神戸・南紀編(10):新宮(02.3)

c0051620_6241181.jpg 新宮と「大逆事件」の関係とは? まずは「大逆事件」について確認しておきます。「初期社会主義運動の大弾圧事件。社会主義運動への抑圧に抗して管野スガ・宮下太吉らは明治天皇暗殺を企図した。取締当局は1910年5月宮下の爆裂弾実験を端緒に幸徳秋水につづき全国の社会主義者数百人を検挙、刑法第73条の大逆罪容疑で26人を起訴。12月からの大審院の公判は一審・非公開で、翌11.1.18死刑24人・有期懲役2人の判決を下す。翌日天皇の特赦で12人を無期懲役に減刑,欧米各国の抗議のなか同24日・25日処刑した。管野・宮下ら4人の暗殺計画はあったものの、それ以外は冤罪であり、社会主義運動は<冬の時代>を強いられた。(岩波日本史辞典より)」
 冤罪によってこの「大逆事件」に連座した人々に新宮・熊野出身者が多かったのです。貧しい人々や被差別部落の人々に無償で医療を施し、「ドクトル(毒取る)」と呼ばれた大石誠之助[死刑]。ちなみに彼は、文化学院の創始者西村伊作の叔父、与謝野鉄幹の親友でもあります。鉄幹は誠之助の死に際し、次のような強烈な詩を詠んでいます。
 大石誠之助は死にました/いい気味な/機械に挟まれて死にました/人の名前に誠之助は沢山ある/然し、然し/わたしの友達の誠之助は唯一人/わたしはもうその誠之助に逢はれない/なんの、構ふもんか/機械に挟まれて死ぬやうな/馬鹿な、大馬鹿な、わたしの一人の友達の誠之助/それでも誠之助は死にました/おお、死にました/日本人で無かつた誠之助/立派な気ちがひの誠之助/有ることか、無いことか/神様を最初に無視した誠之助/大逆無道の誠之助/ほんにまあ、皆さん、いい気味な/その誠之助は死にました/誠之助と誠之助の一味が死んだので/忠良な日本人はこれから気楽に寝られます/おめでたう
 また、被差別部落の門徒を援助しながら非戦・平和を唱え続けた浄土真宗浄泉寺の住職、高木顕明[無期懲役のち獄中で縊死]。他に「牟婁新報」社員で熊楠と交遊があった成石平四郎[死刑]、臨済宗の僧侶峰尾節堂[無期懲役のち獄中で病死]など。
 まあ、天皇制、獰猛な国家権力、異分子の排除、思想統制に対する作家・知識人の無力などなど、現在の日本を考える上でも重要なケース・スタディだと思います。たぶんこの事件とは一生つきあっていくことになる予感があります。それはさておき、この新宮でどれくらい「大逆事件」の足跡をたどれるでしょうか。Here we go !
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by sabasaba13 | 2007-06-05 06:25 | 近畿 | Comments(2)
Commented by nyanko K at 2010-10-14 17:27 x
中上健次から大逆事件へ辿り着きました。この事件は歴史でも習うことがないですね。タブーなんでしょうか。
 部落問題に長年関心を持っているのですが、新宮グループは部落問題とも少なからず関連があったのですね「
 日本史のタブーに光をとも思います。
Commented by sabasaba13 at 2010-10-25 19:13
 こんばんは、nyanko Kさん。高木顕明と被差別部落の関係については触れましたが、新宮グループがこの問題にどう関わっていたのかは、不学のためわかりません。それも含めて、これからもこの事件については考究していく所存です。日本の近現代史を語る上で、絶対に忘れてはならない事件ですから。
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