駿河・遠江編(7):由比(07.11)

 さてそれでは歩いて駅まで戻りましょう。まずは蜜柑畑の合間をてくてくと下っていきます。無人販売所もありましたが「場所(売店)ごとに出している家が違います。品物の交換は固くお断り致します」という表示がありました。またわざわざ「刑法第235条 [窃盗] 他人の財物を窃取した者は窃盗の罪とし十年以下の懲役に処する」という念の入った警告もあったので、不届きな人がかなりいるのでしょうか。
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 ふと上を見ると、小さなロープウェーがことことと移動しています。収穫した蜜柑や諸道具を運ぶためのものですね。また蜜柑畑のそこかしこに小さなモノレール軌道が張りめぐらしてあります。なお業界用語でこれを「モノカー」と言うのですね。とはいうものの、急斜面での過酷な農作業に従事するのは結局農家の方々です。うんせうんせと斜面を降りていく方に手を合わせてしまいました。ご苦労様です。
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 道路わきに停まっていた軽トラックに大きなポリタンクが積んであったので、もしやと思い近づいてみるとやはり農薬でした。私たち消費者が真摯に協力すれば、農薬の使用をやめられるというのは素人考えですかね。さてここで問題です。次の中でもっとも危険な食べ物は何でしょう? (1)賞味期限をごまかした赤福 (2)産地をごまかした船場吉兆の料理 (3)農薬をたんまりとあびせた蜜柑
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 蜜柑畑を過ぎると、旧東海道筋の倉沢地区です。すぐ望嶽亭藤屋という宿屋がありますが、江戸時代の文人墨客の定宿だったそうです。なお1868(慶応4)年、江戸城無血開城の談判に向かった山岡鉄舟が官軍に追われて逃げ込んだのがここ藤屋。漁師に変装して隠し階段から脱出、無事駿府城下で西郷隆盛との会見に成功したそうな。ここから先は細い道の両側に木造民家が建ち並び、往時を彷彿とさせるような宿場町の雰囲気がただよいます。軒下に長い頑丈な垂木をしつらえてある民家をいくつか見かけましたが、このあたりの建築様式なのでしょうか。
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 また出征した兵士を偲ぶ碑も道端に二つほどありましたが、地域の歴史を忘れまいとする町の人の思いが感じられました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-05-14 06:20 | 中部 | Comments(0)
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