飛騨編(1):長良川鉄道(07.8)

 人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり、と幸若舞「敦盛」を踊っていたら、そろそろ人生の半ばを過ぎるのだなあとしみじみと感じ入ってしまいました。散歩の変人などといきがってきましたが、そろそろ初心に戻って正統的な観光地にも行っておきたいな、覇道が好きだけど王道もなめちゃあかんななどと殊勝な考えが浮かび、いくつかの候補地を選んでみました。上高地? 佐渡? 黒部ダム? 屋久島? 熊野古道? うん、やはりここしかない。飛騨高山! そして郡上八幡・白川郷を旅程に組み、さらに飛騨古川という町がなかなかよろしという情報を得て、これで決定です。しかし調べてみたところ、アクセスがなかなか難しい。しかもバスが予約制ということもあり、以下のようなプランをひねりだしました。初日は名古屋から美濃太田へ、ここで長良川鉄道に乗り換えて郡上八幡へ。そして予約したバスで飛騨高山に行き宿泊。二日目は、高山からバス(予約制)で白川郷へ行き、またバスで高山に戻り宿泊。三日目は、高山本線で飛騨古川に行き見物、そして高山に戻り見物。あとは長駆名古屋まで特急、そして新幹線で帰郷という算段です。最終日がちょっときついかなと思いますが、これでやってみましょう。持参した本は「伽藍が白かったとき」(ル・コルビュジエ 岩波文庫)です。実は、飛騨高山が町の再開発をした時にル・コルビュジエがプランナーとして協力し、名誉市民となった、というのは真っ赤な嘘で、たまたま岩波文庫の最新刊として購入したのをバッグにつっこんだだけ。余談ですが、本書と「尾崎放哉句集」を同時に平然と上梓するところにこの出版社の凄みを感じます。でもル・コルビュジエが設計した簡素にして機能美に満ちた家で、「咳をしても一人」とひねるのは、場違いではないような気がします。もしかしたら、彼の俳句の影響を受けていたりして。これは妄想です。

 天気予報によると、この三日間は猛暑になりそうなので帽子は忘れずに。早起きして新幹線に乗り込み、約一時間半で名古屋に到着です。特急に乗り換えて、約40分で美濃太田に着きました。ここで長良川鉄道に乗り換えますが、少し時間があるので駅舎一階にある観光案内所に寄って、関連箇所のパンフレットをもらってきました。駅の連絡通路を歩いていると、町の観光ポスターがありました。へええ、坪内逍遥や津田左右吉はこのあたりが出身だったんだ。さてそろそろ乗り込みましょう。長良川鉄道は一両のみの、絵に描いて額に入れたようなローカル線です。ホームの向こうには転車台がありました。乗客を乗せたままあそこでぐるんぐるん廻ってくれると、結構観光客も集まるのではないかと愚考します。
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 そして出発。「太いうんちがどっさり出た!」という薬局の大きな看板が車窓から見えると、旅に来たのだなあという気分になってきます。私もそんな*の大きな人間になりたい。列車は風光明媚な長良川の左岸あるいは右岸に沿ってのてのてと走っていきます。ぎょっとしたのは、田んぼの中に生首が点々と浮かんでいること。マネキンを利用したものですが、案山子がわりなのでしょう。このあたりの鳥さんたちは、かなりリアルに人間を認識するのでしょうか。途中の「みなみ子宝温泉駅」で多くの乗客(ほとんどがじさまとばさま)が降りましたが、地元民御用達の温泉なのですね、きっと。
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 本日の一枚は、長良川鉄道の車窓からの風景です。
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by sabasaba13 | 2007-11-21 06:12 | 中部 | Comments(0)
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