カテゴリ:近畿( 251 )

神戸・南紀編(7):紀伊田辺(02.3)

 田辺に戻り、駅で貸し自転車を借り(和歌山ではJRの駅で自転車を借りられるというナイスなサービスあり)、熊楠の墓がある高山寺へ。田辺湾を見下ろせる高台に、奥さんのお墓と並んでありました。合掌。そして市内にある闘鶏神社へ。彼の奥さんはこの神社の宮司の娘でした。見事な鎮守の森と大きな楠があります。ちなみにこの地方では、子供の名前に、元気がよくなるよう“熊”や“楠”という字を入れる習慣があったそうですが、彼は二字とももらったんですね。
c0051620_66534.jpg

 そして熊楠の旧居を拝見。現在でも子孫の方が住んでおられるので非公開でした。と、田辺の街中を自転車でフラフラして気がつきました。コンビニエンス・ストアがたった一軒! あとはデパートもスーパーマーケットも皆無! 小さな小売店が身を寄せ合うように、ざっかけない真っ当な商いをしているという実感がヒシヒシと感じられます。「牛乳は高橋さんとこで買うんやで。ローソンで買うたらあかん」なんていう会話が家庭内でかわされているのかも。そういえば「身のしつけ親がしなくて誰がする」という標語を見かけました。そうだよね、そう思う、同感です。街路の幅も、人間にあったスケールで(行き違う知り合いに挨拶できる程度の距離)、おまけに適度にゴチャゴチャしているという私好み。うん、あったかくていい街です田辺は。臼杵(大分)・富田林(大阪)とならび、住んでみたい街ベスト3に挙げましょう。ただ商店街のスピーカーから童謡の「田植え」が流されていたのには、腰が砕けました。好きな曲なんだけど、「植えよ植えましょ御国のために」という歌詞がちょっとね。
 あとここ田辺には、熊楠とも親交のあった毛利柴庵が主宰した「牟婁(むろ)新報」という新聞があったことを銘肝しておきましょう。日露戦争に真っ向から反対し、荒畑寒村や管野スガを記者としていた骨のある新聞でした。

 本日の一枚は、闘鶏神社の大楠です。
c0051620_664278.jpg

by sabasaba13 | 2007-05-29 06:07 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(6):紀伊田辺(02.3)

 大蒜の匂いをプンプンさせながら、新大阪からオーシャンビューに乗車、めざすは紀伊田辺です。もちろん右側の指定席をとって、太平洋の荒波を堪能いたしました。熊野古道と寄り添うように走る紀勢本線はいいですね。駅前の「マーメイド」で美味しいランチを食しながら、作戦を練りました。まずは何はなくとも南方熊楠記念館でしょう、バスで白浜へ行きました。バス停からテクテクと海沿いを歩いて三十分。岩をも砕く紀州灘の波と、円月島の眺望がすばらしい。
c0051620_80487.jpg 「南方熊楠。1867‐1941(慶応3.4.15‐昭和16.12.29) 植物学者、民俗学者。和歌山市生れ。1886年大学予備門を中退して渡米、中南米を放浪し、動植物の観察収集に努めた。92年イギリスに渡り、学界で認められ、大英博物館東洋調査部に入る。1900年帰国、和歌山県田辺町に定住し、県下一帯の隠花・顕花植物の採集とその分類整理に没頭した。人間と自然との共生の立場から明治政府がすすめた神社合祀に反対し、また民俗学の分野でも独自の方法論による地球的規模での民俗の比較を試みた。」と岩波日本史辞典にあります。まあスケールのでかい人で、興味のある方はぜひ神坂次郎著「縛られた巨人」(新潮文庫)を読んでください。“日本”という枠の中に閉じこもり、性を語らなかった柳田國男に対して、世界に開かれ、性を人間性の本質ととらえ、自然破壊に敢然と立ち向かったのが熊楠です。(と偉そうなこと書きましたが彼の著作を読んだことがありません。汗顔の至り) この記念館には、彼のノートや遺品が数多く展示されており、勉強になりました。そうそう、熊楠はロンドンで孫文と知り合い、以後無二の友人となったんですね。屋上からの眺めもよく、熊楠が守り抜いた自然の宝庫神島(かしま)を遠く田辺湾に見ることができます。

 本日の一枚は円月島です。
c0051620_811276.jpg

by sabasaba13 | 2007-05-28 08:02 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(5):神戸(02.3)

 さあ北野の異人館めぐりです。いやあ、いるわいるわ。どこから沸いて出たのだか(私もその一人)、観光客の善男善女が溢れていました。私も負けちゃおれんと、うろこの家・風見鶏の家・萌黄の家と、一通り見学。今調べて分かったのですが、あの“うろこ”ってスレートつまり粘板岩つまり硯と同質のものなんですね。だから墨が磨れるそうです。ちなみにこの時期のスレートは(学校で使われていた石盤も)すべて宮城県牡鹿半島産のものとのこと。うろこの家にはエミール・ガレ作の美しいシェードもありました。
c0051620_729406.jpg

 このあたりは、シナゴーグ・モスク・ジャイナ教寺院など種々の宗教施設が集中しているのも注目。 喫茶「ラ・メール」で珈琲を飲みながら、おかみからいろいろな話をききました。市が所有している異人館の入場料は安いとか、山の手の震災による被害はそれほどひどくなかったとか… その中で、ここから歩いて三十分ほどで、ビーナスブリッジというたいへん見晴らしの良い場所があると教えてくれました。車道を山のほうへテクテクと歩いて三十分。クルクルと輪をかいたような歩道橋らしきものがビーナスブリッジです。なるほどこれはすばらしい眺め。ジモティの勧めと茄子の花にゃ千に一つの無駄もないっていうやつですね。
c0051620_7233071.jpg

 トアロードを抜けて三宮へ。神戸最後の晩餐は、そう、そうです、神戸牛。松阪・伊賀・平戸・近江・但馬・米沢と牛肉行脚を続けてまいりましたが、満を持しての神戸牛です。選んだお店はガイドブックに載っていた「カルネ」。雑居ビルの二階にあるカウンター席のみのこじんまりとした店で、欲気を抜いた中島誠之助のようなご主人と寡黙なおかみさんがもてなしてくれました。味は… 味は… 味は… 嬉しくて嬉しくて言葉にできない… もうこれは至福です。ステーキという概念をくつがえされました。脱帽、感服。つけあわせの生キャベツと生ピーマンとスライスした揚げニンニクにも感涙。大蒜フリークの私のために、二回もおかわりをしてくれました。ええいっ、宣伝しましょう、神戸に行ったら「カルネ」(078-391-2332)に寄ろう! それはそうと、何で「カルネ」という店の名にしたのか、訊き忘れました。きっとご主人がマルセル・カルネの大ファンだとにらんでいますが。ご主人から、牛肉の仕入先を教えてもらい、元町の森谷商店に直行。この至福を分かち合おうと(避雷針も兼ねていますが)、山ノ神にフィレとサーロインを送りました。後日談。届いた包みの中に、狂牛病対策からか、「去勢・牡四歳」というしおりが入っていて、可哀想で食べられないと思ったが、やはり食べておいしかったとのこと。

 本日の一枚です。
c0051620_7235288.jpg

by sabasaba13 | 2007-05-27 07:30 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(4):神戸(02.3)

 本日は、神戸市内の徘徊。阪神・淡路大震災のこと、そしてその爪痕をぜひ知りたいと思い、前日に三宮にあるフェニックスプラザ(阪神・淡路大震災復興支援館)で「震災モニュメントマップ」を手に入れ、ここで当時の映像を見、資料を読み、多少勉強したつもりです。1999年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を襲ったM7.3の都市直下型大地震。死者6,400人、負傷者40,092人、全壊・全焼の家屋111,123棟。そして人類が初めて経験した高齢化社会を直撃した大災害であるということ。というわけで長田区・兵庫区・中央区を中心に、慰霊碑・折れた鳥居・崩れた橋桁・火災で変形した街路灯・歪んだ歩道などを見て歩きました。神戸の街はハード面ではほぼ復興しており、こうしたモニュメントを見ながら、頭一杯想像力を働かせたつもりです。もちろん、限界は認めますが。例えば、一体何%ぐらいの人が元の町で元のような暮らしができるようになったのか? PTSD(post traumatic stress disorder)の方の治癒は? 致命的な失策を重ねた行政サイド(特に政府)は、反省を生かしているのか、あるいは反省していないのか?
c0051620_5565969.jpg

 特に印象的だったのが、長田区の鷹取です。中央の公園から四方に連なる家並みがほとんど新築であるのが、逆に被害の凄まじさを物語っています。そしてこの地区の掲示板・地図をふと見ると、「神戸定住外国人支援センター」という施設と、英語・ハングル・タガログ語(?)・中国語の四ヶ国語での表記が。関東大震災(1923)時の朝鮮人・中国人虐殺のような事件が発生しなかった背景にはこうした事があったんですね。納得。“国際化”とか“共生”とか簡単に言うけれど、日々異文化をもつ人々と向き合い、支援し、助けられる覚悟を持ち続けることじゃないのかなあ。口で言うのは容易ですけれどね。ただ、こうした覚悟というか雰囲気は、神戸という風土が古くから持っているような気がします。少なくとも東京ではあまり感じません。いずれにせよ、“国家”(注:ここではその国を支配している権力と仕組みという意)によって、人間がバラバラに分割され、レッテルを貼られる状況はなくさなきゃ。「全世界は哲学する者にとって流謫の地である。」というサン=ヴィクトールのフーゴーの言葉を思い出します。
 兵庫区(平清盛が大輪田泊を築港したところ)は、一遍上人の終焉の地だったんですね。廟を発見しました。地下鉄で旧居留地に戻り、神戸市立博物館でザビエルの肖像(複製!)を拝見し、北野の異人館めぐりへ。
c0051620_5573181.jpg


 本日の一枚は震災モニュメントです。
c0051620_5575218.jpg

by sabasaba13 | 2007-05-26 05:59 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(3):姫路城・赤穂(02.3)

 本日はお日柄もよく、姫路城へ。いやあ、実は私、姫路城には行ったことがないのです。「現存する天守閣行脚」をやっている最中で、高知城・犬山城・彦根城・松本城・松江城と経巡ってまいりましたが、いよいよ佳境に入ります。17世紀初頭につくられた名城で、世界文化遺産にも登録されているとのこと。まあ百聞は一見に如かず、実際に見てみないことには何とも言えない、フンッ。と斜に構えていましたが、やはりこりゃ名城だ。見事なプロポーションと白漆喰の壁面。建物本体と周囲の環境の保存状態も良好。内部の展示もくどいものではなく、構造や施設自体を紹介するという謙虚かつ好ましいものでした。
c0051620_613822.jpg


c0051620_6133044.jpg 次は隣りにある姫路市立美術館を訪問。期待はしていませんでしたが、いきなり大好きなベン・シャーンの「至福」があったのには意表をつかれました。おっ、なかなかやるな。他にもムンクやデルヴォーやホドラーなど、市議会で糾弾されなかったのかい、と邪推したくなるような作品が多々。「ええもんはええんや、文句あるか!」というこの頑なというか一途な姿勢はよろし。特別展示の「民衆の絵画展 1920s-1930s」も充実。大正から昭和初期の商業的な絵画・版画・ポスターやプロレタリア美術を展示したもので、なるほどこうした分野は美術史上の盲点。一本取られた。大月源二作の「山宣葬」(1929)には感無量。治安維持法改悪にただ一人反対して右翼に暗殺された労農党代議士・生物学者、山本宣治葬儀の様子を描いた絵です。山宣ひとり孤塁を守る… そして赤穂へ。

 歴史博物館へ行った後、海洋科学館・塩の国へ。ここには昔ながらの入浜式塩田や揚浜式塩田があるとのことです。受付で「塩をつくられますか?」と訊かれて一瞬耳を疑いましたが、せっかくなので塩づくり体験学習に挑戦してみました。会場に男子更衣室があるのにはギクッ。まさか、つなぎと長靴に着替えさせられて、この炎天下に塩田で海水汲みを… でもだいじょうぶ。濃縮した海水(鹹水)を土鍋で二十分ほど煮詰めるというものでした。簡単そうにみえますが、これがなかなか面白い。おじさんに「力を入れたらあかん、柔らかく空気を混ぜながらかきまぜるんや」と教えられながら、夢中になってしまいました。体を使ってものをつくるって、大事だし面白い。帰り道に、赤穂浪士の墓のある花岳寺をお参りして、塒の三宮に帰着。
c0051620_6135221.jpg


 本日の一枚は姫路城です。
c0051620_6141351.jpg

by sabasaba13 | 2007-05-25 06:15 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(2):移情閣(02.3)

 そして神戸方面へ移動です。まずは舞子へ。淡路島と本州を結ぶ明石大橋(そうそう、無駄な公共事業行脚もしたいな)のたもとにあるのが移情閣です。1917(大正6)年に、神戸在住の華僑呉錦堂が建てた別荘で、中国革命の父孫文が滞在したことにより、「孫中山記念館」となっています。孫文に関する展示も充実し、見応えあり。中でも、「大アジア主義」という講演(1924.11.28於神戸)は興味深いですね。
 ヨーロッパの文化は武力による覇道だが、東洋の文化は仁義道徳に基づく王道である。ヨーロッパの文化は学ばねばならないが、それは他民族を抑圧するためではなく、自衛のためである。大アジア主義の課題とは、アジアの諸民族が団結してどのようにしたら強大な欧州諸民族の圧迫に抵抗できるかということである。
 という要旨です。日本に対する連帯の呼びかけだと思いますが、結局彼の思いは裏切られることになりました。「アジア」という名称はそもそも欧州が名付けたもので、本当に「アジア」という文化的まとまりはあるのかという問題もありますが… あと復元された金唐紙がありました。岡谷の林国蔵の旧居で見て以来です。これは壁紙の一種で、西洋建築の壁を飾る美しい装飾の革の壁紙をまねて、和紙でつくったもの。 (平賀源内の発明という一説もあり) 明治以降さかんにヨーロッパに輸出されたが、いつのまにかすたれた幻の逸品です。
c0051620_693260.jpg

 神戸本町に戻り、兵庫県庁前で、前述の孫文の講演を記念したプレートを撮影。南京町で買った豚まんをほおばりながら、華僑歴史博物館、海軍操練所跡の碑、旧居留地を散策。
c0051620_695860.jpg

 夕食後、神戸港をクルージング。ポートタワーから神戸の夜景を堪能。帰り道に「はきだめ」という名の飲み屋をゲット。しかし、誰が飲むんでしょうね。わたしゃ遠慮したい。
c0051620_611233.jpg


 本日の一枚は移情閣です。
c0051620_611297.jpg

 追記。金唐紙は呉の旧呉鎮守府長官官舎にもありました。
by sabasaba13 | 2007-05-24 06:23 | 近畿 | Comments(0)

神戸・南紀編(1):大阪人権博物館(02.3)

 5年前、未知の土地、神戸と南紀を徘徊してきました。旬はとっくにすぎてしまったのですが、まだ腐敗はしていないと思いますのでよろしければご賞味ください。まずは大阪で寄り道。リバティ大阪(大阪人権博物館)という存在をインターネットで知りまして、訪問することにしました。USJに行かないのが、変人の変人たる矜持です。(と言いながら後日行ってしまいました) ここには被差別部落・在日コリアン・アイヌ・沖縄人・女性といった、さまざまな差別の諸相を展示してあるとのこと。
 最寄りの駅で降りて、ふと目の前の看板を見て愕然としました。総ルビです。「知」にまでルビがふってありました。そして「たれ込み歓迎!」という大阪府警察のポスター、いやいや直截的ですね。
c0051620_7282115.jpg
 展示は大変充実したもので、一見の価値あり。差別戒名のレプリカや、大阪の沖縄人街(大正区)の話など、興味は尽きません。中でも印象的だったのが、識字作品です。貧困や差別のため学齢期に学校に行けなかった人たちのために、読み書きを教えるのが識字学級。そこで書かれた作品です。憤怒、絶望、そして何よりも、文字によって自分の思いを表現できるという喜び。時間を忘れて読み耽ってしまいました。中でも、ある方の書いた「ほんまにやさしいまごでっせ」という作文にはまいりました。文章によって、孫への愛情を表現できたという喜びに満ち溢れています。表現という行為は、人間にとってほんとにほんとうに根源的なものなんですね。
c0051620_7284192.jpg
 ●大阪人権博物館 http://www.liberty.or.jp/

 本日の一枚は、差別戒名を刻んだ墓石のレプリカです。「畜女」という文字が見えるでしょうか。人間が人間をここまで差別するなんて…
c0051620_729081.jpg

by sabasaba13 | 2007-05-23 07:31 | 近畿 | Comments(0)

大阪編(6):USJ(05.3)

 バスに乗ってUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に到着。ま、簡単に言えばアメリカの映画会社がつくった遊園地なんでしょうね。ゲートの写真を撮っていたら、アメリカ産牛肉のように安全な男に見えたのでしょう、三組のカップルに写真撮影を頼まれました。ふっふっふっ、見かけに騙されちゃいけないぜ。しかし小学生ならいざしらず、高校生や大学生や大人がなぜこんなチンケな遊園地でおおはしゃぎをしているのだろふ? 行き交う人々がみんな何故こんなに楽しそうなのだろふ? 悪口雑言罵詈讒謗はいくらでも飛ばせますが、その理由を本気で本気で考えないといけないと思いました。いまだ結論はでていませんが。かつてベネトンの写真家トスカーニが、原宿で日本の若者200人と話した結果こう語ったそうです。
世界中でこれほど悩みもなく生きているのは彼らだけではないか。そして彼らは社会にも世界にもまったく関心がないし、なにも知らない。私には、彼らが天使に見えてきた。その天使は、これからわれわれが迎えようとしている悲劇を予告する天使のようだった。
この言葉がヒントになるかもしれません。唖然としたのは、N.Y.にあるF.L.ライト設計のグッゲンハイム美術館の巨大な書き割り・張りぼてがあったことです。この無神経・粗雑なあっけらかんとした態度もUSJの特徴ですね。そうそう、今知ったのですが、ライトが設計した山邑邸が芦屋にあったのですね。いやはや勉強不足でした。再訪を期す。
c0051620_16344676.jpg

 そしてスパイダーマンの紙袋を抱えた方々を早足で追い越し、JRに乗って新大阪駅へ。ああ、あわただしい旅でした。

 本日の一枚です。
c0051620_1635870.jpg

by sabasaba13 | 2005-03-26 07:17 | 近畿 | Comments(0)

大阪編(5):大阪市環境事業局舞洲工場(05.3)

 いよいよ最終日です。まずは徒歩で此花大橋を渡り、大阪市環境事業局舞洲工場、早い話がゴミ焼却場を訪問しましょう。この建物はフリーデンシュライヒ・フンデルトヴァッサー(1928~2000)というオーストリアの画家・建築家が設計した物件。カラフルな色彩、奇抜なデザイン、そして微妙にうねる曲線を多用した見事な建築です。以前にウィーンで、やはり彼が設計したシュピッテラウ焼却場や市営住宅を見て感銘を受け、ずっと気にしているアーティストです。
c0051620_1629124.jpg

 1938年、彼が10歳の時、オーストリアはナチスドイツによって併合されてしまいます。ユダヤ人であった母方の親戚は、74人のうち69人までが、強制収容所のガス室に送られて殺されてしまいました。そうしたなか母親は、息子をヒトラーの少年親衛隊に加入させます。それは、ユダヤ系の母親が、息子を守るために取った苦肉の策でした。他人からあてがわれた、直線的な教育や生き方。そこには行動の自由も、思想の自由もない。有るのはまやかしと、悲劇だけ。「直線は胸に抱くな!」 彼はまるで、失われた青春時代を取り戻すかのように、直線を敵視したのですね。衣服も住居も、人間を包む皮膚として考えた彼は、そこに自由がなくてはならず、それ自体が病んではならないと、強く主張していました。そして彼にとって、更にそれらを包む二つの皮膚がありました。第四の皮膚は社会環境。そして第五の皮膚は、地球環境です。社会は人間を拘束してはいけない、そして地球環境を、ないがしろにしてはならない。彼は常にそう訴えたのですね。彼の言葉です。
束縛されるな、追随するな、定規で引いたものには不信を。直線は胸に抱くな、自由であれ、そうすれば何者にも脅かされぬであろう
 直線を嫌う彼はパーキングの枠線や地面さえも微妙にうねらせています。煙突の根元付近はモコモコとあちこちが盛り上がり、まるで木の根道を歩いているよう。塀も道も階段もウネウネウネウネウネ… 眩暈を感じながら浮遊してしてしまいます。色とりどりのタイルで覆われた柱が林立し、森を思わせます。建物のあちこちに樹が植えられ、剃り残した髭のように窓から飛び出ているのもユニークです。
c0051620_16293310.jpg

 少し離れた所に、やはり彼の設計によるスレッジ・センター(汚泥処理場)がありました。
c0051620_1630549.jpg

 一階に展示があり、彼の言葉が記されています。
通常巨大な工業用建物というものは、最も危険な環境汚染である視覚的公害をもたらすものです。何故なら、それは人の魂を滅ぼすものだからです。従って、スラッジセンターにおいては、直線や画一性、非情な冷たさ、無感動で心無き残酷性、審美の欠如、不毛な画一性、不能な創造性などによって生ずる視覚的公害を取り除くためのデザインがなされています。
 この建物を美しいと思うかどうかは意見が分かれるでしょうが、少なくとも私は楽しい! ただ見学が随時できないのは、何として下さい。(10日前までに予約+一日三回+時間指定) たまたま見かけてギョッとしてフラッと入りたくなる人もいると思いますよ。氏もそれを望んでいるのではないかな。ま、ともかくこうした税金の使い方は、いくつかの留保をつけた上で基本的に賛成です。大阪市の見識と英断には敬意を表します。至福と恍惚の時間を過ごし、上松食堂で焼きうどんを食し、いざUSJへ。なお、大阪にはフンデルトヴァッサーが内装をデザインした「キッズプラザ大阪」という施設もあるとのこと。ここもいつか行って見たいな。
●キッズプラザ大阪  http://www.kidsplaza.or.jp/

 本日の一枚は、大阪環境事業局舞洲工場の全景です。
c0051620_16303237.jpg

by sabasaba13 | 2005-03-25 06:23 | 近畿 | Comments(0)

兵庫編(4):姫路城~有馬温泉(05.3)

 本日はまず姫路城へ。信号機故障のために新快速が遅れて難儀しました。これで二度目ですが、華麗なその立ち姿にはあらためて感服つかまつります。ところで、防御に優れているのは白い城と黒い城か? 何となく黒い城の方が逞しく見えますが、実は白い城。白漆喰で塗り固めているので火に強いのですね。島津家に対する家康の警戒と恐怖を肌で感じます。そして未踏の湯、有馬温泉へ。三宮に戻り阪急で六甲駅まで行き、バスに乗って六甲ケーブル山麓駅へ。ケーブルカーに乗り山上駅へ。この駅はアール・デコ調のなかなか洒落た物件です。そしてすぐそばにある天覧台からの眺めは絶景ですね、神戸の町が一望できます。日本三大夜景の一つはここから見るのでしょう。左手には大阪、そして紀伊半島、右手には淡路島、ううむ地図のとおりだ…
c0051620_162079.jpg

 しばし堪能・悶絶してさあロープウェーに乗、乗、乗、なんと運転休止中! 仕方なく20分ほど待ってシャトルバスでロープウェー六甲山頂駅へ。眼下に有馬温泉を睥睨しながら、10分ほどで有馬温泉に到着しました。なかなかいいところですね。山間に開けた温泉場で、情緒のある坂道や古い建物も味わい深いし、ほどほどに活気もあります。さて金の湯か銀の湯に入ろうかなと、ふと時計を見るとタイム・アップ。野暮用の為、大阪に向かわなければ。やれやれ。後ろ髪を引かれながら、神戸電鉄に乗り三宮へ戻りました。関西では、エレベーターは右側に並ぶのですね。どのあたりに境界線があるのでしょう、やはり中央構造線かな。JRに乗り換えて大阪駅へ、そして環状線で西九条まで行き、ゆめ咲線(!)に乗り換えてユニバーサル・シティ駅に到着。この電車がまた顔から火がでるような恥ずかしい幼稚な一物。約束の時間に間に合いました。降りた瞬間に気が滅入りましたね。けばけばしくて薄っぺらくて人工的で陳腐で空虚で安っぽくて無秩序で貧相で鬱陶しくて虚飾に溢れて目障りな街並みとディスプレイ。やれやれ。今夜はユニバーサル・スタジオ・ジャパンの前にあるホテルに宿泊です。うなされそう…
c0051620_16203068.jpg


 本日の二枚は以前に撮影した幼稚な物件。高松で見かけたアンパンマン列車と、ムーミンをキャラクターに使った某大学(!)のポスターです。山ノ神の知合いのアメリカ人は、ディズニーのキャラクターを使った預金通帳を見せて、「アメリカだったら、こんな銀行には誰も預金しないわね」と言ったそうです。むべなるかな。
c0051620_16203889.jpg

by sabasaba13 | 2005-03-24 06:32 | 近畿 | Comments(0)