「何も起こりはしなかった」

 「何も起こりはしなかった -劇の言葉、政治の言葉」(ハロルド・ピンター著 喜志哲雄編訳 集英社新書0384A)読了。浅学にして知らなかったのですが、著者は2005年にフランツ・カフカ賞とノーベル文学賞を受賞した、イギリスを代表する劇作家だそうです。それにとどまらず、チョムスキー氏のように、近年の政治情勢について積極的な政治的発言をくりかえしている方であることが、本書でよくわかりました。ノーベル文学賞受賞記念講演を中心に、そうした発言を二本の一般読者向けにオリジナル編集したのが本書、読み応えがありました。特にアメリカの世界戦略とそれに追随するイギリスに対する、論理的にして痛烈な、そしてユーモアをおりまぜた批判には頭が下がります。よくぞ、世界にとって今最も必要なメッセージを、注目の集まる記念講演の場で訴えてくれました。(日本のメディアはこの講演をニュースで取り上げたのかな?) 氏の考えに一貫して流れているのは、言葉の無力化に対する憂慮だと思います。政治家は権力を保持するために、自らの生命に関わる真実についてさえ無知である状態に大衆をとどめようとします。その際に言葉を操ることによって、事実や真実を覆い隠す。本書のタイトルもそこからつけられています。そして言葉を取り戻すために、自らの生活と社会の真実を、ひるむことなく、ためらうことなく、知的決意を毅然と働かせて捉えようとすること。講演はこうしめくくられています。
 アメリカという巨象の暴走に対して特に鋭い批判がなげかけられていますが、この状況をサポートしているのが日本政府だということを私は銘肝するし、私たちは忘れてはならないでしょう。氏の言葉です。
 「アメリカ国民」という言い方は、安心感という深々としたクッションとなってくれるのです。頭を使う必要はありません。ただクッションにもたれかかったらいいのです。このクッションは知性や批判精神を窒息させているかもしれませんが、ひどく快適ではあります。

アメリカの外交政策を要約するなら、今でも、「おれのケツにキスしろ、それがいやならおまえを蹴って痛めつけてやる」といったものになると思います。
 前者は今の日本にそっくりそのままあてはまるレトリックでしょう。後者については、昨今の外交に関するニュースを見れば一目瞭然です。ねっ、呆けた顔をしてブッシュ大統領のケツにキスしている安倍伍長。

追記。ニカラグアにおいて、民主化を進めるサンディニスタの組合幹部が、アメリカが支援する反政府組織コントラによって次のような拷問をされたそうです(1989)。これはアメリカが中米を民主主義のために浄化する手段として推奨している方法と完全に合致すると、氏は述べられています。しかし私にとって何も起こらなかった…
 コントラはこの人物の手足の骨を折り、唇と舌を切りとり、両眼を抉りだし、去勢手術を施しました。

by sabasaba13 | 2007-06-01 06:09 | | Comments(0)
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