「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」

 「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」(森達也 晶文社)読了。著者が森達也氏で、しかもこんな素敵なタイトル、もう即購入でした。甘いと言われようと、楽観的と言われようと、断固としてこのタイトルを支持します。本書は氏の映像作品「A」「A2」の制作の様子や、それに関わるエピソード、あるいはメディアの動きや身の回りの出来事などをつづった短いエッセイの集成。森氏のリズミカルな文体とあいまって、あっと今に読み終えてしまいました。しかし本書を貫くテーマは重く大きなものです。思考停止、他者に対する想像力の欠如、そして善悪二元論による事態の単純化。氏が引用されているこの一文の出典はわかりますか。
 大衆の圧倒的多数は、冷静な熟慮ではなく、むしろ感情的な考えで行動を決めるという、優れて女性的な素質と態度の持ち主である。そして、このような感情は、決して複雑なものではなく、非常に単純で閉鎖的なものなのだ。そこには、物事の差異を識別するのではなく、肯定か否定か、愛か憎か、正義か悪か、真実か嘘か、だけが存在するのであり、半分は正しくて半分は違うなどということは決してありえないのである。
 チョムスキーの評論と言われても違和感はないのですが、実は「わが闘争」(ヒトラー)の一節なのですね。ということは、権力者にとって善悪二元論で事態を単純化してくれる民衆は支配しやすいということ、そしてその方向へとメディアを動員しながら誘導しようとすることを雄弁に物語っていると思います。それに抗って、世界や人間はそんな単純に割り切れるものではない、もっと多様で豊かなものなんだとエッセイや映像作品で語り続けているのが著者です。たしかに日本も世界もどんどん事態を単純化する方向へと流れていますが、氏とともに人間の回復力を信じ、こういい続けましょう。
しつこさは承知でもう一度だけ言う。お願いだ。直視しよう。

by sabasaba13 | 2007-12-12 06:10 | | Comments(0)
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