本郷編(3):(02.11)

 春日通りを渡って、啄木が下宿をしていた「喜乃床」跡へ。現在も床屋さんでした。この時期は「奇跡の一年」と呼ばれ、傑作が数多生み出されたとのこと。(1909.6~11.8) そういえば、1909年後半以降の啄木は、それ以前とはまったく別の作家だと誰が言っていたっけ。大逆事件の前年ですね。ちなみに「喜之床」は移築され、明治村で見ることができます。ここで詠まれたのが、「かにかくに渋民村は恋しかりおもいでの山おもいでの川」という歌。
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 炭団坂をおりると宮沢賢治の旧居跡をゲット。彼はここに約八ヶ月下宿し、出版社に勤めて筆耕・校正で自活し、昼休みには日蓮宗の布教活動をしていました。妹トシの肺炎の悪化で帰郷することになりましたが、トランクいっぱいの原稿があったそうです。なお「どんぐりと山猫」などがここで書かれています。花巻の空を思い出しました。
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 そして啄木三度目の上京の時の最初の下宿「赤心館」へ。ここで詠まれた歌が「たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず」。今は跡形もありません。
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 次は金田一京介の援助で移った二つ目の下宿「蓋平館別荘」跡へ。彼は三階の三畳半(!)の部屋に入りましたが、「富士が見える、富士が見える」と大喜びしたそうです。今は太栄館という旅館になっています。ここで詠んだ歌が「父のごと秋はいかめし母のごと秋はなつかし家持たぬ児に」。ちなみに三つ目の下宿が「喜之床」。
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 本日の一枚は、炭団坂です。
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by sabasaba13 | 2007-11-17 07:37 | 東京 | Comments(0)
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