「新編 百花譜百選」

 「新編 百花譜百選」(木下杢太郎 岩波文庫)読了。先日、伊豆の伊東に行き彼の記念館で感銘を受け、購入したものです。木下杢太郎、終生医学に従うとともに詩作・劇作・評論・キリシタン研究など多領域で活躍した方ですね。名著「日本文学史序説」(平凡社)で、評論家の加藤周一氏が「その散文の背景に、一世代の日本の知識人の到達しえたもっとも包括的な、おそらくはもっとも斉合的な、詩的かつ知的な世界が成立していた… その世界こそは、日本帝国が崩壊しつつあったときにも、決して崩れなかった」と杢太郎を評されているのを読み、いつか本気で取り組んでみたいと思っていた人物です。この記念館で眼が釘付けとなったのが、彼が最晩年に灯火管制下で描き続けた「百花譜」の複製。これは、己の死と大日本帝国の崩壊を間近に見つめながら、道端に咲く花や雑草などを丹念に描き、時局や病状に関する字句を書き添えた872枚の折枝画です。若い頃杢太郎は画家を志望していたのですが、親の反対によって医学の道に進んだそうです。生命に対する暖かい愛情と、科学者としての怜悧な観察眼の、幸福なコラボレーション。まさしく加藤氏が言っていた「詩的かつ知的な世界」です。受付で売っていた「新編 百花譜百選」(岩波文庫)を即座に購入してしまいました。展示されていた萬年甫氏(神経解剖学者)の思い出話は胸につきささるものです。空襲が東京を脅かしていたある日、杢太郎が若い学生に対して「君たちは、勉強しているか」と問いかけます。「君たちは知識と知恵を区別しなくてはいけない。知識は人間が知的活動を続ければ続けるほど無限に増えていく。でも、それでは知識の化け物になるだけだ。それではいかん。人間のためになるようにするには知恵が必要だ。では知恵を学ぶにはどうすればよいか。古典に親しむことだ。古典には人類の知恵がつまっている」 しかと肝に銘じます。
by sabasaba13 | 2008-04-16 06:09 | | Comments(0)
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