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近江錦秋編(9):石山寺(08.11)

 サドルにまたがり軽快にペダルを踏み、快走すること数分で石山寺門前に到着、東大門から中を覗き込むと怪しく真っ赤に輝いています。これは期待できそう。
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 ここ石山寺は、東大寺大仏造立のための黄金の不足を愁えた聖武天皇が、ここに伽藍を建てて如意輪法を修すようにとの夢告を受け、良弁僧正を開基として開かれた真言宗のお寺さんです。奈良時代から観音の霊地とされ、平安時代になって観音信仰が盛んになると、朝廷や摂関貴族と結びついて高い地位を占めるとともに、多くの庶民の崇敬をも集めました。宮廷の女人たちのあいだで、観音堂に参籠し読経しながら一夜を過ごすのが流行ると、紫式部はここに参籠して「源氏物語」の想を練り、また、清少納言、和泉式部、『蜻蛉日記』の藤原道綱の母、『更級日記』の菅原孝標の女なども石山寺のことを日記や随筆に記しているそうです。「石山寺縁起絵巻」の舞台としても名を馳せています。門をくぐると、参道をおおいつくす見事に色づいた楓が出迎えてくれました。その両側にはお休み処があり、ここもなかなか趣がありました。苔の上を飾るさまざまな色合いの散紅葉がなんともいえない風情です。
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 お代を払って中に入り、右手の石段を上ると本堂、こちらの相の間で「源氏物語」が書かれたそうで、紫式部の蝋人形が置いてありました。そして「石山」という名称の由来となった巨大な硅灰石と多宝塔、それにおおいかぶさるような真っ赤なもみじ。おお、びゅーてぃほー!
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 さらに階段をのぼると、源頼朝の寄進で1194(建久5)年に建立された日本最古の優美な多宝塔とご対面。その先へ行くと、瀬田川を遠望できます。
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 そして違う道を通って東大門へ戻る間にも、色鮮やかな紅葉を満喫することができました。大津ひかる君とも出会えて、山ノ神もご満悦のようです。というわけで石山寺はお薦めですね。
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 そしてふたたび自転車にまたがり、石山寺駅前を通り過ぎ、数分ペダルをこぐと瀬田の唐橋に到着です。この橋は東国から京に入る関所の役割を果たし、軍事・交通の要衝でもあったため、壬申の乱、承久の乱、南北朝動乱など、幾多の戦乱の舞台になり、そのたびに破壊・再建を繰り返してきました。また近江八景の一つ「瀬田の夕照」としても有名ですね。現在の橋は1979(昭和54)年に架けられたものですが、ゆるやかな反りや欄干の擬宝珠など、昔の面影を残すよう工夫されていました。欄干にもたれかかって紫煙をくゆらせていると、ミズスマシのようにつーいと八人乗り競技用ボートが行き交います。流れの穏やかな瀬田川は格好の練習場のようですね。なお橋のたもとには橋姫を祀った小さな社がありました。橋姫に橋占、彼岸と此岸をつなぐ境界=橋にまつわるさまざまな伝承や風習を思い浮かべます。駅に戻る途中、川沿いに大学ボート部の艇庫を見かけました。そういえば寺山修司に「わが内の古き艇庫にとじこめしボートのごとき欲望のあり」(「田園歌集」より)という歌があったなあ。私の内に秘めた欲望もいつの日にかあのボートのように解き放たれて矢のようにすべりゆくのでしょうか。なんて気障なことを言っているうちに石山寺駅に到着、係の方に丁重にお礼を言って自転車を返却しました。
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 本日の十一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-10-07 06:24 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(8):大津(08.11)

 朝六時ごろ目覚め、カーテンを開けベランダに出るとあらためて素晴らしい眺望であることがわかりました。東の空が朝焼けで染まり、やがて御天道様が出現、琵琶湖・比叡山・大津の街並みを光で照らし出していきます。今日は晴れそうですね。小さな漁船も何艘か浮かび、なにやらの漁をしているようです。眼福眼福。
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 朝食をとるためロビー階におりると、宿泊客でごったがえしてはおりますが、京都ほどの混雑ではありません。落ち着いてゆるりと朝食をいただけました。部屋で一休みをして、さあ出発。まずは昨晩見かけた気になる物件を訪れてみましょう。おけら街道と京阪石山坂本線の線路を歩道橋で渡ると、浜大津ホールが見えてきます。明るい時に見ると、これもなかなかの建物ですね。戦前の物件のようで、重厚な意匠ながらも連続する縦長と丸型の窓が軽やかな印象を与えています。
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 そして「かど萬」の隣にある石田歯科医院へ。小さな三角破風とメダリオン、その下の小ぶりなベランダ、スパニッシュ瓦、アンシンメトリーな庇など、見どころの多い愛らしい洋館です。その隣の和風町屋も、さまざまな意匠の格子が組み合わされ、二階軒下の肘木がリズミカルに並ぶ、瀟洒な建物です。大津の街並みは全くマークしていませんでしたが、けっこう掘り出し物があるかもしれません。
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 そして数分ほど歩くと京阪石山坂本線の浜大津駅に到着です。まず向かうは石山寺、入線してきた列車に乗り込むと、車内のマガジン・ラックに無料の求人情報誌が収められていました。こういうプラグマティックな光景は東京ではちょっと見かけませんね。
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 十五分ほどで終着の石山寺駅に到着、石山寺へはここから歩いて十分ほどかかるはずです。ん? 駅前に貸し自転車があるではあーりませんか、これは予想外の嬉しいサプライズ、これを借りれば瀬田の唐橋まで足をのばすことができます。いそいそと近づくと、「大津の京阪電車を愛する会」というボランティア団体が貸し出しをしているそうでお代は無料、なんとも嬉しい限りです。11月8日から12月7日まで、紅葉の時期の土休日のみ実施されているようですね。係の男性から二台借り受けると、「おおつ環境フォーラム」が作成した懇切丁寧かつ正確無比なサイクリング・マップもいただけました。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-10-06 06:09 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(7):近江牛(08.11)

 さてさて、腹の虫が♪オーミ・オーミ・オーミ・オーミ・ギュウ・ギュウ・ギュウ・ギュウ♪と厳かに混声四部合唱をはじめています。それでは近江牛を食べにいくことにしますか。フロントの方に、美味しくて安い近江牛を食べさせてくれる店は近くにないかと訊ねると、「美味いものは高いんだ、べらぼうめ」と思われたでしょうが勿論表情には出さずににこやかに教えてくれたのが「かど萬」です。ばくち街道を歩道橋で横断し、浜大津市民ホールのすぐ先にある肉屋の二階にある庶民的な雰囲気の店でした。さっそく近江牛のしゃぶしゃぶを注文、もう♪美味しくて、美味しくて、言葉に、できない♪状態。腹の虫が酒池肉林の大騒ぎをしている分、口は寡黙となり、ただひたすら味わいつくしました。こうなると是非ステーキも食べてみたい、というわけで明日の席を予約しておくことにしましょう。店から出ると隣にある古い洋館とそのまた隣にある和風の町家が眼に留まったので、明日の朝、駅へ向かう際に寄ってみることにしましょう。
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 ホテルの部屋に戻り、昼間だったら琵琶湖を一望できる大浴場に行って温泉を満喫。ルース・ベネディクトさん曰く「受動的な耽溺の芸術」ですが、気持ちいいものは気持ちいいのさ! でも「烏の行水」の私は、十数分ほどであがって売店で地酒を購入し、部屋で明日の行程を検討することにしました。しょぼいとはいえ自称歴史学徒のはしくれとしては、琵琶湖北岸にある菅浦にはぜひ行ってみたいですねえ。地下請・守護不入・自検断といった自治権を保持した中世村落にして、鎌倉中期から現在に至るまでの大量の共有文書(菅浦文書)を残していることでも知られています。村落の入口には往時の四足門も残っているそうです。朽木の興聖寺もそそられますねえ、昭和を代表する作庭家にして庭園史研究家の重森三玲氏が一番好きだという庭園が残されているそうです。しかし時刻表およびガイドブックで調べてみるとアクセスがよくないため、この二ヶ所を訪れるだけでかなりの時間が費やされそうです。せっかくなのだから、梅津、堅田といった琵琶湖岸の歴史ある町も訪ねてみたいもの。よしっ、今回は紅葉狩りに特化して、琵琶湖岸の小さな町めぐりは日をあらためて敢行することにしましょう。すると明日は石山寺、日吉大社、西教寺、坂本、園城寺(三井寺)、明後日は鶏足寺、賤ヶ岳古戦場、近江孤篷庵、玄宮園(彦根城)ということになるかな。「海底原人ラゴン」の山ノ神が一時間という長風呂を終えて戻ってきたので旅程の確認をしましたが、「よきにはからえ」ということでした。ベランダのデッキチェアに座り、琵琶湖の夜景を眺めながら地酒を飲し、心地良くなったところで就寝。

 本日の一枚です。Bon appetit !
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by sabasaba13 | 2009-10-01 07:23 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(6):近江鉄道(08.11)

 公園のすぐ目の前が近江鉄道八日市駅ですが、この時点で午後四時半、近江八幡を見物するのは無理ですね。いさぎよく大津の宿へ向かうことにしましょう。列車に乗り込んで車窓から外を眺めていると、新八日町駅の改札口は木製の柵でした。そして車内を見渡し、この車輌も広告がほとんどないなあ、不景気のせいかなあ、と溜息をついていると、するするする… 蛍光灯のあたりから蜘蛛がおりてきて巣をつくりはじめました。唖然… いやはや、車両の中で閑古鳥が餌をつついているところは見たことがありますが(嘘)、蜘蛛が巣をはっているところははじめて見ました。頑張れ、近江鉄道!
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 近江八幡で東海道本線新快速に乗り換えて、約20分で大津に到着。塒の琵琶湖ホテルまでは歩いて十数分ほどですが、荷物があるのでタクシーで行くことにしました。駅前の通りを琵琶湖方面へすこし走ると、京阪石山坂本線の踏切が閉まっておりました。ところがなかなか列車がやってきません。やっと通過するとまた逆方向の列車が来るらしく遮断機はあがりません。すると運転手さん、吐き捨てるように鋭く小さな声で「このくされ電車!」。思わずびくっとしたわれわれに対して、彼は(筆者注:正確な近江弁が再現できず申し訳ありません。京都弁に近かったようです)「この路線は廃線にしてもいいのだけれど、大津市役所の連中が利用するために残してあるんです」 やっと遮断機があがった国道161号線を横断すると、氏曰く「この先には競艇場や競輪場があって行政が阿漕に稼いでおり、この道は"ばくち街道""おけら街道"と呼ばれています」 コメントのしようがないので、へえーとうなずくだけでしたが、行政に対する不信感はひしひしと伝わってきました。そしてすぐ目の前が琵琶湖ホテル、チェックインをしてさっそく部屋に入ると、おおっ素晴らしい。広々とした部屋にゆったりとしたソファ、そしてベランダに出ると満々と水を湛えた琵琶湖が街の灯を映しています。夜の闇のなか、左手に浮かびあがる山は比叡山でしょう、頂上のあたりにいくつかの灯火が光っています。遊覧船「ミシガン」で奏でられているディキシーランド・ジャズが思いっきり場違いな雰囲気を醸し出しているのはご愛嬌ということにしておきましょう。デッキチェアに坐ってしばし眺望を堪能、やはり宿代を奮発すれば良いホテルに泊まれるのですね、当たり前ですが。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2009-09-30 06:10 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(5):西明寺~延命公園(08.11)

 湖東三山紅葉狩りの掉尾を飾る西明寺へは、金剛輪寺から十分もかかりません。こちらは天台宗のお寺さんで、834(承和1)年に仁明天皇の勅願によって開創されたそうです。盛時には三百あまりもの僧坊がありましたが、織田信長が比叡山を焼打ちした直後に、こちらも焼打ちにしてしまいました。てことは、信長は比叡山に加えて湖東三山すべてを焼打ちしたわけだ… あらためて、自らの権力を脅かす存在としての寺社勢力に対する警戒心と、それを断固として徹底的に叩き潰す恐るべき意志と実行力には驚かされます。伊藤正敏氏が「寺社勢力の中世」(ちくま新書734)の中で鋭く指摘されているように、国家から大きくはみ出した人々をまるごと受け止めて生産・流通から軍需産業まで含む中世の経済を担い支え牛耳った中世寺社勢力は、宗教で説明するよりも経済体として捉えるべきなのでしょう。そう考えると、信長にとって不倶戴天の敵であったことがよく理解できます。この湖東三山もかつては、殷賑を極めた無縁所=寺社=都市だったのでしょう。
 さてそれでは西明寺境内に入りますか。苔むす所で「この苔は西明寺が大好きです 大事にしましょう」という立て札を発見。半畳を入れると、私が苔だったら金剛輪寺に根付きたいな。
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 二天門、本堂、三重塔は戦火を免れて往時のまま現存、いずれも国宝に指定されています。塔を優しく包み込むような紅葉がピクチャレスクですね。なおこの三重塔は鎌倉時代後期建立、飛騨の匠が釘を一本も使用しないで建てた総桧の塔で、一層には一面に巨勢派の極彩色による絵が画いてあるとのことです。
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 名勝庭園は、江戸時代初期の池泉観賞式の庭園で、「蓬莱庭」と名付けられています。山の傾斜などを巧みに生かした庭園で、このあたりの紅葉が一番見事でした。
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 そしてタクシーに戻り、八日市駅の裏手にある延命公園へと向かってもらいました。車窓から近江盆地の冬景色と、その向うに連なる鈴鹿山脈の景色を楽しんでいると、三十分弱で公園の入口に到着です。
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 タクシーの運転手さんに丁重にお礼を言い料金を支払って、ここでお別れです。お代は約二万円、かなり高くつきましたが、渋滞の中レンタカーで右往左往するよりは適切な選択だったと思います。さて小高い山を利用して山裾につくられているのがこの延命公園、残念ながら紅葉の見頃は過ぎていましたが、それでも綺麗に色づいている楓を何本か見ることができました。たくさんの楓が生えている静謐な雰囲気の公園ですね、ここはかなりの穴場かもしれませぬ。八日市の町並みや近江盆地を一望できるビュー・ポイントもありました。「野生の猿 出没注意」という立て看板にはちょいと腰が引けましたが。
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 本日の四枚、上の三枚が西明寺、下の一枚が延命公園です。
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by sabasaba13 | 2009-09-29 06:19 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(4):金剛輪寺(08.11)

 駐車場で運転手さんと落ち合い、金剛輪寺へと向かいます。やはり渋滞にまきこまれましたが、先程よりはひどくなく三十分ほどで辿りつくことができました。こちらは天台宗のお寺さんで、聖武天皇の勅願により行基が開創したと伝えられます。9世紀には慈覚大師円仁が登山して中興、天台宗となり学僧が参集したといいます。蒙古襲来・弘安の役(1281)の際に近江守護佐々木頼綱が戦勝を祈願し、役後に現在の本堂大悲閣を建立しました。盛時は大寺院でしたが、百済寺と同様、1571(元亀2)年に織田信長の兵火でほとんどの寺塔を焼失してしまいます。さてタクシーは長い坂道の参道をショートカットし、寺の脇にある車道を上って本堂・三重塔のすぐ隣まで行ってくれました。ここまで来られるのはタクシーとハンディキャップのある方の車だけだそうです。中に入ると、眩く色づいた紅葉が境内を埋めつくしています。何でも「血染めのもみじ」と呼ばれているそうで、その名に違わない鮮烈な色でした。三重塔や本堂を背景に見ると、風情も格段です。三重塔のある小高い場所から境内を見下すと、一面の赤い世界… 放心状態で彷徨しながらここを先途と写真を撮りまくりました。
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 タクシーに戻ると、運転手さんが「下にある名勝庭園もなかなかいいですよ」と薦めてくれたので、参道の登り口あたりで待っていてもらい寄ってみました。桃山・江戸初期・中期の三庭からなる、作者不詳の池泉回遊式庭園ですが、こちらの紅葉の色づきも鮮やかでした。中でも鏡のような池の水面に映る紅葉の幻想的な光景には、言葉を失いました。なお、以前にここを訪れた時に大変面白いテープ解説があったことを記憶していますが、見当たりませんでした。見過ごしたかな。未発表の「散歩の変人 京都・近江・若狭編」から引用します。
 しかし何といっても傑作なのが、テープ解説! 例えば庭に夫婦松があるのですが、柔らかな京都弁で「高さは数十m、職人はんは枝打ちする時にいっぱいひっかけますわ」とか「こうして夫婦でよりそって百数十年、わてらはせいぜい五十年がまんすればええのやから」とか… ううむ、日本三大テープ解説にノミネートしましょう。(あと一つは知覧の武家屋敷、もう一つは現在物色中)
 余談ですが、もう一つはいまだ見つかっておりません。タクシーに戻る途中にあったお休み処には「僧兵うどん・そば」という貼紙あり。どんな味なんだろうどんな具がのっているんだろう、思いっきり後ろ髪を引かれましたが、先を急ぎましょう。
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 本日の七枚です。
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by sabasaba13 | 2009-09-28 06:09 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(3):百済寺(08.11)

 そして百済寺(ひゃくさいじ)へ向かうこと約二十分、運転手さんは裏道を行ってくれたのですが渋滞にはまってしまいました。「最近はインターネットでみんな調べて来るようです」とぼやく運転手さん。仕方がない、駐車場の手前300mほどのところで降ろしてもらい、見物後に駐車場で落ち合うことにしました。歩いている途中で「飛び出しお嬢」を発見。亀の煮凝状態の渋滞を尻目にすたこらさっさと歩いて表門に到着。
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 こちらは天台宗のお寺さんで、推古朝の時代に百済からの移住者が山麓に住み、厩戸皇子(聖徳太子)が百済僧や高句麗僧のために建立したと伝えられます。中世には僧兵を擁し、多くの塔頭を構え、勢威を振るったが、1573 (天正1)年に近江守護大名六角氏を後援したため、織田信長に焼き尽くされたとのこと。またこちらも紅葉の名所としてその名を知られています。今、お寺さんのHPを見たところ「日本の紅葉百選」「近畿の五大紅葉名所」に選ばれていると誇らしげに書かれていました。参考のために後者を紹介しますと、百済寺(滋賀)、大原三千院(京都)、高雄神護寺(京都)、談山神社(奈良)、長岳寺(奈良)でした。最後の二ヶ所は未踏の地ですので全体としての適否は判断できませんが、この手のコピーには振り回されずに自分の眼を信じることにしましょう。余談ですが、このHPは商売っ気と俗気に満ち満ちたなかなかのものです。本尊がNHK「心の仏像百選」第6番に選定されたとか、五木寛之氏の「百寺巡礼第35番」に選ばれたとか、本坊庭園の紅葉風景が「日本の名庭百選」(ユーキャン社、2007年3月発行)に選ばれたとか、よほどランキングが好きなのか、あるいは参拝客を掻き集める誘蛾灯としてランキングを目一杯利用したいのか。「JTB様の紅葉の名所を巡るツアーからも百済寺にお越しいただけます」とあり、JTBツァーにリンクしているところを見ると、どうやら後者のようです。
 ま、それはさておき、さっそく入山することにしましょう。表門から入り、長い石段と苔むす石垣が続く幽玄な雰囲気の表参道を上っていくと仁王門、そして本堂です。しかし肝心の紅葉は…あまり色づいておらずまだ見頃には早いようです。鐘楼には「自由に打ち鳴らして余韻の響きをお楽しみ下さい」という貼り紙、鳴り物がめっぽう好きな山ノ神はさっそく入魂の一撞き、その神韻は満山に轟きました…かどうかはわかりません。
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 そして参道を下り、池泉廻遊式庭園のある本坊の喜見院へ。こちらの紅葉はまあまあの色づきでした。ちょっと小高い「遠望台」からは琵琶湖や対岸の比叡山を眺めることができます。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2009-09-27 08:43 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(2):永源寺(08.11)

 さてそれでは列車に乗り込みますか。一目見た山ノ神、「あっ西武鉄道のお古!」 かつて西武鉄道池袋線で使われていた車体だそうです。西武資本による鉄道なのかもしれませんね、そういえば堤一族は近江商人の末裔でした。中に入ると、何か雰囲気がおかしい… 車内に広告がほとんどなく、幼稚園児の絵が飾ってあります。地方の窮状を顕著に物語っているのでしょうか。
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 列車は田園風景や小さな町・村の間をのんびりのこのこと走っていきます。そして二十分ほどで八日市駅に到着。トイレに入るとまたまた「不審者注意!!」という貼り紙。「女子トイレ 5/10 PM9:00 トイレの扉の下のすき間から手」 それって幽霊ではないの? 駅前には馬に乗った古代豪族の服装の男性と、それを見つめる女性を描いた大きなレリーフがありました。なんじゃらほいと近づいてみると、「蒲生野遊猟の図」、額田王が「あかねさす紫野逝き標野行き野守は見ずや君が袖振る」と、大海人皇子が「紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋めやも」と詠み合った場所・蒲生野はこの近くなのですね。
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 湖東三山(百済寺・金剛輪寺・西明寺)+永源寺を路線バスでまわるのは無理があることは承知ノ介、いさぎよくタクシーを利用しましょう。幸い客待ちをしている車が一台停まっていたので、運転手さんに湖東三山+永源寺という行程でお願いしました。「大変な混雑だから時間がかかりますよ」と言われましたが、もう後には引けません。まず向かったのは永源寺、長閑な田園風景の中を走っていると、途中で手づくりの「飛び出し小僧」「飛び出しお嬢」をたくさん見かけました。車窓をすぐ流れ去っていくので詳細については視認できませんでしたが、同じ意匠はまったくないようです。理由はよくわかりませんが、このあたりは「飛び出し人形」のサンクチュアリかもしれません。即刻ラムサール条約で保護すべきでは。そして全国35万人のとんちゃん(筆者注:飛び出し人形ファン)、集え、八日市へ! などとお馬鹿なことを考えていたら永源寺に到着、八日市駅からは二十分ほどかかりました。愛知(えち)川右岸にある臨済宗永源寺派の総本山で、鎌倉時代に開山、後に近江守護佐々木氏の庇護のもと盛時には2000人もの学僧が集まっておおいに栄えたそうです。渓谷の両岸をはじめ、参道一帯にはモミジ・カエデが多く、紅葉の名所としても知られています。よって駐車場は満車札止め、どうするのかと思いきや、ちゃんとタクシー専用の停車場所が用意されているのですね。(後で運転手さんに聞いた話では、地元の特定タクシー会社のみの恩典のようです、このへんは要確認) うーむ、レンタカーにしなくて正解でした。さっそく車から降り、羅漢坂という石段をのぼり山門に着くと、見事に色づいた紅葉が出迎えてくれました。愛知川ぞいに細長く配置されている伽藍をめぐりながら、紅葉狩りを満喫。京都ほどの人間性を否定されるような混雑ではないので、まあまあゆるりと散策することができました。
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 本日の五枚です。
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by sabasaba13 | 2009-09-20 06:10 | 近畿 | Comments(0)

近江錦秋編(1):近江八幡(08.11)

 林光のピアノ曲を弾いていた山ノ神が突然「あーっ音が多い」と咆哮しました。「二、三個抜いちゃえば」と半畳を入れると「あっそうか」 おいおい。数日後、「シナプスがつながらない…」としょげる山ノ神。ごめんね、あなたのシナプスまで面倒は見切れません。数日後、「やっとしどろもどろに弾けた」と呟く山ノ神。えっ… 耳が・になりましたが、よく咀嚼して考えたところ「どうにかこうにか弾き通せるようになった」という意味のようです。やれやれ。我が家の日常風景でした。
 閑話休題。高齢、じゃない恒例の京都錦秋めぐり、今年もやや空いていて紅葉の盛りが続く十二月初旬に設定しました。一年前から満を持して定宿アランヴェールホテル京都を予約し、♪もういくつ寝ると♪と待ち焦がれていましたが、突然山ノ神に急な仕事ができ当該日に行けなくなってしまいました。その一週間前の十一月下旬の三連休だったら大丈夫だということなので、さっそくJTBに相談をしに行ってきました。予想通り、すでに部屋は満杯、やむをえずアランヴェールホテル京都はキャンセルしてもらい、他のホテルをあたってもらいましたがもう部屋は見つかりません。しょうがない、京都からほど近い滋賀県大津に泊まり、日参することにしますか。いろいろと探してもらったところによると、いくつかの宿が見つかりました。ちょっと料金は高いのですが、琵琶湖ホテルに決定、琵琶湖を一望できるロケーションと温泉大浴場が決め手でした。するとご用達のレンタサイクル「京都見聞録」からのデリバリーがちょっと難しくなります。まさか大津まで持ってきてもらうわけにもいかないし、京都駅前あたりで落ち合うしかないのかな。すると山ノ神曰く「近江の紅葉を見れば」。おお、そうですね、せっかく大津に泊まるのですから今回は近江の紅葉狩りとしゃれこみましょう。あらためて計画をねりなおし、いろいろと調べてみると、紅葉の名所がいくつか浮上してきました。湖東三山(百済寺・金剛輪寺・西明寺)、永源寺、延命公園、三井寺、石山寺、玄宮園(彦根城)、近江孤篷庵、鶏足寺、興聖寺(朽木)、日吉大社、西教寺(坂本)、長寿寺、石の寺教林坊などなど。そして風情や情緒のある小さい町もたくさんあるようです。彦根、近江八幡、長浜、木之本、菅浦、梅津、朽木、堅田、坂本などなど。二泊三日でこれら全部をまわるわけにもいかず、この中からピックアップすることにしましょう。とりあえず初日は湖東三山・永源寺・延命公園で時間があれば近江八幡を逍遥。二日目・三日目は迷いますね、なにせ北陸本線と湖西線の(特に後者の)列車本数が少なく移動に苦労しそうです。これは保留にして現地で再考することにしましょう。そして歴史学徒の末席を汚す者としては、賤ヶ岳古戦場も外せません。これで大まかな旅程は決まりました。移動手段についてはレンタカーを"鯖街道の黒い風"こと山ノ神にころがしてもらうという選択肢もありますが(私は免許証をもっておりません)、最近運転していないので自信がないと固辞。土地勘もないし、紅葉狩りの観光客で混雑しているかもしれないし、タクシーを利用することにしましょう。もちろん、できうる限り公共輸送機関を使うことにはしますが。よしっ、これで巨大な連関がつながった。がしゃん 持参した本は「若者のための政治マニュアル」(山口二郎 講談社現代新書1969)です。

 8:00東京駅発の新幹線のぞみに乗っていざ出発。東京は雲ひとつだにない快晴でしたが、西行するにしたがって雲が空を覆うようになってきました。でも雨の心配はなさそう。10時21分に京都駅に到着、駅の売店でポケット時刻表を購入し、東海道本線に乗り換えて近江八幡まで約20分。ここで「猪木ピンチ」(古いギャグだ…)あわててトイレにかけこみ、用をたして出ようとすると壁面に「差別落書きは犯罪です!」というポスターが貼ってありました。同様の貼紙が構内にもあり、この問題が関西ではいまだ深刻な状況であることがうかがわれます。ここで近江鉄道八日市線というローカル鉄道に乗り換えたかったのですが、寸前に列車が行ってしまいました。次の列車は三十分後、しゃあない、駅前にあるスーパーマーケット「サティ」に入って軽い食事をとることにしましょう。
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 歩道橋には「打ち勝とう! 心にひそむ悪魔から」という哲学的な立て看板がありました。すぐ近くには「不審者に注意! 見たら聞いたら110番!」というプレートが貼ってあり、「ダメ、ゼッタイ 薬物乱用」というビラとティッシュを配っている方もおられます。こうした一連の事象から判断するに、薬物によって悪魔に魂を乗っ取られた人物が「悪い子はいねが」と叫びながら出刃包丁を振り回すというような事態がこのあたりでは頻発しているのかな、などと思ったりしてしまいます。まさかそんなことはないよね。セキュリティへの過剰な不安を煽って、監視体制やシステムを強化しようとしている官僚・政治家諸氏の目論見をふと感じてしまいます。チェーン店の珈琲屋でサンドウィッチをいただき、近江八幡駅へ戻ろうとすると、「くさいキタナイかっこ悪い やめて下さい迷惑タバコ」というステッカーを発見。迷惑な喫煙行為を弁護する気は毛頭さらさらありませんが、ここまで悪し様に言うのはあまりにも不寛容ではないかなと思います。「キタナイ―キレイ」「かっこ悪い―かっこいい」という単純な二分法をふりまわすのも怖いし、何よりももっと多くの害をもたらす物質にもっと注意の目を向けてほしいものです。核(原子力)発電所の放射能、自動車の排気ガス、食品添加物などなど。小悪にこだわり巨悪に気づかない昨今の風潮には危惧を覚えます。
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by sabasaba13 | 2009-09-19 06:07 | 近畿 | Comments(0)

紀伊編(27):日根野(08.9)

 粉河駅から和歌山駅まではJR和歌山線で約三十分、ちなみにこの間の有人駅は岩出と粉河のみ、そして「イコカ」は使えません。ホームに到着すると「わっ!が山ほど和歌山県」というキャッチ・コピーを掲げた観光ポスターを見かけました。うん、わずか三日の滞在ですが、その一端を垣間見ることができました、異議なあし、議事進行。そして阪和線に乗り換えて二十分ほどで日根野に到着、ここで関西空港行き快速に乗り換えますが、少し時間があるので駅前に出てみました。
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 何故って? それはねそれはね、ここには中世荘園として著名な日根野荘があったんですよお。そして九条政基(1445―1516)という貴族が、守護細川氏の押領に苦しむこの荘園に自ら下向し直接支配に従事、その間に『旅引付』という日記を残してくれました。これは当時の村落生活を知る好史料として、その筋ではよく知られています。実はこの日記をもとにつくられた絵本があります。「戦国時代の村の生活 -和泉国いりやまだ村の一年-」(勝俣鎮夫/文 宮下実/絵 岩波書店)という絵本で、地に足のついた歴史を子供のために語ろうという大変意欲的な試みでしたが、残念ながら絶版です。「2月15日 このごろ川にさらしてある村の人たちの大せつなワラビ粉が夜中にときどきぬすまれるので、若衆が見張りをしていると、千代ちゃんのお母さんがぬすむところを見つけた。おこった村の人たちが、みんなで家におしかけて千代ちゃんのお母さんと兄さんを殺してしまった」という一文とその絵は忘れられません。ここを読んだ子供はきっといろいろな疑問をもちいろいろと考え込むでしょう。てなわけでその舞台となった日根野に足をつけただけで感無量です。もちろん当時の姿を偲ぶよすがは全くなく、ごくごく普通の近郊住宅地という印象でした。ただ駅前に掲示してあった地図を見ると「日野荘遺跡」とあるので、その遺構が展示されているのかもしれません。いつか機会があったら見てみたいものです。
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 佐野町場も古い街並みが残っているとのこと。駅の階段には、眺めているだけでコレステロールが蓄積されそうなコテコテの油っこい防犯ポスターが二枚も貼ってありました。ここまでキッチュ(kitsch)なポスターにはなかなかお目にかかれません。眼福眼福。
 さて関西空港行きの快速に乗り込み、十分ほどで到着。余裕の義文君で出発には間に合います。夕食は「ぼてじゅう」のモダンねぎ焼き、こやつを食べないと関西の旅をしめくくることはできません。
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 そして最後の難関、ボディ・チェックです。実は機内に持ち込むバッグの中に金山寺味噌が入っているのですよ。一見危なそうな物質に見えるのでひやひやしましたが、問題なくスルー。やれやれ、ニューヨークだったらこうはいかないだろうな。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2009-08-07 07:39 | 近畿 | Comments(0)