浅草七福神編(10):(08.1)

 神社の前の車庫には、松飾りをバンパーにつけた車を発見。最近どういうわけか見かけませんね。隣のお寺さんの郵便入れには、立派な御影石のプレートに「ありがとう ごくろうさま」と刻んでありました。郵便配達の方も気合が入るでしょうね。郵便といえば、最近こんな話を聞きました。私のテニス仲間なのですが、長年郵便局でパート労働をしている、郵便のことなら何でも知っている生き字引のような主婦の方がおります。しかし民営化したとたん、あまりにも労働密度が苛酷となったため彼女はとうとうやめてしまったそうです。ああやっぱりね、民営化とは、労働者を保護するための規制を撤廃して、徹底的に酷使して使い捨てられるようにするのが狙いの一つなのですね。
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 閑話休題、「お鍋の博物館」がありましたが、お休み。これはちょっとそそられます。近くの店では閉まったシャッターの前にロープを張り、「就寝禁止」という札がぶらさがっています。山谷的状況の浸透を痛感。
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 合羽橋本通りへと入ると、このあたりも職住一体の地なのか、喫茶店が目立ちます。「珈琲のオンリー 魔性の味」? どんな味なのだろう? 「台東区で一番安い!!」という謙虚な弁当屋さんもありました。
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 六区に入るとさすがに大混雑です。街灯には往年のスターの顔写真がかかっているのがいいですね。私の大好きな大宮敏充(デン助)と東八郎を撮影。
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 そして伝法院の前にやってきましたが、ここに来るまでに一応チェックしたいわゆる名店、すき焼きの「今半」、天丼の「大黒家」はいずれも長蛇の行列ができていました。山ノ神曰く「大黒家ってそれほど美味しくないのに…」
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 われわれがめざす店は、そうした有名店ではありません。記憶を頼りに、仲見世と並行するメトロ通りを歩き、たしかこのへんだったなと細い路地に入ると、ありました。洋食の「アリゾナ」! 永井荷風が愛顧した店です。「断腸亭日乗」の敗戦後の部分を読んでいると、連日浅草にやってきてこの店で食事をしていたことがよくわかります。よほど味と雰囲気がよかったのですね。というわけで、一度来てみたかったのです。中に入ると幸い空席がありました。さっそくメニューを見て、グリーンサラダ、タコのカルパッチオ、ピザ、下町風メンチカツ、ロールキャベツを注文。二人であっという間にたいらげてしまいました。すべて水準以上の出来で満足。インテリアや内装も落ち着いたもので、好感が持てます。
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 入口のところには荷風の写真が飾られていました。なお作家の樋口修吉氏によると、荷風はタイシチューとグラタン、それにお銚子一本をいつも注文していたそうです。これが三ヶ月ぐらい続くと、今度はチキンとレバーの煮込みとカレーライス、そしてビール大瓶。おそらく彼が食した料理とは違う味でしょうが、当時の雰囲気をそこはかとなく感じることができます。浅草にまた来ることがあったら、寄ることにしましょう。なおピザといっしょに出された砕いた赤唐辛子の大瓶に「初代タイガーマスク佐山サトル様御愛用」とサインペンで書かれていたのには驚き微笑んでしまいました。そうか、彼もこの店の常連だったのか… ダイナマイト・キッドとの一戦は忘れられません。
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 さて帰ることにしますか。隣のビルには「くさい! 立小便やめよう」いうもっともな貼紙。神谷バーの前の横断歩道を、うんこビル(地元民による俗称、ほんとうはリバービア吾妻橋)を横目にしながら渡り、ふと見るとバイト募集の手書き貼紙で満艦飾の不思議な家がありました。こうした胡散臭さも浅草の魅力ですね。
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 追記。今、「寺社勢力の中世 ―無縁・有縁・移民」(伊藤正敏 ちくま新書734)という大変大変刺激的な本を読んでいるのですが、その中に下記のような示唆に富む一文がありました。引用します。
 戦国時代には、神罰を下さず現世利益を与える七福神信仰が流行する。弘法大師信仰によって寺を経営してきた東寺では、弘法大師お手作りという伝説の大黒天像が人気を呼び、この大黒天像が新たな信仰の対象になる。恐ろしい賞罰神だった弘法大師は捨てられ、無邪気な福神信仰にとって替わられた。信仰が移ろいゆく様を見ることができる興味深い例だ。(p.233)
 中世期から近世期への移行とともに、顕著な宗教的権威の低下という現象が起きた例証としてあげられています。幸福や利益だけではなく恐るべき罰をも与える神(どちらにころぶかわからないのですから畏怖するのですね)から、安直なアプローチで(ex.一年に一回お参りして賽銭をあげる)福だけをもたらしてくれる手軽で便利な神への変質。なるほどねえ、そういう視点で考えると、七福神信仰の奥深さが垣間見えてきます。いや、勉強になりました。
by sabasaba13 | 2008-08-29 06:22 | 東京 | Comments(0)
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