毛利柴庵が主宰した「牟婁(むろ)新報」という新聞があったことを銘肝しておきましょう。日露戦争に真っ向から反対し、荒畑寒村や管野スガを記者としていた骨のある新聞でした。

 本日の一枚は、闘鶏神社の大楠です。
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by sabasaba13 | 2007-05-29 06:07 | 近畿 | Comments(0)
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