飛騨編(3):郡上八幡(07.8)

 まずは「谷中水のこみち」へ。最近つくられた小公園のようですが、白壁と黒板塀にはさまれた路地の脇を小さな水路が流れています。暑いので、数人の子供たちが楽しげに水浴びをしています。手を入れてみましたが、本当にきれいな水でした。
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 この近くで観光用の水舟を発見。水舟とは、湧水を引き込んだ二槽または三槽からなる水槽で、最初の水槽が飲用や食べ物を洗うのに使われ、次の水槽は汚れた食器などの洗浄、そこで出たご飯つぶなどの食べ物の残りはそのまま下の池に流れて飼われている鯉や魚のエサとなり、水は自然に浄化されて川に流れこむしくみになっているそうです。そのほとんどは個人の家の敷地内にあるのでなかなか目にふれることはないですが、観光用に設置されたものを時々見かけました。さっそく置いてあるコップで一杯所望、ああっおいしい。「知らなかったよ、水がこんなに美味いとは…」と鼻歌を唄いながら、吉田川を渡って対岸へと向かいました。
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 すると、そこでは信じられない光景が繰り広げられていたのです。子供たちが川で遊んでいる… 泳ぐ者、浮き輪に乗って川を下る者、橋や岩から飛び込む者、見ているだけで暑気がふっとびました。ほんとにきれいな川なんだなあと感心するとともに、こうした状態を保ち続けた郡上八幡市民に心から敬意を表したいと思います。四万十川ではよく見かけましたが、市街地のど真ん中で見かけるとは思いもしませんでした。でもこれが当たり前の光景でなくちゃいけないんですよね。護岸工事で川辺を奪い、工場排水や生活排水で川を汚染してきたのは一体誰か? When after all, it's you and me. 水泳着をもってこなかったことを目一杯後悔しながら、しばし河童たちの様子を、指をくわえて眺めていました。もうこれだけで来たかいがあったというものpart2。
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 なーんて暢気なことを書いたのですが、さきほど郡上八幡の観光HPの一文を読んで冷水に漬けたバールのようなもので後頭部を殴られたような衝撃を受けました。以下引用します。
 近年すっかり有名になった新橋からの飛びこみですが、昔から新橋から飛びこむことは、郡上八幡に生まれた子供たちにとっては、ひとつの通過儀礼のようなものなのです。小さなときから川に親しみ、最初は低い岩から飛びこみ、三角岩、サンリキ岩、学校橋、やがて新橋と順に高いところから飛びこんで度胸をためしていきます。その中には、自然に学んだ暗黙のルールがあります。増水のときは飛び込まない。川は時おり水温が低いから、必ず体を水温に慣らす。仲間の子供は着水点の周囲に誰もいないことを確認して合図を送る。そしてあくまでも自分の責任で飛びこみます。無理と感じたらやめるのも勇気のひとつ。これは郡上八幡の子供たちの伝統文化でもあるのです。単にスリルだけを求めて安易に飛び込む観光客の方がいらっしゃいますが、橋の高さは12メートル、ビルの5階のベランダの高さに匹敵します。万が一ケガでもされて、事故になったら取り返しのつかないことになります。そしてこの町の水の文化を壊すことになりかねません。新橋の欄干から水面を見下ろして、子供たちの感じる怖さをちょっと味わってみる。降り注ぐまわりの子供たちのまなざしと蝉しぐれを想像してみる。旅の思い出はどうぞここまでになさってください。無事が何よりのおみやげです。郡上八幡の子供たちと観光協会からのお願いでした。
 観光客よ、驕るなかれ、ということですね。反省します。それにしても識見を感じさせる文章ですね。町の文化と観光業が抵触した時に、毅然として前者を優先するという強い意思を感じます。後者を優先して「新橋仮装ダイビング・コンテスト」なんてやりかねない観光地も増えてきているような気もしますね。観光がその町の文化を壊すことも多々あるという、至極当然の事実をあらためて肝に銘じましょう。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2007-11-23 06:44 | 中部 | Comments(0)
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