2017年 08月 24日 ( 1 )

近江編(27):桂離宮(15.3)

 というわけで時間にして一時間強、至福のひと時を堪能いたしました。今回の見学での収穫は、やはり石の美しさと面白さと楽しさを知ったことです。係の方も、桂離宮は六月がお薦めと言っていました。人少なく、新緑がきれいで、そして何より雨の日には石の色が美しいから。なるほど、雨の桂離宮か、偶然を期すしかないのですが是非とも訪れてみたいものです。もちろん、花、紅葉、雪の桂も。
 そして思ったのが、日本文化の精髄とか、日本文化にもモダニズムの源流があったとか、日本文化という文脈で桂離宮を語るのはやめるべきだということです。そして日本文化を、ひいては日本という国や日本人を賞賛するために桂離宮を利用することも。出典は忘れてしまったのですが、文化人類学者・岩田慶治氏が次のように述べられています。
 このごろ、国をあげて国際化が唱えられ、その声、その流れのなかで日本文化を再認識しようという試みが活?である。
 それは大いに結構であるが、そのさい日本文化の存在が当然の前提とされている嫌いがある。日本文化とは何か、果して日本文化という呼べるものがあるのか、という根本的な自己反省から出発してもよいのではなかろうか。
 さて、はじめに触れたような文化比較論から離れて、換言すれば遠景としての日本文化論ではなく、一歩、その文化の内部に踏みこんでみよう。日本文化と呼ばれる額縁を取り外して、自ら画面の中に入って筆を取るといってもよい。そうすると、そこに見られる光景は外からの眺めとはずいぶん違うのである。そこに見えてくるのは、作者の行為とその作品なのである。農民は稲を育てて米をつくる。みかん農家はみかんの木を育ててみかんをつくる。別に、日本文化をつくっているわけではない。
 人麻呂は亡き妻を偲んで挽歌をつくり、赤人は自然の寂寥相を歌って自分を表現した。それぞれの創造者はその道によって自己表現を試みたのである。親鸞や道元が生涯をかけて追求したところは、日本文化とはかかわりのない世界であった。
 創造者たちはそれぞれに自己表現の究極を目ざしたのであった。別に、日本文化をつくろうとしたわけではない。強いていえば、自分文化をつくろうとしたのである。
 万葉集には自ずから万葉調のリズムが流れ、古今集には、また、それなりの微妙な言葉のひびきがある。だから、そこに日本文化の基調音を聞きとることはできるかもしれない。しかし、それは作者の与り知らぬことで、作者は自分の作品が日本文化の標本にされることに迷惑しているかもしれないのである。
 文化という歴史的な堆積物を、どういう額縁にいれるか、それを人間集団のどのレベルで切って、その裁断面を点検したらよいのか。自分か、民族か、国民か、人類か、それとも草木虫魚か。それが問題である。
 私としては、まず、これらの名称のもつ言葉のあいまいさを正したいのである。「自分って何」、「民族って何」、「国民って何」、「人類って何」、「草木虫魚って何」。
 言葉を正して、文化を創造する。
 私の願うことは、日本文化を支えることではなくて、自分文化を開花させることなのである。
 八条宮智仁親王も智忠親王も、そのもとで働いた庭師も植木職人も石屋も、日本文化と関わりなく、自分たちが綺麗で楽しいと思う庭、自己表現としての庭をつくっただけなのだと思います。私は桂離宮を訪れて、楽しませてもらい、美しいと感じ、それを自分文化をつくりあげるための養分として役立てましょう。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-08-24 07:40 | 近畿 | Comments(0)