2017年 08月 16日 ( 1 )

『チャルカ』

c0051620_5272240.jpg 山ノ神といっしょに、新宿の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」で、島田恵監督の『チャルカ ~未来を紡ぐ糸車~』を見てきました。パンフレットの冒頭に載せられていた監督の言葉が、この映画のメッセージを雄弁に語っています。
 チャルカとは、インドの手紡ぎ糸車のことです。インド独立の父、ガンジーはイギリスの支配から自立するために、自国で生産した綿花を自分たちで紡ぎ、その糸を手織りにした布(カディ)を作ろうと提唱しました。チャルカは独立運動のシンボルです。

 東日本大震災は私たちにとって本当に大事なものは何かを問いかけ、福島原発事故は経済優先社会が行き着いた惨状を見せつけました。それでもなお、人類の環境破壊は止まりません。その究極は何10万年も毒性が消えないという放射性廃棄物『核のゴミ』を産み出してしまうことでしょう。それは遠い先の子孫たちの住処までも奪っていることにほかなりません。人類が直面しているこの課題から、私たちが学ぶべきこととはいったい何なのでしょうか。

 今、この時代に生きているすべての人たちへ、そして、未来に生きるすべての命へ、この映画を記録として残します。
 この映画は、放射性廃棄物『核のゴミ』と向き合う人びとを描いたドキュメンタリー映画です。日本においては、政府が前面に立って処分地を選定する方針が決定しており、そのための地下研究施設が北海道幌延町と岐阜県瑞浪市に設置されました。このふたつの地が最終処分地と決まったわけではありませんが、その可能性は否定できず、不安を感じる地元住民の様子が取り上げられます。岩盤が強固なフィンランドでは、オンカロ(洞窟)という地下500mにある施設に放射性廃棄物を処分することになりました。しかし住民の三分の一は、これに反対しています。世界有数の原子力大国フランスでは、処分事業者ANDRAの処分研究施設に隣接する地域に最終処分場が計画されています。雇用の確保などの理由で、自治体はおおむね賛成していますが、住民の一部は断固として反対しています。
 島田監督は、反対派・賛成派のそれぞれの主張を真摯に映像として記録し、それを材料に、最後は見ている私たちが自分で考えて決めてくださいと問いかけているように思えます。

 心に残った人物は、幌延町のとなりにある豊富町で酪農をされている久世薫嗣さんです。最終処分地にされることに、そして原子力発電に反対し、「自給」にこだわり、過疎をくいとめて地域社会の存続を願い、福島の子どもたちの保養に尽力する久世さん。"どんな世の中になっても、ちゃんと生きていけるようなものを自分で作っていく"ことをめざす久世さん。彼の言葉です。
 いきなりじゃあ、次の良い世界が来るかといえばそれは来ないと思う。次の良い世界が来る為には、良い世界をつくろうという試みがいろんな所で行われていかない限り、良い世界は出てこない。
 あらためて、なぜ島田監督が"チャルカ"というタイトルを選んだのか、考えさせられました。前述のように"チャルカ"は、独立のシンボルです。つまり植民地から独立するためには、宗主国に頼らずに「自給」をしないといけない。それでは、今、私たちは何ものから独立しなければならないのか。私たちを植民地状態にして支配しているのは、何ものなのか。
 監督は明言されていませんが、私はこう考えます。それは"経済成長"を必須とするシステムであり、そのシステムを死守しようとする人びとたちである、と。資源と電力を大量に使用して大量に物をつくり、消費し、廃棄する。ひたすら物を買い続けることによってのみ作動できるシステム。このシステムにとって最強の敵は、「自給」、つまり物を買わずに自分でつくるというライフスタイルです。監督も、久世さんも、少しずつでもそうした方向に向かおうよ、と誘っているのではないでしょうか。

 映画館を出て駅へ歩いていると、虚飾な物と醜悪な看板にまみれた新宿の街が、さっきと違う風貌に見えてきました。
by sabasaba13 | 2017-08-16 05:27 | 映画 | Comments(0)