浅草七福神編(1):(08.1)

 昨年の正月にまわった谷中七福神がなかなか面白かったので、今年の正月は浅草七福神を山ノ神と歩いてみることにしました。理論武装のために、まず「東京七福神めぐり」(東京街歩き委員会 NHK出版生活人新書053)を一読。本書によると、七福神信仰が生まれたのは室町時代。「仁王般若経」に「七つの災難が消滅し、七つの福徳が生じる」という言葉があり、ここから「七」という数字は縁起がよいという考えが広まったそうです。これに同類を集めて名数的に数える流行がからまって(ex.三管領・四職・五山…)、福神を七つ集めたのが七福神。同時に、禅宗の普及により、悟りを得た賢人や仙人(ex.竹林の七賢人・布袋和尚・寿老人…)を題材とした水墨画が多く描かれ、これに影響しているようです。なお宝船は、西方の海の彼方に極楽浄土があるという古来からの信仰(ex.補陀落渡海)から、江戸後期頃に登場したそうな。
 さて、これが七福神めぐりとなって庶民にまで広まったのは、江戸時代です。天海僧正が家康に、人心を鎮めるために七福神を祀ることを進言したのがその嚆矢。家康が狩野探幽に描かせた七福神が評判となり全国に広まり、さらに社会が安定し経済も発展した享保期(将軍吉宗の時代)に行楽を兼ねた七福神詣でが庶民に広まったそうです。
 はい、能書きはここまで。それではさっそく出発しましょう。その前に山ノ神のたっての要望で、上野黒門にある「うさぎや」によることにしました。何でもドラ焼きが大変美味しいお店で、これまで何回も近辺に来たのだが結局店の在り処がわからなかったそうです。義を見てせざるは勇なきなり、はいはい了解、インターネットで綿密に調べておきましょう。JR御徒町駅で降りて広小路を秋葉原方面にすこし歩き、黒門交番があるあたりですぐに見つかりました。通りをはさんで、上野薬局という無気味なおっさんの巨大な顔看板があるのが目印です。
c0051620_7384449.jpg

 さっそく山ノ神は山のようにドラ焼きを購入。「おいおいこれを一日中かついで七福神をまわるのかよブウブウ」などという表情はおくびにもださず、デイパックの中に詰め込みました。(後日談:大変美味しうございました) ♪おいらはシェルパー、お茶目なシェルパー、おいらがかつげば嵐を呼ぶぜ♪と鼻歌を唄いながら、店のすぐ前にある黒門児童遊園の前を歩くと入り口にはピンクの豚が… そして中には、薄汚れたコートと帽子をつけ「讀賣新聞」の旗をもつ無気味な少年(天使?)の像があります。ぞぞぞ 渡辺恒雄氏に対する呪詛なのでしょうか、だったら寸志を置いてきたのに。
c0051620_739785.jpg

by sabasaba13 | 2008-08-02 07:40 | 東京 | Comments(0)
<< 浅草七福神編(2):大黒天(0... 「東インド会社とアジアの海」 >>