2017年 04月 12日 ( 1 )

焼津編(6):浜通り(17.3)

 くるくる回るレトロな換気扇を屋根に乗せた町屋がありましたが、おそらく燻製関係の作業場でしょうか。近づいてみると正解、「なまり節 天野商店」さんでした。
c0051620_631246.jpg

 ふと左手からそこはかとなく華やいだ雰囲気が漂ってくるので行ってみると、堀川沿いに満開の桜が何本かありました。河津桜でしょうか。また浜通りに戻ると、「一平」というお店に「焼津の塩鯖」というポスターが貼ってありました。後学のために転記します。
 塩さばの主な用途といえば、なによりも関西地方の押し寿司が有名です。焼津加工の塩さばは、国内産の鯖を選りすぐり伝統の技でとりわけ品質に厳しい関西地区の老舗料理店で高い評価を得ています。
 好きのパラダイスですね、ここ焼津は。
c0051620_631515.jpg

 その先にあった、あたりを睥睨する仙人のような異形の像は庚申さま。解説板によると、道教の庚申信仰と、神道の猿田彦命信仰が、同じ猿ということで結びついたそうです。よってこれは猿田彦命の像でもあります。作者は下村声峰で、伊豆の長八の弟子であるとのことでした。
c0051620_6321423.jpg

 あるお宅の入口には、溝のついた石柱がありましたが、これは波除け堰です。解説文を転記します。
 昭和60年代までの浜通りは東側が駿河湾に接していたため、暴風雨による荒波が堤防を越えて家々に襲いかかることがしばしばありました。高潮・高波を避けるための波除け堰、東から押し寄せた高潮を海岸や西の堀川に逃がすための小路など、他地区には見られない独特の建築様式と様々な工夫が見られます。この家の入口両側にある溝のついた石柱は堤防を越えた海水の侵入を防ぐ波除け堰の名残りです。写真のように波除け板をはめこんで堰をつくり家に波が流入するのを防ぎました。
 恵みや幸をもたらしてくれるとともに、時には禍をおよぼす海と共存するための智慧なのですね。
c0051620_6324365.jpg

 左に曲がってふたたび堀川に出ると、浜通りの蔵群が対岸に見えます。石蔵・土蔵・レンガ蔵などが点在しています。浜通りに戻ってオーシャンロードに行くと、小泉八雲の逸話が伝わる波除地蔵がありました。解説板を転記します。
 明治初頭漁村城之腰村の磯浜に延々と連なる土堤上南中北の三個所に浪除けの願いを込めて安置された夫々のお地蔵さんも激しい風雪と嵐に耐えた百年近い歳月にいつのまにかこの一体だけとなり、或る時は大浪にさらわれて損傷し詩人小泉八雲によって補修されたとか。
 別に咳止め地蔵とも呼ばれいまだに病気平癒の祈願を果された方々も見られる等数々の語り草に人々に慕われ親しまれて参りましたが、あまりに守り疲れたお姿を見るにつけここに町内一同相計り相協力して初代は小川光心寺に動座し新たに地蔵尊を建立以て先祖の遺風を次代に伝え永劫変らぬ御守護を祈念致します。

c0051620_633129.jpg

 本日の一枚です。
c0051620_6333421.jpg

by sabasaba13 | 2017-04-12 06:34 | 中部 | Comments(0)