2017年 02月 14日 ( 1 )

『スノーデン』

c0051620_6335565.jpg キャー、と夕刊を読んでいた山ノ神が素っ頓狂な声をあげました。なんだなんだ。「オリバー・ストーンの映画『スノーデン』が上映されてるわ」 たまたま氏の炯眼と批判精神に感銘を受け、『よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか! オリバー・ストーンが語る日米史の真実』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック 金曜日)を読み終え、今は『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1~3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)を読んでいる最中です。これは天の配剤、おまけにアメリカ政府を震撼させた内部告発者エドワード・スノーデンが主人公ときたら見ないわけにはいきません。
 というわけで先日の日曜日、山ノ神と二人で自転車に乗り、イオンシネマ板橋まで行きました。満席かという一抹の不安もあったのですが、三分の二ほどしか埋まっていませんでした。

 まずは公式サイトからストーリーを紹介しましょう。
 それは、まさしく世界中に激震が走った瞬間だった。2013年6月、イギリスのガーディアン紙が報じたスクープで、アメリカ政府が秘密裏に構築した国際的な監視プログラムの存在が暴露されたのだ。さらに驚くべきは、ガーディアン紙に大量の最高機密情報を提供したのがたったひとりのNSA(米国国家安全保障局)職員であり、よくスパイ映画に登場するような厳めしく年老いた人物ではなく、ごく普通の外見をした当時29歳の若者だったことだ。
 匿名ではなく自らカメラの前に立ち、エドワード・スノーデンと名乗って素性を明かしたその青年は、なぜNSAやCIAから得られる多額の報酬と輝かしいキャリア、恋人と築き上げた幸せな人生のすべてを捨ててまで重大な告発を決意したのか。はたして彼は英雄なのか、国家の裏切り者なのか。ハリウッドきっての社会派の巨匠オリバー・ストーンが史上最大の内部告発"スノーデン事件"の全貌に迫った問題作、それが『スノーデン』である。
 2004年、9.11後の対テロ戦争を進める祖国アメリカに貢献したいと考えて軍に志願入隊したスノーデンは、足に大怪我を負って除隊を余儀なくされる。失意のさなかCIAに採用された彼は、持ち前のずば抜けたコンピュータの知識を教官に認められ、2007年にスイス・ジュネーヴへ派遣された。しかしそこで目の当たりにしたのは、アメリカ政府が対テロ諜報活動の名のもと、世界中のメール、チャット、SNSを監視し、膨大な情報を収集している実態だった。やがてNSAの契約スタッフとして東京の横田基地、ハワイのCIA工作センターへと赴任し、民主主義と個人の自由を揺るがす政府への不信をいっそう募らせたスノーデンは、恋人のリンゼイをハワイの自宅に残し、命がけの告発に踏みきるのだった…。
 なお前掲書『よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか!』の中で、オリバー・ストーン監督はこう語っていました。
 みんな想像力がないんですよ。私は人生ずっとそう思ってきました。たとえば、スノーデンが行動に出る。みんなビビッて、法律を破ったとか言う。主観的に「ヤバイことした」って思うのです。「国外脱出」と聞いて、どこに逃げるんだろうとか。彼がどうしてそういうことをしなければならなかったのか、想像しようとする人はほとんどいないのです。こういうことがあると、いつだってそうです。どんなニュースにも、非常に原始的な反応ばかりする。学生も、ジャーナリストも、教員も、劇作家も、常に心を開いて想像力を働かせなければいけません。(p.58)
 寺山修司曰く、"どんな鳥も想像力よりは、高く飛べない"。彼は想像力の翼を羽ばたかせて、なぜスノーデンが命がけの告発を行なったのかをこの映画で表現したのだと思います。そう、簡単に書きましたが文字通り"命がけ"です。アメリカ政府や企業に敵対する存在に対して、過去、政府・軍・CIAがどのような拷問を行ない、どのように殺戮してきたのかについては、ぜひ『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)をご一読ください。おそらくスノーデンも分かっていたはずです。それなのに、なぜ…

 前半は、祖国に貢献したいという純粋な思いを持つスノーデンが、アメリカ政府の邪悪な行為に徐々に気づいていく様子を淡々と描いていきます。表向きはテロリズム対策として国内や世界中のメール、SNSを監視・盗聴し、膨大な情報を収集しているCIAやNSAですが、その実態はそれだけではないことに彼は気づきます。標的の弱みを握りスパイ行為を強要する、反政府的な人物を監視する、他国の首脳や政府に関する情報を盗聴する、などなど。自分の能力を活かせる高収入の職場と愛する恋人のために、こうした不正を見て見ぬふりをしてよいのか。国家機密なので、恋人と相談することもできません。このあたりの煩悶を、主役のジョセフ・ゴードン=レヴィットが見事に演じています。決して雄弁ではないのですが、ちょっとした言葉のやりとり、表情、しぐさで、揺れる心の動きを表現する演技には脱帽。詳細は知らなくとも、彼を信頼して支えようとするリベラルな立場の恋人リンゼイ・ミルズを演ずるシャイリーン・ウッドリーもいいですね。
 そして後半は一気呵成、手に汗握り、息を呑むような展開です。重要機密の違法なコピーと持ち出し、香港でのジャーナリストたちとの接触、公表の方法に関する意見の違い、迫りくるアメリカ政府の魔の手、そしてロシアへの脱出行。結果は知っているのですが、それを忘れさせるほどの素晴らしい演出とストーリーテリングでした。
 最後のシーンでは、ロシアに亡命したスノーデンがディスプレイを通して、会場に集まったアメリカ市民に語りかけます。やがてエドワード・スノーデン本人へと代わり、彼の静かな熱い言葉とともに映画は終わります。エンド・ロールで流れるピーター・ガブリエルの"The Veil"(覆い)も素晴らしい。ブラーボ。

 本作品の主人公は二人いるのかな、と今思っています。一人はもちろんスノーデン、もう一人は…国家です。アメリカという国家がもつ力を、一部ですが実感できました。宏大な施設、高性能のコンピュータ群、数多の政府職員、これらが一丸となって政府と企業の権力と利益を守るために、情報を盗み、監視し、収集する。場合によっては、法を無視し、人権や自由を踏みにじっても。その冷酷にして圧倒的なパワーを、この映画はみごとに描いていました。
 そしてもう一人の主人公スノーデンは、命がけにこのleviathanに立ち向かいます。何のために? パンフレットによると、彼のツイッターでの自己紹介文は「かつては政府のために働いていました。いまは人々のために働いています」。今読んでいる『スノーデン・ショック 民主主義にひそむ監視の脅威』(デイヴィッド・ライアン 岩波書店)の中に、彼のこういう言葉がありました。
 自ら変わるべきかどうかを決定する機会を社会に与えたいと私は望んでいる。(p.5)
 そう、彼は民主主義のために、命がけで国家に立ち向かったのだと考えます。人々が政治や社会のあり方を決め、変えられる仕組みを。そしてそれを必死に阻む国家という怪物に対しても、戦い方と武器を工夫すれば一矢をむくいることができるというメッセージも受け取りました。
 「僕のような体力もない寡黙な優男(ごめんなさい)でも、怪物の向う脛ぐらいは蹴飛ばせるんだ」という彼の声が、ほら、聞こえてきませんか。「一緒に戦おうよ」。

 特に印象に残ったシーンが二つあります。
 まず一つめ、彼が日本の横田基地で働いている場面です。「日本が同盟関係を破棄したときには、サイバー攻撃をしかけて通信システムや物的インフラを破壊する」という身の毛もよだつ科白がありました。いや、これは充分にあり得ますね。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル)の中に、下記の一節がありました。
 そうした米軍機の一機が、訓練ルートから遠く離れた四国の伊方原発のすぐ横に墜落したことがありました(1988年6月25日)。…原発の真上を低空飛行して、山の斜面に激突した。尾根の向こう側に落ちた機体は大破し、乗組員七名が全員死亡しました。もしこのとき、機体が手前に落ちていたら、福島なみの大参事になるところだったのです。墜落したのは山口県岩国基地から沖縄に向かう途中の米軍機でした。
 おかしい。なぜこんな場所を低空飛行していたのか。…前泊博盛さん(沖縄国際大学教授)は、ドキッとするようなことを言います。「原発を標的にして、演習していたんでしょう」 最初は私も、「いくらなんでもそれは言いすぎじゃないか。陰謀論じゃないのか」と思ったのですが、よく考えると低空飛行訓練というのは、基本的に軍事攻撃の訓練ですから、演習には必ず標的を設定する必要がある。そうした状況のなか、こんな場所をこんな高さで飛んでいたのは、たしかに原発を標的にしていたとしか考えられない。
 つまり、「米軍機は日本全土の原発を爆撃するために低空飛行訓練をしている」
 こう言うと、それは陰謀論になります。しかし、「米軍機は、日本全土で低空飛行訓練をすることで、いつでも日本中の原発を爆破できるオプションをもっている」
 これは疑いのない事実なのです。(p.232~3)
 駝鳥のように砂の中に頭をつっこんで安全だと思うのはやめましょう。ほぼ間違いなく、アメリカ合州国政府は、サイバー攻撃や原子力発電所爆破など、日本を壊滅させるオプションを用意しています。するかしないかは別として。トランプ新大統領と仲良さげに食事をしたりゴルフをしたりしている安倍晋三伍長は、知っているのかな。

 二つめ。ハワイでの場面で、パーティーを楽しんでいるときに、ある仲間が無人機を操作して標的を爆殺する話をします。当然、近くにいる無辜の民衆にも被害が及ぶのですが(副次的被害 Collateral Damage)、彼は、罪悪感はあるが次の日には日常に戻ってしまうと話します。そのディスプレイ上での映像が挿入されますが、その凄まじい爆破に衝撃を受けました。これでは間違いなく関係のない民衆を巻き添えにしてしまう。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)から引用します。
 2006年から2008年にかけてデイヴィッド・ペトレイアス大将の対ゲリラ活動担当顧問を務めたデイヴィッド・キルカレンと、2002年から2004年にかけて陸軍将校としてイラクとアフガニスタンで過ごしたアンドリュー・エグザムは、2009年5月の《ニューヨーク・タイムズ》紙の記事で、なぜパキスタンが激怒したかを教えてくれる。二人は、それまでの三年間でアメリカの無人機攻撃によって死亡した民間人は700人であるのに対して、テロの指導者は14人にすぎないことを示すパキスタンの報道を引き合いに出した。この数字は、戦闘員一人あたり民間人五〇人、つまり「命中率2パーセント」を意味する。アメリカの当局者がこうした数字を「断固」否定していることに触れ、民間人の死傷者数の割合がおそらく誇張されていることを認めながらも、キルカレンとエグザムは次のような警告を発した。「非戦闘員が一人亡くなるたびに、その家族の心がアメリカから離れ、新たな復讐心が生まれ、無人機攻撃の増加に足並みを合わせて急激に拡大している好戦的な運動への加入者が増える」、そしてパキスタンで、攻撃が行なわれている場所から遠く離れた地域でも「本能的な反感」があふれ出ていた。(p.398~9)
 アメリカ軍による対テロリスト攻撃によって、テロリストが増えていく。あの凄まじい映像を見れば納得です。愛する人が、無人機による攻撃に巻き込まれて殺されたら… 深読みをすると、アメリカ政府はテロリストを増やすために、無人機攻撃を含む対テロ戦争をしているのかもしれません。テロリズムが蔓延すれば、対テロ戦争のための軍事費を増やせる。軍需企業が潤い、軍人の天下り先も潤沢となる。テロ防止を口実に、この映画のように、国民の通話やSNSを盗聴・監視できる。情報公開もそれを理由に骨抜きにできる。治安維持のために、国民の自由や権利を制限することもできる。政府当局者にとっては、笑いが止まらないですよね。
 というわけで、アメリカの対テロ戦争に日本が加担すれば、テロリスト増加の片棒を担ぐことになるし、何よりも日本がテロリズムの標的となります。安倍伍長はそれを望んでいるのかもしれませんが。

 オルテガ・イ・ガゼット曰く、"過去は、われわれがなにをしなければならないかは教えないが、われわれがなにを避けねばならないかは教えてくれるのである"。私たちは、新大統領に一喜一憂するよりも、アメリカの歴史を真剣に学んだ方がよさそうです。とりあえず、お薦めの歴史書を挙げておきます。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1~3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)、『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)、『アメリカ帝国とは何か』(ロイド・ガードナー/マリリン・ヤング編著 ミネルヴァ書房)、『アメリカ帝国への報復』(チャルマーズ・ジョンソン 集英社)、『アメリカ帝国の悲劇』(チャルマーズ・ジョンソン 文藝春秋)、『パクス・アメリカーナの五十年』(トマス・J・マコーミック 東京創元社)、『アメリカの世界戦略』(菅英輝 中公新書1937)。
by sabasaba13 | 2017-02-14 06:34 | 映画 | Comments(0)