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スイス編(101):帰郷(14.8)

 そしてLX0160便に搭乗、定刻の13:00に飛行機は離陸しました。
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 復路の機内では、持参した『文明崩壊(上・下)』(ジャレド・ダイアモンド 草思社文庫)を読みましたが、その中に下記の一節がありました。
 モンタナで、ことによると世界じゅうでいちばん明確な形で地球温暖化の影響を被ったのは、グレーシャー国立公園かもしれない。現在、世界各地で―キリマンジャロ、アンデスやアルプス、ニューギニアの山々、エベレスト周辺で―氷河(グレーシャー)が後退しつつあるが、この現象については、とりわけモンタナで、仔細な研究が行なわれてきた。これは、モンタナの氷河が、気候学者と観光客にとって非常に利用しやすい場所にあるからだろう。19世紀後半、自然科学の専門家たちが初めてグレーシャー国立公園近辺に足を踏み入れたときには、150の氷河が確認されたが、現在残っているのはわずか35に過ぎず、そのほとんどが、当初報告された大きさに比べると、小さな破片としか言えない規模まで縮小している。現在の融解速度から計算すると、2030年までにはグレーシャー国立公園の全氷河が消えることになる。山地に堆積した雪がこのように減少すれば、夏の水源を山頂の雪解け水に頼っている灌漑系は痛手を被る。また、ビタールート川の帯水層から水を引いている井戸の系統にも悪影響が出るだろう。川の水量が、最近の旱魃によってすでに減少しているからだ。

 というわけで、スイスの旅、一巻の終わりです。美しい自然、素敵な街並み、楽しい鉄道、ル・コルビュジェの素晴らしい建築と、スイスの魅力を満喫できました。と同時に、地球温暖化、頻発するテロ、巨大金融資本の跳梁跋扈、アメリカの国家テロなど、世界が抱えるaporiaの一端にも触れることができました。人類にとってのpoint of no returnはもう過ぎてしまったのか、あるいはまだ引き返せるのかは分かりません。ただ拱手傍観だけはしたくありません。微力だけれども無力ではないと信じて、知り、考え、行動していきたいと思います。誰かが、もはや人類には胴体着陸か墜落かという二つの選択肢しかないと言っていました。どうすれば被害や犠牲の少ない軟着陸ができるのか…考え続けていきたいと思います。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-25 06:29 | 海外 | Comments(0)

スイス編(100):チューリヒ空港(14.8)

 一時間ほどでチューリヒ空港に着陸。モニターには五カ国語で「さようなら」。トランジットのために移動していると、サムソン(SAMSUNG)製洗濯機の大きな宣伝がありました。家電の分野ではもうサムソンが世界を席巻しているのでしょうか。
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 出発便のゲートに行くと、たいへん長い行列がいくつもできています。なんなんだ、これは。行列の脇にあった看板に「Passport control USA flights」と記してあったので疑問は氷解しました。アメリカ合州国に好ましくない人物が入国しないよう、厳重なセキュリティ・チェックをしているのですね。
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 世界最悪の犯罪国家/テロ国家・アメリカ合州国に家族や友人を殺されて憎悪と憤怒の念を燃やす人たちの中からテロリストが生まれ、彼らを水際で食い止めようと必死になっている姿にはやりきれないものを感じます。もちろんテロを容認する気は毛頭ありませんが、アメリカ合州国が国家テロをやめれば、かなりの確率でテロは激減すると思います。なおその実態については、『アメリカの国家犯罪全書』、『戦争中毒』、『アメリカ帝国の悲劇』、『素晴らしきアメリカ帝国』、『お節介なアメリカ』の書評をご覧ください。"テロの利用は、われわれアメリカの血のなかに根深く染み通っている"、エドワード・ハーマンの言葉です。
 これも他人事ではありません。集団的自衛権を隠れ蓑にして安倍伍長がアメリカによる戦争の片棒を担ぐことになったら…きっと日本に帰国する時には長い行列に並ばされセキュリティ・チェックを受け、その傍らには「Passport control Japan flights」という看板が立っていることでしょう。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-24 06:20 | 海外 | Comments(0)

スイス編(99):ジュネーヴ空港(14.8)

 フロントでチェックアウトをしてコルナヴァン駅へと行き、空港への列車を電光表示で確認しようとすると…一本もありません。これはおかしい、所要時間七分の列車が頻繁に運行されているはずです。なにかアクシデントが起きている模様ですが、近くに駅員の方がおらず、iにも行列ができているので確認する術はありません。ちらと"ヴェネツィアの悪夢"が脳裏をよぎりましたが、今回はリカバリーする時間的余裕があります。あわてて駅前のバス・ターミナルに行き、空港行きのバスに乗り込みました。これで事無きを得そうです。
 渋滞にも巻き込まれずバスは快調に走り、先日見学したパレ・デ・ナシオンの前を通り過ぎていきました。車内のテレビでロジャー・フェデラーが登場するCMが放映されましたが、かれはスイス人でしたね。三十分ほどでジュネーヴ空港に到着、時刻は午前八時半なので余裕の横山隆一で間に合うでしょう。
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 さすがはジュネーヴ、フランス行き搭乗口がちゃんとありました。空港にはカラフルな分別ゴミ箱が設置されていましたが、その一つに「COMPOSTABLE」と記されていましたが、堆肥として使えるゴミのことでしょうか。山ノ神曰く、堆肥として使用できる素材でできたパッケージ等も増えているそうです、進んでいますね。空港内のお店を徘徊していた山ノ神が、おいしいチョコの店「SPRUNGLI」を発見しました。さっそく二人が持っている小銭を洗いざらい出して、残りをカードで支払い購入。
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 空港の天井にはカサブランカ』の有名なシーンの写真が連続して飾られていました。たしかリック(ハンフリー・ボガード)とイルザ(イングリッド・バーグマン)がパリでかわした最後の口吻の場面、科白は「君の瞳に乾杯」でしたっけ。まだ時間があるので煙草を吸いに行くと、チューリヒと同様、たいへん広々とした喫煙室でした。
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 さてそろそろ搭乗です。赤十字への寄付金ボックスがあったのですが、さきほどチョコレートを買うために小銭はありません、申し訳ない。ジュネーヴ空港にも「Meditation room」が完備されていました。
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 機内に入って座席につくと、モニターには五カ国語で「ようこそ」と表示されていました。上から英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語ですね。機内誌によると、ドイツ語人口63.7%、フランス語人口20.4%、イタリア語人口6.4%、ロマンシュ語人口0.5%だそうです。
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 そして小雨が降る中を離陸、すぐに機内サービスでミネラル・ウォーターとチョコレートが配られました。しかしペット・ボトルの蓋が固くて開けられません。四苦八苦しているとCAが来てにこっと笑って軽く開けてくれました。凄い力だ。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-23 06:37 | 海外 | Comments(0)

スイス編(98):ジュネーヴ(14.8)

 そしてこれは他人事ではありません。福島および周辺地域の人びとに塗炭の苦しみを与え、その事故原因の究明がされておらず、責任を取る者もおらず、放射能廃棄物の最終的な処理すら五里霧中なのに、安倍伍長政権や官僚や電力会社は原発の再稼働に突進しているのか。その理由の一つが、日本の巨大金融資本の存在です。『街場の憂国会議』(内田樹編 晶文社)所収の「戦後最も危険な政権」で、孫崎享氏が紹介されていた朝日新聞(2011.3.18)の記事です。
 東日本大震災から一週間後の2011年3月18日、東電は大手銀行にSOSを出した。銀行団は2兆円融資の決定をした。大手銀行幹部はいう。"あの時川を越えた。今さら引けない。" (中略) 事故後に世論を二分した"脱原発"の議論をよそに、原発復活の道へと"迷走"する東電を金融機関が後押しする。(p.256)

金融機関主要11社の東京電力への融資額
三井住友銀行 9900億円
みずほ銀行 7700億円
日本政策投資銀行 7600億円
三菱東京UFJ銀行 3900億円

主要11社合計 4兆1000億円
77社融資総額 4兆5000億円 (p.256~7)
 やれやれ。原発再稼働の裏には、巨大金融資本の利益を最優先するという事情があるのですね。福島や周辺地域の人びと、ふたたび事故が起きたらとてつもない被害を受ける人々、場合によっては東アジアの人びと、さらには危険極まりない放射性廃棄物を押しつけられる末来世代の人びとを犠牲にしてでも、銀行を優遇しなければ、ということですか。安倍伍長。鸚鵡のように繰り返される"安全保障"が虚しく響きます。ま、要するに日本に暮らす人びとを犠牲にして、大企業の安全を保障するということでしょう。下品な表現で恐縮ですが、「嘘つき・人でなし・恥知らず」という言葉を進呈したいと思います。受け取ってくれますか。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-22 06:34 | 海外 | Comments(0)

スイス編(97):ジュネーヴ(14.8)

 朝目覚めてカーテンを開けると、まだ太陽は出ていませんがどんよりとした曇り空。本日はジュネーヴ空港10:05発の飛行機でチューリヒ空港に11:00に到着。そして13:00発のLX0160便に乗って、明日の7:50にあのおぞましい成田空港に到着する予定です。テレビをつけると、「euronews」がウクライナの緊迫した状況を報道していました。とてもコメントできる見識も知識もないのですが、人びとの憎悪を煽ることによって利益を得ている者たち存在しているという予感はあります。
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 Aさんが朝早い列車でクーネオに帰郷するということなので6:30に朝食会場で待ち合わせ、一緒に朝食をいただきながら別れを惜しみました。窓から空を眺めると、朝焼け雲がおそろしいほど真っ赤に燃えあがっています。Aさんとはエレベーターから降りる時に再会を誓いながらハグをしてお別れ。
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 部屋に戻って、窓からの眺めを写真におさめました。さらばノートルダム聖堂よ、さらば路面電車よ、さらばクレディ・スイス(CREDIT SUISSE)よUSB銀行よ。
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 そうそう、フィリピンのマルコス政権のために大規模なマネーロンダリングを行っていたのがクレディ・スイスだということは先述しました。「私物化される世界」(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)からもう一つ、スイスの銀行と政府の問題点について紹介します。著者が指摘しているのは、スイスの政府と銀行が、グローバル資本のための国際的脱税行為に協力しているという事実です。世界中ほとんどの国で脱税は刑法上の犯罪行為になるが、スイスではそうではないのですね。虚偽の納税申告をしたり、課税対象とされる収入を意図的に隠したりしても、行政規則違反とみなされるにすぎないのだそうです。(p.88~9) 世界を私物化して、多くの人間を貧窮のどん底に突き落としながら、莫大な利益を上げつづけるグローバル資本。スイスの政府と銀行がその片棒を担いでいるのだということは、心に銘記しておきましょう。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-21 14:50 | 海外 | Comments(0)

スイス編(96):ジュネーヴ(14.8)

 さて時刻は午後8時、Aさんとの約束の時間まであと三十分しかありません。路面電車で簡単に駅に戻れるとたかをくくっていたのですが、停留所の案内板を見ると直通の市電はなさそうです。困ったぞ…途方に暮れていると、現地の若者が「この市電に乗って二つ目の停留所、ベル・エアで乗り換え」と親切に教えてくれました。あーたす(ありがとうございます)!
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 教えてもらった市電を乗り継ぎ、かろうじて約束の時刻にホテルに着くことができました。Aさんと落ち合い、ホテル付近をめぐって夕食をとる店をさがしました。客が五月蠅い、メニューが貧弱、値段が高い、など帯に短し襷に長し、結局白羽の矢を当てたのが「ラ・ベランダ」というレストランでした。これは当たりでした。しっとりとした落ち着いた雰囲気で、ワインも肉料理も言うことなし。思う存分に舌鼓を打ち、スイス最後の夜を楽しみました。さあ明日は帰郷です。
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 本日の四枚、地図の★のところにあります。
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by sabasaba13 | 2016-02-18 06:38 | 海外 | Comments(0)

スイス編(95):ジュネーヴ(14.8)

 さてこれからル・コルビュジェが1931年に設計した"クラルテの集合住宅"に向かいます。ガイドブックにも載っていない物件なので、事前に正確な住所を調べておき、一昨日にiで確認をしておきました。ちなみに名称は「イムーブル・クラルテ(Immeuble Clarte)」、住所は「2, rue St Laurent」です。iで所在地を書き込んでもらった地図を片手に、二十分ほど歩くと到着です。ル・コルビュジェの都市計画に対する考え方が確立された時期のもので、彼が設計した最初のアパートだそうです。一階おきに設置された大きなバルコニーと、明かりとりの大きなブロック・ガラスが印象的でした。
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 事前に入手できた資料を紹介します。
『ル・コルビュジエ 終わりなき挑戦の日々』(ジャン・ジャンジェ 創元社)
 スイスのクラルテ・アパートでは、鉄鋼業者エドモンド・ワナーの依頼でクラルテ・アパートを建てた。ル・コルビュジエはこのアパートで、2階分の高さがある吹き抜けの居間を設計し、金属部品や窓枠などを厳格に規格化し、ガラスを多く使うなど、さまざまな実験を試みている。(p.67)

『ル・コルビュジエを見る』(越後島研一 中公新書)
 同時期の作に、ジュネーヴの集合住宅クラルテ(1933)がある。坂道の途中に建つ姿が印象的だ。各住戸は、居間が二階分の高さをもつ。だから外観では、バルコニーが一階おきに現れ、通常の集合住宅よりずっとゆったりした表情をもっている。…10年前の、二階分の高さをもつ大きな凹部が繰り返された集合住宅「イムーブルヴィラ」と、類似した効果だ。クラルテでは凹型ではなく、突出したバルコニーだが、通常の住宅のスケールを超えた大きなリズムが刻まれているために、おおらかさを印象づける。
 南側もガラス張りで、個々の窓の外部には、バルコニーにかぶさる赤いブラインドがついている。ここでも室内の奥行きは深くはない。スイスであっても、透明な建築の中は住みづらいほどの高温になってしまう。だから陽あたりがよい南側では、日除けを工夫する必要があったことがわかる。(p.90~1)
 なお「屋上庭園があり住む人に太陽・空間・緑を享受する喜びを与える」とのことですが、中に入る勇気はありませんでした。事前にもう少しきちんと調べておけばよかったと後悔しています。

 本日の二枚、下の地図の★にあります。
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by sabasaba13 | 2016-02-17 06:17 | 海外 | Comments(0)

スイス編(94):ジュネーヴ(14.8)

 その近くにあったのが「ルソーと文学の家」、ルソーの生家をリニューアルして彼に関する博物館として公開されています。
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 そしてジュネーヴ大学の前にあるバスティヨン公園へ、緑に包まれた広大な公園で、市民のみなさんが大きなチェスやチェッカーを楽しまれていました。
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 そこにあったのがジャン・ピアジェ(Jean Piaget)の胸像で、日本語で「前人未到の自然発生的認識論を築いた20世紀の巨人ジャン・ピアジェ博士に感謝をこめて 日本幼年教育会 理事長 松井公男 他 会員一同」と刻まれていました。
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 スーパーニッポニカ(小学館)から引用します。
ジャン・ピアジェ (1896‐1980) スイスの心理学者。ジュネーブ大学教授。ヌーシャテルに生まれる。ヌーシャテル大学で動物学を専攻したが、その後、子供の認知発達の分野に関心を向け、1921年以来ジュネーブのルソー研究所でこの分野の研究に没頭した。
 そして宗教改革記念碑へ。カルヴァンの生誕400年を記念して造られたモニュメントで、ローマのキリスト教会に敢然と立ち向かい、プロテスタントの旗印を打ち上げた四人の聖職者、左からファレル、カルヴァン、ベーズ、ノックスの巨像です。その気鬱な表情が印象的でした。安倍伍長の顔がだぶってきます。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-16 06:39 | 海外 | Comments(0)

スイス編(93):ジュネーヴ(14.8)

 サン・ピエール大聖堂を撮影して、宗教改革記念碑の方へ歩いていくと、ある建物に記念プレートが掲げられていました。フランス語なので詳細はわかりませんでしたが、赤十字とアンリ・デュナンに関係する物件のようです。気になったので、今、インターネットで調べてみると、「swissinfo.ch」というサイトに詳しい説明がありました。小生の文責で要約して紹介します。アンリ・デュナンは1828年5月8日ジュネーヴで、人道主義的な気風の漂う敬虔なプロテスタントの家庭に生まれた。しかし学業は振るわず、高校を中退した後、実業界に入り、アルジェリアで広大な土地を開発する工業・金融の会社を興しました。31歳の年、事業に必要な水利権の獲得をナポレオン3世に直訴しようという大胆な考えを思いつき、北イタリアに向かいました。当時ナポレオン3世は、イタリアからオーストリア軍を退却させようとイタリア・フランス連合軍を指揮していました。こうしてデュナンは、北イタリアのソルフェリーノの戦いに遭遇します。イタリアの独立を目指し戦うフランス・サルディニア連合軍とオーストリア軍の激しい戦いはガルダ湖の近くで、1859年6月24日に始まります。戦いが終わるころ、両軍の4万人を越える兵士が深い傷を負い、戦場でもがき苦しんでいました。その悲惨な有様にデュナンは、即座に地元住民の助けを借り救助隊を組織ました。ジュネーヴに戻ったデュナンは、戦争の悲惨さを緩和し、より人道的な「傷ついた兵士を援助する組織」の構想を発展させていきます。ソルフェリーノでの記憶がまだ生々しい1863 年、デュナンは4人の友人と、後の「赤十字国際委員会(ICRC)」の基礎となる「5人委員会」を立ち上げました。一年後、5人の交渉力に支えられ、スイス政府は16カ国を招待して国際会議を開催し、最初の「ジュネーブ条約」の調印式が行われました。条約は戦争のルールを規定し、戦場での負傷兵の取り扱いと白地に赤十字の旗を制定しました。しかし、その後の30年間はこうした輝かしい人生の前半とは大きなコントラストをなすことになります。アルジェリアでの事業は、人道問題に力を注ぎ過ぎたことも災いし難航。1867年ジュネーヴの金融機関の倒産はデュナンも巻き込み、翌1868年には詐欺罪に問われ、ました。多くの友人を巻き込んだこの事件の後、デュナンはジュネーヴの社会から事実上追放され、数年後には、ほとんど物乞いをするような生活を送るようになりました。深く失望したデュナンは、ジュネーブを去り1875年、小さな町ハイデンに移り住み、ここで残りの生涯の18年間を過ごすことになります。だがデュナンは完全に忘れ去られたわけではありませんでした。1895年ドイツのジャーナリスト、ゲオルグ・バウムベルガーがデュナンについての記事を書き、それが世界の新聞に取り上げられたのです。デュナンは再び世間の注目を浴びるようになりました。1901年、デュナンは国際赤十字運動の基礎を築き、ジュネーヴ条約を創設した功績をたたえられ初のノーベル平和賞を贈られました。だがその後、1910年10月30日に特別な葬儀もなくチューリヒで埋葬されました。なるほど、そういう歴史があったのか。勉強になりました。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-15 06:35 | 海外 | Comments(0)

スイス編(92):ジュネーヴ(14.8)

 それはさておき、カルヴァンはジュネーヴにおける政治の実権を握ると、彼の教義を批判する者を弾圧するようになり、三位一体説を批判したセルヴェートを火刑に処すなどの恐怖政治を行ないました。これに対してバーゼル大学の貧しい神学者にしてヒューマニストのジャン・カステリオンは、異端者を処刑するのはかつてカトリック教会が行なったのと同じであり、カルヴァン自身もかつて否定した、と彼の『キリスト教綱要』を引用して強く批判しました。これに対して怒ったカルヴァンは、政治権力を使ってバーゼル市にカステリオンの引き渡しを求めます。しかし当時の都市国家の独立性は強く、彼の引き渡しを拒否。そしてカステリオンはカルヴァンに対して礼儀正しく反論しますが、論争の疲れから病死してしまいます。この一連の経過は、前述のツヴァイク著『権力とたたかう良心』でくわしく描かれています。中でも『異端者について。これを迫害すべきや』の中で、カステリオンが述べた言葉は記憶にとどめたいと思います。
 人を殺すことは教義を守ることにはならない。それはあくまでも人を殺すことなのだ。
 シュテファン・ツヴァイク、忘れ去ってしまうにはあまりに惜しい作家です。本書と、『エラスムスの勝利と悲劇』(みすず書房)、『人類の星の時間』(みすず書房)、『ジョゼフ・フーシェ』(岩波文庫)は特にお薦めです。
 それにしてもこの状況が、昨今の日本のそれと酷似しているように思えるのは杞憂でしょうか。まるで日本人は「選民」であると言わんばかりの傲慢な言行の横溢、経済成長(その実は民主制を否定して企業の利益を優先すること)しか眼中にない偏執、それを批判する知識人・メディアへの硬軟とりまぜた抑圧。安倍伍長がジャン・カルヴァンに、日本人が当時のジュネーヴ市民に、二重写しに見えてきます。

 本日の二枚、カルヴァンが拠点としたサン・ピエール大聖堂と彼の家です。
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by sabasaba13 | 2016-02-14 06:23 | 海外 | Comments(0)