飛騨編(17):飛騨古川(07.8)

 「飛騨の匠文化館」ではこの地方の優れた大工技術を展示してあります。この建物自体も古川の大工によって建てられたもので、釘・ボルト・鎹を一切使わず、木口はすべて組手や継手を用いてあるそうです。使い込まれて磨り減った大工道具や、実際に組み立て分解できる精巧な組手・継手の模型などを見ていると、人間が手で物をつくることの尊さに畏敬の念さえ覚えます。なお飛騨の匠とは、古代の律令時代に、建築労働に従事した飛騨国(岐阜県北部)出身の労役者をさします。飛騨は奥深い山国であったために税を免除され、そのかわりに木工関係の技術者や労務者をさしだしたのですね。後世、飛騨は大工の名人を数多く輩出するという伝説が生まれることになります。
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 二階には畳敷きの大広間があったので、胡坐をかいて受付で購入した「飛騨古川タウントレイル」という小冊子を拝読しました。これによると、腕木に彫られ白く塗られた彫り物は、「雲」と呼ばれる大工の紋章だそうです。これを一見しただけでどの大工が建てたかがわかる、古川大工の誇りを示すシンボルです。なるほど、ものづくりにおける記名性の重要さを痛感します。これでは下手な仕事はできませんよね。また次のような一文もありました。
 町の人々の間には、木造住宅はあたり前、祭の時には通りに面して座敷が必要、などという共通の意識=「そうば」があって、これを破ることを「そうばくずし」といってとてもきらいます。こういう意識を持つまちの人々と確かな技術を持った大工さんが小さな改善を積み重ねて、古川の町並みを美しくしていっているといえます。
 そう、美しい町並みをつくり維持するのは、そこに住む人々の共通の意識なのですね。私が知りたいのは、そうした共通の意識を生み出し育む基盤です。愚考するに、「コミュニティ」などという曖昧な言葉で表現されたものではなく、職住一体という環境だと思います。その町で活計(たつき)をたて、飲み食いし、多くの知人をつくり、暮らしていくこと。寝るためだけに帰る町など愛着はわかないし、ましてや美しくしようなどという共通の意識はまず生まれないでしょう。おそらく古川という町では、そうした環境が息づいているのだと思います。また新築の際に、美しい家を建てるための小さな改善を表彰する「景観デザイン賞」が設けられているそうです。美しい町並みを見るために、「雲」をじっくり観察するために、そして景観デザイン賞を受賞した家を見るために、もう一度三之町界隈にくりだしてみましょう。それにしてもここの大広間は一休みするのにとても良いところでした。畳の清々しい香りと触感、格子窓越しに見える緑の木々とそこから洩れ入る柔らかな光、それによって広間全体が玄妙な陰翳にあふれています。別に盲目的な愛国者ではありませんが、やはりこうした和室はいいものです。二階から見る瀬戸川の景観もまた一味違います。なおこちらで、組手の小さな模型をお土産として購入。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2007-12-16 07:24 | 中部 | Comments(0)
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