2017年 03月 01日 ( 1 )

少女像1

 日本・韓国の間で、「少女像」をめぐる問題が紛糾しています。日本政府は、韓国南部・釜山の日本総領事館前に慰安婦問題を象徴する「少女像」が設置されたことへの対抗措置を発表。長嶺安政・駐韓大使と森本康敬・釜山総領事の一時帰国や日韓通貨スワップ協定の協議中断など4項目です。
 感情論にふりまわされず、ここに至る歴史を真摯にふりかえり、相手側の主張に耳を傾け、冷静かつ理性的に話し合って最善の道を見出す。言うは易く、行うは難し、でも両政府・両国民ともそう努力して頂きたいと思います。そこで私なりに、この問題について調べてみました。

 まず大前提としていわゆる「従軍慰安婦」問題とは何か。正直に言ってこれに関する研究書はあまり読んでいないのですが、吉見義明氏の『従軍慰安婦』(岩波新書384)が信頼できそうです。この研究所を導きの糸にしたいと思います。
 まず「従軍慰安婦」とはどういう方々か。吉見氏はこう定義されています。
 「従軍慰安婦」とは日本軍の管理下におかれ、無権利状態のまま一定の期間拘束され、将兵に性的奉仕をさせられた女性のことであり、「軍用性奴隷」とでもいうしかない境遇に追いこまれた人たちである。(p.11)
 しかし戦後五十年間、日本政府は国家・軍の関与を認めず、謝罪・名誉回復・個人賠償の問題がまったく未解決のままでした。1990年6月6日、参議院予算委員会における日本政府の答弁です。
 従軍慰安婦なるものにつきまして…やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について、わたしどもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております。(p.3)
 こうした態度が可能だったのは、敗戦後すぐに日本政府は、都合の悪い公文書を組織的に焼却・破棄して証拠隠滅を図ったためです。ポツダム宣言受諾が1945年8月14日、アメリカ軍先遣部隊150名が、輸送機により沖縄基地から神奈川県厚木飛行場に到着したのが同年8月28日ですから充分な時間的余裕がありました。『大東亜戦争全史』(原書房)の中で、著者の服部卓四郎はこう指摘しています。
 終戦の聖断直後、参謀本部総務課及び陸軍省高級副官から、全陸軍部隊に対し、機密書類焼却の依命通牒が発せられ、市ヶ谷台[※陸軍中央官衙の所在地]上における焚書の黒煙は八月一四日午後から一六日まで続いた。
 服部卓四郎・田中新一・辻政信については、言いたいことが山の如くあるのですが、それはいずれまた。
by sabasaba13 | 2017-03-01 06:27 | 鶏肋 | Comments(0)