ヴェネツィア編(24):サンタ・クローチェ地区(07.3)

 さてここからサンタ・クローチェ地区を歩いて、サン・マルゲリータ広場へと向かいましょう。途中にあったのがサン・バルナバ広場、映画「旅情」の舞台ともなったところです。ジェイン(キャサリン・ヘップバーン)が後退しながら写真を撮ろうとして運河に落ちたのも、レナート(ロッサノ・ブラッツィ)が主人だった骨董屋があったのもここです。野菜を売る船や遊びまわる子供たちなど、ヴェネツィア市民の日々の暮らしを垣間見られました。この運河にかかる橋が「拳固橋」。昔、対抗意識を燃やす二つの地区の住民が、この橋の上で殴りあうという荒っぽい祭があったそうです。その際に足を置く位置を示すマークが四つ記されています。
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 このあたりで「ここはどこ?」とおろおろしている若者に道を訊ねられました。手にしているのはホテルでもらえる大雑把な地図、それでは無理だろうと懇切丁寧に教えてあげました。今にして思えば、ヴェネツィアの真の姿に触れられたのは彼の方かもしれません。迷い、人に縋り、浮遊し、あざなえる禍福に出会ってこそ見えてくるヴェネツィア… そして昨夜オペラを聞いたスクオーラのあるサン・マルゲリータ広場に到着。陣内氏によると、観光客を引き寄せるものはないが、地元民と大学生(近くにヴェネツィア大学・建築大学・美術大学あり)が織りなす庶民的な雰囲気が魅力だということです。なるほど、いろいろな店や屋台が建ち並び、おじさん・おばさん・学生たちが、あちらこちらで楽しげに語らっています。そして遊びまわる子供たち。ん? あれは、あれは、あれは「だるまさんがころんだ」ではないか! 鬼になった子供が振り返ると、みんなが動くのをやめるという遊びを一心不乱にしています。でもまさか「だるまさん」とは言わないよね、「マリアさんがころんだ」では具合わるそうだし… ご教示を乞う。
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 この広場のはずれに、ビザンティン皇帝のレリーフがあることも、陣内氏の著書で知りました。橋を渡って袋小路の奥に位置する家の上部にたしかにありました。おそらくヴェネツィアの中で最も古い物件の一つであろうということですが、納得。東ローマ帝国との関係を物語ってくれる貴重な逸品です。
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 さあ帰途につきましょう。途中でちょっと色気を出して、地図をしまい、己の方向感覚と勘をたよりにホテルに向かうことにしました。距離的にも近いはずだし何とかなるだろうと、たかをくくっていたのですが、これがとんでも八分歩いて十六分。毛細血管のようにくねりながらからみあうカッレ(小路)に迷い込み、とうとう現在位置さえわからなくなってしまいました。もう気分は「ミクロの決死圏」です。しょうがない、「ローマ広場→」という黄色い案内表示を頼り行けば何とかなるだろう、だめだったら地元の人に訊けばいいやと歩を進め、十数分後にかろうじて大運河に到着。いやはや恐るべしヴェネツィア。おろおろ歩きながらも、顔型呼び鈴とマリアの小祠を見逃さない変人魂を誉めてあげたい。
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 本編の足跡と本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2007-07-16 18:30 | 海外 | Comments(0)
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