2016年 09月 15日 ( 1 )

京都錦秋編(15):高瀬川一之船入(14.11)

 高瀬川に沿ってさらに歩いていくと、奥に入江が広がっているところがありました。解説板によると、ここが「高瀬川一之船入」です。
 この立札の後方の入江を一之船入という。
 船入とは、荷物の積み下ろしや船の方向転換を行う場所で、二条から四条の間に九箇所作られたが、国の史跡に指定されているこの場所を除いてすべて埋め立てられている。
 高瀬川は保津峡の開発などで有名な江戸初期の豪商・角倉了以・素庵が慶長十九年(1614)頃に開いた物流用の運河で、この辺りを起点として鴨川の水をとり入れ、鴨川に平行して東九条まで南下し、鴨川を横断して伏見に通じていた。水深が浅いことから、底が平らな高瀬舟という船が使われ、ここから川の名前が付けられた。
 盛時には百数十艘が上下して伏見を通じて大阪などの物資を運び入れ、京都の経済に重要な役割を果たした。木屋町筋には「木屋町」という町名の由来となった材木屋をはじめ、多くの問屋が立ち並んで賑わった。
 明治以降、高瀬川は次第に舟運の目的を失い、大正九年(1920)に舟運は廃止されたが、清らかな水と桜や柳が美しい情緒溢れる景観が、多くの市民や観光客を楽しませている。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-09-15 06:25 | 京都 | Comments(0)