肥前編(2):長崎(07.9)

 それでは出発、まずめざすは小菅そろばんドックです。途中に出島跡がありましたが、ずいぶん復元が進んでいるようですね。時間がないので見物はしませんでしたが、うすっぺらくてしょぼいテーマ・パークにしないで異文化との交流を学べる施設としての完成を期待します。南山手を通り過ぎてしばらく南下すると、小菅町に到着。トンネルのすぐ手前にあるのが小菅修船場跡、通称そろばんドックです。
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 五代友厚が小松帯刀・グラバーの協力を得て建設した洋式スリップ・ドックで、1868(明治元)年竣工。海からの斜路があり、船をウインチで陸に巻き上げて修理をするという素朴な愛らしいドックです。その石製のレールが摩擦をへらすためにソロバン状になっているのが名前の由来です。その巻上げウインチが格納されている小屋の煉瓦はフランス積、たしかここと富岡製糸場猿島要塞と米海軍横須賀基地内倉庫だけだったという記憶があります。おまけに非常に扁平ないわゆる「こんにゃく煉瓦」が使用されています。この類例はほとんどないようで、日本最古の赤煉瓦造りではないかと言われています。
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 そして旧香港上海銀行長崎支店、長崎市べっ甲工芸館、旧長崎英国領事館の前を走りぬけ、旧唐人屋敷へ。金銀銅流出の防止と密貿易取締りのため、江戸幕府は1689(元禄2)年に中国人商人をここに隔離し厳重に警戒をしました。敷地は出島の二倍、周囲を塀・竹垣で囲っていたようです。今では往時の面影はありませんが、土神堂、観音堂、天后堂、福建会館が復元されています。
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 新地中華街の脇を走り抜け、住宅地の間を北へ走っていると、シーボルトの娘・楠本イネの墓という表示がありました。そういえば、愛媛県宇和町で、シーボルトの高弟・二宮敬作と彼に師事していた初の女性婦人科医・楠本イネに関する展示を見ましたっけ。こんなところで再会できるとは。しかし時間がないので訪問は断念。すぐ近くには亀山社中跡が小高い岡の上にあるそうです。坂本龍馬が1865(慶応元)年につくった日本初の貿易商社ですね。そして新長崎通りに出て、しばらく市電と並走。健康と安全のため、地球温暖化防止のため、車社会からの脱却が喫緊の課題だと思いますが、その有効な方策の一つが路面電車にあると思います。これまで訪れた市電のある街は、函館、札幌、富山高岡福井、広島、岡山、熊本ですが、いずれも心に残る街でした。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-02-23 06:13 | 九州 | Comments(0)
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