2016年 09月 21日 ( 1 )

京都錦秋編(18):大津(14.11)

 朝、爽快に目覚めてベランダに出ると、おおっ雲ひとつない快晴です。朝焼けの空、琵琶湖と比叡山を眺めながら、紫煙をくゆらし珈琲をいただきました。低血圧の山ノ神が起きるのを待って朝食会場へ。いつものオムレツと、今日は珍しくご飯と味噌汁をいただきました。朝ごはんを食べるのに集中して半分上の空の山ノ神に本日の行程をレクチャー。
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 まずはバスで大津駅へ行き、JRに乗って京都駅へ。荷物をコインロッカーに預けて、宇治線に乗り換えて東福寺へ。こちらには重森三玲のお庭がどんどんどんと三つあります。東福寺方丈と竜吟庵と光明院を拝見して、バスかタクシーで智積院へ。われわれ御用達のお寺さん、養源院に寄り、京阪と地下鉄を乗り継いで、小堀遠州の庭がある二条城へ。そして嵐電に乗って妙心寺に行き、大宝院と退蔵院を拝見。花園駅からJRに乗って京都駅へ、地下鉄に乗り換えて錦市場へ行き、田中鶏卵で卵焼きを購入し、バスに乗って「平野屋」に行き「いもぼう」を堪能。そしてバスで京都駅に戻り帰郷。いかが。
 もぐもぐ あっ聞いていない。ま、小生に対する全幅の信頼の証と、好意的に解釈しましょう。部屋に戻って準備を整え、チェックアウトをしていざ出発。ホテル前から路線バスに乗ってJR大津駅に行きました。駅の近くに、ピクトグラム付きで「この周辺に自転車・ミニバイクを置くと撤去します!」という警告の看板を発見。下部には注意として「安全柵等にかけたチェーン鍵等は切断して撤去します。撤去時の破損等による責任は一切負いません」と記されていました。まるで犯罪者扱いですね、瞋恚の炎が燃え上がります。めらめら。化石燃料を貪欲に喰らい、有害物質を吐き出し、騒音で静かな環境を破壊し、人様を死や怪我へと追いやる悪魔の機械を優遇して、自転車に冷や飯を食わせる行政。C・ダグラス・ラミス氏が、『最後のタヌキ 英語で考え、日本語で考える』(晶文社)所収の「汚ない自転車」の中で、痛快かつ鋭い批判をされているので紹介します。
 池袋駅で電車を降り、道路を横切って、自転車を鉄のパイプにつないで鍵をかけておいた場所へ向かった。自転車は消えていた。
 私は自転車の盗難を届けに交番に行った。だが、お巡りさんは馬鹿にしたような顔で私を見ただけで、「あっちにあるよ」と言う。交番の裏には自転車が山積みになっていて、私の自転車もその中にあった。警察は、泥棒まがいの手口を使い、ボルト・カッターで錠前を切り落として自転車を持ち去ったのだ。
 私は、駅の近辺で合法的に自転車を置いておけるのはどこかと、お巡りさんに尋ねた。「ありません」というのが答えだった。お巡りさんは、警察が壊した私の所有物-錠前のことだが-を弁償しようというそぶりも見せなかった。
 これは、いわゆる「池袋クリーン作戦」の一環で、自転車相手の戦争である。私たちは、自転車は"汚ない"ものであり、公害の一種だと思いこまされようとしているのだ。毎朝、警察は、自転車の放置はいけないという説教を録音したものを何時間も繰り返して流し、その放送は駅前の騒音公害となっている。もちろん、警察の説教は、車やバスやトラックの轟音、急ブレーキの音、そして警笛の音にまぎれてしまって、ほとんど聞こえない。
 皮肉にも、近代的な交通手段のなかで無公害なのは自転車だけだ。騒音をたてないし、有毒排気ガスも出さず、石油を燃焼するわけでもない。自転車は世界で最もエネルギーの効率が良い乗物である。
 それでは、なぜ、莫大な額の公私の資金が、自動車の交通を安全にするために地表を全面的に変えるという目的で使われているのだろうか? その一方で、なぜ、警察は自転車通勤をあきらめるようにしむける職務を与えられているのだろうか?
 石油業界と自動車業界の重役室の中に、この質問に対する答えを知っている人々がいるのだろう。
 私は新しい自転車の錠前を買った。特別に堅い、鋼鉄製のやつだ。ボルト・カッターの方が歯こぼれしてしまうような錠前だということだ。(p.157~9)
 また経済学の観点から、自動車がいかに社会に様々な損失をもたらしているかを剔抉した『自動車の社会的費用』(宇沢弘文 岩波新書)という素晴らしい本もありますので、よろしければご一読を。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2016-09-21 06:25 | 京都 | Comments(0)