2017年 11月 16日 ( 1 )

関東大震災と虐殺 36

 9月12日、水曜日。この日の未明、9月9日に拘束されていた王希天(ワン・シテイエン)が軍隊によって殺害されます。彼は1917年頃に日本に留学し、周恩来とも知り合いでした。五四運動(1919)を受けて東京で行われたデモのリーダーの一人として警察にマークされるようになります。その後、中華メソジスト教会の牧師、中華YMCAの幹事として活躍。中国人労働者が多く住んでいた東京府南葛飾郡大島町に中国人救済組織、僑日共済会を結成して在日中国人を助ける運動をしていました。また救世軍の山室軍平とも親しく交際しています。
 この王希天に敵意を向けていたのが、まず人夫差配師たちです。彼が僑日共済会を結成したために、中国人労働者に「組織と指導者」がうまれ、甘い汁が吸えなくなったのですね。そして亀戸署の刑事たちです。官憲の目には、仮想敵国・中国の得体の知れないインテリが過激な労働運動・社会主義運動を煽っていると映りました。(⑩p.23~4)

 9月9日、中国人虐殺(大島事件)の噂を聞き、共済会の様子を見に大島へ行く途中で、王希天は不審人物として憲兵隊拘束されました。その後、中国人を習志野収容所へ護送する業務に協力、そして解放されますが、改めて亀戸署に拘束されました。スネに傷をもつ警察・軍にしてみれば、彼は大島事件をはじめとする数々の不祥事を「知りすぎた男」に見えたのでしょう。またそうした事件を嗅ぎまわっているようにも思えました。『一司法第十九号』に「支那思想団ノ一部亀戸付近ニ潜入シ何等カ画策セル形跡アリ、野重砲第三旅団報告」とあります。(⑩p.56~7)
 野重砲第三旅団第七連隊長・中岡弥高は、この機に彼を殺害しようと決意しました。田原洋氏が再現した、彼の言です。(⑩p.62~5)
 こいつは相当の大物です。表向きは、YMCAの幹事、メソジスト派の代理牧師を名乗り、社会事業家のような顔をしているが、…YMCAもメソジストも、相当、米陸軍のスパイを入れていますから、そいつらと連携しているにちがいない。そろそろ我々の直接警備を引き揚げる時機になっておりますが、こういう過激思想の持主を野放しにしていては、軍の引き揚げたあとは、どうなるか心配です。警察のお粗末な警備では、心もとないです。

 いまさら習志野送りしたら、腰抜けと思われる。支那過激思想団の禍根を一気に断つ好機ではありませんか。

 王は五・四運動いらいの闘士だ。秘密党員かもわからん。ヤソ教の仮面をかぶってアメリカとも連絡がある得体の知れんやつだ。…あいつをやれば手柄だぞ。

 王を殺りたがっているヤツは、はいて捨てるほどいる。金鵄勲章だといえば、みんな喜んでやりたがる。
 そして中岡弥高の意を受けた者にそれとなく話をもちかけられ、亀戸署から引き取った王希天を殺害したのは、剣道の達人・垣内八洲夫中尉でした。彼は震災の際に帰省中で、帰隊すると、同年輩の少尉・中尉や部下の下士官たちが、鮮人や支那人を何人斬ったと自慢しあっていました。とくに、親しくしていた岩波清貞少尉の手柄話には羨望を禁じ得ませんでした。岩波は、既述のように大量虐殺を遂行した軍人で、隊内では「金鵄勲章が出る」と噂されていました。垣内は、「活躍」するチャンスが欲しかったのですね。そして旧中川の逆井橋付近で王希天を斬殺。死体は、身元がわからぬように処理して、中川に投げ込んだという証言があります。(⑩p.65~70)

 支配体制の現状を維持しようとする使命感とプライド、その支配体制の根幹である国家の利益を最優先する思考、その支配体制を批判し動揺させる存在への敵意、中国人・朝鮮人への差別・侮蔑意識、ねじまがった功名心、そして人命・人権の軽視。当時の軍人の思考と行動様式を如実に物語る事件です。

 なおこの事件をもみ消した第一師団野戦重砲兵第三旅団第一連隊第三中隊長・遠藤三郎大尉は、後にこう語っています。
 あのとき、私が妙な正義感などもたず、犯罪必罰の考えでいたら、どうだったろうかとは思うねえ。親しい同僚や後輩が放っておいては罪に問われる。あるいは、自分の属していた部隊の汚名が喧伝される-それは防がなきゃならん、それを防ぐのが部隊参謀の正義だと思いこんでいたんだなあ。心の底に、中国人や社会主義者を軽視し、蔑む意識があって、同僚を救うほうが正しい選択だと錯覚していた。しかも、それができる最適任者は自分だという自負心もあった。どう転ぶかわからない国際問題でもあり、あえて火中の栗を拾おうとするには、私にしろ、武田さんにしろ、それなりの覚悟は必要としたんだ。だが、非を認めるべきときに認めない、謝罪すべきときにそうしない(とくに中国をはじめとするアジア諸民族とその主権侵害に関して)日本軍国主義の体質は、このころから顕著になったといえるだろう。軍隊の独善の論理に、すっかり染まっていたんだなあ。(⑩p.105)

by sabasaba13 | 2017-11-16 06:28 | 関東大震災と虐殺 | Comments(0)