2006年 04月 16日 ( 1 )

ボードゲーム頌

 ボードゲームとは、「人生ゲーム」のように、電気・電子機器を使わずに盤上で行うゲームのことです。これがなかなか面白い。時々箱根の山中に籠って友人夫婦と熱戦を繰り広げるのが無上の楽しみです。面白さのポイントは、運と戦略のバランスですね。そして最後の大逆転が可能なこと、なんだか人生に似ているな。同好の士が増えてほしいので、これまで実際にやってみて面白かったゲームをいくつか紹介します。
 まずは古典的名作としては「モノポリー」「クルー」「ラミイ・キューブ」「リスク」「ジェンガ」「スコットランド・ヤード」「ウォーター・ワークス」。いずれをとってもまず間違いはないと思います。「モノポリー」は土地・家屋の売買交渉がからみ少し人間関係が殺伐とするのであまり好きではありません。絶妙な大きさ・重さの細長い直方体木片を積み上げる「ジェンガ」はバランス・ゲームの傑作。ロンドンを舞台に怪盗Ⅹを四人の刑事が追い詰める「スコットランド・ヤード」も好きです。色つき待ち針をつきさして怪盗Ⅹの逃走経路を予想すると雰囲気が盛り上がります。五人そろったらこのゲームがお勧めです。
 それ以後の作品ですと「シャーク」「貴族のつとめ」「三人の魔法使い」「メトロ」などを購入して楽しんでいます。いずれも平均点はクリアする面白さです。
 さて本題。今、夢中になっているのが「カルタヘナ(1)」「ミシシッピー・クィーン(2)」「カタンの開拓者たち(3)」です。コース料理で喩えると、それぞれ前菜・スープ・メインディッシュ、幸せな一夜を過ごせます。いずれも運・戦略・逆転という要素を兼ね備えた逸品ですが、最高傑作は「カタンの開拓者たち」。ある孤島で、サイコロや他プレーヤーとの交渉や貿易によって入手したいろいろな資源を利用して開拓地を増やしていくゲームです。と言葉で説明しても面白さは伝わりませんが、どこの土地を開拓するか、資源をどう組み合わせるか、どの方向に道路を伸ばすかなど高い戦略性が要求されるとともに、随時自由に交渉ができるので面白さが倍化されます。さらにサイコロの出目という運。独り言、歓喜、罵声、感謝、呪詛、冷笑、さまざまな声が盤上を飛び交います。このゲームの選手権が開かれているというのも納得ですね。
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 なおボードゲームに関する情報満載のHPがありましたので紹介します。
●名古屋EJFホームページ http://ejf.cside.ne.jp/ejf/index-ejf.html

 医学的に解明されたとはいえませんが、ファミコンには相当危うい要素があると直感します。電磁波やディスプレイ凝視による人体への悪影響、攻撃性・暴力性に満ちた内容、そして共同・協同を欠落させた孤独な遊び。ホイジンガが言うように、人間の本質が「遊ぶ」ということにあり欠かせないものだとしたら(「ホモ・ルーデンス」)、心身に害を及ぼす可能性が高い遊びは、せめて子どもの周囲からなくすべきだと思いますね。企業の自由な経済活動を制限すべきという、時代に逆行した意見かもしれませんが。でもどんな時代でもしてはいけないことはあるべきです。子どもを食い物にして儲けるという行為は、相当いかがわしくておぞましいものだと思います。大人たちに、そして市場にほうっておかれた私の少年時代は、今思うと幸せでした。

 余談。こうしたゲームの製作者はドイツ人が多いですね。「ミシシッピー・クィーン」を考案したヴェルナー・ホーデル氏はドイツのバーデン・ヴュルテンベルクに在住し、ギムナジウム(中・高等学校)で教鞭を執っている教師だそうです。いろいろな点で、日本とドイツの隔絶した文化的落差を痛感します。そして「いかにして、金をかけず、周囲に迷惑をかけず、環境を破壊しない、面白い暇潰しを見出すか」というのが人類の生き残りに必須な課題だと思います。そういう意味でボード・ゲームは素晴らしい暇潰しを提供してくれます。間違いなく、江戸期にこの列島に住んでいた人々は、こうした暇潰しに関しては驚異的な才能を持っていたと思いますね。本当に残念ですが、わたしたちはその才能を蕩尽し忘却してしまったような気がします。「金をかけて、周囲に迷惑をかけて、環境を破壊する暇潰し」を世界中にばら撒いているのが、この国の現状ではないでしょうか。

 追記。先日のゲーム大会で、不肖私、「カタンの開拓者たち」で三連勝という偉業をなしとげました。あー、き、も、ち、い、い…
by sabasaba13 | 2006-04-16 08:14 | 鶏肋 | Comments(0)