2008年 02月 08日 ( 1 )

ギリシア編(31):アテネ(07.8)

 再びバスに乗り込んで、アクロポリスに到着です。「高い丘の上の都市」、アテネ市民の精神的支柱、聖域にしてポリス防衛のための要塞。まず眼に入るのが、イロド・アティコス音楽堂。アッティカの大富豪イロド・アティコスが161年にアテネ市に寄贈したもので、コンサートやオペラ、古典劇などがよく上演されるそうです。そして荘厳な前門(プロピライア)をくぐると、アテネの守護神アテナを祀るパルテノン神殿が眼前に姿を現します。
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 写真等でよく見知っているとはいえ、実物を目の当たりにするとその迫力と存在感と見事なプロポーションには圧倒されます。民主政治を築いた名将ペリクレスのもと、カリクラスが設計、紀元前432年に完成しました。1456年、ギリシアがオスマン・トルコの支配下に入ると、パルテノン神殿はイスラム教のモスクとして利用されていましたが、ほとんど完全な姿を保っていたそうです。しかし、1687年にトルコ軍が建物内に貯蔵していた火薬がヴェネツィア共和国軍の砲撃の命中で炸裂し、大きな損傷を受けてしまいました。(ヴェネツィアではその話はまるで聞かなかったなあ) 廃墟となっていたパルテノンを19世紀のはじめに調査したイギリスの駐トルコ大使エルギン卿は、移動可能なレリーフや大理石の像をほとんど買い取って、本国へと運び去ってしまいます。これが現在大英博物館に所蔵されているエルギン・マーブル。これに対してメリナ・メルクーリ文化・科学大臣はイギリス政府に対して、その返還を求めましたが、今はどこまで話が進んでいるのでしょうか。なおメリナ・メルクーリ記念日(3/6)というのがあって、この日はギリシアの博物館等は入場無料になるそうです。なお内部には入れず、周囲はフェンスで囲まれ少し離れたところから望むだけ。へそを出した色っぽい女性警備員の姿が印象的でした。
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 神殿の裏手にはアテネ市内を一望できる展望所があります。
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 そして左手にはエレクティオン神殿。紀元前421~415年のペロポネソス戦争の時期に建造、伝説上の王エレクテウスの館とされ、紀元後86年にローマの独裁者スラによって焼かれその後再建。六人の少女像をかたどった柱(カリアテディス)が有名ですが、これは複製、オリジナルはアクロポリス博物館に展示されています。残念ながら改修中で、この博物館は見学できませんでした。そうそうこのあたりの敷石はすべて大理石、つるつる滑るのでご注意を。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2008-02-08 06:38 | 海外 | Comments(0)