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保育所で国旗・国歌

 毎日新聞(2017.2.14)によると、厚生労働省が、保育所に通う幼児に対して、国旗や国歌に親しむことを求める保育指針を公表したとのことです。
 厚生労働省は14日、保育所に通う3歳以上の幼児に対し、国旗や国歌に親しむことを求める文言を初めて盛り込む保育所保育指針改定案を公表した。同日文部科学省が公表した幼稚園の教育要領案に表現を合わせた形だが、保育所は学校教育法に基づく施設ではなく、保護者から幼児を預かる福祉施設のため、過度の押しつけにつながる可能性があるとの懸念が出そうだ。
 保育所保育指針改定案には、国旗について「保育所内外の行事において国旗に親しむ」、国歌については「正月や節句など日本の伝統的な行事、国歌、唱歌、わらべうたや日本の伝統的な遊びに親しむ」という表現が盛り込まれた。国旗は現行の幼稚園の教育要領、国歌はこの日公表された教育要領案と同じ表現となっている。
 保育指針改定案はパブリックコメント(意見公募)を実施し、18年度から施行する予定という。厚労省は改定について、「幼稚園と保育所の一体化を進めており、文科省の教育要領の見直しに合わせた。国旗掲揚や国歌斉唱を強制するものではない」と説明している。
 幼稚園は学校教育法で義務教育前の教育を担う場、保育所は児童福祉法で保護者に代わって保育する場とそれぞれ位置付けられており、本来の目的は異なっている。【山田泰蔵】
 やれやれ、なぜこの国の官僚諸氏は、「愛国心」を子供や若者に強要したがるのでしょうね。これを"異端審問官的な他者支配欲"と喝破されたのは法哲学者の井上達夫氏です。(『現代の貧困 リベラリズムの日本社会論』 岩波現代文庫)
 誤解のないように言えば、愛国心自体を危険視しているのではない。危険視さるべきなのは、「愛国心は強制できる、しかも一定の儀礼を愛国心の踏み絵として強制することによって、それを植え付けることができる」とする異端審問官的な他者支配欲であり、「日本人ならみな日本を愛するのが当然だ、しかも日の丸に敬礼し、君が代を斉唱し、靖国の英霊への国家的慰霊の受容という同じ仕方によって、日本という国への愛を表現するのが当然だ」という同質社会的不寛容の蔓延である。国を愛するとは何をいかなる仕方で愛することなのかについて、視点を異にする人々が相互批判と相互啓発を通じて連帯するような関係性の欠損、すなわち、異質な他者との共生を受け入れない〈関係の貧困〉から、我々が未だ脱却できていないことこそが、危険視さるべきなのである。(p.324~5)
 「私を愛して」としつこくつきまとうのだから、ストーカー国家だと指摘されたのは、評論家の佐高信氏です。(『属国 米国の抱擁とアジアでの孤立』 ガバン・マコーミック 凱風社)
 2007年が明けると、愛や希望や美しさを語るメディアが東京中に溢れた。日本人がみな、春でもないのに突然、恋の季節に心を奪われたのか-むろんそうではない。政府が国民に愛国を求めていたのだ。おそらくこの国が隣国の北朝鮮とよく似ているのはこの点だろう。隣国の国民も「親愛なる指導者」と愛するよう求められている。評論家の佐高信は、自分を愛せとつきまとうような国を「ストーカー国家」と呼ぶ。国民が愛国を強制され自己犠牲がこのうえなく美しい行為だと教えられた20世紀前半の日本を覚えている人もいるだろう。しかしその日本の終末は悲惨なものだった。(p.285~6)
 いやいや、家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)の加害者に近いと言われたのが、小説家の高橋源一郎氏。(『ぼくらの民主主義なんだぜ』 朝日新書)
 誤解を恐れずにいうなら、わたしには、この国の政治が、パートナーに暴力をふるう、いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)の加害者に酷似しつつあるように思える。彼らは、パートナーを「力」で支配し、経済的な自立を邪魔し、それにもかかわらず自らを「愛する」ように命令するのである。(p.171)
 対象が何であれ、"愛"を強要するのは、分別のある真っ当な人間のすることでないと思うのですが。異端審問、ストーカー、DV、いずれも言い得て妙です。
 その「愛の強要」がとうとう、幼児までを捕捉しようとしています。病膏肓に入る、幼児嗜好性のストーカーですね、これは。個人が行なったら、犯罪なのに。
 それにしても、妄執とも言うべきストーカー行為を、臆面もなく官僚諸氏がくりかえすのは何故か。いまひとつ腑に落ちなかったのですが、片山杜秀氏の『大東亜共栄圏とTPP 片山杜秀の本7』 (ARTES)を読んで、目から鱗が落ちてコンタクトレンズが入りました。
 …福祉国家モデルが、いまつぶれようとしています。とくに日本。では、どうするのか。
 国が「面倒みます」とはいったものの、もう面倒をみられなくなった。面倒をみられなくなったのなら、同じ国で国民だとかいう必要ももうありません。道州制どころか国は分裂して、昔みたいな薩摩藩とか何藩だとかに分裂しちゃえばいいじゃないか、食えるところだけ食っていけばいいじゃないか、みたいな話になってきます。オレだけ食えればいいじゃないか、ということですね。そうなってしまったら、歴史は浅いけれども、今まで積み上げてきた近代国家のシステムは壊れてしまいます。国家を壊さないとするなら、どうするか。やはり福祉国家の破産後には、安上がりな連帯のしかけがまた帰ってくるでしょう。
 橋下市長がいっている《君が代》とかのポーズは、また戦争しましょうとか、また帝国主義のモデルに帰ろうといっているわけではありません。たんに、もう面倒はみられないんだけれども、だからといって、社会を壊してもらっては困るんですといっているわけです。いちおう日本国民じゃないですか、まあ仲良くして絆があるようなふりをしようじゃありませんか、錯覚して一生生きててくださいということなんですね。
 そのためには国旗とか国歌とかで、仲間だということにしておくのがよい。お互い面倒はみないけれど、仲間なんだよと。お互いが面倒をみないのになんで仲間なんだかわかりませんが、一緒なんだよ、日本人なんだよというわけですね。やはり、われわれはバカですから、国旗や国歌でなんとなく仲間かなと思っていると、何年かはごまかされます。やっぱり、おかしいかな、と思っているうちに死んでいく。この国はそういう段階にきてしまっているんです。
 橋下市長がいっていることは、大阪維新の会の維新八策とかのスローガンを見ればわかるように、基本的には新自由主義です。自助、自立、自由、自己責任。国家や自治体は面倒をみません。勝手にやってくださいと。そのぶん、役人とかがいらなくなるから給料を減らしますよと。だから、お金がかからないようにしますと。お金がかからないということはサーヴィスも低下します。あんたたちの面倒はみないんですと宣言しているに等しいですね。でも、同じ日本人じゃないですか、国旗、国歌があるから、仲良くしましょう、社会を壊して反乱を起こさないようにしてくださいね。いっていることは結局これだけではないですか。
 ひどい国ですね。私は本当にもう、泣けてくるというか、ついにここまできたかという感じがいたします。いま《君が代》がどうとかいっているのは、戦争をしようとか、そんな話とはまったく関係のない、ただこちらは面倒をみないけど、少しでも連帯心を低下させないような安上がりなしかけをひとつでも多くもっていたい、というそれだけの話にすぎないわけでしょう。
 左翼の人は、「また戦争が」とかいって心配してますが、どうも違うのではないか。ただ、安上がりで絆があるように見せかけようという話だけなんですから。そこをわかっていただいて、今の日本を考え直すことが大事なんだと思うんです。(p.52~6)
 なるほど。日本国政府はもう国民の面倒を見ない。金持ちに有利なシステムをこのまま維持したい。でも貧しい人たちが文句を言ったり暴れたりしたら困る。そこで日本人としての絆があるように見せかけるために国旗・国歌を利用する。安上がりだし。これは炯眼です。待機児童をなくすために、保育所を増やすことが大事なのにね。

 なお同書では、家族のことにも言及されているので、こちらも引用します。
 いま日本という国は、経済が右肩下がりである。税金も集らないとなると、家族が壊れていく分は国家が面倒をみることになるから、保険とか年金とかを充実させて、国民の生活を保障して安心して暮らせるというのが、近代のわれわれが考える美しい国のはずなんだけど、その美しい国を求めることは、つまり国がちゃんとやるということは求めることができない。にもかかわらず、安倍政権においては、もう面倒みられないので勝手にやってください。それは家族でやってください。なければこれから作ってください、いい家族を。そのための倫理教育とかはお金もかからないから国ががんばってやりますよ。つまり、家族を復興すれば、国があんまり面倒をみなくても日本人は大丈夫ですよ。こういうレベルの話になってきているのではないですか。これが私の理解するところの安倍晋三流の美しい国ですね。美しい国というのは、国が近代国家として国民の生活の面倒をみることをなるべくやめて、国の負担を減らして、その代わり自助努力でやってください。そしてその自助努力の基本は家族だ、ということです。(p.222)
 安倍伍長政権は、国民の面倒を見る気などさらさらない。銘肝しましょう。そしてそういう政権を、六割近くの方々が支持していることも。ほんとうに泣けてきます。
by sabasaba13 | 2017-02-16 06:28 | 鶏肋 | Comments(0)

文科省の腐臭

 笑わずにお読みください。文部科学省のホームページに掲載されている「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ (国語、社会、地理歴史、公民)」の冒頭部分です。
 …社会科、地理歴史科、公民科では、社会との関わりを意識して課題を追究したり解決したりする活動を充実し、知識や思考力等を基盤として社会の在り方や人間としての生き方について選択・判断する力、自国の動向とグローバルな動向を横断的・相互的に捉えて現代的な諸課題を歴史的に考察する力、持続可能な社会づくりの観点から地球規模の諸課題や地域課題を解決しようとする態度など、国家及び社会の形成者として必要な資質・能力を育んでいくことが求められる。
 「社会との関わりを意識して課題を追究したり解決したりする活動」? 「社会の在り方や人間としての生き方について選択・判断する力」? 「国家及び社会の形成者として必要な資質・能力」? いやはや、呆れてしまってワンワンワワンワンワンワワンです。
 私たちが納めた血税を補助金として大学にばらまき、その見返りに当該大学に天下りをして、老後をぬくぬくと安楽に暮らそうとする文部科学省高級官僚のみなさま方。臆面もなく、こういう偉そうな御託をならべて、何とも感じませんか。廉恥心はお持ちですか。子供たちに対して恥ずかしくないのですか。子供たちは、大人の言うことではなく、することを真似るのをご存じありませんか。
 叩けばまだまだ埃が出そうなので、関係諸機関およびメディアは徹底的に追及していただきたいと思います。参考までに、古い資料なのですが、「My News Japan」(2010.1.10)に「天下り受け入れ私大」ワースト20がありましたので、そのうちワースト10を紹介します。天下り事務職員数と08年度私学助成補助金額の相関関係がわかります。
第一位 日本大学 26人 114億3266万円
第二位 早稲田大学 24人 92億6379万円
第三位 関東学院大学 16人 12億5734万円
第四位 金沢工業大学 14人 15億0492万円
第四位 聖徳大学 14人 8億5131万円
第四位 城西・城西国際大学 14人 7億5693万円
第七位 大阪工業・摂南・広島国際大学 13人 25億4242万円
第七位 武蔵野音楽大学 13人 3億8678万円
第九位 大東文化大学 12人 7億4989万円
第十位 中部大学 11人 13億5316万円
 おそらく、天下りを受け入れない私学は、文部科学省から補助金をざっくりと削られて、精神的な苦痛を感じていることでしょう。あれ? これって…「いじめ」ではありませんか。
 参考までに、文部科学省による「いじめ」の定義を紹介しましょう。
 本調査において個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。
 「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。
なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
 天下りを受け入れない私学は、一定の人間関係のある文部科学省から、経済的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じていることと思います。やれやれ、「いじめ」の常習犯・確信犯である文部科学省が「いじめ」をするなと言っているのですから、クレヨンしんちゃんなら「おめーにいわれたかねーよ」と吐き捨てるでしょう。

 公僕と最高学府の腐臭漂う癒着を、「いじめ」をやめろと言いながら「いじめ」をしている文部科学省の守銭奴たちの存在を、ぜひ子供や若者に知ってほしいと思います。そしてみんなで、日本の教育行政にきちんと絶望しましょう。そこから出発するしかないのですから。

 そしてこうした事態の元凶は、安倍伍長と自民党が、天下りを原則自由としたことです。自民党のキャッチコピー「日本を、取り戻す。」とは、「日本を、(国民から、官僚・政治家・財界の手に)取り戻す。(そして私物化する)」ということだったのですね。やれやれ、戦前の日本に逆戻りだ。ただ、官僚から軍人が抜け(復活の兆しあり?)、国体が天皇制から日米安保条約に変わっただけの話です。

 というわけで、教育を、血税を、そして日本を私物化する御仁たちを、猜疑の目でもってしっかりと監視するのが私たちの責務です。トマス・ジェファーソン曰く、「信頼は、どこでも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく猜疑にもとづいて建国される」。
by sabasaba13 | 2017-01-23 07:44 | 鶏肋 | Comments(0)

2016年衆議院補欠選挙

 先週のある日、夕刻に練馬駅の前を通り過ぎると、衆議院補欠選挙の東京10区立候補者、若狭勝氏(自民党公認)が大音量でがなり立てていました。「若狭勝、若狭勝、若さで勝る、若狭勝…」 やれやれ、政見や公約の主張というよりは、サブリミナル効果を狙った低劣な演説でした。こんな候補者に票を入れる有権者がいるのかな? と思ったら何と当選してしまいまいた。福岡6区では鳩山二郎氏が当選して、自民党が追加公認したそうな。これで自民党が二議席を確保したわけですね。やれやれ。
 自民党が何をめざしている政党なのかは「2016年参議院選挙」で紹介しましたのでご参照ください。そう、私たち庶民を使い捨て、見捨てようとしている政党なのですが、みなさんそれを承知でこの二人に票を入れ、あるいは棄権されたのでしょうか。すこし関心をもってすこし本を読めば分かりそうなものですが。推測ですが、「小池百合子都知事が推薦したから何となく良さそう」「故鳩山邦夫氏の息子だから何となく良さそう」という理由で投票された方が多いのではないでしょうか。しかしこの二人に一票を投ずることは、自民党のえげつない政策に賛意を表することであると気づいてほしいものです。白井聡氏は『「戦後」の墓碑銘』(金曜日)の中で、こうおっしゃっています。
 第二次安倍政権が成立して以来、多くの人々が危惧の念を表明してきた。すなわち、「日本は再び戦争をするのではないか」と。今回の総選挙を経て、この危惧は新しい段階に入るだろう。いまや問題は、「日本が戦争をするかどうか」ではない。戦争をすることはもはや既定路線であり、「いつ、誰と、どんな戦争をするのか」が問題である。
 安倍政権の選挙戦勝利は、この戦争路線に国民が賛意を示したことを意味する。「ちょっと待て! 経済政策に対する期待から安倍政権に投票した、あるいは投票に行かずに与党が勝利を収めるのをボンヤリ見ていただけで、〈戦争する日本〉に賛成した覚えなどない!」と言う人もいるだろう。私ははっきり言うが、甘ったれた寝言はいい加減にしていただきたい。安倍晋三という政治家の首相になる以前からの、また第一次政権当時の言動、そしてこの二回目の政権担当期間に何をやってきたかを見れば、この人物が何をやりたい人なのか、それは一目瞭然だ。そして、「選挙の争点」なるものがメディアによってどう設定されていようとも、衆議院総選挙とは、政党・政治家の政治姿勢・政策に対するトータルな支持・不支持の表明機会以外の何物でもない。有権者が主観的にどう考えていようが、制度を通じて打ち立てられる客観的事実として戦争路線は是認されたのである。(p.283~4)
 これは小なりとはいえ補欠選挙に関しても言い得ると思います。おまけに東京10区の投票率は34・85%、福岡6区は45・46%だそうです。やれやれ。
 ま、この有権者にしてこの政党あり、ということなのでしょう。所詮、政治のレベルは国民一般のレベルを超えませんから。ハロウィンやポケモンやオリンピックに現を抜かす暇があったら、その百分の一でもいいから政治に関心を持ってほしいですね。"肉屋を支持する豚"にならないためにも…
by sabasaba13 | 2016-10-25 06:34 | 鶏肋 | Comments(0)

戸隠の紅葉

 先週の土曜日に、山ノ神と戸隠に紅葉狩りに行ってきました。お目当ては、戸隠連山と紅葉を湖面に映す鏡池。残念ながら曇天でしたが、それでも見惚れるような景色を堪能できました。奥社参道の紅葉や杉並木も素晴らしい。とりあえず、写真でご報告します。
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by sabasaba13 | 2016-10-24 07:35 | 鶏肋 | Comments(0)

アルジェリア

 映画『アルジェの戦い』を見てきましたが、そのおかげでアルジェリアのことがいたく気になりました。アルジェリア独立運動で指導的役割を果たした思想家・精神科医・革命家、フランツ・ファノン (1925-1961)のことは、『地に呪われたる者』の書評で触れました。彼は精神科医として赴任したアルジェリアで独立運動家の捕虜を診療する内にフランスの植民地支配へ反対を始め、アルジェリア民族解放戦線(FLN)に参加。アルジェリア戦争を戦い、FLNのスポークスマンとして脱植民地化(ポストコロニアル)時代のアフリカ植民地を周り、アフリカの独立指導者達からアルジェリア独立への支持を取り付けました。しかし1962年のアルジェリア独立を目前にした1961年、白血病によりアメリカのワシントンD.C.近郊で帰らぬ人となりました。
 また、アルジェリア生まれのユダヤ人で、フランスに移住した歌手、エンリコ・マシアス。『日本を問い直す -人類学者の視座』(青土社)の中で、川田順造氏はこう述べられています。
 マシアスは学校教員をしながら、アルジェリア戦争中も、後に義父となるシェイク・レーモンのバンドで演奏活動をしていたが、1961年23歳の時義父がアラブの過激派に殺され、身に危険が迫るなか妻と共にフランスに脱出、パリのカフェなどで歌った。アルジェリアを去る悲しみを歌った『さらば私の国』、世界の子どもたちに呼びかけた前記の『すべての国の子どもたち』などが、62年にパリでヒットし、歌手としてデビュー。ヨーロッパ各国、レバノン、ギリシャ、トルコ、米国、日本でも人気を博したが、故国のアルジェリアでは受け入れられなかった。
 1980年、ワルトハイム国連事務総長から「平和の歌手」の称号を贈られ、1997年アナン国連事務総長は、マシアスを「平和と子どもを守る移動大使」に任命した。だが2000年にもアルジェリアでの公演を断られ、マシアスは故国への思いを綴った『私のアルジェリア』を書く。ユダヤ人ということもあってか、イスラエル寄りと非難されることが多く、そのため2003年に息子がプロデュースした新曲『橙(だいだい)』では、アラブとイスラエルの共生を歌っているという(私はまだ聴いていない)。
 2007年11月、69歳のエンリコ・マシアスは、サルコジ・フランス大統領のアルジェリア訪問に同行しようとしたが、彼のイスラエル支持を理由に、ベルハデム首相をはじめ、各種団体や個人の強い反対にあって入国を拒否された。マシアスはフランスでは、同じアルジェリア脱出者「ピエ・ノワール(※黒い足)」にデビュー以来一貫して熱烈に支持されてきたが、「アルジェリアにとどまって最後まで戦わなかったユダヤ人」という烙印は、あの歌のような理想を歌っても、アルジェリア人にとっては、マシアスの額から消すことができないのかも知れない。(p.158)
 なお私のしがないデータベースに検索をかけたところ、以下のような文献にヒットしました。アルジェリニアについて考えるための材料として、紹介します。

『日本を問い直す -人類学者の視座』 (川田順造 青土社)
 海外県、海外領土と本国の関係としての、アルジェリアとフランスの関係の特殊性は、おもに次の四点に集約できるだろう。
 第一は、両者がきわめて古くから、共通の文化圏の二地域として交渉をもって来たこと。第二に、フランス統治以前の、アルジェリアにおける先住民の状況や支配=被支配の関係が、きわめて複雑であったこと。第三に、本国の国策によって、大量の農業移民が送り込まれたこと。第四に、フランスによって支配された先住民が自立を要求しただけではなく、移民の子孫や現地の軍部も、本国とは異なるアイデンティティーを抱くようになったこと。
 第一と第二の点は、重なり合う面が多いので、ひとまとめにして述べる。
 南フランスとアルジェリアが、「日の昇る」レバントから「日の沈む」マグレブまで、イベリア半島南部やイタリア半島やいくつかの島をふくめて、フェニキアやローマの時代から、環地中海文化圏の一部をなしていたことは、あらためて指摘するまでもない。現在のアルジェリアの首都アルジェは、フェニキア語でイクスムと呼ばれていて、ラテン語でイコシウム(フクロウの島)と表記されていた。
 四世紀頃は、現在のチュニジア・アルジェリアの北部地方は、ローマ帝国の一部だったが、七世紀以後、イスラーム・アラブの西漸の結果、アルジェリアは一〇世紀にはファティマ朝の、アルジェリア北西部は一一、一二世紀には、先住遊牧民スンハジャ族を母胎とするムラービト朝の、勢力下に入る。
 だが、こうしたイスラーム系勢力の進出以前の、この地域の先住民として、かつては「ベルベル人」と総称されていた人たちがいる。彼らのうちにも、ムラービト朝の母胎となったスンハジャ族のように、強度にイスラーム化され、サハラ南縁に栄えたガーナ帝国を滅ぼすなど、軍事的にも強力な広域支配者となった人々もいた。
 ベルベル人という呼称は、北アフリカがローマの支配下にあった頃、ローマ人が彼らを指して呼んだ「バルバロス」、つまり意味不明のことばを話す人たち、転じて野蛮人を意味する差別語に由来している。近年では「自由人」を意味する「アマジール」と呼称も改めたこれら先住民が、現在のチュニジア、アルジェリア、モロッコなど、主にフランスの植民地統治に由来する国境を越えて、連帯を強めている。
 一旦はイスラーム化されたイベリア半島からの、カトリック勢力によるイスラーム教徒放逐「レコンキスタ」(再征服)以後の時代、おもに一七世紀初めに、強制的にカトリックに改宗させられていたイスラーム教徒の農民、およそ二七万五〇〇〇人が、アルジェリアに移住して来た(彼らは「モリスク」と呼ばれている)。かつてはイベリア半島でイスラーム教徒と共存していた多数のユダヤ教徒も、アルジェリアに逃れてきたことは、第一四章でも述べた。
 「レコンキスタ」につづく時代に、オスマン帝国が、西部を除く北アフリカにも勢力を伸ばし、アルジェはオスマン帝国の御用海賊の拠点となる。一六世紀には、神聖ローマ帝国のカール五世の軍隊がアルジェを包囲したのに対し、フランスやイギリスの艦隊が砲撃を加えるなど、ヨーロッパ諸勢力の軍事干渉と相互対立が激しくなる。そしてフランス王政復古期のシャルル一〇世治下の最後の年、一八三〇年にフランスはアルジェを軍事占領し、農村不況のフランスから、農民のアルジェリアへの移住が始まったのである。
 第三点、フランス人の農業移民の問題に移ろう。
 一八三〇年のアルジェの占領以後、フランスから大量の農民がアルジェリアに移住し、柑橘類や酒造用ブドウの栽培が盛んになる。フランス政府は、資金貸し付けなどで移民を奨励した。一八四八年秋には、パリからマルセーユまで、当時整備されたばかりの川と運河の舟運によって、一万三五〇〇のフランス農民が、これは私営組織の主導によるものだったが、移民としてアルジェリアに渡った。
 このようにして一八五一年には、移民は一〇倍の一三万一〇〇〇人に、一八六〇年には二〇万人に達したが、この間、フランス本国の政体も、王政復古期から束の間のルイ・ナポレオンの第二共和制へ、そして同じルイ・ナポレオンのナポレオン三世としての第二帝政期へと変転を重ねており、一貫した対アルジェリア政策があったわけではなかった。
 さらに一八七一年、普仏戦争にフランスが敗れ、葡萄酒の名産地アルザス=ロレーヌ地方がドイツ領になると、フランス国籍にとどまるためにアルジェリアへの移住を希望するアルザス=ロレーヌの農民に、第三共和制のフランスは、一〇万ヘクタールのぶどう栽培地を与えた。
 二〇世紀初めフランス本国を襲ったブドウのネアブラムシ病の被害は、ブドウ栽培農民のアルジェリアへの移住に拍車をかけた。アルジェリアのブドウ栽培地は、一八七八年の一万七〇〇〇ヘクタールから一九〇七年の一七万七〇〇〇ヘクタールへ、さらに一九三八年の四〇万二〇〇〇ヘクタールへと急増する。
 その一方で、フランスによる支配への反乱や抵抗、それに対する軍事的鎮圧も続いていた。コンスタンティーヌのオスマン朝総督、老アハメドは、逃亡の末、砂漠縁辺の寒村でフランス軍に捕らえられた。ザーチャのオアシスを拠点としたシェイク・ブー・ジアンの聖戦を鎮圧するのに、一八四九年、アルジェリア駐留フランス軍は一万人の兵力で五〇日間包囲作戦を行ない、一〇〇〇人もの戦死者を出している。
 他のオアシスでの武装蜂起や、東部カビリー地方の先住民の反乱もあとを絶たなかった。砂漠のオアシスを拠点に交易を行なう、イスラーム化された先住民ムザーブは、一八五三年にアルジェリア駐留フランス軍による統治を受け入れた。一八五九年にも、西部地方での旱魃にともなう反乱の鎮圧に、軍隊が投入され、コレラの流行も加わって、三五〇〇人の犠牲者を出した。
 一八五二年に皇帝として即位したナポレオン三世は、アルジェリア植民地に強い関心を示し、現地を視察し、文民統治に否定的になる。一八六〇年には、強大な権力をもつ軍人の総督制を敷き、とくに第二代総督に任命されたマクマホン元帥は、一八六四年から七〇年の在任中、厳しい軍部独裁を行なった。
 マクマホンはナポレオン三世の信任が厚い王党で、アルジェリア征服の初期にも軍人として活躍した。クリミア戦争などでも、戦功をあげ、元帥に任じられた。アルジェリア総督在任の末期には、普仏戦争が勃発してナポレオン三世とともにヨーロッパの前線で戦い、負傷して捕虜にもなっている。後に第三共和制フランスでの王党派として、第二代大統領にもなった軍人=政治家だ。
 マクマホンのアルジェリア総督赴任直後の一八六五年、ナポレオン三世は六週間にわたってアルジェリア各地を視察した。これはフランス元首による最も長いアルジェリア訪問であるという。視察から戻った皇帝は、マクマホン総督に親書を送り、「アルジェリアは、アラブの王国であり、ヨーロッパの植民地であり、フランス軍の野営地である」と述べているが、この時期のフランス指導者のアルジェリア観をよく表している。
 フランス移民の子孫でアルジェリア生まれの、二代目、三代目…の農民も増え、世代がくだるにつれて、本国とのつながりも薄れてゆき、彼らはむしろ、アルジェリアの「コロン=植民者」としてのアイデンティティーを強くもつようになる。そして、フランスに支配された、先住民アマジールや、さまざまなイスラーム朝への帰属意識の強いアラブ系住民、オスマン帝国への帰属意識をもつトルコ系住民などの、フランスによる支配からの独立要求の動きとは異なる動機から、フランス系コロンたちも、本国からは自立したフランス人を志向するようになる。
 先に挙げた第四点は、このような背景から生まれている。植民地統治に重要な役割を果たしたアルジェリアの駐留のフランス軍部の自立意識も強まってゆき、一九五四年から八年間続いたアルジェリア独立戦争のときも、ド・ゴール将軍のアルジェリア独立承認政策に強く反発する母胎となった。(p.236~40)

『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(ナオミ・クライン 岩波書店)
が、実際には拷問はとくに複雑でも神秘的なものでもない。それはもっとも粗野な強制の手段であり、その国の暴君や外国の占領者が支配するのに必要な同意を得られないとき、高い確率で出現する。フィリピンのマルコス大統領、イランの国王、イラクのサダム・フセイン、アルジェリアのフランス人、パレスチナ占領地のイスラエル人、イラクやアフガニスタンの米軍…と、その例は枚挙にいとまがない。拘束者に対して広範に行なわれる虐待は事実上、その国や地域の多くの人々が反対するシステム-政治的なものであれ、宗教的、経済的なものであれ-を政治家が強制的に実施しようとしていることの確実な兆候である。(上p.177)

『戦争論』(西谷修 講談社学術文庫)
 第二次大戦の連合国側の勝利は、「ファシズム」に対する「自由」や「民主主義」の勝利とされたが、そのことはアジアやアフリカの各地で植民地独立運動を活気づけることになった。ところが、掲げる原則とは違い、どの宗主国も簡単に植民地の権益を放棄しようとはせず、たいていの独立運動はなんらかのかたちで弾圧を受けることになる。
 そうすると運動は合法的な部分と非合法の部分とに分裂し、地下運動は植民地支配当局の警察や宗主国の軍隊との武力闘争に入ってゆく。だがそれは、一方があらゆる権力や武器や物資や法的手段をもち、他方はあらゆるものを剥奪されているという、圧倒的に不均衡な闘いだった。だから地下運動はテロやゲリラ戦に訴える。「文明」に抑圧され、すべてを奪われた者たちが、「文明」の権力を「野蛮」の闇に引き込んで暗がりのなかで戦おうとする。だからそこには恐怖が伴う。それは「闇雲」の戦争で、もはや「光」は役に立たない。ひとたび闇を掃討し、恐怖を克服して勝ち誇る「啓蒙」は、ここでふたたび「恐怖」にさらされることになる。
 物量の面で圧倒的に劣る独立運動が戦いを続けるためには、住民の広範な支持と協力が欠かせず、多数の住民を引き入れる平等原則はこの運動に不可欠だった。それに「自由」だけでなく「平等」こそは、独立要求の基盤でもある。そこで当然のことのように民族独立運動は社会主義的な原則と結びつくが、たしかに戦前の独立運動をヨーロッパで支持したのは、社会主義的な勢力だけだったのである。そうした事の成り行きから、独立後の新しい国の多くは冷戦下で社会主義陣営に属することになる。
 植民地独立闘争が過酷な戦争であったことは言うまでもない。ただこの戦争はもはや国と国との戦争ではなく、宗主国とまだ国家でない勢力との宣戦布告もない戦争である。宗主国はそれを領土内の反乱とみなし、非合法化して弾圧する。だから「敵」に対する姿勢は「犯罪者」に対する姿勢になる。
 一方独立を要求する側にとっては、当然の権利を軍事的に踏みにじる不当な支配に対するまったく正当な抵抗である。この対立にはもはや「合法性」の共通の土俵はない。そのため戦争の状況は悲惨になる。一方は文明国を任じながら、相手を文明人つまり人間扱いせず、害虫を駆除するように最新兵器で掃討しようとする。ところが「害虫」は叩いても叩いても根絶できない虫けらのように増え、その「不気味さ」に恐怖して、文明国の兵士たちはますます残酷な対応にでる。見せしめ、拷問、虐殺はふつうのことになり、戦場は「文明化」した人間がどこまで野蛮で残酷でありうるかのグロテスクなショーウインドーになる。
 その「汚い戦争」の代表的な例がアルジェリア戦争であり、ベトナム戦争だった。アルジェリア戦争は「自由・平等・博愛」の理想を掲げたフランスの伝統を、その芯から蝕む正義のない戦争となり、フランス社会に大きな亀裂を走らせて、やがて68年に爆発する社会的反抗の素地を準備することになった。そしてベトナム戦争。アメリカが五十万を超える大軍を投入し、あの小さな地域に第二次世界大戦で使われた以上の爆弾を投下し、ナパーム弾で村ごと人を焼き、枯れ葉剤で森を枯らし、生まれてくる子を奇形にし、捕えられたゲリラや村人に、婦女子も含めて、残虐行為のかぎりを尽くして、戦争史上もっとも凄惨な光景をさらしたベトナム戦争は、「自由」の国アメリカの「正義」がいかなるものであるかを白日のもとにさらすことになった。(p.273~5)

『戦争の克服』(阿部浩巳・鵜飼哲・森巣博 集英社新書0347)
鵜飼 イギリスの場合は、理念よりも打算です。大英帝国は、重商主義的な思想の遺産をずっともっていたと言えるのではないでしょうか。得にならないと思ったら、無責任に引き上げちゃう。第一次大戦中、アラブ人にもユダヤ人にも「建国を約束する」なんて言っておいて、その後の混乱を結局、解決できなかった。第二次大戦後、国連パレスチナ分割決議が下ると、もうこれで知りませんとイギリスは引き上げる。そののちシオニスト軍とアラブ軍が衝突し、パレスチナ問題が起こります。インドでもエジプトでも、これはヤバいと思ったらすぐ帰ってしまう。
 一方、フランスの場合、ある種の理念を掲げて出ていくから帰れなくなる。1945年にはアルジェリアで4万人を虐殺し、次の年にヴェトナムでも大規模な虐殺を起こしています。47年にはマダガスカルでも9万人を虐殺している。54年からのアルジェリア独立戦争では、100万人もの人間を殺戮しています。ナチス・ドイツからフランス自体が解放されてから62年のアルジェリア独立まで実に17年間の植民地戦争です。なぜここまで引き際が悪いかというと、その理由の一つは、自由、平等、博愛という理念を世界に広めるとうい使命感です。ここで引いてしまえば現地の人たちを文化程度の低い世界に置き捨てることになる、という論理なんですよね。

『アメリカ帝国の悲劇』(チャルマーズ・ジョンソン 集英社)
 さらにヨーロッパの国々は、国内の革命を未然に防ぐことを意図して、植民地を犯罪者や政治犯のごみすて場として組織的に利用した。各国の政府は急進派や革命運動家になるかもしれないと考えた人間たちを追いだすために、「流刑」の判決をいいわたした。1848年にパリで起きた労働者の蜂起のあと、フランス政府は1万5000人以上のパリ市民に金を払って、アルジェリアの植民地に移住させた。イギリスは通例、アイルランドやそのほかの急進派を北アメリカの流刑地に送り、アメリカ独立後はオーストラリアへ流刑地を変更した。(p.42)

『私物化される世界 誰がわれわれを支配しているのか』(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)
 1945年5月8日、フランスでは(第二次大戦の)停戦が陽気に祝われていたが、他方アルジェリア東部のセティフではフランス軍が大殺戮をおこなっていた。デュヴァル将軍の命令は疑問の余地のないものだった。「いま12時25分だ。明日の12時25分までに、邪魔立てをする先住民は、15歳以上の男子であれば全員残らず殺せ」
その結果、4万5000人が殺され、数千人が負傷した。(p.270)

『世界の歴史13 帝国主義の時代』(中山治一 中公文庫)
 このうちエジプトは、…十九世紀末にイギリスの占領下に入ったのだが、もっとはやくからヨーロッパ諸国の支配下におかれたのはアルジェリアである。ナポレオンの没落後、地中海のフランス商船はアルジェリア人海賊の跳梁に苦しんでいたが、1830年、フランスは口実をもうけてアルジェー市を包囲し、ベイを追放して、アルジェリア占領を宣言した。以来、アルジェリアのフランスに対する反抗は、こんにちにいたるまで執拗につづけられるのである。(p.212)
by sabasaba13 | 2016-10-22 05:29 | 鶏肋 | Comments(0)

マーボー焼きそば

 旅に出ると、ご当地のB級グルメを堪能することが楽しみの一つです。今年の8月に東北地方を旅したときにもさまざまなご当地B級グルメに舌鼓を打ちましたが、仙台では「マーボー焼きそば」を食しました。ま、それなりに美味しかったのですが、つらつら思い返せば私には陳健一氏から(間接的に)伝授された超弩級の麻婆豆腐があるではないか。帰郷してさっそくつくってみることにしました。山の神に輔弼を求めたところ、「焼きそばはカリカリがよろしい、任せよ」とのご神託が出ました。よろしい、麺を焼くのは任せた。
 というわけで、ウェディングケーキ入刀以来の、われとじ夫婦の合作です。まずはレシピを紹介します。

1.豚の挽肉とにんにくみじん切りを炒める。にんにくの量は好みですね、入れなくともよし。豚挽肉は油がにじみ出るくらいじっくり炒めたほうがいいでしょう。
2.豆鼓(ドウチ)小さじ2+豆板醤(トウバンジャン)大さじ2+甜麺醤(ティエンメンジャン)大さじ1を混ぜておいたものをぶちこんで、挽肉とよくからめる。
3.そこに鶏がらスープを溶かした湯180ccを入れ、煮立てる。そして角切りの木綿豆腐を入れてしばらく煮込む。木綿豆腐はあらかじめ水を切っておいた方がいいかな。
4.胡椒・醤油・紹興酒を目分量で入れる。胡椒はその場で引いたものがいいですね。日本酒でも可ですが、紹興酒の方が美味しいです。夜中に寝酒が切れた時のエマージェンシー・リザーブにもなります。
5.ねぎみじん切りを散らし入れ、水溶き片栗粉を加えてとろみをつける。麺にからませるため、片栗粉は多めがよいと愚考します。(以上、宿六が担当)
6.生の焼きそば麺を、ごま油でカリカリになるまで焼きあげ、5の麻婆豆腐を上にたっぷりかける。(山の神担当はここだけ)

 …もう言葉もありません。香ばしい焼きそばに美味なる麻婆豆腐がからみ、至福の世界が味蕾をつつみます。無言でたいらげたあと、桜木花道と流川楓のようにハイタッチをする二人。これはほんとうにお試しあれ。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-10-07 06:28 | 鶏肋 | Comments(0)

ノーベル賞雑感

 ノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典さん、おめでとうございます。
 浅学ゆえ、その業績を十全に理解はできませんが、人類の福祉向上に大きく貢献するものだと思います。ただ二つほど気になる点がありました。まずはメディアの報道姿勢。管見の限りでは、日本人がノーベル賞を受賞した→日本人は優秀だ→あなたも私の優秀な日本人の一人だ→あー気持ちいい、というニュアンスの報道でしたね。街頭インタビューでは、ある方が「日本人は凄いですね」と答えておられました。やれやれ、オリンピック・パラリンピックのメダル数と同じく、素晴らしい結果を残した個人に便乗して快感を味わい、日頃の憂さを晴らすというメンタリティから脱却できないものですかねえ。その"憂さ"の原因をつくって利権を貪っている政官財諸氏からすれば、なんて扱いやすい人々なのでしょう。「野茂がもし世界のNOMOになろうとも君や私の手柄ではない」という、枡野浩一氏の歌を進呈いたします。
 ついでに言うと、人間を優等なグループと劣等なグループに分け、自分は前者に属すると勝手に思い込んで優越感に浸りたいのかもしれません。ノーベル賞を受賞した優秀な大隅さんと同じ日本人だぞってね。となると、コインの両面で、劣等な人びとを見いだし、いなければでっちあげれば申し分ありませんね。ヘイトスピーチもそう考えれば、理解できそうな気がします。やれやれ、人類が築き上げてきた人権という思想が、この国にはまったく根付いていないようです。

 もうひとつ、気になったこと。インタビューに対して大隅氏は、「基礎研究が大切」と幾度となくくりかえされていました。これは、大学における基礎研究の予算を、政府および文部科学省が大幅に削減していることへの遠まわしな批判ではないかと受け取りました。推測ですが、氏は、ほんとうはこう言いたかったのではないかな。「商品と武器の開発研究によりも、基礎研究に予算を振り向けるべきである。年間5兆円を超える軍事費を大幅に削減して、それを科学の基礎研究に使えば人類の福祉向上に大きく貢献できるはずだ」とね。でも、もしこうした発言をしたら世論はどう反応するでしょうか。これも推測ですが、6割が無視、3割が感情的・攻撃的なバッシング、そして1割が賛同。まさかこの国の知的レベルがそこまで低劣なものになっているとは、思いたくもありませんが。ま、杞憂だといいのですけれどね。
by sabasaba13 | 2016-10-06 06:23 | 鶏肋 | Comments(0)

巾着田の曼珠沙華

 先日、西武池袋線に乗っていたら、巾着田の曼珠沙華が見頃との広告を見かけました。そういえば、行ったことがないなあ。月曜日に代休が取れたので、一念発起、早起きをして行ってきました。西武池袋線に乗って高麗駅で下車、標識にしたがって十五分ほど歩くと、曼珠沙華が群生する巾着田に到着です。いやあ素晴らしい、無数の曼珠沙華が地を真っ赤に染め上げている光景に息を呑みました。午前九時すこし前ということもあり、それほどの混雑ではありませんでした。やはり早起きは三文の得。♪赤い花なら曼珠沙華、オランダ屋敷に雨が降る♪とくちずさみ…ませんでしたが、そぞろ歩きを楽しみました。とりあえず、五枚の写真でご報告です。
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by sabasaba13 | 2016-09-27 06:30 | 鶏肋 | Comments(0)

2016年参議院選挙

 やれやれ。参議院選挙の結果を知って、ある程度は予想していましたがそれでも暗澹とした気持となりました。絶望はしませんが。
 自民党の得票数の多さ、改憲勢力が三分の二を超えたこと、そして投票率の低さ。清沢洌と同様、国民のイグノランスの深淵は計りがたいと溜息をついてしまいます。はあ。

 それにしても、自民党・公明党に投票された方、および棄権された方は、安倍伍長政権が何を目ざしているのかを知悉した上で、その投票行動をされたのでしょうか。あるいは知らないのか。最近読み終えた『世界「最終」戦争論』(内田樹 姜尚中 集英社新書)の中で、内田氏が安倍政権の企図を的確に指摘されているので紹介します。
内田 成長し続けるような余力は日本にはもうありません。成長し続けたかったら、中国のように強権的な政治にして、市民的自由を制約して、「選択と集中」戦略で少数の富裕層に国民資源を全部付け替えてゆくしかない。あるいは、シンガポール化、北朝鮮化といってもいいと思います。
 でもこんなことを続けていれば、行く末は見えています。本来なら、国民が二百年、三百年と使い延ばすための国民資源を、当期の利益だの四半期の売り上げだの今の株価だのということのために流し込んで、短期間で溶かしているんですから。国民資源の中には、大気や海洋や森林のような自然環境もあるし、交通網や通信網やライフラインのような社会的インフラもあるし、司法や医療や教育のような制度資本もありますけれど、どれも生身の人間が日常の生活を営むためになくてはならならぬものです。でも、経済成長の余地がないとなると、その「生身の人間が日常の生活を営むためになくてはならぬもの」を商品化したり、株式市場に投じたりするしか手立てがない。年金を株に突っ込むなんて、もう正気の沙汰ではないとしか言いようがない。

姜 それで、どれだけ損しているかも、国民にはディスクロージャーしませんからね。

内田 彼らを追い立てているものは、焦燥感ですね。

姜 ええ、なんでも短期に結果を出さないとダメですからね。悠長に構えていたら、バスに乗り遅れる。それがグローバリゼーションの鉄則、選択と集中ってやつです。

内田 本当に自転車操業なんだと思います。走り続けないと国が倒れてしまうという、そういうモデルをわざわざ作ってしまった。
 そうすると、もうこの速度を維持するためには、政治的には独裁しか手立てがない。それは経済合理性から導かれる自明の結論です。共和的な合意形成手続きや、分権の仕組みでは、この速度を維持できない。速度を維持するためには、全権を官邸に集中させて、司法府も立法府も行政府の指示に従う仕組みを作るしかない。ビジネスマンの中にはそう信じている人がいくらもいます。もしかすると過半数がそう信じている。金儲けのためには立憲デモクラシーは邪魔なんです。だから、改憲したがる。このまま次の選挙で自公が勝てば、緊急事態条項から改憲に持ち込む可能性があります。自民党改憲草案のようなものが通ってしまえば、もう立憲政治はおしまいです。だって、新設の第九章を見ると、緊急事態を宣言すれば、法理的には未来永劫総理大臣に全権が委任される制度なんですから。彼らはシンガポールや北朝鮮のような国にしたいのです。
 ビジネスマンだって、それなりに今の世界情勢については危機感は持っていると思います。でも、生まれてからずっと経済成長モデル以外は知らない。それ以外のオルタナティブがあり得るということを考えたことさえない。だとすると、成長し続けるためにはとりあえずシンガポールをモデルにするしかない。治安維持法で反政府的な人間を令状なしで逮捕拘禁できるようにする。反政府的なメディアはすべて潰す。労働組合も潰す。「金儲け」に直結する以外の学術には公的支出をしない。全国民が「経済成長」という国是のために一億総活躍するシステムを作る。そうやって金儲けのしやすいビジネスの環境を作って、世界中から資本を呼び込んでくる。安倍政権の当面の政策が向かっているのは、その方向ですよ。(p.162~4)
 自公に投票された方、棄権された方にお訊ねしたいですね。日本がこんな国になることを望んでおられるのですか、と。

 結局、多くの犠牲者を出したアジア・太平洋戦争から、ほんとうに大事な教訓を学ばなかったということでしょうか。政府に権力を集中させ、政府への批判を封じ込めると、どのような末路が待っているのかという教訓を。永井荷風が『断腸亭日乗』に書きつけた言葉を、そして夏目漱石が日記に書きつけた言葉を思い出してしまいました。
 歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや。(1943.6.25)

 汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現わるべし。(1901.3.21)

by sabasaba13 | 2016-07-11 06:35 | 鶏肋 | Comments(0)

2016年あじさい便り3

 登山鉄道の終着駅、強羅で下車し、坂道をのぼること数分で強羅公園に着きました。入園料を払って「あじさい展」に行ってみると…温室のなかでの鉢植え展示会でした。
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 なんだあ、てっきり野外にあじさい園があると思って期待したのに。でも見たことのない綺麗で珍しい紫陽花を堪能できたので諒としましょう。
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by sabasaba13 | 2016-06-23 06:45 | 鶏肋 | Comments(0)