別所温泉・稲荷山・姨捨編(16):姨捨伝説(07.7)

 さて、ここで姨捨伝説を紹介しましょう。長野県公式ホームページ・キッズちゃんねるから転載します。
 ●http://www.pref.nagano.jp/kids/menu3/minwah01.htm
 昔、年よりの大きらいなとの様がいて、「60さいになった年よりは山にすてること」というおふれを出しました。との様のめいれいにはだれもさからえません。親も子も、その日がきたら山へ行くものとあきらめていました。

 ある日のこと、一人の若い男が60歳になった母親をせおって山道をのぼっていきました。気がつくと、せなかの母親が「ポキッ、ポキッ」と木のえだをおっては道にすてています。男はふしぎに思いましたが、何も聞かずにそのまま歩きました。

 年よりをすてるのは深い深い山おくです。男が母親をのこして一人帰るころには、あたりはもうまっ暗やみ。男は道にまよって母親のところへ引きかえしてきました。

 むすこのすがたを見た母親はしずかに言いました。「こんなこともあろうかと、とちゅうでえだをおってきた。それを目印にお帰り」。子を思う親のやさしい心にふれた男は、との様の命令にそむくかくごを決め、母親を家につれて帰りました。

 しばらくして、となりの国から「灰でなわをないなさい。できなければあなたの国をせめる」と言ってきました。との様は困りはて、だれかちえのある者はいないかと国中におふれを出しました。男がこのことを母親につたえると、「塩水にひたしたわらでなわをなって焼けばよい」と教えられ、男はこのとおりに灰のなわを作り、との様にさし出しました。

 しかし、となりの国ではまたなんだいを言っていました。曲がりくねったあなの空いた玉に糸をとおせというのです。今度も男は母親に、「1つのあなのまわりにはちみつをぬり、反対がわのあなから糸を付けたアリを入れなさい」と教えられ、との様に伝えました。 すると、となりの国では「こんなちえ者がいる国とたたかっても、勝てるわけがない」とせめこむのをあきらめてしまいました。

 との様はたいそう喜び、男を城によんで「ほうびをとらす。ほしいものを言うがよい」と言いました。男は、「ほうびはいりません。実は…」男は決心して母親のことを申し上げました。

 「なるほど、年よりというものはありがたいものだ」と、との様は自分の考えがまちがっていたことに気づき、おふれを出して年よりをすてることをやめさせました。それからは、どの家でも年おいた親となかよくくらせるようになりました。
 なるほどねえ、共同体存続のために老人を排除しようとする心性と、肉親を思う情+老人の智慧を生かそうとする心性が鬩ぎあっていたのですね。しかしコンピュータの普及によって老人の智慧は必要なくなったという錯覚に陥った現代人は、福祉予算の切り捨てによって新たな姨捨伝説を再創造しようとしているわけだ。ねっ、福田憲兵曹長、そして石原強制収容所所長。
by sabasaba13 | 2007-11-09 06:10 | 中部 | Comments(0)
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