2010年 02月 02日 ( 1 )

土佐・阿波編(29):佐古配水場(09.3)

 それでは引田駅に戻りましょう。列車に乗り四国三郎・吉野川を渡って徳島着。徳島線に乗り換えて六分で蔵本駅に到着。時刻は午後五時半、日が落ちるまでまだ時間はあります。駅前には「蔵元ウォーキングマップ」という大きな観光地図がありました。どれどれと読んでみると、名所旧跡に加えて、平和劇場、大正楼、常盤旅館、加藤薬局、元町湯などなど、町の人々の暮らしをささえた何気ない古い物件も解説されています。これは大変素晴らしい見識ですね、各駅にこうした案内があるともっともっともっともっと町歩きが楽しくなります。目的地に向かう途中にある常盤旅館と元町湯(そういえば今回の旅行ではじめて銭湯を見ました)を撮影して、それでは佐古配水場へと歩いていきましょう。
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 南へ南へと歩を進めると、徳島市のシンボル、眉山(びざん)の麓に突き当たります。山際に沿ってしばらく歩くと佐古配水場に到着、蔵本駅から三十分弱かかりました。徳島市は水の都と言われますが、良い水はあまり湧かず、大正時代までは井戸水に頼っていたそうです。そのため徳島では、赤痢や腸チフスなどの伝染病が毎年発生し、全国平均を上回る死亡者を記録していました。そこで、1909(明治42)年に当時の徳島市長である一坂俊太郎が水道敷設の方針を発表し、吉野川から引いてきた水を飲み水にするために、17年の歳月と、当時の費用で260万円という市の年間予算の三倍の巨費をかけて1926(大正15)年に完成させたのがこの佐古配水場です。一般公開はされておらず、鉄柵の隙間から垣間見るだけですが、バルコニーもついた軽やかで華麗な意匠の煉瓦造ポンプ場が、務めを終え、安らかな面持ちで佇んでいました。人の役に立ち、しかも美しい、公共事業の理想的な姿がここにあります。
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 そしてすぐ先の眉山中腹にあるのがステーキハウス「かがやき」、予約をしていないのですが意を決して飛び込むと、すこし逡巡した上で時間がかかるがいいでしょう、とのことでした。さっそく阿波牛シャトーブリアン(鉄板で焼くフィレ肉)定食を注文。茸の餡かけ、トマトのサラダ、南瓜のスープ、野菜・ニンニク・脂肉の炒めもの、いずれも滋味あふれる逸品。そして女将が目の前の鉄板で焼いてくれる阿波牛ステーキ、もう言うことなし。焼きながらいろいろな話をしてくれました。今晩はたまたまヘルプがいたのでよかったのですが、普段でしたらお断りしていましたとのこと。なお彼女のご母堂が近くの大安寺(蜂須賀家の菩提寺)出身で、このあたりにずっと住んでおり、幼い頃は佐古配水場でよく遊んだそうです。また配水場を上から一望できるので、写真撮影のために来店する方も多いそうです。そして日は落ち、街の灯がきらめきだした徳島を眺望できるラウンジで食後のデザート・珈琲を楽しみました。
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 と、のんびりもしていられない、現在時刻は19:20、蔵本駅発19:44の列車に乗りそこなうと、次の列車は一時間後。疲労回復のためにも早く寝たいので、急ぐことにしましょう。店を出ると、屋外は真ツ闇、闇の闇、街灯もあまりない淋しい道を山際に沿って急ぎ足で歩いていると…行き止まり。あわてて三叉路に戻りましたが、このタイムロスで万事休す、列車に間に合いそうにありません。地図は読めるのですが、勘が悪いですねわたしゃ。山ノ神と逆です。しゃあない、駅前の喫茶店で時間をつぶすかと開き直って歩いていると、交番がありました。もしかしたら徳島駅行きのバスがあるかもしれない、さっそくおまわりさんに訊ねると、すぐ近くにバス停があるそうです、ラッキー。停留所で時刻表を確認すると19:57のバスがありました、ラッキー。そこで待っているとどういうわけか19:50にバスがやってきました、ラッキー。徳島駅に着いてお土産屋に飛び込むと閉店二分前、純米酒「眉山」を買えました、ラッキー。そして駅前で、阿波踊り人形が乗っているご当地ポストを発見、ラッキー。なんか、人生における幸運の1/7を使い尽くしたような一夜でした。駅近くのホテルにチェックインしてシャワーを浴び、幸運の神様に一献を捧げ、さあ明日に備えて寝ることにしましょう。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2010-02-02 18:03 | 四国 | Comments(0)