神戸・南紀編(13):大逆事件(02.3)

 「大逆事件」の後、犠牲者の遺族たちは周囲から冷遇されいたたまれずに逃げ出すなど、この事件のことは(戦後も!)タブーだったそうです。しかし、高木顕明に擯斥(僧籍剥奪/宗門追放)という最も重い処分を課した真宗大谷派が、1996年にその取り消し・謝罪・名誉回復を決定。2000年には新宮市議会が、彼らの名誉回復と顕彰を決議するなど、ようやくこの事件にきちんと向かい合おうという動きが起きつつあることを付け加えます。新宮では「大逆事件を問い直す住民の会」が結成され、2000年には「闇から紡ぐ人と光」という人権フォーラムが開かれたそうです。その一方で、遺族から出された再審請求を、1961年に最高裁が棄却している、つまり国家権力はこの事件をでっちあげだと未だに認めていないということも確認しておきましょう。
 「大逆事件」を闇に葬るのか、光をあてるのか、無関心の中で風化してゆくのか… やはりこだわろう、うん。
 なお大逆事件関係の書物は多々ありますが、私のような素人にとって事件の全体像をつかみやすい優れた漫画があります。「『坊っちゃん』の時代 第四部 明治流星雨」(関川夏央・谷口ジロー 双葉社)です。これは日本漫画史にのこる金字塔ですね(全五部)。夏目漱石・森鴎外・石川啄木・幸徳秋水の目から明治後期の日本を描いた作品ですが、素晴らしい画力と緻密にしてわかりやすいストーリー・テリング。この四人がからみあいながらつくっていく知のネットワークには目が眩むようでした。絶版のようですが、幸い文庫として復刊されています。

 最後にこれまでに訪れた大逆事件に関する史跡をいくつか紹介します。
 まず宮下太吉が爆弾を製造、実験した長野県の明科(あかしな)。JR篠ノ井線で松本から北へ約13分のところです。彼はここの製材工場で職工をしながら、事件にかかわっていきました。ほこりにまみれた歴史資料館があり、爆弾の缶や、彼を逮捕した警察官への感謝状などが展示されています。
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 幸徳秋水が定宿にしていた、湯河原の旅館「天野屋」。彼はここで逮捕されます。資料館があり、当時の様子を写した写真などを見ることができます。
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 そして箱根大平台にある林泉寺。ここの二十代住職である無政府主義者の内山愚童も事件に連座して処刑されています。仏座の下に隠した印刷機でビラをつくって配布し、それを読んだ宮下が明治天皇暗殺を決意したとのことです。
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 なお幸徳秋水の墓が土佐中村に、管野スガの墓が都内の正春寺に、森近運平の碑が岡山県井原市高屋の生家の庭先に、成石平四郎・勘三郎の碑が和歌山県本宮町請川・成石橋際の成石家墓地にあるので、これらはいつか訪れるつもりです。

 追記。先日ふと思い立ち、正春寺に管野スガの墓参に行ってまいりました。明日、報告します。
by sabasaba13 | 2007-06-08 06:08 | 近畿 | Comments(0)
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