2016年 09月 22日 ( 1 )

京都錦秋編(19):大津駅(14.11)

 大津駅構内には「返せ!北方領土」「北方領土はこんなに大きい」「北方四島(きたのしま)を 返せと努力の 君の御霊(みたま)が 眠る納沙布 岬は春よ のどかな霞 向こうに国後 貝殻島が 島々(しま)を眺めて 返せと希(ねが)う 島々(しま)を眺めて 返せと希(ねが)う (島を返せと叫ぶ友よ 那須柿麿)」と記された巨大な地図が掲示されていました。いわゆる"北方領土"問題ですが、以前に納沙布岬を訪れた時の旅行記で、私の考えを述べましたの。考えに変化はないので長文ですが再掲します。
 いわゆる"北方領土"問題ですが、声高に、感情的に、居丈高に、「返せ」と怒号するのをやめないと、かえって解決を困難にしてしまうことになるでしょう。伊勢﨑賢治氏が、『日本人は人を殺しに行くのか』(朝日新書485)の中で述べられているように、相手の面子に関わるような強硬な抗議をすれば双方とも引っこみがつかなくなり、状況は悪化するだけ(p.208~9)。例えば、メドヴェージェフ大統領の"北方領土"訪問に対して日本政府が激烈な批判をしたことによって、ロシア国民の手前、ロシア大統領はますます訪問せざるをえなくなり、譲歩する訳にもいかなくなりました。ま、きちんと分析することをせずに不安や不満を抱える方々のガス抜きとして利用するのなら、話は別ですが。
 まずおさえておくべき点は、1951(昭和26)年に調印された対日講和条約において、"北方領土"については「日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定されていることです(第2条c)。その範囲については、択捉・国後が千島列島に属することを、西村熊雄条約局長が1951(昭和26)年10月の衆議院特別委員会で認めています。つまり、択捉・国後はソ連領、歯舞・色丹は日本領という合意は成立していたのですね。もしこの了解に納得がいかず「日本固有の領土・四島を全て返せ」というのであれば、この講和条約の廃棄を宣言して、もう一度連合国相手に戦争をするのが筋でしょう。ちなみにドイツは、敗戦によってオーデル・ナイセ以東のシュレージエン、ポンメルン、東プロイセンをポーランドと一部ソ連に割譲しますが、「ドイツ固有の領土だから返せ」という話は聞いたことがありません。
 そして1956(昭和31)年、日ソ両国の国交回復をもたらした日ソ共同宣言は、「ソ連は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし、これらの諸島は、日本国とソ連との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と規定します。これを受け入れていれば、領土問題は解決していたはずです。しかし、日ソ間に紛争の火種を残すために、アメリカが介入します。「択捉・国後を手放すのなら、沖縄は返さないぞ」とね。この恐喝に屈した日本政府は前言を翻して、「択捉・国後は千島列島に含まれない」と主張、四島返還の立場を今に至るまで堅持しています。やれやれ。
 思うに、日本くらい隣国と領土問題を抱えている国も珍しいのではないでしょうか。ロシアとは"北方領土"、中国とは"尖閣諸島"、韓国とは"竹島"。これらの問題を解決することは、われわれにとって二つの意味で喫緊の課題だと考えます。
 まず一つ目。今、この国に瀰漫している、目を覆いたくなるような品性低劣なナショナリズムを燃え上がらせる燃料源を絶つため。鵜飼哲氏は、『ナショナリズム論・入門』(大澤真幸・姜尚中[編] 有斐閣アルマ)の中で、こう述べられています。

 自国および世界の現状を否定して未知の将来に賭ける気概が失われたとき、過去の歴史はもはや、緊張に満ちた対話の相手ではなくなる。それは現状を肯定し正当化する目的のためだけに動員され、「修正」され、編集されるべき素材に過ぎない。そして将来に向けて自己を高める意欲もなく、現在の自己に対する評価も内心芳しくなく、そして、それでも自己が上昇する幻想にだけは耽りたいとすれば、そのための唯一の手段は他者をおとしめることである。このようにして、グローバル資本支配下のナショナリズムは、歴史との絆を否応なく喪失し、とめどのない他者蔑視に陥ることになる。(p.351)

 「日本固有の領土を分捕ろうとするやな奴ら」と他者を貶めることによって、"自分たちは正しい"という幻想と快感に耽るのはもうやめた方がいいのでは。
 二つ目。この問題がある限り、アメリカの軛から逃れられないということ。アメリカにとって理想的な状態とは、日本が隣国と戦争に至らない程度の緊張を抱えていることです。そうすれば、"暗証番号の必要ないATM"日本からガバガバとお金を引き出して、在日米軍基地を維持できますから。また軍事力を強化して日本を"なめられない国"にしたい安倍伍長のような御仁たちにとっても、領土問題は格好の口実になるでしょう。もちろん三菱重工業をはじめとする軍需企業からの政治献金も増えるでしょうし。
 というわけで、「領土をめぐる緊張→軍事力強化と軍事費増大→社会保障費の削減→国民の不安と不満→強面な主張で隣国を貶め自己満足に浸る→ますます緊張が高まる→…」という気の滅入るような悪循環を断つためにも、一刻も早い領土問題の解決を望みます。では具体的にどうすればよいのか。まずは"日本固有の領土"という硬直した発想をやめることでしょう。ちょっと考えれば、"固有の領土"なんてあり得ないことは分かりそうなものですが。そして互いの利益になるような柔軟な対応をとること。テッサ・モーリス=スズキ氏が、『ナショナリズム論・入門』(大澤真幸・姜尚中[編] 有斐閣アルマ)の中で、こう述べられています。

 国民国家は近代的な産物であり、その辺境地域をめぐる統治は、自然や過去のつながりよりもむしろ、政治によって決定されてきたのだった。日本のような「島国」でさえも、多様な歴史と重層的な空間によって織り成されているのである。これらの事実を踏まえるならば、ある特定の場所を「わが国固有の領土」であると定義するような歴史の政治的利用は非常に胡散臭いと言えるだろう。たとえば、最も古い文書記録によれば、クリル/千島列島南部にはアイヌの人々が生活していたことが明らかになっている。そしてそのほとんどのアイヌは、同意することもないままに近代日本の国民国家に包摂されていったのだった。よって、そのような歴史を背景として、同列島が日本に「自然に」あるいは「固有に」帰属するという主張の根拠とすることはあまりにも脆弱なのである。じつは、最初に同列島を訪れ記録したのはオランダ人であった。しかし今日、誰もそのような事実が、オランダに列島の支配を主張する権利を与える根拠となるとは議論しないであろう。そしてここしばらくは、ロシアと日本が、同列島の権利をめぐり議論している。同列島の争いにしろ、釣魚島/尖閣諸島の領土をめぐる争いにしろ、歴史はそのような争いに単純明確な答えを出すものではないのだ。歴史とは、問題の存在を現在に問い返すことに過ぎないのである。すなわち、末来の新たなる争いの下地となるような敵意に満ちた遺産をつくることよりも、複雑に絡み合う近隣社会の権益に公平に配慮した紛争の解決策を見つけることが求められているのである。(p.107~8)

 具体的な方策については、伊勢﨑賢治氏が、『日本人は人を殺しに行くのか』(朝日新書485)の中で紹介されている「ソフト・ボーダー(柔らかな国境)」というやり方が参考になるでしょう(p.197)。領土を双方で防護し合うのではなく、両国の協力で管理する国境です。国境としての実効線はあるけれども軍事化はしない。互いに迷惑である密輸などの違法行為取り締まりは、警察間で協力するが、そこに軍を置いて銃を突きつけ合ったりはしない。場合によっては、国境を帯状の地域とし、そこに昔から住んでいる住民はビザなしで行き来できるようにしたり、河川・森林・天然資源などは共同で開発・管理したりする。国境が持つ排他的なイメージを変え、両国で共有する場とするわけですね。国境問題で係争関係にある世界中の国々で、究極の解決方法として試みられてきた方法だそうです。これは良いですね。互いの面子を潰さず、緊張を緩和し、実利も得られる。というわけでここは一つ、叡智と度量を見せて領土問題を解決してほしいのですが、安倍伍長。"国益"のために領土紛争は必要だと言うのなら話は別ですが。

 なお最近、関連図書として『領土問題をどう解決するか』(和田春樹 平凡社新書)と『日本の領土問題』(保阪正康・東郷和彦 角川oneテーマ21)を拝読しました。とくに前者の的確かつ鋭い分析には目を瞠りました。お薦めです。

 本日の一枚です。
c0051620_7564796.jpg

by sabasaba13 | 2016-09-22 08:03 | 京都 | Comments(0)