2017年 03月 27日 ( 1 )

言葉の花綵156

 非暴力は強力な、ユニークな武器である。これは歴史におけるユニークな武器だ。それは人を傷つけることなしに切り、これを用いる人を高貴にする。これは癒す剣だ。(マーティン・ルーサー・キング)

 私は大したことはできないけど、せめて苦しんでいる子どもたちや、婦人たちに、何かしてあげたい。…罪もないつぶらな瞳の子どもたちの涙と苦悩…。そんな現実を世界の人々が何も知らずにいる。知らされずにいる。報道さえされない。そのことに耐えられないのである。(高遠菜穂子)

 一人を殺せば残虐な殺人者であり、100万人殺せば英雄だ。(チャップリン 『殺人狂時代』)

 抗議して生き残れ。(エドワード・P・トンプソン 『核攻撃に生き残れるか』)

 一瞬のうちにいのちをうばわれた十万人の悲痛を通して、底知れぬ戦争への憎しみと、おかしたあやまちを頬冠りしようとするものへの憤りにみちた告発は、そのまま、日本戦後の初心そのものである。(美濃部亮吉)

 沢国のごとく江山は戦図に入る (洪水のように国は戦乱にまきこまれた)
 生民何の計ありてか樵蘇を楽しまん (タキギをさがさねばならぬ人民はどうやって暮らしをたのしむのか)
 君に憑む話す封侯の事 (大名になる話など、聞きたくもない)
 一将功成って万骨枯る (大将がひとり出世すれば一万の兵隊は骨になるのだ) (曹松)

 戦争と平和。これは、人類に宿命的に課せられた問題ともいえるであろう。だが、いまや、人類は何としても、これを平和の方向で解決しなければならないところまで追いつめられてきた。科学技術の進歩は、一面では文化を高めて人類に幸福をもたらしたといえるけれども、他面ではのろうべき兵器を生んで人類を破滅にみちびく脅威を無限に増大している。われわれは、ためらうことなく、戦争を否定する。(末川博)

 戦争。日本の戦争は、ヤケクソだ。ヤケクソに巻き込まれて死ぬのは、いや。いっそ、ひとりで死にたいわい。人間は、嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。この頃の、指導者たちの、あの、まじめさ。ぷ! (太宰治 『斜陽』)

 「大きな人間」が戦争を起こそうとしても、「小さな人間」がいないと戦争はできない。これはもう古今東西の歴史に残っている事実です。いくら「大きな人間」がやっきになって戦争をしろと叫んでも、「小さな人間」が動かないと結局戦争はできない。…つまり「小さな人間」が自分たちの力を信じて戦争に反対する限り、戦争はできない。あるいは戦争をやめさせることができる。(小田実)

 そこに居合わせた両国の兵士たちが、皆おごそかに誓ったのだ。このようなことが二度と地上に起こらぬよう、各自が力をつくし、できるかぎりのことをしようと。地上におけるすべての国の人たちが、平和に生きていくべきであり、それを単なる理想に終わらせることなく実現しようではないか、と。これが、われわれの「エルベの誓い」である。(ジョセフ・ポロウスキー)
by sabasaba13 | 2017-03-27 06:28 | 言葉の花綵 | Comments(0)