駿河・遠江編(1):遠州森(07.11)

 「一月不旅行脚裏生荊」という俚諺があるかどうかは知りませんが、そろそろむずむずしてきました。11月下旬に三連休があるので、前半の二日で小旅行を立案。「東海・北陸小さな町小さな旅」(山と渓谷社)で紹介されていた、遠州森・遠州横須賀・由比・蒲原をまわることにしました。昔の風情を残す(たぶん)静かな町並みをのんびりと歩いてくるつもりです。幸い、天気は二日間とも良さそうです。持参した本は「ドストエフスキー 謎とちから」(亀山郁夫 文春新書)です。

 第一日目は遠州森と遠州横須賀に行ってみましょう。新幹線こだまに乗り込み、出発。新富士あたりでは車窓から富士山が見えますが、冠雪はまだほんの少し。ほのかに薄雲がかかっていますが、なかなかクリアに見ることができました。二時間弱で掛川に到着し、ここで天竜浜名湖鉄道に乗り換えます。怠慢をこいて時刻表を調べてこなかったのですが、一時間に一本しか列車がないようです。しかし幸いなことに十数分後が発車時刻です。やれやれ。軽食をとるほどの時間ではないので掛川駅前をぶらぶらしていると、二宮金次郎像を発見しました。なして??? さっそく台座の碑文を読んでみると、二宮尊徳の指導を受けた岡田佐平治という人が掛川の出身であったということから、「生涯学習都市」という看板を掲げる掛川市のシンボルとして駅前広場に設置したそうです。一生懸命学んで働けば豊かな暮らしと明るい未来がやってくるということですか。その後ろのベンチではホームレスらしき方がまどろんでおられました。「金次郎さんよお、個人の努力ではなくて、社会と世界のシステムを変えなきゃどうにもならんよ」と夢見ているのかもしれません。
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 さて絵に描いたようなローカル線天竜浜名湖鉄道は一両編成です。のんびりと揺られながら車窓を流れゆく風景を眺めていると、三十分ほどで遠州森駅に到着。
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 かつては信州にいたる塩の道の中継地、火伏せの神・秋葉神社へいたる信仰の道の宿場、そしてなによりお茶の集散地として栄えた町です。なお石松はここにある天宮神社で森の五郎にひろわれて育ち、森へ来た清水次郎長の子分となったそうです。ま、彼の生涯については諸説あり、実在したかどうかの信憑性も疑われているようなので、眉に唾をつけておきましょう。事前の情報収集でわかっていたとおり、駅で自転車を貸してくれます。これはほんっとに嬉しいサービス。ありがたく借り受けて観光地図をもらいいざ出発。なお駅前には観光案内所もありました。さすがに本場ですね、あちらこちらで茶畑とミカンを見かけます。可憐な白い茶の花も咲いていました。"しみーずみいなとのめいいぶつうは鬼も十八蜜柑金柑酒の燗嫁をもたなきゃ働かん"と鼻歌を歌いながらペダルをふんでいると、火の見櫓をたてつづけに二基見つけました。
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 ここは火の見櫓のエル・ドラドかもしれません、気をつけることにしましょう。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2008-05-05 06:35 | 中部 | Comments(0)
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