京都錦秋編(7):大山崎山荘美術館(07.12)

 燃えさかる木々をしばし堪能し、門を抜けると、関西の実業家・加賀正太郎が建てたチューダー様式のすばらしい山荘の偉容がすぐ見えてきました。はて、この方は何者? 1888(明治21)年、大阪船場の株相場師の息子として生まれ、現在の一橋大学を卒業後イギリスを中心に欧州へ遊学し、アルプスの山々に登頂した日本人のさきがけとなりました。帰国後は加賀証券を設立したほか、1934(昭和9)年には壽屋(サントリーの前身)で山崎工場を立ち上げたもののオーナーとの路線対立から独自でウイスキー製造に乗り出し、竹鶴政孝を支援して大日本果汁(略してニッカ、後のニッカウヰスキー)創立に参加するなど、イギリスから持ち帰ったモダンな生活様式を日本に定着させようとした方だそうです。なるほどねえ、わかりますわかります。どうもサントリーは宣伝上手だが味はいまいちと思い、ニッカを愛飲している私ですが、こういう歴史があったのですね。山ノ神の話によると、山崎のような暖かい所ではろくな酒ができないと考えた竹鶴政孝が、北海道余市に工場を建てたとのこと。その影の立役者だったわけだ。コレクションの中核は、アサヒビールの創業者・山本為三郎の収集したコレクションで、彼は柳宗悦らが提唱した「日本民藝運動」の支援者だったそうです。よって民芸運動にかかわる河井寛次郎、バーナード・リーチ、濱田庄司、富本憲吉らによる陶磁器・染織などの作品が中心です。本日は河井寛次郎展が開催されておりました。個人的な趣味では、京都の河井寛次郎記念館のしっとりとした雰囲気に軍配をあげます。
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 二階に上がると、木材を多用した山荘の雰囲気がよく味わえます。加賀正太郎がこの建物にかけた思いが伝わってきますね。
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 こちらには山崎の全景を一望できる眺望の良いテラスがあります。右手に見えるのは石清水八幡宮ですね。
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 そして併設された新館は安藤忠雄設計、外壁は打放しコンクリートの大きな円柱が地下に埋め込まれています。景観を壊さないための配慮だということです。そこに降りる細長い階段は両サイドがガラス張りで、自然光がふりそそぎ樹木に包まれているような気分。こちらではクロード・モネの『睡蓮』を見ることができました。以前に訪れたジベルニーの庭園が懐かしく思い出されます。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-05-29 06:11 | 京都 | Comments(0)
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