駿河・遠江編(10):由比(07.11)

 駅前の通りを東へ走っていると、民家の前に解説板がありました。さきほど気になった立派な垂木をしつらえた建築は、せがい造りというこの地方独特の様式なのですね。なお軒桁両端の腐食を防ぐためにつけられた雲版型の装飾、下り懸魚(げぎょ)もこの地独特のものだそうです。気をつけて見てみましょう。
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 さて満を持して「井筒屋」に飛び込み、由比定食を所望。さくさくに揚げられた香ばしい桜えびの掻き揚げを満喫いたしました。食事をしながら観光案内所でもらったパンフレットを見ていると、由比は小鎌倉と自称しているそうです。ふーん、そういえば遠州森は小京都と自称していたっけ。古い町並みが残り寺院が多いと、小鎌倉・小京都と名づけてしまうのでしょうが、どこから呼称が変わるのかその境目には興味ありますね。東日本文化圏と西日本文化圏の境界は、遠州森と由比の間にあると見た。
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 店の前は四本のイオニア式柱列が印象的な、旧庚午銀行本店[1925(大正14)年竣工]が保存されています。そのすぐ近くには明治時代の洋風郵便局舎[1906(明治37)年築]が塀の向こうに見えているのですが、残念ながら個人宅として現役のため、見学はできません。
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 そして蔀戸のある正雪紺屋、江戸初期からつづく由緒ある染物屋です。中に入ると、ずらりと並ぶ藍甕がその歴史を物語っています。なお慶安事件で有名な由井(由比)正雪はこの紺屋の生まれと言われているそうです。
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 その前が由比本陣公園として整備されていますが、敷地が当時のまま残されているのは東海道ではここだけだそうです。復元された鐘楼がよい目印になっていました。
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 公園内にある東海道広重美術館を見学し、となりにある御幸亭へ。こちらは明治天皇が休憩した座敷を復元し、茶室「結仁斎」をつくりつけたそうです。美術館の前には二人分の顔はめ看板がありましたが、いったい誰なんだ??? ま、いちおう歌川広重と由井正雪だということにしておきましょう。(ほんとかな)
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 その先へ行くと、鍵の手が残っていますが往時の雰囲気はほとんど残っておりません。なお道に対して斜めに構えられている家屋も散見されました。
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 そして等身大人形で宿場の様子をジオラマ展示したおもしろ宿場館を見物。
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 駅へ戻って自転車を返却し、JRで蒲原に行きましょう。三分ほどで蒲原駅に到着、下車して駅前に出たのですが… それらしい案内表示や地図などがまったく見当たりません。あわてて持参したガイドブックを繙くと、嗚呼、新蒲原駅と間違えました。いかんいかん、集中集中。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2008-05-17 07:06 | 中部 | Comments(0)
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