言葉の花綵162

 銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。…上から順々に四二人死んでもらう。奥さんにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に六九人、水俣病になってもらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか。(石牟礼道子 『苦海浄土』)

 占領当初の被追放者は、現在では完全に蘇生し、政界、財界、官界、あらゆるところで安楽に活動を続けている。「赤」の烙印を捺された労働者は「永久追放」であり、アメリカの占領政策として最初に追放の目標に選んだ「黒い」指導階級は、そんな烙印などとうの昔に消してしまって納まっているのである。(松本清張)

 苦慮、煩悶の揚句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た。そして私は、何も恐れることなく、職を賭して忠実にこれを実行し了えたと、今も確信している。(杉原千畝)

 アメリカ政府のある高官が、イラク戦争についてのラジオ番組に出演した際にこう語った。「大量破壊兵器を使用した歴史を持つ恐怖の独裁国家は、国際社会から排除しなければならない。あの強欲で無能な大統領を拘束することに成功した今、全世界はより安全で幸せになった」
 番組終了後、局にはこんな問合せが殺到したという。
 「いつブッシュが捕まったんだ?」 (早坂隆 『世界反米ジョーク集』)

 こころざしつつたふれし乙女よ
 新しき光の中におきて思わむ
 まをとめのただ素直にて行きしにを
 囚へられ獄に死にき五年がほどに
 高き世をただめざす少女等ここに見れば
 伊藤千代子がことぞかなしき (土屋文明 『六月風』)

 核兵器廃絶は良くて非現実的、最悪の場合は危険を伴う空想だと批判する人もいる。冷戦による「長い平和」は、核抑止が大戦争を回避してきた証拠だと言う。しかし私は核兵器の使用を任されていた者として、この意見には断固反対する。核抑止とは難しく、もろいものだ。(ミハイル・ゴルバチョフ)

 八月初三、先月来町会よりの命令なりとて家々各縁の下または庭上に穴を掘れり。空襲を受けたる時避難する為なりと云。…去年は家の中の押入にかくれよと言ひ今年は穴を掘れと言ひ。来年はどうするにや。一定の方針なきは笑ふべく憐れむべきなり。(永井荷風 『断腸亭日乗』)

 毎日、戦争のために何百万というお金を使いながら、どうして医療施設や、芸術家や、貧しい人のために使うお金が一文もないのでしょう? 世界には食物があまって、腐らしているところがあるというのに、どうして餓死しなければならない人がいるのでしょうか? (アンネ・フランク)
# by sabasaba13 | 2017-06-22 06:29 | 言葉の花綵 | Comments(0)

鎌倉の紫陽花 sanpo

 昨日の月曜日に休暇がとれたので、山ノ神と一緒に鎌倉の紫陽花を愛でてきました。三大名所のうち、成就院は植え替えのため今年まで紫陽花は見られないとのことなので、明月院と長谷寺をメインに歩いてきました。その他、インターネットで調べた穴場として、古民家ミュージアム、光則寺、御霊神社、虚空蔵堂、極楽寺を訪問。
 個人的な感想ですが、長谷寺の紫陽花が素晴らしかったですね。百花繚乱、斜面を埋めつくす紫陽花の饗宴には口を開けて見惚れてしまいました。たいへんな混雑でしたが、合理的な整理券システムが完備されており、スムーズに見学できました。明月院はやや期待外れ、思ったよりも花の数が少なくて残念でした。明月院ブルーは綺麗でしたが。想定外の穴場が、北鎌倉の古民家ミュージアムでした。鉢植えでしたが、さまざまな品種の紫陽花が艶やかに咲き誇り、山ノ神もいたく満足しておりました。
 いつになるかは分かりませんが、道中記は後日ということにして、写真を掲載します。

明月院
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明月院
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古民家ミュージアム
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古民家ミュージアム
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長谷寺
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長谷寺
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御霊神社
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極楽寺
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# by sabasaba13 | 2017-06-20 06:31 | 鶏肋 | Comments(0)

言葉の花綵161

 お望みならば、私を売国奴と呼んでくださってもけっこうです。決しておそれません。…他国を侵略するばかりか、罪のない難民の上にこの世の地獄を平然と作りだしている人たちと同じ国民に属していることのほうを、私はより大きい恥としています。日中両国民の間には、いかなる基本的な敵対感情も存在していません。(長谷川テル)

 生命を生み出す母親は 生命を育て 生命を守ることをのぞみます (「世界母親大会」宣言)

 凡そ戦いより生ずる所の災禍は誰か之れに当る乎。兵を執りて闘う者は即ち民なり、金を出して軍費に充る者は即ち民なり、慮舎焚焼せられて其害を受る者は即ち民なり。(中江兆民 『三酔人経倫問答』)

 「狂気」なしでは偉大な事業はなしとげられない、と申す人々も居られます。それはうそであります。「狂気」によってなされた事業は、必ず荒廃と犠牲を伴います。真に偉大な事業は、「狂気」に捕えられやすい人間であることを、人一倍自覚した人間的な人間によって、誠実に執拗に地道になされるものであります。(渡辺一夫)

 私たちが音楽の美しさを共有したとき、私は私たちが兄弟姉妹であり、おなじ家族の一員なのだと知った。恐ろしい戦争が時を隔てようと、国と国とがばかげた縄張りを争おうと、私はずっとこの認識をもちつづけた。それは最後まで変わらないだろう。私は世界中の人びとが、幸福と、美を愛する心で結ばれて、一つの大きなコンサート会場にいるかのようにともに坐る日を待ち望んでいる。(パブロ・カザルス)

 中国大陸で…、女をはだかにし、一生懸命逃げるのをまるで兎か何かを狩るように撃った話を、何の良心のカシャクもなく、むしろ懐旧の念にかられて語る人に会ったことがあります。その人は、社会的に地位のある人であり、私の心は暗たんとしたことを覚えています。結論から申し上げれば、戦争責任の問題において、私の描きたいのは、こうした人々の内部の問題です。(今井正)

 戦争中の若者たちは、君に忠とかいわれて、命を捧げて出陣していきました。わたしの息子もそう。そして、とうとう帰りませんでした。だから、わたしは言いたい。人間兵器となって死んだ英雄たちよ。もう眠りから覚めよ、と。さァさァ、わたしたちと、一緒に立ち上がろう。さァさァ、協力しよう。永遠の平和を確立するために…。(阿波根昌鴻)
# by sabasaba13 | 2017-06-18 06:30 | 言葉の花綵 | Comments(0)

共謀罪法案成立

 共謀罪法案が成立してしまいました。やれやれ。

 1943(昭和18)年6月25日、戦争が酣のころ、永井荷風が『断腸亭日乗』に書きつけた言葉を、ふと思い出しました。
 歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや。
 壮吉さん、その行末がこのざまです。お恥ずかしい…

 夏目漱石は、日記(1901.3.21)の中に、こう記しています。
 未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼する勿れ。真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行え。汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現わるべし。
 金之助さん。真面目に考えず、誠実に語らず、摯実に行なわなかった自民党・公明党・日本維新の会が播いた種は、これからどす黒く成長していくでしょう。おっしゃるとおり、その悪徳と悲劇に満ちた果実は、彼らに政権を委ねた私たち日本社会が収穫します。

 そして『ヒトラー』(イアン・カーショー 白水社)の中で紹介されていた、1933年1月末に、ルーデンドルフが大統領ヒンデンブルクに宛てた手紙の一節も脳裡をよぎります。(上p.402)
 この呪われた男がわれらの国を奈落の底へと突き落とし、わが国民は想像を絶する辛酸を舐めることになるに違いありません。あなたの所業に対して後世の人びとは死したあなたを謗るでしょう。
 ヘル・ルーデンドルフ、自民党・公明党・日本維新の会を支持してその候補者に一票を投じた方々、あるいは棄権をした方々は、その所業を謗られていることなど気にも留めないでしょう。

 それにしても、これほど愚劣で低劣で下劣な人物と政党を、何故多くの人びとが支持しているのか。その人たちが、同じく愚劣で低劣で下劣だとは思いたくありませんが…謎です。前掲書で、イアン・カーショーは、こう述べられています。
 ヒトラーの権力はヒトラー自身が作り出した部分もあるが、大部分は社会的な産物だった。すなわち、追従者がヒトラーに寄せた期待や意図から作り出されたものだった。これは、いくつかの決定的な瞬間にヒトラー自身がとった行動は権力を拡大するうえで重要ではなかったという意味ではない。ヒトラーの権力の衝撃性は、「個人」としてのヒトラーの特殊な性格にではなく、その指導者としての役割にある。そしてその役割はほかの人びとの過小評価、過ち、弱さ、協力のうえに成り立っていた。したがって、ヒトラーの権力を説明しようと思うならば、ヒトラーその人ではなく、まずはほかの人びとを見なければならない。(上p.24)
 なぜ多くの人びとが、安倍上等兵および自民党・公明党・日本維新の会を過小評価し、彼らを支持するという過ちを犯し、抵抗をあきらめるほど弱く、あるいは協力したのか。それについて本気で考えなくてはならないでしょう。その際にヒントとなるのが『永続敗戦論』(太田出版)の中の、白井聡氏の言葉です。
 三・一一以降のわれわれが、「各人が命をかけても護るべきもの」を真に見出し、それを合理的な思考によって裏づけられた確信へと高めることをやり遂げるならば、あの怪物的機械は止まる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的怠惰を燃料としているのだから。(p.185)
 そう、知的怠惰と倫理的怠惰が、なぜ私たちの社会を濃い霧のように覆ってしまったのか。そこから考えはじめるしかないと思います。

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# by sabasaba13 | 2017-06-16 06:31 | 鶏肋 | Comments(0)

がんばれ、野党

 がんばれ、野党。

 を知れ、与党。
# by sabasaba13 | 2017-06-15 06:34 | 鶏肋 | Comments(0)

マーラー交響曲第八番「千人の交響曲」

c0051620_6283485.jpg 気鋭の指揮者・山田和樹氏が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振る「マーラー・ツィクルス」がいよいよ第3期に入りました。前回は交響曲第7番「夜の歌」、そして今回はいよいよ畢生の大作、交響曲第8番「千人の交響曲」です。『マーラーの交響曲』(金聖響+玉木正之 講談社現代新書)によると、この曲についてマーラーは次のような言葉を残しているそうです。(p.221)
 私は、ちょうど第八番の交響曲を完成させたところです。これは、これまでの私の作品のなかで最大の最も優れた作品で、内容的にも形式的にも非常にユニークで、他に例がなく、言葉で表現することができません。大宇宙が響きはじめる様子を想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運航する惑星であり、太陽そのものです。
 以前に、ガリー・ベルティーニの指揮で聴いたことがあるので、生で聴くのは二度目です。大宇宙の響きにまた包まれるのが楽しみです。

 会場はいつものように、Bunkamuraオーチャードホール。今回は三階席なのでホール全体を一望できますが、舞台の後ろ半分は合唱団のための演台が列をなし、前半分にはハープ四台にピアノ、チェレスタ、ハーモニウム、そして様々な打楽器群が置かれています。もうこれだけで、期待で胸ははちきれそう。
 まずは早稲田大学創立100周年を記念して武満徹が作曲した「星・島(スター・アイル) (オーケストラのための)」で身も心も浄められ、15分の休憩です。紫煙をくゆらして座席に戻ると、陸続と合唱団、そしてオーケストラのみなさんが登場し、舞台を埋め尽くしました。山ノ神が肘でつつくので指さす方を見ると、三階席の両側に譜面台が置かれていました。どうやらバンダ(オーケストラと離れた位置で演奏する小規模のアンサンブル)が加わるようですね。そして指揮者の山田和樹氏が登場して万雷の拍手を浴び、すぐに静寂がホールを包みます。一瞬の間を置き、タクトを上げて振り下ろすと、オルガンの重厚な響き、そしてVeni, creator spritus ! (来たれ、創造主である聖霊よ)という大合唱とオーケストラの音が、文字通りホールを揺るがしました。
 第一部は、中世のマインツの大司教ラバヌス・マウルスが創ったといわれる、創造主・キリスト・聖霊を讃えるラテン語の讃歌です。第二部は、ゲーテの『ファウスト』で、ファウストが天上界へ導かれていく最終場面がドイツ語で歌われます。いや、そうした註釈ぬきで、素晴らしい音楽に酔い、包まれ、感動することができました。自分という存在が消え失せて、大宇宙の響きと一体となったという稀有なる体験です。もう言葉もありません。
 とはいえ、興奮と感動が醒めやると、やはりマーラーがこの曲で表現したかったことが気になります。金聖響氏も前掲書の中で言っておられましたが、最後に歌われる「永遠に女性的なるものが私たちを引き上げる! (Das Ewig-Weibliche Zieht uns hinan !)」という謎のような言葉が鍵を握っていそうです。『ファウスト』の中で、ゲーテはこうも書いています。
 女性的な感覚の方が、人間を正しい方向に導く。
 マーラーは、当時(※初演は1910年)のヨーロッパ社会が間違った方向に進んでいて、それを矯正するには"女性的な感覚"が必要だと考え、それをこの巨大な音の伽藍で表現しようとしたのではないか。だとすると、その間違った方向とは何なのでしょう。それを考えるときに、ほぼ同時期に刊行されたマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(1904~5)が導きの糸になりそうです。私の文責で要約しますと、この時代、合理的産業経営を土台とする資本主義の社会的機構が、鋼鉄のようなメカニズム(鉄の檻)と化していました。その結果、諸個人の行動から倫理的な意味は消え失せ、貨幣の獲得のみが職業における有能さの結果であると信じ、徹底的に合理化された思考・行動によって競争相手を打ち負かし利潤を増やそうとする人間類型が登場することになります。精神のない専門人、心情のない享楽人。ヴェーバー曰く、「末人たち」(letzte Menschen)です。こうした人間類型に対して、彼が本書で掲げているのが「ファウスト的な人間の全面性」という表現です。それが「女性的なるもの」の正体ではないでしょうか。戦い・争い・競争を忌み嫌い、他者を蹴落とそうとせず、人間らしく生きようとすること。
 ちなみに、マーラーが唯一、個人に献呈したのがこの第八だそうです。相手は妻のアルマ・マーラー。この頃、マーラーはアルマが建築家ワルター・グロピウスと不倫関係にあることに気づき、どちらをとるかを彼女に決断させ、アルマはマーラーのもとに戻ってきました。しかし精神的に不安定になったマーラーはフロイトの診療を受けるとともに、第八番初演の準備や第十番の作曲に忙殺されていた時に、アルマにこの曲を献呈する決意をしたようです。彼女のなかに、十全なる"女性的なるもの"を見ていたのでしょう。

 何も考えずに曲に身をまかすだけで至福ですが、こうした思想的な背景を考えるとより深みと厚みが増すような気がします。この時代よりもますますletzte Menschenが跳梁跋扈しもてはやされる現代、マーラーの思いはより輝きをもって鳴り響きます。
# by sabasaba13 | 2017-06-14 06:29 | 音楽 | Comments(0)

ワハハ本舗

c0051620_6284670.jpg 喜劇や笑いは大好きですね、うん。マルクス兄弟にクレイジーキャッツ、チャップリンにキートン、古今亭志ん生に柳家小三治、彼らから何度、元気をもらったことか。シェ-クスピア曰く、"陽気に笑いさざめきながら老いさらぼうて皴をつけ、酒びたしで肝臓をほてらせるがいい。そのほうが苦しい溜息ついて、その一息ごとに心臓を凍らせるより、よほどましだ。熱い血のかよった人間が、石膏細工の爺様よろしく、どうしてじっとしていなければならないのだ?"。シャンフォール曰く、"人生で最もむなしかった日は、笑わなかった日である"。アンネ・フランク曰く、"こんな薬を10錠飲むより心から笑ったほうがずっと効果があるはず"。チャーリー・チャップリン曰く、"私には傑作は残せなかった。だが人を笑わせた。悪くないだろ"。ニーチェ曰く、"笑いとは、地球上で一番苦しんでいる動物が発明したものである"。
 できるだけ舞台で喜劇を楽しもうとは思っているのですが、小生の霊界アンテナがにぶいのか、あまり上演の情報を手に入れられません。ほんとうは小松政夫と伊東四朗の二人芝居が見たいのですが、叶わぬ夢のようです。DVDの「エニシング ゴーズ」を見て笑いころげましょう。「小倉久寛 祝還暦記念コントライブhttp://sabasaba13.exblog.jp/23530914」は、実に面白かったですね。またこういう舞台を見たいものだと思っていた矢先、「ワハハ本舗」全体公演「ラスト3~最終伝説~」がおこなわれるという情報を得ました。久本雅美の当意即妙のギャグは大好きなので、彼女が所属するコメディ集団の舞台は期待できそうです。

 会場は東京フォーラム、現地で山ノ神と待ち合わせることにしました。入口で渡されたのは、桜の枝の造花。なにかの演出で使われるのでしょうね。さあはじまりはじまり。煌びやかに女装した梅垣義明氏が、股間を隠しながら朗々と歌うシャンソンには度肝をぬかれました。この時に、さきほどの桜の造花を振るように促されました。
 この後は柴田理恵氏と久本雅美氏の一人芝居あり、メンバーによるコントあり、集団によるモダン・ダンスあり、弾き語りありと、笑いのオンパレード…と言いたいところですが、お腹の底から笑えるような場面はありませんでした。あまり練られたギャグは少なく、会場が広いことも災いしたのかな。凡百な下ネタの多さにもちょっと辟易しました。ただお客さんを楽しませようという意気と熱気は十二分に伝わってきたので諒としましょう。ただ柴田氏が言った「面白いから笑うのではない、笑うと面白くなる」という言葉に琴線が触れました。そうですよね、ぐだぐだ言っていないで、笑えばいいんですね。
 会場を去る時に、造花が回収されましたが、財政面での苦労が偲ばれます。これからも身銭を切って、お笑い芸人のみなさんを育てていきたいと思います。そういえば、古今亭志ん生が、林家三平真打披露口上の中で、「小鳥の鳴く音を聴くには、餌をあげて世話をしなくてはいけない」と言っていましたっけ。
# by sabasaba13 | 2017-06-13 06:29 | 演劇 | Comments(0)

『共謀罪の何が問題か』

 なりふりかまわずに共謀罪法案を成立させようとしている安倍上等兵内閣。自由と民主主義を守るために抗い声をあげている少数の人びと、そしてこの問題に無知・無関心な、あるいは「他に適当な人がいない」という理由でこの内閣を支持している多数の人びと。状況はいよいよ最終局面に至っています。
 そもそも共謀罪法案とは何か、安倍でんでん内閣が意地になって成立をめざす理由は何か、そして問題点は何か、私たちはしっかりと知り、考えるべきだと思います。そのために導きの糸となってくれる好書『共謀罪の何が問題か』(髙山佳奈子 岩波ブックレット966)をぜひ紹介します。なお髙山氏は、第一線で活躍する刑事法の研究者です。

 まずは表紙にある一文を見て、驚きましょう。
 「テロ対策のため」「オリンピックのため」「国際条約のため」「組織的犯罪集団に限定し、構成要件を厳しくした」… →全部ウソです
 一読して納得しました、はい、ほんとうに、全部、ウソです。このようなウソつき内閣を支持している、あるいは自民党・公明党の候補者に投票する方々、このブックレットを読んでぜひ直視してほしいものです。

 「テロ対策のため」…ウソです。引用します。
 このように、テロを中心とする危険な事態には、国際条約や決議、またそれらに対応する国内立法や独自の国内法によって、すでに対応可能な体制が整っています。そして、法案の内容自体に、テロ対策が規定されていません。(p.40~1)
 "驚き桃の木山椒の木、錻力に狸に蓄音機"なのですが、2017年2月末に、法案の内容が明らかにされたとき、「テロ」という語がまったく含まれていなかったそうです。その後慌てた自民党・公明党は、適用対象についての条文に「テロリズム集団その他」という文言を挿入しましたが、テロ用に設けられた条文がただの一か条も存在しないという事実は変わっていません。(p.39~40)

 「オリンピックのため」…ウソです。引用します。
 …共謀罪立法はオリンピック・パラリンピックの文脈で議論されたことがなく、政府の公式文書でも一貫してそのような扱いになっていることが明らかになりました。(p.34)
 「国際条約のため」…ウソです。引用します。
 まず、条約が何を要求しているのかを見てみましょう。本条約は、シチリア州都パレルモ市で調印されたことに象徴されるとおり、マフィア対策を内容としています。そのターゲットの中心は組織的な経済犯罪です。2000年の国連総会で採択されており、2001年9月の同時多発テロ事件よりも前にできた条約であることがわかります。…テロ対策の一連の条約や国連決議は、マフィア対策とは別の体系をなしていますから、本条約を締結するために「テロ等準備罪」の処罰を導入する、という話は、そもそも眉唾ものです。(p.15)

 条約は共謀罪立法を義務づけていない。(p.20~3)
 「組織的犯罪集団に限定し、構成要件を厳しくした」…ウソです。引用します。
 2017年3月31日に自民党政務調査会が「党所属国会議員各位」に送付した「『テロ等準備罪』に関する資料」は、対象となる人の範囲について、「組織的犯罪集団に入っていない一般の方々が、処罰の対象になることはありません」としています。しかし、ある人が組織的犯罪集団に入っているかどうかは、その都度、捜査機関が判断するのですから、「入っていない一般の方々」が処罰対象にならないと言ってみても、意味をなしません。同じ資料には「一般のメールやSNS上のやり取りで処罰されることもありません」とも書かれています。これも、「一般の」メールやSNSと、「一般のでない」メールやSNSとの区別が法案に書かれているわけではなく、それは捜査機関によって判断されるわけですから、ナンセンスだといえます。(p.52)
 そう、捜査機関にフリーハンドを与えるようなものですね。警察関係諸氏は欣喜雀躍でしょうが。
 なお組織的は経済犯罪を取り締まるというのがパレルモ条約の趣旨ですが、この法案では、公権力を私物化する罪や、民間の汚職などの経済犯罪が、法定刑の重さにもかかわらず、対象犯罪から除外されています。(p.28) 本書にしたがって列挙して見ましょうか、これも"驚き桃の木(以下略)"です。業務上横領罪、特別背任罪、公職選挙法違反、政治資金規正法違反、政党助成法違反、警察などによる職権濫用・暴行凌辱罪、新聞・雑誌の不法利用罪、株式会社の役員・従業員による収賄罪、金融商品取引法違反、商品先物取引法違反、投資信託・投資法人法違反、医薬品・医療機器法違反、労働安全衛生法違反、貸金業違反、資産流動化法違反、仲裁法違反、一般社団・財団法人法における収賄罪、たばこ税法違反、石油石炭税法違反、石油ガス税法違反、航空機燃料税法違反、揮発油税法違反、相続税法違反、独占禁止法違反などなど。これらはすべて、共謀罪の対象犯罪から除外されています。私の理解を超えている犯罪も多々ありますが、政治家・大企業・警察にきわめて有利な法案であることは素人でもわかります。政治家・大企業・警察にとっては"ザル法"なのですね。

 それでは、なぜこのような嘘にまみれた胡散臭い法律を、安倍内閣および自民党・公明党は躍起になって成立させようとしているのか。髙山氏は、その理由を二点指摘されています。
 まずひとつめ。警察の権益を守り、さらに拡充するための共謀罪法と言えそうです。
 こんな奇怪な法案を、なぜ、与党は、虚偽の看板を掲げて国民をだましてまで強行しようとするのでしょうか。…ここでは、「犯罪が減って仕事のなくなった警察が権限を保持するため」という理由を書いておきましょう。(p.40~1)
 実は、近年、犯罪が激減しているのですね。政府の『犯罪白書』の統計によれば、刑法犯の2012年の認知件数は203万6392件であったのに対し、2015年は161万6442件で、わずか三年間に二割以上も減っています。(p.30) 犯罪の認知件数は、戦後最低新記録を更新中です。警察の仕事は減った、しかし警察職員の数は増えている。そこで本来必要のない処罰規定をわざわざ作ることにより、犯罪ではなかったものを犯罪と呼び、警察の実績を上げようとしている。最近、今まで摘発の対象になっていなかった行為の摘発を始めているのも、その傍証だとされています。例えば、沖縄の基地反対運動への弾圧、ダンス営業規制によるクラブの一斉摘発、女性タレントの線路立入り、右翼団体メンバーによる道路交通法上の共同危険行為など。

 ふたつめ、アメリカ政府の要請に応じた可能性です。『スノーデンの警告 「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」』の中で、エドワード・スノーデン氏は、特定秘密保護法をデザインしたのは米国であり、「テロ」は口実であって、米国の監視体制は米国への協力者や無関係な人々まで対象にしていると証言されています。
 実際に日本で情報活動にあたっていた人がこのように述べている過去の経緯からしますと、共謀罪立法についても、特定秘密保護法や安保法制の場合と同じく、米国の求めに応じているものである可能性が否定できません。確かに、米国の諜報機関には日本語の使える職員が足りませんので、日本の警察に集めさせた情報を入手するのが効果的です。(p.66)
 みっつめ。髙山氏は直接には指摘されてはいませんが、文脈からは見えてきます。
 刑事法研究者の声明でも「大分県警別府署違法盗撮事件」が例として挙げられていますように、現行法の下でも、一定の範囲で捜査権限の濫用が発生していることは事実です。鹿児島の志布志事件のような大規模な冤罪事件も起きています。最近では、福島の被災地への反原発ツァーで、レンタカー代を割り勘にした埼玉県加須市の職員らが、白タクの無許可経営罪の疑いで逮捕されたという事件がありました。また、沖縄では、極めて軽微な違法行為の疑いで、強制捜査によって大幅な人権の制約が行われる事案が相次いでいることも報告されています。(p.59)
 そう、反原発運動や反米軍基地運動など、政府の政策を批判し、それに抗議して反対運動を起こしている方々、日本政府とアメリカ政府に抗う方々への弾圧と威嚇です。辺野古での基地反対運動のリーダーである山城博治氏が検挙され、その取調べの模様を次のように証言されています。
 検察の取り調べでは、「共犯」「共謀」という言葉が頻繁に使われた。

 (山城) 共犯者は誰だ、カメラに映っているこの人物は誰だ、名前は? どこから来た人物だ?と。あぁ彼らは、私に、"共謀"したということでたくさんの逮捕者を出すつもりだなと思った。運動をしてきた人がみんな犯罪者にされてしまう。だから黙秘した。…警察や検察の主張では、常時私と行動を共にしていた者のみならず、たまたまゲート前の座り込み行動に参加して私の話を聞き、拍手を送った者まで、"共謀"したとされています。
 そして問題点です。これまで基本的に許されないと解されてきた、犯罪の実行に着手する前の逮捕・拘留、捜査・差押えなどの強制捜査が可能になるということです。しかも、対象となる犯罪が確実に実現するだろうという見込みをもってなされたことを必要とせず、「実現するかもしれないし、しないかもしれない」という程度の認識(「未必の故意」)があれば、共謀罪とされてしまいます。しかし、何も危険な物や手段が登場していない事前の計画の段階で、共謀罪を摘発するとしたら、どうすればよいのでしょうか。髙山氏は、二つの方向性を指摘されています。一つは、犯罪の計画を立てそうであると判断した人物を監視すること。もう一つは、十分な証拠がなくても摘発してしまうことです。(p.56) 前者は、本格的な監視社会の到来ですね。共謀罪の摘発の必要性を名目とする電子メールの盗聴や身分秘匿捜査官の投入といった、歯止めのない捜査権限の拡大につながるおそれもあります。後者は冤罪の横行ですね。

 というわけで、警察の権限と利益を拡充し、監視の目を社会のすみずみまで張り巡らし、日米政府に抗う人々を弾圧・威嚇し、政治家・財界・警察の共謀は見逃す。これが共謀罪法案の本質であることがよくわかりました。あらためて反対したいと思います。
 それにしても、580円の身銭を切ってブックレットを二時間ほど読めばこれくらいのことは分かるのに。なぜ真実を知らない人が、知ろうとしない人が、そして知ることに興味がない人が、多いのでしょう。イグノランスの深淵は計りがたい。(『暗黒日記』 清沢洌)

 付言その一。心に残った一文です。ほんとにそうですよね。
 テロの危険が高まったとすれば、それは、安保法制が強行されたことにより、日本が「アメリカと一緒に武力を行使する国」と見られて、イスラム過激派から敵視されるようになったからではないでしょうか。そうであれば、原因となった安保法制をやめればよいことになります。東アジア情勢の緊迫は、北朝鮮が米国の脅威に対抗するために生じるものなのですから、本来外交によって対処すべき事態です。(p.31)
 付言その二。この一文も心に残りました。
 真の国益とは、国に住む人々が安全で幸福に暮らせることにほかなりません。安全に貢献せず、権利や自由を制限するだけの立法はこれに反します。私たちは市民として何をすべきなのか、つねに自らに問いかけ、社会的責任を自覚することが必要だと思います。(p.71)
 私たちが、安全で幸福に暮らせることが"国益"、その暮らしを保障するのが"安全保障"。この視点を銘肝しましょう。私たちの暮らしを、自由を、権利を踏みにじりながら、"国益"や"安全保障"を怒号する候補者には一票を投じない。またそうした政党を支持しない。そこから始めましょう。

 付言その三。こういう一文もありました。
 マフィアや暴力団などの組織的犯罪集団は、組織として時間的に継続することを想定しており、その中で、さまざまな利益の獲得や、そのための公権力に対する不当な影響力の行使を目的としています。これに対し、テロリズムは、宗教的動機や政治的動機に基づいており、組織性や継続性を要件としません。単独の犯人が行う自爆テロも、典型的なテロリズムの一つです。両者は、目的も態様も異なるのです。(p.35)
 「さまざまな利益を獲得するために公権力に対する不当な影響力を行使する、時間的に継続する組織」が、組織的犯罪集団の定義です。…ん?…あれっ…これは自由民主党も該当しませんか。そうか、自民党は組織的犯罪集団だったんだ。組織的犯罪集団がつくった組織的犯罪集団を取り締まるためにつくった法律。まともなものになるわけがありません。
# by sabasaba13 | 2017-06-12 08:26 | | Comments(0)

辺野古埋立て・共謀罪法案反対集会

 昨日、国会前に行き、「止めよう! 辺野古埋立て 共謀罪法案は廃案に! 国会大包囲」に参加しました。安倍内閣のおぞましさについては、拙ブログの書評、『街場の憂国論』(内田樹 晶文社)と『安倍改憲政権の正体』(斎藤貴男 岩波ブックレット871)をご一読ください。
 アメリカへの隷従、大企業の利益の優先、民意と国会の軽視、国家権力の強化、メディアの統制、その基本姿勢は私たちの人権を石臼のようにゴリゴリと轢き潰す危険なしろもの、居ても立ってもいられなくなり駆けつけた次第です。民意を無視する辺野古埋立てと、国家権力を強化し抗う者たちを踏み潰し黙らせる共謀罪法案に抗議しなければ。
 持参した『自発的隷従論』(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ ちくま学芸文庫)を地下鉄の中で読んでいると、次のような一節がありました。
 それにしても、おお神よ、これはいったいどういうわけなのだろうか。これをはたしてなんと呼ぶべきか。なんたる不幸、なんたる悪徳、いやむしろ、なんたる不幸な悪徳か。無限の数の人々が、服従ではなく隷従するのを、統治されているのではなく圧政のもとに置かれているのを、目にするとは! しかも彼らは、善も両親も、妻も子どもも、自分の意のままにある生命すらもたず、略奪、凌辱、虐待にあえいでいる。それも軍隊の手になるものでもなく、蛮族の一群の手になるものでもない(そんなものが相手なら、血や生命を犠牲にするのもやむをえまい)、たったひとりの者の所業なのである。しかもそいつは、ヘラクレスでもサムソンでもなく、たったひとりの小男、それもたいていの場合、国じゅうでもっとも臆病で、もっとも女々しいやつだ。そいつは戦場の火薬どころか、槍試合の砂にさえ親しんだことがあるかどうかも怪しいし、男たちに力ずくで命令を下すことはおろか、まったく弱々しい小娘に卑屈に仕えることすらかなわないやつなのだ! このようなありさまを、臆病によるものと言えるだろうか。隷従する者たちが腰抜けで、憔悴しきっているからだと言えるだろうか。(p.13~4)
 16世紀フランスの若き法官が嘆いた状況が、いま21世紀の日本で現出しているとは。きっと彼も草葉の陰で驚いているでしょうね。私も驚いています。さあ、隷従を潔しとせず、"小男"に抗議の声をあげる人びとがどれくらい集まっているのか楽しみです。

 地下鉄国会議事堂駅でおりて地上にのぼる階段をのぼっていると…2015年の「10万人集会」ではこのあたりですでに、スピーカーから流れるスピーチが聞こえ、声なき声のうねりとどよめき熱気が感じられたのに、今日はいやに静かです。地上に出ると、やはり国会を包囲するという規模の参加者ではありません。後の主催者発表によると、参加者は約1万8千人。辺野古埋立てと共謀罪法案に怒らず、危機感を持っていない方が多いということなのでしょう。そして「他に適当な人がいない」という理由で安倍内閣を支持する人も。

 最後まで集会に参加し、帰途に乗った地下鉄内で前掲書をふたたび読んでいると、下記の一文に出会いました。
 あなたがたが衰弱すれば、敵はますます強く頑固になり、あなたがたをつなぎ止める手綱をもっと引きしめるようになる。
 かくも卑劣な行いを少しでも感じたならば、獣たちでさえ耐えられないだろう。あなたがたは、わざわざそれから逃れようと努めずとも、ただ逃れたいと望むだけで、逃れることができるのだ。もう隷従はしないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。敵を突き飛ばせとか、振り落とせと言いたいのではない。ただこれ以上支えずにおけばよい。そうすればそいつがいまに、土台を奪われた巨像のごとく、みずからの重みによって崩落し、破滅するのが見られるだろう。(p.23~4)
 隷従しないぞ。
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# by sabasaba13 | 2017-06-11 16:04 | 鶏肋 | Comments(0)

若草山山焼き編(24):大和郡山(15.1)

 この事件に関する史蹟は、これまでに津和野を訪れました。よろしければ訪問記をご一読ください。
 なお棄教を迫られた浦上キリシタンたちが、国家権力の強圧と暴力に対して抵抗し、毅然として信仰を守り抜こうとした史実は、大佛次郎氏が『天皇の世紀』(文春文庫)の中で詳細に述べておられます。一部ですが紹介しましょう。
 …政治権力に対する浦上の切支丹の根強い抵抗は、目的のない「ええじゃないか踊り」や、花火のように散発的だった各所の百姓一揆と違って、生命を賭して政府の圧力に屈服しない性格が、当時としては出色のものであった。政治に発言を許されなかった庶民の抵抗として過去になかった新しい時代を作る仕事に、地下のエネルギーとして参加したものである。新政府も公卿も志士たちも新しい時代を作る為になることは破壊以外に何もして居なかった。浦上の四番崩れは、明治新政府の外交問題と成った点で有名と成ったが、それ以上に、権力の前に庶民が強力に自己を主張した点で、封建世界の卑屈な心理から脱け出て、新しい時代の扉を開く先駆と成った事件である。社会的にもまた市民の「我」の自覚の歴史の上にも、どこでも不徹底に終わった百姓一揆などよりも、力強い航跡を残した。
 文字のない浦上村本原郷の仙右衛門などは自信を以て反抗した農民たちの象徴的な存在であった。維新史の上では無名の彼は、実は日本人として新鮮な性格で、精神の一時代を創設する礎石の一個と成った。それとは自分も知らず、その上間もなく歴史の砂礫の下に埋もれて、宗教史以外の歴史家も無視して顧みない存在と成って、いつか元の土中に隠れた。明治の元勲と尊敬された人々よりも、真実新しい時代の門に手を賭けた者だったとも言えるのである。元勲たちは実は時代の波に乗せられて自己の意思なく漂流していたものである。(⑪p.105)

 浦上切支丹の「旅の話」は、この辺で打切る。私がこの事件に、長く拘り過ぎるかに見えたのは、進歩的な維新史家も意外にこの問題を取上げないし、然し、実に三世紀の武家支配で、日本人が一般に歪められて卑屈な性格になっていた中に浦上の農民がひとり「人間」の権威を自覚し、迫害に対しても決して妥協も譲歩も示さない、日本人としては全く珍しい抵抗を貫いた点であった。当時、武士にも町人にも、これまで強く自己を守って生き抜いた人間を発見するのは困難である。権利という理念はまだ人々にない。しかし、彼らの考え方は明らかにその前身に当るものであった。(⑪p.230)
 人間としての権威と権利を守るために、強権に対して妥協も譲歩も示さず、抵抗を貫く。私たちが学ぶべき点だと思います。

 それではそろそろ大和郡山とお別れです。実は、今調べていて分かったのですが、付近には、室町時代に出来た環濠が原型に近い形で残されており、その規模も全国最大級という稗田環濠集落や、番条環濠集落があるとのことです。探訪を断念した東岡町の遊郭物件と合わせて、再訪を期しましょう。レンタサイクルもあるようですし。
 近鉄郡山駅には、金魚をデザインしたトイレ男女表示がありました。
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 大和西大寺駅で近鉄京都線の急行に乗り換えて京都へ。近鉄京都駅では「日本最古の神社 三輪明神」という大きな看板を発見。そして京都駅の地下街にあった「いろはかるた」で、とんぺい焼きと牡蠣入りねぎ焼きをたいらげました。
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 「いのだコーヒ」で食後の珈琲を所望し、京都20:02発の新幹線に乗り込みました。
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 車内誌「ひととき」では高野山を紹介する記事がありましたが、たしか重森三玲がつくったお庭があることを思い出しました。こちらも再訪してみたいものです。とりあえずマスコット・キャラクターの「こうやくん」を撮影。
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 若草山焼き編、これにて一巻の終わりです。

 本日の一枚です。
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# by sabasaba13 | 2017-06-10 06:37 | 近畿 | Comments(0)