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山城博治氏・井筒高雄氏講演会

 辺野古や高江での米軍基地反対運動の中心となって尽力されてきた山城博治さん。『DAYS JAPAN』に掲載されたロング・インタビューを読んでいたく感銘を受けました。同誌によると、『DAYS JAPAN』主催による彼の講演会が開かれるとのこと。これはぜひ聞きたい、一昨日、山ノ神と「中野ゼロホール」に行ってまいりました。タイトルは「共謀罪を絶対廃止に!講演会」、山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)の「自由と民主主義を守る最前線。沖縄から今、伝えたいこと」という講演と、井筒高雄さん(元自衛隊レンジャー隊員)の「先島諸島への自衛隊配備で、日本がアメリカの戦争を担う日」という講演です。
 6月22日の木曜日、ふたりで自転車に乗って中野へ向かいましたが、気がかりだったのは…参加者が少ないのではないか。共謀罪法案が成立し、落胆した方々が増えたのではないか、という懸念です。ところが会場に着くと「満席」という掲示、そしてキャンセル待ちの列、これは嬉しかった。負けない人たち、諦めない人たち、そして安倍上等兵内閣に怒る人たちがこんなにいるんだ。勇気と元気をもらいました。これだけでも来た甲斐があったというものです。507席のホールはほぼ満員でした。

 さあ始まりです。広河隆一氏の後を継いだ『DAYS JAPAN』の若き編集長・丸井春氏によるお二人の紹介、そして万雷の拍手とともに、山城博治氏が登壇しました。
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 まずは6月15日、ジュネーヴの国連人権理事会での演説に関する報告です。山城氏は、この委員会で、「日本政府が沖縄の軍事化に反対する市民を大規模な警察力で弾圧し、暴力的に排除している」「自らの長期拘束について、当局による明らかな人権侵害だ」と訴えたのですね。その際に、国連の関係者から「君はHuman rights defenderだ」「世界は日本の動きを注視している」と言われたそうです。そう私たちは孤立していない、人権を擁護しようとする世界中の人たちが手を差し伸べているんだと、意を強くしました。11月の国連報告が本当に楽しみです。なお、この一分半のスピーチに対して、すぐに日本政府は反論をしたそうです。五か月も拘留された運動家の短いスピーチ、無視・黙殺してもよさそうなのに。しかし、すぐに反論せざるをえないところまで日本政府を追い込んでいると、氏は分析されていました。
 そして辺野古や高江の現状についての話です。沖縄では、連日逮捕される者が続出し、1000人の武装機動隊が反対運動を行う市民を威圧する恐ろしい光景が繰り広げられているそうです。なぜそうした光景を、大手メディアは日々報道しないのかと、憤怒の炎が燃えますね。そして山城氏が威力業務妨害・公務執行妨害などの容疑で逮捕されたために、"共謀"したとして反対運動の参加者・関係者にまで逮捕される危険性が出てきました。弁護士の勧めもあり、氏は現場に近づかないようになります。涙ぐみながら「現場に行きたい」と呟く山城氏の姿が心に残ります。しかし、そのおかげで全国を回ってこうした講演を行い、沖縄の現況を報告し、支援を訴えることができるようになって良かったとおっしゃっていました。なお6月23日、沖縄慰霊の日には、海外特派員に記者クラブに招待されているとのことです。
 最後にこれからの展望です。高江ヘリパッドは手抜き工事のため、土砂崩れてサンゴ礁へ流れ込んでいる状態。また辺野古新基地も、海底が軟弱なため今の計画では建設は無理であろうという意見です。となると、大幅な計画変更が必要となり、それを強行するために政府は翁長知事・稲嶺市長の首をすげかえようとする可能性が強い。それを阻止するために、翁長知事を支え、命をかけて戦い、中央政府との全面対決も辞さないと述べられました。ただし、しなやかに、ゆるやかに、心折れない運動を心がけよう。そして仲間がいる限り私はめげない、とも。
 朴訥とした、しかし信念に裏付けられた、私心のない、力強くあたたかい語り口にはすっかり魅了されました。安倍でんでん首相の、薄っぺらく、攻撃的で、誠意の"せ"の字も感じられない語り口とのなんたる違い。そしてその不屈の闘いを支えているのは、仲間と自然と日々の暮らしなのだと感じました。

 15分休憩の後、元自衛隊レンジャー隊員、ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン代表の井筒高雄氏の講演です。こちらもたいへん興味深く拝聴しました。日米新ガイドライン(2015.4)によって、極東における戦闘の主体は自衛隊であると決定されたと、氏は指摘されます。要するに、アメリカの国益に関わらない戦争は、多少のサポートはするものの「自衛隊がんばれ」というスタンスですね。また日本におけるパトリオット・ミサイルは、すべて在日米軍基地周辺に配備されており、私たちを守るためのものではないとも指摘されています。日本列島をまるごと極東アジアの前線基地とし、特に先島諸島に重点的に自衛隊を配備させ、戦闘の主体たらしめる。
 また日本政府は、社会保障費1800億円をカットし、オスプレイ12機を1500億円で購入する予定だという指摘にも驚きました。アメリカ軍需企業の影もほのかに見え隠れしますね。
 そしてもともと日本は戦争には向かない国であると、氏は言われました。南北に細長い、海に囲まれている、原発が多数存在すること、食料自給率が低く資源も少ないので長期戦ができない、といった理由です。よって戦争ではない手段で安全保障を追求すべきである。
 「安倍首相はバカだが、支持率には敏感。よって都議選では自民党・公明党・維新に投票しないことが大事。都民ファーストは自民党の分身」という指摘にも、快哉を覚えました。
 最後に、「めげない、やめない、委縮しないで行動を」というメッセージで講演は終了。

 ちょっとめげそうになっていた私ですが、お二人の素晴らしい講演、そして駆けつけた多くの聴衆のみなさんから、元気をもらいました。そして世界中の心ある人びとから、この国は注視されていることも知ることができました。山城さん曰く「政府の手口があまりにも汚い」、そんな政府に一日でも早く引導を渡しましょう。まずは都議選がその第一歩ですね。
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 追記です。『しんぶん 赤旗』(17.6.22)に次のような記事が掲載されていました。
 核兵器禁止条約の国連会議が開かれているニューヨークの国連本部会議場で20日までに、2羽の折り鶴が空席の日本政府代表席に置かれました。
 日本政府は同会議の第1会期(3月)にも参加せず、国際NGO(非政府組織)のメンバーが「あなたがここにいてくれたら」と書いた折り鶴をだれもいない代表席に置いていました。
 安倍上等兵や自民党は必死になって隠そうとし、メディアもそれに協力していますが、間違いなく劣化した日本の現状は世界から注視されています。
by sabasaba13 | 2017-06-24 06:46 | 鶏肋 | Comments(0)

鎌倉の紫陽花 sanpo

 昨日の月曜日に休暇がとれたので、山ノ神と一緒に鎌倉の紫陽花を愛でてきました。三大名所のうち、成就院は植え替えのため今年まで紫陽花は見られないとのことなので、明月院と長谷寺をメインに歩いてきました。その他、インターネットで調べた穴場として、古民家ミュージアム、光則寺、御霊神社、虚空蔵堂、極楽寺を訪問。
 個人的な感想ですが、長谷寺の紫陽花が素晴らしかったですね。百花繚乱、斜面を埋めつくす紫陽花の饗宴には口を開けて見惚れてしまいました。たいへんな混雑でしたが、合理的な整理券システムが完備されており、スムーズに見学できました。明月院はやや期待外れ、思ったよりも花の数が少なくて残念でした。明月院ブルーは綺麗でしたが。想定外の穴場が、北鎌倉の古民家ミュージアムでした。鉢植えでしたが、さまざまな品種の紫陽花が艶やかに咲き誇り、山ノ神もいたく満足しておりました。
 いつになるかは分かりませんが、道中記は後日ということにして、写真を掲載します。

明月院
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明月院
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古民家ミュージアム
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古民家ミュージアム
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長谷寺
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長谷寺
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御霊神社
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極楽寺
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by sabasaba13 | 2017-06-20 06:31 | 鶏肋 | Comments(0)

共謀罪法案成立

 共謀罪法案が成立してしまいました。やれやれ。

 1943(昭和18)年6月25日、戦争が酣のころ、永井荷風が『断腸亭日乗』に書きつけた言葉を、ふと思い出しました。
 歴史ありて以来時として種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行はれしことはいまだかつて一たびもその例なかりけり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきにや。
 壮吉さん、その行末がこのざまです。お恥ずかしい…

 夏目漱石は、日記(1901.3.21)の中に、こう記しています。
 未来は如何あるべきか。自ら得意になる勿れ。自ら棄る勿れ。黙々として牛の如くせよ。孜々として鶏の如くせよ。内を虚にして大呼する勿れ。真面目に考えよ。誠実に語れ。摯実に行え。汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現わるべし。
 金之助さん。真面目に考えず、誠実に語らず、摯実に行なわなかった自民党・公明党・日本維新の会が播いた種は、これからどす黒く成長していくでしょう。おっしゃるとおり、その悪徳と悲劇に満ちた果実は、彼らに政権を委ねた私たち日本社会が収穫します。

 そして『ヒトラー』(イアン・カーショー 白水社)の中で紹介されていた、1933年1月末に、ルーデンドルフが大統領ヒンデンブルクに宛てた手紙の一節も脳裡をよぎります。(上p.402)
 この呪われた男がわれらの国を奈落の底へと突き落とし、わが国民は想像を絶する辛酸を舐めることになるに違いありません。あなたの所業に対して後世の人びとは死したあなたを謗るでしょう。
 ヘル・ルーデンドルフ、自民党・公明党・日本維新の会を支持してその候補者に一票を投じた方々、あるいは棄権をした方々は、その所業を謗られていることなど気にも留めないでしょう。

 それにしても、これほど愚劣で低劣で下劣な人物と政党を、何故多くの人びとが支持しているのか。その人たちが、同じく愚劣で低劣で下劣だとは思いたくありませんが…謎です。前掲書で、イアン・カーショーは、こう述べられています。
 ヒトラーの権力はヒトラー自身が作り出した部分もあるが、大部分は社会的な産物だった。すなわち、追従者がヒトラーに寄せた期待や意図から作り出されたものだった。これは、いくつかの決定的な瞬間にヒトラー自身がとった行動は権力を拡大するうえで重要ではなかったという意味ではない。ヒトラーの権力の衝撃性は、「個人」としてのヒトラーの特殊な性格にではなく、その指導者としての役割にある。そしてその役割はほかの人びとの過小評価、過ち、弱さ、協力のうえに成り立っていた。したがって、ヒトラーの権力を説明しようと思うならば、ヒトラーその人ではなく、まずはほかの人びとを見なければならない。(上p.24)
 なぜ多くの人びとが、安倍上等兵および自民党・公明党・日本維新の会を過小評価し、彼らを支持するという過ちを犯し、抵抗をあきらめるほど弱く、あるいは協力したのか。それについて本気で考えなくてはならないでしょう。その際にヒントとなるのが『永続敗戦論』(太田出版)の中の、白井聡氏の言葉です。
 三・一一以降のわれわれが、「各人が命をかけても護るべきもの」を真に見出し、それを合理的な思考によって裏づけられた確信へと高めることをやり遂げるならば、あの怪物的機械は止まる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的怠惰を燃料としているのだから。(p.185)
 そう、知的怠惰と倫理的怠惰が、なぜ私たちの社会を濃い霧のように覆ってしまったのか。そこから考えはじめるしかないと思います。

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by sabasaba13 | 2017-06-16 06:31 | 鶏肋 | Comments(0)

がんばれ、野党

 がんばれ、野党。

 を知れ、与党。
by sabasaba13 | 2017-06-15 06:34 | 鶏肋 | Comments(0)

辺野古埋立て・共謀罪法案反対集会

 昨日、国会前に行き、「止めよう! 辺野古埋立て 共謀罪法案は廃案に! 国会大包囲」に参加しました。安倍内閣のおぞましさについては、拙ブログの書評、『街場の憂国論』(内田樹 晶文社)と『安倍改憲政権の正体』(斎藤貴男 岩波ブックレット871)をご一読ください。
 アメリカへの隷従、大企業の利益の優先、民意と国会の軽視、国家権力の強化、メディアの統制、その基本姿勢は私たちの人権を石臼のようにゴリゴリと轢き潰す危険なしろもの、居ても立ってもいられなくなり駆けつけた次第です。民意を無視する辺野古埋立てと、国家権力を強化し抗う者たちを踏み潰し黙らせる共謀罪法案に抗議しなければ。
 持参した『自発的隷従論』(エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ ちくま学芸文庫)を地下鉄の中で読んでいると、次のような一節がありました。
 それにしても、おお神よ、これはいったいどういうわけなのだろうか。これをはたしてなんと呼ぶべきか。なんたる不幸、なんたる悪徳、いやむしろ、なんたる不幸な悪徳か。無限の数の人々が、服従ではなく隷従するのを、統治されているのではなく圧政のもとに置かれているのを、目にするとは! しかも彼らは、善も両親も、妻も子どもも、自分の意のままにある生命すらもたず、略奪、凌辱、虐待にあえいでいる。それも軍隊の手になるものでもなく、蛮族の一群の手になるものでもない(そんなものが相手なら、血や生命を犠牲にするのもやむをえまい)、たったひとりの者の所業なのである。しかもそいつは、ヘラクレスでもサムソンでもなく、たったひとりの小男、それもたいていの場合、国じゅうでもっとも臆病で、もっとも女々しいやつだ。そいつは戦場の火薬どころか、槍試合の砂にさえ親しんだことがあるかどうかも怪しいし、男たちに力ずくで命令を下すことはおろか、まったく弱々しい小娘に卑屈に仕えることすらかなわないやつなのだ! このようなありさまを、臆病によるものと言えるだろうか。隷従する者たちが腰抜けで、憔悴しきっているからだと言えるだろうか。(p.13~4)
 16世紀フランスの若き法官が嘆いた状況が、いま21世紀の日本で現出しているとは。きっと彼も草葉の陰で驚いているでしょうね。私も驚いています。さあ、隷従を潔しとせず、"小男"に抗議の声をあげる人びとがどれくらい集まっているのか楽しみです。

 地下鉄国会議事堂駅でおりて地上にのぼる階段をのぼっていると…2015年の「10万人集会」ではこのあたりですでに、スピーカーから流れるスピーチが聞こえ、声なき声のうねりとどよめき熱気が感じられたのに、今日はいやに静かです。地上に出ると、やはり国会を包囲するという規模の参加者ではありません。後の主催者発表によると、参加者は約1万8千人。辺野古埋立てと共謀罪法案に怒らず、危機感を持っていない方が多いということなのでしょう。そして「他に適当な人がいない」という理由で安倍内閣を支持する人も。

 最後まで集会に参加し、帰途に乗った地下鉄内で前掲書をふたたび読んでいると、下記の一文に出会いました。
 あなたがたが衰弱すれば、敵はますます強く頑固になり、あなたがたをつなぎ止める手綱をもっと引きしめるようになる。
 かくも卑劣な行いを少しでも感じたならば、獣たちでさえ耐えられないだろう。あなたがたは、わざわざそれから逃れようと努めずとも、ただ逃れたいと望むだけで、逃れることができるのだ。もう隷従はしないと決意せよ。するとあなたがたは自由の身だ。敵を突き飛ばせとか、振り落とせと言いたいのではない。ただこれ以上支えずにおけばよい。そうすればそいつがいまに、土台を奪われた巨像のごとく、みずからの重みによって崩落し、破滅するのが見られるだろう。(p.23~4)
 隷従しないぞ。
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by sabasaba13 | 2017-06-11 16:04 | 鶏肋 | Comments(0)

山城博治さん

 安倍でんでん内閣が、なりふり構わずに「共謀罪」成立へと暴走しています。ぶおんぶおん。もし仮にこれが成立してしまったら、何が起きるのか。「悪いテロリストを事前に捕まえるのでみんな安心、はいほー」などという牧歌的な話ではないでしょう。その起り得る事態を、リアリティをもって教えてくれる秀逸なインタビューを読むことができたので紹介します。
 それは、硬骨のフォトジャーナリズム月刊誌『DAYS JAPAN』(17.6)に掲載された、山城博治氏へのロングインタビューです。映画『標的の島』にもたびたび登場した、辺野古や高江での米軍基地反対運動の中心となって尽力されてきた方です。人懐っこい笑顔、機動隊員との情に溢れたやりとり、歌と踊りと笑いを忘れない懐の深い人となり、しかし肝心な場面では一歩も引かぬ不屈の精神、心にいたく残った方でした。
 同誌から、氏のプロフィールを紹介します。
山城博治 1952年沖縄県うるま市生まれ。法政大学社会学部卒。1982年に沖縄県庁に入庁。2004年から沖縄平和運動センター事務局長。辺野古新基地建設、東村高江のヘリパッド建設反対運動を、多くの平和・市民団体と連携しながらおこなう。昨年10月、米軍基地建設反対運動に絡んで逮捕、5か月間拘留された。現在公判中。
 その山城博治氏が、生い立ちや平和運動に関わる経緯、辺野古新基地建設の反対運動の経過、逮捕にいたる状況、そして共謀罪の真の狙いなどを語った貴重な証言です。後半部分を引用しますので、ぜひ読んでいただきたいと思います。
 自分はリーダーではなく、世話人だと話す。

(山城) 私は世話人という言葉が好きです。ただ現場をまとめたい。というのは、ああいう(権力と市民とが時にぶつかり合う)現場では、慣れた人が権力との間に立って、交通整理をし、引き際を見極める必要があるんです。

 辺野古新基地建設が強行的に着工されたのは2014年。米軍キャンプシュワブのゲート前や大浦湾の海上に機動隊や海上保安庁の職員が配備された。ずっと続けてきたことがある。

(山城) 実は、14年の7月に工事が始まったときから、毎朝、機動隊の責任者に伝えてきたんです。私たちはここに、けが人や逮捕者を出したりするためにいるんじゃないよ。止むに止まれぬ思いを持ってここに駆けつけているんです。君たち機動隊が介入する必要が出るような運動は作らないから、仲間に対して無茶しないでください、頼むねって。反対の声を挙げることは市民としての権利です。そこは大事にしてくださいって。

 当時、機動隊も山城さんのそんな思いに理解を示していた。山城さんを、機動隊と住民の仲介役として頼ってくる場面は少なくなかった。
事態が変わったのは15年の11月、東京警視庁の機動隊が150人体制で送られて来てからだという。

(山城) 様変わりしてしまった。暴力的で、沖縄の機動隊も激しくなった。彼らも東京警視庁に見られているからね。昨日まではお互いに現場のルールで調整し合ってやってきたのに、力で押しまくって来るようになった。工事車両を入れまいと、(米軍キャンプシュワブの)ゲート前に座り込んで抗議する住民を、力任せに排除し始めた。

 何とかしないといけない。毎日やられっぱなしだった。日を決めて工事車両を確実に止めようと、15年11月から水曜日を一斉集中行動日としてセットした。日頃の数倍の数で大集結した人々。朝、工事車両が入るゲート前にみんなで座り込み、車両を止める。最初集まったのは500人だった。それでも機動隊に抱えられ、排除された。800人になって、ついに車両の出入りを止めた。機動隊は手が出せなかった。3週目には1200人が集まった。大成功だった。

(山城) ぼくはカチャーシー踊ったりしてさ、やったー! みんなありがとう!って。

 16年1月からは木曜行動も始めた。人が集まり、完全に工事が止まった。

(山城) そうしたら金曜日、工事の遅れを取り戻そうと、それまで早朝1回だけだった工事車両の侵入が午前も午後もひっきりなしになった。座り込んでも機動隊に抜かれる(排除される)。また座り込んでもまた抜かれる。悲鳴があがった。機動隊は、突起が付いた軍手をはめて、腕をすごい力で掴んでくる。だから痣ができる。心臓が悪い人は卒倒して、ついに救急車で運ばれた。

 非暴力で抵抗する市民に権力が全力で襲いかかる。限界だった。

(山城) あまりの暴力に耐えかねて、誰かが言い出したでもなく、自然発生的にブロックを積み出した。

 みなが椅子代わりに使っていたブロックをゲート前に積んだ。それが威力業務妨害とされ、後の逮捕につながる。
16年10月17日、沖縄県警は、山城さんを運動中の威力業務妨害、公務執行妨害などの容疑で逮捕した。その後逮捕者が相次ぎ、山城さんの152日間の長期勾留が始まった。

(山城) 私は、一部の事実については認めています。だけどそうせざるを得なかった背景を、裁判官は知るべきだと思う。だから検察の事情聴取には応じませんでした。私の容疑については法廷で述べさせてもらいますと言ってね。

 検察の取り調べでは、「共犯」「共謀」という言葉が頻繁に使われた。

(山城) 共犯者は誰だ、カメラに映っているこの人物は誰だ、名前は? どこから来た人物だ?と。あぁ彼らは、私に、"共謀"したということでたくさんの逮捕者を出すつもりだなと思った。運動をしてきた人がみんな犯罪者にされてしまう。だから黙秘した。

 安倍政権が成立を目指す共謀罪では、277の犯罪を対象に、「計画したり」「準備行為をしたり」した段階で処罰できるようになる。

(山城) 警察や検察の主張では、常時私と行動を共にしていた者のみならず、たまたまゲート前の座り込み行動に参加して私の話を聞き、拍手を送った者まで、"共謀"したとされています。

 安倍政権の強行に、恐怖を覚えるという。

(山城) 日本全体が、戦前のような時代に逆戻りしようとしているように思います。政府は北朝鮮のミサイルや中国の脅威を煽りながら、戦争国家にするための法整備や社会環境の整備を図ろうとしている。いま安倍内閣が一生懸命作ろうとしている国家社会の有りようというのは、政府が非常事態宣言を発すれば、全国民が不平ひとつ言わず、政府の方針に従うべきだという社会です。だから共謀罪が必要になる。それは沖縄の人たちが戦前に見てきた社会で、私たちが渇望してきた平和で民主的な社会とは真っ向から相反する社会です。

 共謀罪が成立すれば、真っ先に適用されるのは沖縄の米軍基地建設反対の現場だろう、と話す。
 4月29日、米軍キャンプシュワブゲート前では、辺野古新基地建設中止と共謀罪廃案を訴える大規模な県民集会が開かれた。

(山城) 共謀罪では、こういう集会に参加したみんなが逮捕されてしまうことになる。組織的威力業務妨害の共謀罪でね。そして「米軍基地反対」とさえ言えなくなる。
 うーむ、やはり共謀罪の狙いは、政府に抗う動きを潰すため、そして「逮捕」という威圧を加えることによって、そうした動きを未然に防ぐためだと言ってよさそうです。特定秘密保護法、集団的自衛権の容認、そしてこの共謀罪。私たち主権者を屈従させながら、米軍の世界戦略の片棒を担ぐという"柔らかな全体主義・軍国主義"を徐々に浸透させようとする安倍でんでん政権の意図が見え隠れします。
 これに対して、無関心を決め込む、政府を支持する、知ろうとしないといった選択肢もあり得ますが、私はやはり抗いたい。でもどうやって? 山城氏の言葉がそのヒントを与えてくれます。
 自民党がやりたい放題やっているのは、やっていいだけの議席を与えてしまっているからでしょう? 安倍首相は、全ての権限を委譲されたという思いがある。だから憲法まで自分の考えで変えようとする。その強権政治を変えていかないとならん。

 政府は工事が始まったことを最大に宣伝する。石が大きなクレーン車で海に降ろされる画が流れてくる。工事が始まったことは事実だけど、その裏には、もうどんな抵抗をしても工事は進むんです、沖縄県民の抵抗もここまでですというメッセージが入ってる。

 工事は10年かかる。あそこの海底は軟弱だから、政府はいま工事の大幅な修正、変更をしようとしている。そのためには変更申請を県に出す必要があるのですが、その可否は(辺野古新基地反対を訴えている)翁長知事が判断する。あるいは、埋め立てのためには辺野古の山を流れる美謝川の水路を変更する必要がありますが、それを判断するのは水利権の管理者である稲嶺名護市長の権限だ。だから最終的には翁長知事や稲嶺市長の首をすげかえないと、できないんです。護岸工事はできない。

 今の強引な安倍政権はこれから先10年も20年も続きません。必ず変わる時が来るから、心折れないで、がんばろうと。そういう話を現場に行ってしたい。いつも言うでしょう? ゆるくていいんだ、しなやかにがんばるんだって。そして最後の1パーセントに望みをかけてパッといったらいい。勇気を持て。20年がんばってきたんだから、きょうあすで決まる話じゃない。必ず、必ず変わる時は来るって。伝えたいのは、そのこと。

 私がずっと言ってきたのは、運動はゆるくていいと。しなやかで、したたかで、そして時に毅然として。毅然とするのは最後の1パーセントでいい。最後でいい。

 めげない明るさがある限り、希望を持ち続けられる。だから小さなことでもみんなで喜んで歌う。辺野古や高江は、英雄たちが集まっている場所じゃない。当たり前の暮らしの中で、基地はいやよね、戦争はいやよねという人たちが集まる場所。あそこで成熟する民主主義が生まれる。そのことに安倍内閣は恐怖するんじゃないかな。

 勝つためには諦めないこと。

by sabasaba13 | 2017-05-21 06:13 | 鶏肋 | Comments(0)

いいなあ

 フランス大統領選挙で、極右候補が敗れました。

 いいなあ。

 大韓民国では、政権交代が起こりました。

 いいなあ。

 日本では、極右の首相と極右の政党が、政権を握り続けています。

 やれやれ。

 ちょっと本を読んで、ちょっとニュースを見て、ちょっと考えれば、この御仁と政党の正体なぞ簡単に見破れると思うのですが。詳細については『街場の憂国論』(内田樹 晶文社)と『安倍改憲政権の正体』(斎藤貴男 岩波ブックレット871)の書評を読んでいただくとして、要するに、アメリカの属国としての地位に甘んじながら、弱者・貧者を犠牲にして、大企業・政治家・官僚の利益を最大化するということだと思います
 それなのに、相当数の人々が安倍政権を支持するのは何故なのか? わかりません。こういう時には歴史から学ぶのが常道です。最近読み終えた『ヒトラー』(イアン・カーショー 白水社)は、なぜドイツの人々がアドルフ・ヒトラーを支持したのかを鋭く分析した好著ですが、安倍政権を支持する現今の日本人との共通点がほのかに見えてきます。例えば…
 世紀転換期のドイツ・ナショナリズムの自己主張を支えていたのは、少なからず、恐怖心からくる攻撃性だった。すなわち、フランスに対する伝統的な敵意、イギリスに対して高じつつあった敵愾心、東方スラブに対する潜在的な恐れである。同時に、国内的には、社会民主主義の脅威、国民国家ドイツの堕落と没落に対する文化悲観論的な憂慮もそうした攻撃性を生んでいた。
 国民にとって脅威となると目される内外の敵を不条理なまでに恐れる雰囲気のなかにあっては、過激な反マルクス主義に加えて、人種主義イデオロギーが広まったのも驚くにあたらない。(上p.105)

 しかしドイツでは、ポピュリストの急進右翼が標榜する人種思想を保守派が中心になって支え、個々のマイノリティにとって相当な脅威になるほどにまで支持が広がった。個人に対する国家の優越、秩序と権威の重視、国際主義と平等への反発がドイツ・ナショナルな感情のなかで次第に目立つようになると、それにともなって「人種問題に自覚的であること」が求められるようになり、ユダヤ系マイノリティへの敵意が膨れ上がっていった。ユダヤ系マイノリティは数的にもわずかで、同化しようとする者が大勢だったにもかかわらずである。(上p.105~6)

 支配的な存在感、(よく歪曲されてはいたが)細かな事実についての異様なほどの記憶力、イデオロギー的確信に立脚した(異論を許容しない)絶対の信念は、ヒトラーの特異な資質をすでに信じかけている者には強い印象を与えた。しかし、知識ある者が批判的に距離を保って見れば、その粗雑な議論はすぐに底が知れるようなものでしかなかった。(上p.309)

 「大衆は何も見ず、愚かで、自分が何をしているのかも知らない」とヒトラー主張した。大衆の「考えは未熟である」。大衆にとって「理解」は「不安定な基盤」にしかならない。「安定的なのは感情、すなわち憎しみである」。ドイツが抱える問題の解決策として、非寛容、力、憎しみを説けば説くほど、聴衆はそれに賛同するようになった。(上p.314)

 批判的な者にとっては半面だけの真実、歪曲、過度の単純化、曖昧で疑似宗教的な救済の約束をごた混ぜにしたような理解に苦しみ代物だった。しかし、シュポルトパラストを埋めた一万六千人の人びとは知的な議論を聞きにやってきたわけではない。彼らは聞きたかったものを聞けたのだった。(上p.332)

 労働者大衆はパンとサーカスを求めるだけで、理想の意味など決して理解しようとしない。(上p.352)

 社会全体の窮状の原因は指導力不足にある。民主主義、平和主義、国際主義が無力化と弱体化を招き、偉大なる国民に膝をつかせた。そうした腐敗を一掃すべきときだ、という主張だった。(上p.356)

 恐慌期の困窮と緊張は報復感情も強めた。この悲惨な状況の責任を誰かに負わせる必要があった。罪をかぶせる相手が必要とされ、標的となる敵が定められた。政敵の名が挙げられ、晴らすべき恨みが数え上げられた。たいていの場合、個人的な敵意と政治的反目は密接に関連していた。(上p.433)

 無関心は往々にして無力感からくるものだった。(上p.434)

 「ウィーンでは無名だった者」、「名もなき一兵卒」、ビアホールの扇動家、何年ものあいだ過激派の一勢力にすぎなかった政党の指導者、複雑な国家機構を動かす資質をもたず、ナショナリスティックな大衆の卑しい衝動をかき集めることだけに長けた者が、ついにヨーロッパの大国のひとつで政権を任されることになったのである。(上p.446~7)

 そのせいで、抑圧された攻撃性に満ちた手負いの巨人ともいうべきドイツ国民国家の権力は、政治的暴徒の危険な指導者の手に握られることになったのである。(上p.447)

 そして排外主義で歪んだヒトラーのドイツ意識は、国民としてのドイツの独自性、なかでも文化的優越性を主張する知識層の意識に立脚していた。(上p.449)

 「こんなことは全部気違い沙汰だとは思うが、自分にはどうでもよいことだ」というのがある非ユダヤ人が漏らしたその日の感想だが、これはあながち典型的ではないとはいえないだろう。(上p.494)

 そして、「1789年の思想」、自由主義思想のもつ合理性と相対主義を拒絶し、非合理主義を意識的かつ自覚的に取り入れ、個人ではなく「民族共同体」に意味を見出し、「国民的覚醒」によって自由を得ようとする彼らの思想に感化されて、ドイツの多くの知的エリートがヒトラーの第三帝国の反知性主義、低級なポピュリズムにとらわれることになった。(上p.502)

 1934年の危機的な夏が去り、9月に入ると、ヒトラーは再びニュルンベルク党大会の大がかりなプロパガンダで本領を発揮した。前年の党大会と比べても、今回の党大会は意識的に総統崇拝を強化する場とされた。ヒトラーはいまや運動の頂点に君臨し、大会ではヒトラーに敬意が表された。才能にあふれた魅力的な監督レニ・リーフェンシュタールが撮影した党大会の映画は、この後、国中の観客の前で放映され、ヒトラー崇拝に独自の重大な貢献をすることになった。映画の題名を「意志の勝利」にすると決めたのはヒトラー自身だった。実際には、ヒトラーの勝利は意志によって得られたものだとはいいがたい。勝利が得られたのは、むしろ、夏の権力闘争のなかで、ドイツ国家をヒトラーの勝手にさせることで多くの利益を得た者、もしくは利益を得たと考えた者たちのおかげだった。(上p.546)

 ヒトラーがデマゴーグとして成功したのは、不満を抱く大衆が聞きたいことを語り、大衆の言葉を話し、絶望した心理を捉えてそこにつけ込み、不死鳥のような国民の再生という新たな希望を示す能力があったからである。ヒトラーは人びとの憎悪、ルサンチマン、希望、そして期待を語ることに誰よりも長けていた。そして、似通ったイデオロギー的主張をもつ誰よりも甲高く、熱烈に、表現豊かに、そして説得力のある言葉で語った。ヒトラーは、すべてを飲み込む国民的危機という決定的な時期において、ナショナリスティックな大衆の代弁者だったのである。(下p.33)

 ヒトラーが狂喜したことに、ドイツ人選手たちは競技を国民的勝利に変えた。ドイツは最多のメダルを獲得したのだ。これは、他国よりも優れているという国民の信念を大いに高める結果だった。(下p.46)

 しかしながら一般市民も、憎しみの風潮とさもしい本能に訴えかけるプロパガンダに感化され、純粋な物質的羨望や強欲にも突き動かされて、多くの場所でナチ党の指導に従い、ユダヤ人資産の破壊と略奪に加わった。(p.179)

 おべっか使いとイエスマンと日和見主義者に囲まれたヒトラーの権力は、この時絶対となった。(下p.226)

 自身が置かれた不確かな経済状況への恨みは、民族至上主義的な陣営、そしてナチ党へと彼らを駆り立てた。(下p.289)

 1941年に続いたヒトラーの不在は、戦いが進行し、最終勝利が幻想となるにつれて、扇動の達人で、その権力の少なからぬ部分を国民の期待とルサンチマンをかき立てる稀代の能力に依拠していた20世紀の最も有名なポピュリスト指導者が、国民から隔絶した手の届かぬ人物へと変わっていくプロセスの始まりだった。(下p.453)

 そうした目標はたしかに、権力の傲慢とドイツ民族が生れながらに他民族より優れているという思い上がりから追及された。(下p.772)
 安倍上等兵は、安倍上等兵によっては説明できません。国民を見殺しにする人物が国民に支持されるというこの不可解かつグロテスクな現象を説明するには、彼に魅力やカリスマ性を見出した人びとの側から考える必要があるでしょう。ドイツ人の場合で言えば、恐怖心からくる攻撃性、個人に対する国家の優越、秩序と権威の重視、国際主義と平等への反発、パンとサーカスを求めるだけで理想の意味など決して理解しようとしない労働者大衆、無関心と無力感、ナショナリスティックで卑しい衝動、反知性主義、低級なポピュリズム、純粋な物質的羨望や強欲、自身が置かれた不確かな経済状況への恨み、ドイツ民族が生れながらに他民族より優れているという思い上がり… こうして列挙してみると、ヒトラー政権と安倍政権を支持するメンタリティの共通点が浮び上ってきます。また、著者のイアン・カーショー氏はヒトラーを、"知性も社会性もなく、政治以外の点ではおよそ見るべきところがなく、近しい者にとってさえ得体が知れず、真の友人をつくることもできそうになく、高い地位につけるだけの素養もなく、首相になる前には閣僚経験すらなかったような人物" (上p.22)と評されています。安倍上等兵とは面識はありませんが、その人となりや性格の共通点もけっこうありそうですね。

 この本を一助として、悔いの残らない、未来に禍根を残さない、他国の人びとから「いいなあ」と羨ましがられるような選択をしたいものです。1933年1月末、ルーデンドルフが大統領ヒンデンブルクに宛てた手紙と同様のものが、後世の日本で書かれないようにしましょう。「あなた」を「有権者」に読み替えてください。
この呪われた男がわれらの国を奈落の底へと突き落とし、
わが国民は想像を絶する辛酸を舐めることになるに違いありません。
あなたの所業に対して後世の人びとは死したあなたを謗るでしょう。(上p.402)

by sabasaba13 | 2017-05-16 06:23 | 鶏肋 | Comments(0)

信濃の桜

 先日掲載しました焼津編で、熱海駅で見かけた弘法山古墳のポスターにふれました。北アルプスをバックに、前方後円墳の山全体を埋めつくす約四千本の桜。ずっと気になっていて、「全国お花見1000景」で日々その開花状況を追っかけていたのですが、休みがとれる一昨日の土曜日にもまだ満開の模様でした。「行っちゃえ、おっさん」と呼ぶ声あり、訪れることにしました。そこはそれ、貧乏性のわたし、日帰りで長野の桜を出来得る限り見てやろうと、松本の弘法山古墳と松本城と城山公園、下諏訪の水月公園、上諏訪の高島城を駆け足でめぐった次第です。いつのことになるかは分かりませんが旅行記は後日ということで、とりあえず写真を紹介します。

弘法山古墳(松本)
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薄川(松本)
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松本城(松本)
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城山公園(松本)
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慈雲禅寺(下諏訪)
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水月公園(下諏訪)
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花見新道(下諏訪)
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高島城(上諏訪)
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by sabasaba13 | 2017-04-24 08:04 | 鶏肋 | Comments(0)

少女像5

 さて、私たちはこの問題に対して、どう向き合えばよいのでしょうか。もちろん一朝一夕に解決できる容易な問題ではないことは、重々承知しています。私も意見もまとまりません。ただ、逃げるのを、隠すのを、忘れるのをやめて、知り、考え、議論をすべきだとは思います。

 最期に、その際に導きの糸になる文章をふたつ紹介して、筆を置きます。

 まずは『普遍の再生』(井上達夫 岩波書店)で紹介されていた、戦争責任問題に関する研究と政治的運動実践に長年従事してきた大沼保昭氏の言葉です。
 過ちを犯したからといって卑屈になる必要はない。過ちを犯さない国家などというものは世界中のどこにもないのだから。しかし、過ちを犯さなかったと強弁することは自らを辱めるものであり、私たちの矜持がそうした卑劣を許さない。私たちの優れた到達点を率直に評価し、同時に過ちを認めるごく自然な姿をもつ国家こそ、私たちが愛し誇ることのできる日本という国ではないか。私はそう思う。(「日本の戦争責任と戦後責任」 『国際問題』 501号 2001年12月号) (p.68~9)
 もうひとつは、加藤周一氏の随筆「春秋無義戦」の最後の部分です。(『夕日妄語2』 ちくま文庫)
 問題は、いくさや犯罪を生みだしたところの制度・社会構造・価値観-もしそれを文化とよぶとすれば、いくさや犯罪と密接に係りあった文化の一面との断絶がどの程度か、ということである。文化のそういう面が今日まで連続して生きているとすれば、-今日の日本においてそれは著しいと私は考えるが、-そういう面を認識し、分析し、批判し、それに反対するかしないかは、遠い過去の問題ではなく、当人がいつ生まれたかには係りのない今日の問題である。
 過去の犯罪の現存する条件を容認して、犯罪との無関係を主張することはできない。直接の責任は、若い日本人にはない。しかし間接の責任は、どんなに若い日本人も免れることはできないだろう。彼または彼女が、かつていくさと犯罪を生みだした日本文化の一面と対決をしないかぎり、またそうすることによって再びいくさと犯罪が生み出される危険を防ごうとしないかぎり。
 たとえば閉鎖的集団主義、権威への屈服、大勢順応主義、生ぬるい批判精神、人種・男女・少数意見などあらゆる種類の差別-そういうことと無関係に日本帝国主義は成立したのではなかった。また過去の日本帝国主義に対する今日の日本国の態度と無関係に、自衛隊員の海外活動に対するアジア諸国民の反撥と不信感があるのではない。
 自衛隊の海外活動第一年、一九九二年の暮に私の妄想はこの国の来し方行く末に及ぶのである。(92.12.17) (p.68)

by sabasaba13 | 2017-03-07 14:11 | 鶏肋 | Comments(0)

少女像4

 そして意外と言及されていないのが、「少女像」とは、誰が何のために制作したのかということです。全体像を見たことがない人もいるのでは。幸い、「神奈川新聞」(2015.1.28)にそれに関する記事が掲載されましたので、転記します。
 いすに腰掛けた等身大の少女像は静かに前を見据える。穏やかな表情は見る者を鋭く射すくめるようにも映る。2011年、韓国・ソウルの日本大使館前に建てられた「平和の碑(少女像)」。旧日本軍の従軍慰安婦を模したもので、日本では「反日の象徴」と反発する向きもある。「悲劇が再び起きないよう平和を願って作った」。韓国人彫刻家、キム・ウンソンさん(50)、キム・ソギョンさん(49)夫妻は込めた思いをやはり静かに語った。間近で見ると、はだしの少女はかかとをわずかに浮かせていることに気付く。膝の上の両の拳はぎゅっと握られ、左肩には黄色い小鳥が乗る。(中略) 一見しただけでは分からないが、かかとはすり切れているのだという。「大変だった人生を象徴している。遠くに連れて行かれ、故国に戻ってきても居場所がない人もいたから」 ソギョンさんが説明を始めた。
 切りそろえられていない髪の毛も、家族や故郷とのつながりを断ち切られてしまったことを表している。肩の小鳥は平和と自由の象徴。「平和を守る守護神として作った像なのだから」
 そしてソギョンさんが繰り返し口にするのが「共感」の2文字。像の隣に置かれたいすも作品の一部になっていて、「隣に座って慰安婦の心を想像してほしい」。少女と目線の高さを合わせ、動かぬ像のぬくもりを感じ、その時、心はどう動くのか。「元慰安婦は抱えた心の痛みを払拭できない人がたくさんいる。自分が慰安婦だったら、どう思い、何を感じるか。少女の気持ちになって考えるきっかけにしてほしい」
 日本大使館前の像は元慰安婦のハルモニ(おばあさん)を支援する韓国の市民団体が寄付金を集め、設置を企画した。毎週水曜日に大使館前で行っていたデモ活動の千回目を記念するものだった。市民団体は社会問題をテーマに彫刻作品を手掛けてきた夫妻に制作を依頼した。当初は字が刻まれた石碑を建てる計画だったが、夫妻は「元慰安婦を癒す彫刻を作りたい」と少女像を提案した。周囲の受け止めは思わぬものだった。「除幕式当日、日本のメディアの記者が大勢集まり、私たちの一挙手一投足にフラッシュがたかれた。日本政府は「外交公館の尊厳を損なう」として韓国政府に像設置を認めないよう要求。日本の一部保守系メディアでは像を「反日の象徴」とみなす論調が続く。
 学生時代から2人は韓国の民主化闘争に加わってきた。朝鮮半島の統一を願う作品や米軍の装甲車にひかれて亡くなった中学生を追悼する作品を手掛けてきた。「なぜ芸術に政治を持ち込むのか」という批判が寄せられたことがある。ソギョンさんの夫で共作者のウンソンさんは語気を強める。「政治や社会を抜きに、芸術家はどんな活動ができるだろうか」 作品の政治性は日本でも問題になったことがある。2012年8月、東京都美術館で開かれた国際交流展に少女像の縮小模型を出展した。だが、政治的表現物を規制する同館の「運営綱領に抵触する」として会場から撤去された。
 像に込めたメッセージは日本にだけ向けられているわけではない。それは、かかとを上げているもう一つの理由からもうかがえる。地面を踏みしめられずにいるのは、慰安婦として体験しなければならなかった苦難と、韓国社会の偏見や政府の無責任さの結果、罪人であるかのように生きなければならなかったことを表している。ウンソンさんが自身の幼いころを振り返る。「元慰安婦の人たちのことを話すとき、大人たちは声をひそめて話していた。その様子が、ずっと心に引っかかっていた」 やはり共感とは程遠い、さげすみの視線。その後、多くの元慰安婦の当事者たちが声を上げ、問題は広く知られるようになった。日本大使館前に置かれた少女像宛てに手紙が届き、雨の日には少女像に傘を差す人がいる。寒い日には首にマフラーが巻かれる。夫妻は韓国の人たちが少女像に抱く感情を想像する。「それは反日ではなく、共感だ」
 ウンソンさんは、日本で憲法9条を変えようとする動きや米国に置かれた少女像を撤去しようとする動きがあることも知っている。去年、韓国・巨済市に設置された少女像は、いすから立ち上がったものにした。「これ以上、座っているわけにはいかないという意味を込めた」 それでも、少女像が日本で反日の象徴とされていることをどう思うか問われれば、ウンソンさんは努めて穏やかにこう答える。「少女像は歴史を記録し、人々の気持ちを癒すためにある」
 なぜ日本の政治家諸氏が、「少女像」に対して過剰な感情的反応を起こすのか、この話を聞いて、この像を謙虚に見つめているとわかるような気がします。言葉にできないような下劣な犯罪的行為をこの静謐な少女像に糾弾されているようで、心底から怯えているのでしょう。だから、10億円払うからはやく撤去しろと主張しているのではないでしょうか。

 この後ろめたさから逃れるために、この犯罪的行為をなかったことにするため、慰安婦問題に関して攻撃的に振る舞う方々がいるのだと考えます。ブレヒトの『第三帝国の恐怖と貧困』に出演した、東京演劇アンサンブルの俳優・洪美玉氏が、劇のパンフレットに「危機感」という一文を書かれています。一部ですが引用します。
 2012年、中国に残された朝鮮人『従軍慰安婦』の写真展が、ニコンから突然、中止の通告を受けた。写真家の安世鴻(アン・セホン)さんは異議申し立てをして、東京地裁は会場を使わせることをニコン側に命令した。あまり広くないニコンサロンに警備員が三人、入り口には金属探知機ゲートが設置され物々しい雰囲気だった。私は、在特会と呼ばれる人たちと至近距離で出会った。彼(女)らは何時間かおきに会場に乗り込んできて、ハルモニの背景に写っている小さなテレビを指さして「金持ってるんじゃねぇか」とか、写真の中の彼女たちをおとしめることをまくしたてていく。受付だった私は我慢できず「後ろのお客様もいますので、先に進んで下さい」と声を荒げた。すると「お前もどうせ在日だろう」「じゃあ、どうせ色んな男に股開いてんだろう」 怒りで体が震えた。「全部録音していますから」というスタッフの言葉がなかったら、殴りかかっていたかも知れない。その経験はショックであり、恐怖だった。(p.34~5)


 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2017-03-04 06:31 | 鶏肋 | Comments(0)