駿河編(6):沼津・若山牧水記念館(07.12)

 伊東から再び熱海に戻り、東海道本線に乗り換え約20分で沼津に到着です。お目当ては若山牧水記念館。駅構内にある観光案内所でガイド・マップをもらい、閉館時間を確認。ちょっと余裕がないので、タクシーを利用することにしました。十分ほどで到着し、さっそく入館。牧水の生涯や掛け軸・色紙の展示など、なかなか充実したものです。沼津の自然と景観をことのほか愛した牧水が永住を決意したのが、1924(大正13)年。しかし前年に起きた関東大震災による住宅難のため費用がかかり、以後、新築の資金稼ぎのために揮毫旅行に明け暮れることになります。また詩歌総合雑誌の発刊という長年の夢を叶えるためにも、日本全国をまわって自作の歌を書いた短冊・色紙を売り歩く生活が続くことになります。その無理な旅行がたたり、1928(昭和3)年死去、享年四十三。旅に生きた歌人というイメージを勝手にもっていたのですが、ほとんどの旅は資金稼ぎのためだったのですね。解説によると、気儘に楽しんだ旅は、紀行文「みなかみ紀行」として結実した群馬旅行(1908)だけだったそうです。しかし動機は何であれ、旅を愛した気持ちには変わりはないと思いたいですね。第二歌集「独り歌へる」自序から引用します。 
私は常に思っている。人生は旅である。我等は忽然として無窮より生まれ、忽然として無窮のおくに往ってしまう。その間の一歩一歩の歩みは、実にその時の一歩々々で、一度往いては再びかえらない。私は私の歌をもって、私の旅のその一歩々々のひびきであると思いなしている。言いかえれば、私の歌はその時々の、私の命の砕片である。
 拙ブログの駄文も、私の命の砕片なのかもしれません。ちなみに私が一番好きな牧水の歌は「しらたまの歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけれ」
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 こちらで詳細な地図をもらい、牧水の墓がある乗運寺の場所を教えてもらいました。地図によると記念館のすぐ裏手は海岸なので、寄ってみました。残念ながら薄曇りのため、愛鷹山の後方はぼやけ、富士山は見えません。幾山河越えさりゆかば…とかっこつけて紫煙をくゆらせていると、猫がのてのてとやってきます。怯える様子もなくちょこんと私の前で座り、そして堤防の上に飛び乗って「今日も旅した」と言わんばかりに暮れなずむ海を寂しげに眺めていました。さすが沼津の猫、詩心を解するのですね。
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 さてこのあたりは千本松原という広大な松林が広がります。夕暮れに霞む松原を逍遥していると、誰かが練習しているのでしょうか、近くの民家からピアノの音が聞こえてきました。しかも私の大好きなショパンのワルツ第10番ロ短調作品69の2(遺作)… そのたどたどしいタッチが、旅情をいやがおうにもかきたてます。さすが沼津のピアノ、詩心を解するのですね。余談ですが最近よくメディアで見かける「品格をもちなさあい」と偉そうにふれまわる品格のない方々に、是非ディヌ・リパッティ奏でるこの曲を聴いて欲しいですね。そうすれば、「品格」とは声高にわめきたてるものではないことが、よくわかると思います。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-07-14 06:13 | 中部 | Comments(0)
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