別所温泉・稲荷山・姨捨編(5):別所温泉(07.7)

 別所温泉駅は小さいけれどヨーロッパ風の瀟洒なつくり、構内には一抹の不安をよぎらせる「未来に残そう別所線」という横断幕がありました。駅のとなりには、かつて使用されていた丸窓電車が保存されています。無言館へ行くバスの発車時刻を確認して、さあ徘徊の開始。まずめざすは常楽寺です。道の両側には、竹のさおに、赤や黄、絵柄入りの浴衣の布などを輪にして飾った幟が飾られており、祭りの雰囲気に満ち溢れていました。さて岳の幟とは、別所温泉で約500年も続く行事で、雨が少ない塩田平の雨乞いのお祭りです。一行がこの幟を数十本携え、別所神社まで四地区を巡りながら温泉街を練り歩き、所々で笛や太鼓の軽快なリズムに合わせて、小学生の女の子のささら踊りや、若手による三頭獅子の舞いが奉納されるそうです。インターネットで調べたら、一行は別所神社に12:00に到着するそうで、現在の時刻は12:30。どうやら見られそうにありません。
c0051620_664217.jpg

 両側に広がる畠にはいろいろな作物が植えられていますが、それを「これはソラマメ、あれはソバ」と適確に指摘する山ノ神。うらやましい… 栽培されている作物がわかれば、その地の暮らしぶりを推測することができます。「一目でわかる畠作物観察図鑑」なんていう本はないのでしょうか、あったらほしいのに。余談ですが「女性の品格」という得体の知れない不気味な本を書いた著者が、テレビに出演して「花の名前をよく知っているのが品格ある女性だ」と語っていましたが、一応男性生殖器をもつ私だって花の名前を知りたい。何故「人間の品格」と言わないのだらふ?
c0051620_671062.jpg
 
 閑話休題、別所神社のあたりからは囃子の音が聞こえてきます。祭りの余韻に浸っているのかなと思いつつ、常楽寺に到着。開山は円仁(慈覚大師)、最澄の高弟にして世界三大旅行記の一つと言われる「入唐求法巡礼行記」を書いた方ですね。実はこのあたりは自由大学運動の発祥の地でもあります。1920年代、上から温情として与えられる教育を拒否して、働きながら自主的に学び続けるために、地域の青年や民衆が講師を招いて私塾を運営するという運動です。ここでは青年と土田杏村が、タカクラ・テルらを招いて上田自由大学を運営していました。その学び舎がここ常楽寺の本堂です。茅葺屋根の堂々とした佇まいが印象的、しっかりと地に根付いているようです。本堂の前には見事な松の古木が、枝を四方に広げていました。境内には楓の古木も多く、秋に訪れてみたいですね。
c0051620_673533.jpg

 ここで我が家名物意地の張り合い。この本堂をどういう構図で撮るか、二人の意見が分かれました。論より証拠、左が小生、右が山ノ神撮影の写真です。良いと思った方の写真をクリックしてください。別に何も起こりませんが。
c0051620_675886.jpg


 本日の一枚です。
c0051620_681696.jpg

by sabasaba13 | 2007-10-25 06:09 | 中部 | Comments(0)
<< 別所温泉・稲荷山・姨捨編(6)... 別所温泉・稲荷山・姨捨編(4)... >>