2006年 04月 15日 ( 1 )

「世の途中から隠されていること」

 「世の途中から隠されていること ―近代日本の記憶」(木下直之 晶文社)読了。冒頭を読んでにやっとしていまいました。「私は叢書ウニベルシタス(法政大学出版局)の…タイトル群のよき読者ではある。」 そう、ルネ・ジラールの「世の初めから隠されていること」のパクリ。確かに知的好奇心をくすぐる蠱惑的なタイトルが多いですよね、私は「競争社会をこえて」しか読んだことがありませんが。世の初めなどわかるはずがないという立場から、著者は「途中」とタイトルを変えたそうです。具体的には明治維新以降をさしています。氏は日本美術史の研究者で、見世物、造り物、写真など、美術史のなかからこぼれ落ちたものを丹念にひろいあげ、美術の枠にとらわれない評論や研究に取り組んでおられるそうです。この本でも、忘れられ隠された近代のいろいろな物件をほじくりだし、その意味をさぐりだそうとしています。いずれも美術史からは無視された物件で、「美しくない=価値がない」というレッテルをアカデミズムから貼られたわけですが、何故無視されたのかを考えることにより歴史的の陰影にあふれた襞々が見えてくるのですね。
 戦艦三笠、大船観音、坂本龍馬像、東大にある肖像群などを題材としながら、いかにわたしたちの目が節穴であるかを思い知らせてくれます。モノを手がかりに歴史を読み解く面白さを、あらためて痛感。一応私も旅行や散歩をする際には、鵜の目鷹の目魚の目蛇の目で上下左右キョロキョロしながら珍奇な物件を捜しているつもりですが、その珍奇さを解き明かす知的努力が必要だなと自戒しました。
 例えば福岡市にある「元寇記念碑(亀山上皇像)」と日清戦争の関係、日清戦争の分捕品でつくった名古屋の第一軍戦死者記念碑、金鵄をのせた日清戦争凱旋碑をそのまま流用している平和碑(広島市南区皆実町)、兼六園にある明治紀念之標(ヤマトタケル像)、東大構内から静岡県護国神社に移された市川紀元二像(日露戦争で戦死した帝大学生)、奈良あやめ池のほとりにある東洋民俗博物館などなど。いずれも行ったことがある土地なのですが、こうした物件の存在には全く気づきませんでした、不覚。あらためて訪れて、近代日本の襞々に触れてみるつもりです。そうそう、清河八郎の旅日記「西遊草」(岩波文庫)の面白さも教えてもらいました、たまたま以前に購入して積ん読状態でしたので、近々読んでみようと思います。木下さん、ありがとう。
by sabasaba13 | 2006-04-15 20:02 | | Comments(0)