2008年 03月 15日 ( 1 )

肥前編(14):諫早(07.9)

 列車を待ちながらホームをぶらぶらしていると、「記念乗車券 幸駅・愛野駅・吾妻駅 幸せを愛しの吾が妻へ」というポスターが貼ってありました。コメントは控えます。それにしてもいつ頃つけられた駅名・地名なのでしょう。島原の過酷な歴史と関連があるのかもしれません。線路の向こう側には、「島原映画案内」という何も貼られていない朽ちかけた掲示板がありました。
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 列車に乗り込み、本日最後の目的地、諫早湾干拓潮受け堤防をめざしましょう。ここで諫早湾干拓事業についてのお勉強です。諫早湾は有明海の内湾で、湾奥部の諫早干潟を含め、飛び抜けて魚介類の生産性の高い海域であり、瀬戸内海がまったく汚染されていないころの生産力に匹敵するといわれていました。その大規模な干拓計画(通称は南総開発)が持ち上がったのは1970年でしたが、休止、再開、計画内容の変更などが重なり、ようやく諫早湾深奥部すなわち諫早干潟(約3000ヘクタール)を干拓することとなりました。そのため97年4月14日、潮受け堤防の排水門が締め切られます。これには強い反対もあり、全国的な問題となりましたが、農水省と県、市は「防災と優良農地の造成」を名目に強行し、貴重な干潟を抹殺しました。干潟は魚介類の生産の場としてだけでなく、高い水質浄化機能をもち、渡り鳥のかけがえのない中継点、越冬地でもあったのに… この干拓事業の当初予算は1350億円でしたが、それが早くも2370億円に膨れ上がっているそうです。やれやれ。(sigh)
 キー・ボードを打っているだけでムカムカしてきました。血税を湯水のように浪費し、環境と人々の暮らしを破壊した潮受け堤防、ぜひ網膜と脳髄に焼き付けたいと思います。昨日、長崎の観光案内所で教えてもらった、堤防にいちばん近い吾妻駅で下車。さて堤防のある方角に歩いていくと、葦原や人家に阻まれてたどり着けそうにありません。作戦変更、いったん国道251号線に出て東方に歩いていくと、「九州農政局諫早湾干拓事業 堤防工事用道路」という標識がありました。左折すると「工事用道路につき関係者以外立入禁止」という掲示があり、係員が胡散臭そうにこちらを見つめています。しゃあない、並行する脇道を歩いていくと先ほどより少し奥まで行けましたが、今度は閉ざされた鉄条網付ゲートがあり「これより先は干拓工事中につき危険なので関係者以外の立入りを禁止します」という掲示。「危険なのはそっちだろ」と毒づいてもゲートは開きません。堤防を遠望できるあたりで写真を撮り、撤収することにしました。
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 近くにバス停があったので、バスで諫早に向かいましたが、これが大きな誤算。渋滞に巻き込まれてとんだ目にあいました。やはり鉄道を利用できる時は、そちらを選択すべきですね。銘肝。諫早のホテルに荷を置き、名物のうなぎを食べられそうな店を物色しましょう。「九州で二番目にまずくて高くてきたない店 恵(けい)」はもちろんパス。すぐ近くにある、こざっぱりとした店構えの「味処 よりみち」を選びましたがこれが大正解。前菜として注文した鯖の塩焼きも美味だし、うなぎ一匹をさばいてつくってくれたうな丼・うな玉・うな骨のから揚げも絶品。歳若い板さんの誠意にあふれた味でした。
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 これで本日の徘徊は終了。生きることの厳しさと荘厳さを島原半島は言葉少なに語ってくれました。生きるために棚田をつくり、生きるために一揆を起こし、生きるためにからゆきさんとなり、生きるためにピーマンを育てる島原の人々。それをせせら笑うかのように毟り取った税金で堤防をつくり、自然と人々の暮らしを破壊する行政。いろいろと勉強になりました。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2008-03-15 07:16 | 九州 | Comments(0)