肥前編(4):軍艦島(07.9)

 さて軍艦島クルーズについての情報を集めたところ、やまさ海運による長崎港発のクルーズがありましたが、十五人そろわないとツァーは中止。もう一つは共同(株)によるクルーズでこちらは定期運行です。よって野母崎半島まで行って後者のクルーズに参加することにしました。一日3便(土・日・祝日は4便)で最終は午後三時。一時間に一本ほどしかない路線バスで野母崎に向かおうとしましたが、これがなかなか来ない。十分ほどは鷹揚に待っていましたが定刻を二十分過ぎると安穏としていられません。午後三時の便に乗り遅れたら、予定が大幅に狂ってしまう… 苦渋の決断、韓信の股くぐり、仕方がないタクシーに乗ることにしました。野母崎半島をしばらく南下し海沿いの道路に出ると、おおっ、沖合に軍艦島の異形の輪郭が見えてきました。波がざんざばざばざん岸に打ち寄せいているのは気になりますが、風もないし素晴らしい晴天だし問題ないでしょう。40分ほどで港に到着、出航まであと15分ほどです。さて乗船場は… ない。港には人影すら見当たりません。"そこにはただ風えが吹いているだけええええ"と歌っている場合ではありません。よく見ると、軍艦島クルーズと書いてある小さな船、その前にミニバンが停まっていて男性の方が寝ています。
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 もしやと思い声をかけると、備後! そこがクルーズの受付でした。「軍艦島クルーズをお願いしたいのですが」「やめた方がいいよ」「え?」「今日二回行ってきたけど波が高い」「…」「明日にしたら」「わざわざ東京から来たのですが」「ちょっときびしいねえ」 (約8秒間の沈黙) 「よしっ行こう」「えっ」「せっかく遠いところから来てくれたんだ」 しかし赤銅色に焼けた海の男が逡巡するのですから沖はよほど荒れているのでしょう。舟の揺れに弱い私として少々不安です。「もし揺れがひどいようでしたら途中で引き返してもいいですよ」「まかせなさい」 何をまかせればいいのかよくわかりませんが、出航することに決定。料金は2000円、乗客は私一人。びくびくしていたのですが、軍艦島が近づくとたしかに船は木の葉のように揺れましたが、気分が悪くなるほどではありません。ん? もしや自分は船酔いに強いのでは。思い返せば、短時間ではあるものの、これまでひどい船の揺れは何回か経験してきました。宮古島八重瀬クルーズ石廊崎遊覧船竹富島への高速船。もしかすると、私の三半規管はけっこう鍛えられていたのではないか。何事も経験ですね、自分を包む殻を一枚壊せたようで爽快です。

 さて軍艦島(端島)とは何ぞや。以下、ウィキペディアから引用します。
 19世紀に石炭の存在が発見された。明治時代初期には鍋島氏が経営。1890年から三菱財閥の所有となった。石炭採掘のため周囲を埋め立て、また大正期以降には鉄筋コンクリート造の集合住宅群が建設された。海上から見たそのシルエットが、日本海軍の戦艦「土佐」に似ていることから、軍艦島の通称で呼ばれてきた。戦時中に米軍潜水艦が本物の軍艦と勘違いして魚雷を撃ち込んだというエピソードは有名だが、実際は停泊していた石炭運搬船を狙ったものだった。
 良質な強粘炭が取れ、隣接する高島炭鉱とともに、日本の近代化を支えてきた炭鉱の一つであった。石炭出炭量が最盛期を迎えた1941年には約41万tを出炭。人口が最盛期を迎えた1960年には5,267人の人口がおり、人口密度は世界一を誇り東京特別区部の9倍以上に達した。炭鉱施設・住宅のほか、学校・店舗・病院・寺院・映画館・理髪店などもあり、島内において完結した都市機能を有していた。
 1960年以降は、主要エネルギーの石炭から石油への移行(エネルギー革命)により衰退。1965年に新坑が開発され一時期は持ち直したが、1970年代以降のエネルギー政策の影響を受けて1974年1月15日に閉山した。閉山時に約2,000人まで減っていた住民は4月20日までに全て島を離れ、無人島となった。この時期は、日本の高度経済成長の終焉と重なる。
 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2008-02-25 06:07 | 九州 | Comments(2)
Commented by みほ at 2008-04-18 10:11 x
「軍艦島」をキーワードに やってきました!!
5月に軍艦島をふるさとにもつ
絵本「軍艦島グラフィティ」を描いた
神村小雪 展を 岐阜大垣「風地蔵」でやります。
http://blogs.yahoo.co.jp/rion5230

↓個展はこの方です。
http://www.little-snow.com/hasima-top.html

見に来てね♪
Commented by sabasaba13 at 2008-04-19 19:34
 こんばんは。ブログを拝見いたしました。故郷が風化していくのはどんなに痛惜なことでしょう、想像もおよびません。残念ながら個展にはいけそうもありませんが、ご盛会を祈念します。
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