カテゴリ:映画( 89 )

『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』

c0051620_625228.jpg 先日、映画『チャルカ』を、新宿の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」で見てきました。何か面白そうな映画はないかと館内のチラシやポスターを物色していると、『米軍が最も恐れた男』というタイトルが目に飛び込んできました。なに? 世界最強・最凶・最低のアメリカ軍が恐れた男がいたのか! それに続くタイトルは『その名は、カメジロー』。カメジロー? 亀次郎? あっ瀬長亀次郎か! 少々沖縄の歴史は勉強したので、その名は記憶に強く残っています。米軍の没義道な占領政策に敢然と立ち向かった政治家ですね。彼が書いた『沖縄からの報告』(岩波新書353)という本も持っています…まだ読んでいませんが。ごめんなさい、カメジローさん。その彼を主人公にして、TBSキャスターの佐古忠彦氏がつくったドキュメンタリー映画のようです。チラシからサマリーを引用します。
 第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人"弾圧"を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー瀬長亀次郎。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。彼を恐れた米軍は、様々な策略を巡らすが、民衆に支えられて那覇市長、国会議員と立場を変えながら闘い続けた政治家、亀次郎。その知られざる実像と、信念を貫いた抵抗の人生を、稲嶺元沖縄県知事や亀次郎の次女など関係者の証言を通して浮き彫りにしていくドキュメンタリー。
 これは見に行かなくては。さっそく山ノ神を誘って、渋谷の「ユーロスペース」に見に行きました。平日の午後二時すこし前に行ったのですが、なんとほぼ満席、最前列の席しか空いていません。これは嬉しい、けれど若者の姿がほとんど見当たらないのは悲しいですね。若者にこそ見て欲しい映画なのに。寺山修司ではありませんが、「スマホを捨てよ、映画館へ行こう」と言いたいところです。
 期待にあふれた熱気のなか、映画が始まりました。実写フィルム、写真、瀬長亀次郎の日記、関係者の証言を巧みに駆使しながら、占領下における米軍の過酷な支配と沖縄人の苦難、それに抗う瀬長亀次郎と人びとの闘いを手際よくまとめてあり、あっという間に107分が過ぎました。知識としては多少知っている占領下の沖縄史ですが、この映画のおかげでその実態をすこしは追体験できたような気がします。

 印象的なシーンはたくさんありました。冒頭でネーネーズが唄う「おしえてよ亀次郎」の一節、♪あなたならどうする 海のむこう おしえてよ亀次郎♪
 立法院議員に当選して米軍の肝いりでつくられた琉球政府創立式典に参加したものの、ただ一人宣誓を拒否して起立しなかった亀次郎。そして宣誓書に捺印しなかった男。これだけでも胸が熱くなるのですが、実はこれには深い背景がありました。「現代ビジネス」の中で、監督の佐古忠彦氏が詳しく説明されているので、私の文責で要約して紹介します。亀次郎は、「立法院議員は、米国民政府と琉球住民に対し厳粛に誓います」という条文の「米国民政府」の部分を削らないと宣誓書に判は押さない、と主張しました。困り果てた職員は、宣誓書をいったん持ち帰りました。そして再度見せられた宣誓書には、亀次郎の要求通り「米国民政府」の文字が消えていましたが、実はこれには見えすいたカラクリがあったのですね。宣誓書には、英語で書かれたものと日本語で書かれたものの二つがあり、英文を確認すると、こちらのほうには「米国民政府」がしっかりと残されていたのです。それを知った亀次郎は宣誓を拒否して起立せず、宣誓書に捺印しなかったのですが、これには法的根拠がありました。ハーグ陸戦条約の「占領された市民は、占領軍に忠誠を誓うことを強制されない」という条文です。こう主張されては、さすがの米軍も強制はできません。凄い… 英語文をチェックするという狐の用心深さと、自分の権利を主張するために国際条約を根拠にするという梟の智慧。たしかに「米軍が最も恐れる男」です。安倍上等兵・前原二等兵を筆頭とする現今の政治家・官僚諸氏に、彼の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいのですが、彼らは確信犯として喜んで尻尾を振っているので飲むわけはありませんね。贅言でした。あえて注文をつければ、この背景も映画でとりあげてほしかったと思います。そうすれば、瀬長亀次郎の奥深さがもっと伝わるのではないかな。
 なお余談ですが、英文と日本文をうまく利用して権益を確保するという手法は、アメリカの常套手段のようです。例えば、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(前泊博盛 創元社)によると、日米地位協定には日本語の正文がないそうです。前泊氏によると、この日米地位協定を含む、日米で結ばれる安全保障上の重要なとり決めの多くが、英語だけで正文が作られ、日本語の条文は「仮訳」という形になっているのだそうです。そのことの意味は、ふたつ。「正文」を変更して国民をだませば「犯罪」になりますが、ウソの条文を作っても、仮訳なら「誤訳だった」といってごまかすことができる。これがひとつ。もうひとつは、日本語の正文が存在しなければ、条文の「解釈権」が、永遠に外務官僚の手に残されるということです。ここまで私たちは愚弄されているのですね。ま、そうしたことを許し黙認する政党を政権の座につけ続けているのですから、自業自得です。

 まだまだあります。1954年10月、米軍は彼を、沖縄から退去命令を受けた人民党員をかくまった容疑(出入国管理令違反)で逮捕し、たった一人の証言を証拠として弁護士なしの裁判にかけ、懲役2年の実刑判決により投獄します。その刑務所で劣悪な待遇に反発した囚人の大規模な暴動が起こると、アメリカの職員は為す術もなく亀次郎に「何とかしてくれ」と頼ります。亀次郎が現われると囚人たちは静かにその話を聞き、彼が提案した「要求を話し合ってまとめ、代表を選んで刑務所側に伝えること」「逃走した囚人を連れ戻すこと」という条件をのんで暴動は鎮まります。
 たくさんの人びとが歓喜とともに出迎える出獄のシーンも感動的でした。出獄後、亀次郎は那覇市長選に出馬し、さまざまな妨害を受けながらも当選を果たします。しかし米軍は執拗な嫌がらせをして、彼を市長の座から追い落とそうとしました。占領軍出資の琉球銀行による那覇市への補助金と融資の打ち切り、預金凍結、そして水道の供給停止などです。彼は日記にこう書きます。「面白くなってきた」 またこれは米軍による「テロ」だとも。
 "テロ"の定義がえてして錯綜するのは、自分の行動は"テロ"ではなく、敵対勢力の行動を"テロ"だと決めつけようとするためです。"テロ"とは「恐怖で相手を威圧して様々な目的を達成する」と定義すれば、こうした米軍の行動はまごうことなく"テロ"ですね。米軍による占領統治は、この事件だけではなく、"テロリズム"が基調であったことを銘肝しましょう。『無意識の植民地主義』(野村浩也 御茶の水書房)から引用します。
 沖縄人の土地を暴力で強奪することによって建設が強行された米軍基地。それは、そこで農民として暮らしていた沖縄人から、生きる糧も住いもすべて奪いつくした。どうやって生きていけばよいのか。途方に暮れた沖縄人に米軍があてがったもののひとつ。それは、なんと、奪われた土地を軍事基地に変える仕事に従事させることであった。土地を強奪された者が、強奪した者のために、生命の糧を恵んでくれるはずの自分の土地を、みずからの手で、生命を奪う軍事基地に変えなければならない屈辱。土地を強奪された沖縄人のなかには、生きるために、そうするしかなかったひとも多い。生きるために、基地ではたらくしかなかったひとは多い。そして米軍人は、沖縄人が抵抗しようものなら、「首を切るぞ!」と脅かした。沖縄人は恐怖に震えた。職を奪われたら生きていけない。生命の糧を恵んでくれる自分の土地はもうないのだから。職を奪われることは、殺されるのも同然なのだ。よって、生きるためには、米軍という植民者に従うほかなかった。土地どろぼうに従うほかなかったのだ。
 これは、恐怖政治である。テロリズムである。土地を奪われた沖縄人の抵抗を抑え、軍事基地を安定的に維持するためには、沖縄人を恐怖させなければならない。そして、恐怖させるためには基地に依存させなければならない。依存させるためには沖縄人を自立させてはならない。(p.204)
 というわけで米軍の嫌がらせによって、市政運営の危機に見舞われますが、市民は自主的な納税によって瀬長を助けようとします。なんと、最高で97%! その様子を撮影したフィルムが流されますが、嬉々として税金を払うために長蛇の列をなす市民の姿にじーんときました。米軍首脳の、苦虫を?み潰したような顔が思い浮かびますね。
 しびれを切らした占領軍は、米民政府高等弁務官布令を改定し、投獄を理由に亀次郎を市長の座から追放し被選挙権を剥奪してしまいます。しかし市民は、亀次郎が応援する候補者を当選させ、米軍に一矢を報いました。
 そして1972年の沖縄返還、「核抜き・本土並み」という県民の願いは叶えられずに米軍基地は居座り続けます。亀次郎は衆議院議員として7期連続当選を果たし、国政の場において闘いを続けました。衆議院における佐藤栄作首相とのやりとりを映したフィルムが印象的ですね。沖縄県民への不平等・不公正を舌鋒鋭く問い詰める亀次郎、それを曖昧模糊に受け流す佐藤首相。ただ安倍上等兵のように相手を小馬鹿にしたような感じはなく、多少の品性は感じました。
 2001年10月5日、肺炎で死去。享年94。合掌。

 この映画を貫くものは、平和と人権のために米軍に抗った亀次郎の足跡にありますが、もうひとつ見逃せないのは彼が発した言葉の数々です。生前、好んで揮毫した「不屈」という言葉。「一握りの砂も、一坪の土地も、アメリカのものではない」、「民衆のにくしみに包囲された軍事基地の価値は0にひとしい」といった言葉。また彼はガジュマルを愛し、「どんな嵐にも倒れない。沖縄の生き方そのものだ」と語ったそうです。収容所で亡くなった母がよく言っていた「ムシルヌ アヤヌ トゥーイ アッチュンドー(ムシロの綾のように、まっすぐ、正直に生きるんだよ)」という言葉も忘れられません。

 というわけで、心に残る素晴らしい映画でした。ただ沖縄にこうした苦難を押しつけた日本政府と、それを支持した、あるいは無知・無関心であった有権者の責任についてあまり言及がなかったことが残念でした。これは、自分で調べて考えろ、ということでしょう。はい、そうします。もっと亀次郎の演説シーンが見たかったのですが、これはないものねだりですね。実写フィルムがあまり残っていないものと思います。
 これからも沖縄について学び、沖縄から学んでいきたいと思います。亀次郎の発した「不屈」という言葉を胸に、沖縄から、そして日本から軍事基地がなくなる日が来ることを夢見て。

 なおこの「不屈」の重要性に論及した文章を紹介します。まずは『戦後史の正体 1945‐2012』(孫崎享 創元社)です。
 ではそうした国際政治の現実のなかで、日本はどう生きていけばよいのか。
 本書で紹介した石橋湛山の言葉に大きなヒントがあります。終戦直後、ふくれあがるGHQの駐留経費を削減しようとした石橋大蔵大臣は、すぐに公職追放されてしまいます。そのとき彼はこういっているのです。
 「あとにつづいて出てくる大蔵大臣が、おれと同じような態度をとることだな。そうするとまた追放になるかもしれないが、まあ、それを二、三年つづければ、GHQ当局もいつかは反省するだろう」
 そうです。先にのべたとおり、米国は本気になればいつでも日本の政権をつぶすことができます。しかしその次に成立するのも、基本的には日本の民意を反映した政権です。ですからその次の政権と首相が、そこであきらめたり、おじけづいたり、みずからの権力欲や功名心を優先させたりせず、またがんばればいいのです。自分を選んでくれた国民のために。(p.171)
 もうひとつは『イェサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(ハンナ・アーレント みすず書房)です。
 はるかに強大な暴力手段を所有する敵に対する場合、非暴力的行動と抵抗にどれほどの巨大な潜在的な力が含まれているかを多少とも知ろうとするすべての学生に、政治学の必須文献としてこの物語を推奨したいという気持になる。(p.134)

 このような話に含まれる教訓は簡単であり、誰もが理解できるからである。政治的に言えばその教訓とは、恐怖の条件下では大抵の人間は屈従するだろうが、或る人々は屈従しないだろうということである-ちょうど最終的解決の申出を受けた国々の与える教訓が、大抵の国では〈それは起り得た〉が、しかしどこでも起ったわけではなかったということだったのと同様に。また人間的に言えば、この地球が人間の住むにふさわしい場所でありつづけるためには、このような教訓はこれ以上必要ではないし、またこれ以上求めることは理性的ではあり得ないということだ。(p.180)
 なお瀬長亀次郎が残した膨大な資料を中心に、沖縄の民衆の戦いを後世に伝えようと設立された資料館「不屈館」が那覇にあるそうです。是非訪れましょう。
 また拙ブログに掲載した、沖縄に関する映画として『標的の島』、『戦場ぬ止み』があります。映画評は書いていないのですが、『沖縄 うりずんの雨』も素晴らしい映画でした。
 沖縄に関する書評として『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』[その一その二](前泊博盛 創元社)、『沖縄密約』もあります。よろしければご照覧ください。

 最後に、瀬長亀次郎の言葉をもうひとつ。
弾圧は闘いを生み、闘いは友を呼ぶ。

by sabasaba13 | 2017-09-05 06:26 | 映画 | Comments(0)

『チャルカ』

c0051620_5272240.jpg 山ノ神といっしょに、新宿の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」で、島田恵監督の『チャルカ ~未来を紡ぐ糸車~』を見てきました。パンフレットの冒頭に載せられていた監督の言葉が、この映画のメッセージを雄弁に語っています。
 チャルカとは、インドの手紡ぎ糸車のことです。インド独立の父、ガンジーはイギリスの支配から自立するために、自国で生産した綿花を自分たちで紡ぎ、その糸を手織りにした布(カディ)を作ろうと提唱しました。チャルカは独立運動のシンボルです。

 東日本大震災は私たちにとって本当に大事なものは何かを問いかけ、福島原発事故は経済優先社会が行き着いた惨状を見せつけました。それでもなお、人類の環境破壊は止まりません。その究極は何10万年も毒性が消えないという放射性廃棄物『核のゴミ』を産み出してしまうことでしょう。それは遠い先の子孫たちの住処までも奪っていることにほかなりません。人類が直面しているこの課題から、私たちが学ぶべきこととはいったい何なのでしょうか。

 今、この時代に生きているすべての人たちへ、そして、未来に生きるすべての命へ、この映画を記録として残します。
 この映画は、放射性廃棄物『核のゴミ』と向き合う人びとを描いたドキュメンタリー映画です。日本においては、政府が前面に立って処分地を選定する方針が決定しており、そのための地下研究施設が北海道幌延町と岐阜県瑞浪市に設置されました。このふたつの地が最終処分地と決まったわけではありませんが、その可能性は否定できず、不安を感じる地元住民の様子が取り上げられます。岩盤が強固なフィンランドでは、オンカロ(洞窟)という地下500mにある施設に放射性廃棄物を処分することになりました。しかし住民の三分の一は、これに反対しています。世界有数の原子力大国フランスでは、処分事業者ANDRAの処分研究施設に隣接する地域に最終処分場が計画されています。雇用の確保などの理由で、自治体はおおむね賛成していますが、住民の一部は断固として反対しています。
 島田監督は、反対派・賛成派のそれぞれの主張を真摯に映像として記録し、それを材料に、最後は見ている私たちが自分で考えて決めてくださいと問いかけているように思えます。

 心に残った人物は、幌延町のとなりにある豊富町で酪農をされている久世薫嗣さんです。最終処分地にされることに、そして原子力発電に反対し、「自給」にこだわり、過疎をくいとめて地域社会の存続を願い、福島の子どもたちの保養に尽力する久世さん。"どんな世の中になっても、ちゃんと生きていけるようなものを自分で作っていく"ことをめざす久世さん。彼の言葉です。
 いきなりじゃあ、次の良い世界が来るかといえばそれは来ないと思う。次の良い世界が来る為には、良い世界をつくろうという試みがいろんな所で行われていかない限り、良い世界は出てこない。
 あらためて、なぜ島田監督が"チャルカ"というタイトルを選んだのか、考えさせられました。前述のように"チャルカ"は、独立のシンボルです。つまり植民地から独立するためには、宗主国に頼らずに「自給」をしないといけない。それでは、今、私たちは何ものから独立しなければならないのか。私たちを植民地状態にして支配しているのは、何ものなのか。
 監督は明言されていませんが、私はこう考えます。それは"経済成長"を必須とするシステムであり、そのシステムを死守しようとする人びとたちである、と。資源と電力を大量に使用して大量に物をつくり、消費し、廃棄する。ひたすら物を買い続けることによってのみ作動できるシステム。このシステムにとって最強の敵は、「自給」、つまり物を買わずに自分でつくるというライフスタイルです。監督も、久世さんも、少しずつでもそうした方向に向かおうよ、と誘っているのではないでしょうか。

 映画館を出て駅へ歩いていると、虚飾な物と醜悪な看板にまみれた新宿の街が、さっきと違う風貌に見えてきました。
by sabasaba13 | 2017-08-16 05:27 | 映画 | Comments(0)

『シチズンフォー』

c0051620_6254348.jpg 映画『スノーデン』にいたく心と頭を揺さぶられ、いろいろと彼に関することを調べていたら、実際のエドワード・スノーデンが出演しているドキュメンタリー映画『シチズンフォー』があることを知りました。是非見たい、何が何でも見たい、幸いDVDとして発売されていたので即購入し、自宅の再生装置にかけて鑑賞しました。

 公式サイトから引用します。
 イラク戦争やグアンタナモ収容所についてのドキュメンタリー映画で高い評価を得るとともに、当局からの監視や妨害を受けてきた気鋭の映画監督ローラ・ポイトラスは、2013年初め、"シチズンフォー"と名乗る人物から暗号化されたメールを受け取るようになる。それは、NSA(国家安全保障局)が米国民の膨大な通信データを秘密裏に収集している、という衝撃的な告発だった。
 2013年6月3日、ローラは"シチズンフォー"の求めにより、旧知のジャーナリスト、グレン・グリーンウォルドとともに香港へ向かった。ホテルで二人を待っていたのは29歳の元CIA職員エドワード・スノーデン。彼の語る一部始終をローラのカメラが記録する中、驚くべき真実が明かされてゆく。NSAや他国の機関がどのような仕組みを使い、テロや犯罪への関与と無関係にあらゆる国民の電話の会話、メールの内容からインタネーットで検索した言葉まで、すべての通信記録を収集・分析しているのか。政府の監視活動にIT企業がいかに協力し、情報を提供しているのか。 グレンたちが驚いたことに、スノーデンは自ら内部告発者として名乗り出ることを望んでいた。なぜ彼は、自身や恋人の身に重大な危険が及ぶことが予測されたにもかからず、この告発に至ったのか…。
 当局の追跡がスノーデンに迫る中、6月5日、グレンは彼が契約していた英国紙ガーディアンに最初の記事を掲載する。そのスクープはたちまち大反響を巻き起こした。さらに6月10日、スノーデン自身が、自らが告発者であると名乗り出る。この前代未聞の暴露事件は、全世界にどんな影響をもたらしたのか…。
 当の本人が出演し、リアルタイムに事実を追うドキュメンタリーだけあって、その緊迫感とリアリティは半端ではありません。結末はわかってはいるものの、固唾を?み手に汗握りながら、一気に見通してしまいました。
 相手は、国益の為なら生命や人権など屁とも思わぬ世界最凶の犯罪国家・アメリカ合州国政府です。国家機密を内部告発した彼に対して、どのような措置をとるのか。迫りくるその魔手とそれに怯えるスノーデン氏たちの恐怖がビシビシと伝わってきました。点検のために鳴り響くホテルの火災警報にも、ビクッと緊張が走ります。日に日に濃くなっていく彼の目のまわりの隈からも、彼の感じる圧力と恐怖がわかります。しかし彼はそれらを克服し、毅然として国家権力に立ち向かいます。彼の発する数々の言葉から分かるように、プライバシーを、自由を、自分自身を国家権力から守るために。
 そして彼の勇気を支えたものは、もう一つあります。公式サイトによると、ローラ・ポイトラス監督が、スノーデン氏にハンドルネームとして"シチズンフォー"を選んだ理由を聞いたところ、彼は「私が最初の人間でない。そして、志願する最後の人間でもない」と答えたそうです。実は、NSA(国家安全保障局)ではこれまで三人が市民のために内部告発したが潰されました。それを見ていた四番目の市民(スノーデン)は、世界中の誰も無視できないようなやり方で発表するしかないと考えたそうです。そして、たとえ自分が失敗しても、シチズンファイブ、シックスは必ず生まれる、と信じて。そう、人権や自由のために国家権力に抗う市民が必ずいるはずだという信念が、彼を支えていたのですね。国民(nation)ではなく、市民(citizen)が。

 彼と協力して、この国家犯罪を報道した硬骨のジャーナリストのグレン・グリーンウォルドにも感銘を受けました。政治的中立などくそくらえ、権力の悪事を世に知らしめることこそがメディアの使命であることをあらためて思い知りました。政府や官僚の広告代理店と化しつつある日本のメディアの体たらくと比べると、提灯と釣鐘ですね。その実態については、『ご臨終メディア』(森達也+森巣博 集英社新書0314B)と『官僚とメディア』(魚住昭 角川oneテーマ21)の書評をご笑覧ください。

 テクノロジーの発達にともない、とどまるところなく進化する国家権力の暴走と腐敗。それに立ち向い抗うことが市民の使命であることを教えてくれたエドワード・スノーデン氏に感謝したいと思います。私もいつか「シチズン」の何番目にかに名を連ねる勇気を持ちたいと思います。
by sabasaba13 | 2017-05-30 06:25 | 映画 | Comments(0)

『標的の島』

c0051620_7244787.jpg 先日、山ノ神と一緒に、ポレポレ東中野で『標的の島 風かたか』を見てきました。公式サイトに、三上智恵監督の言がありましたので、引用します。
 2016年6月19日、過去最も悲しい県民大会が那覇で開かれた。炎天下の競技場を覆いつくした6万5千人は、悔しさと自責の念で内面からも自分を焼くような痛みに耐えていた。二十歳の女性がジョギング中に元海兵隊の男に後ろから殴られ、暴行の末、棄てられた。数えきれない米兵の凶悪犯罪。こんな惨事は最後にしたいと1995年、少女暴行事件で沖縄県民は立ち上がったはずだった。あれから21年。そのころ生まれた子を私たちは守ってやれなかった。
 大会冒頭に古謝美佐子さんの「童神(わらびがみ)」が歌われると聞いて、私は歌詞を聴かないことにした。子の成長を願う母の気持ちを歌ったもので、とても冷静に撮影できないと思ったからだ。ところが被害者の出身地の市長である稲嶺進さんが、歌の後にこう語った。「今の歌に『風(かじ)かたか』という言葉がありました。私たちはまた、一つの命を守る風よけー『風かたか』になれなかった」。そう言って泣いた。会場の女性たちも号泣した。
 できることなら、世間の強い雨風から我が子を守ってやりたいというのが親心。でも、どうやったら日米両政府が沖縄に課す残酷な暴風雨の防波堤になれるというのか。しかし勝算はなくても、沖縄県民は辺野古・高江で基地建設を進めるトラックの前に立ちはだかる。沖縄の人々は、未来の子供たちの防波堤になろうとする。
 一方で日本という国は今また、沖縄を防波堤にして安心を得ようとしている。中国の脅威を喧伝しながら自衛隊のミサイル部隊を石垣、宮古、沖縄本島、奄美に配備し、南西諸島を軍事要塞化する計画だ。その目的は南西諸島の海峡封鎖。だが、実はそれはアメリカの極東戦略の一環であり、日本の国土も、アメリカにとっては中国の拡大を封じ込める防波堤とみなされている。
この映画はそれら三つの「風かたか」=防波堤を巡る物語である。
 辺野古の新基地建設、高江のオスプレイのヘリパッド建設、そして宮古島、石垣島の自衛隊配備とミサイル基地建設など、軍事基地建設を強行する米日両政府に対して、断固として抗う沖縄の人びとを描いたドキュメンタリー映画です。時には体を張って激しく、時には歌と踊りをまじえて楽しく抵抗する人びとの姿には感銘を受けました。それを支えているのは、「理はこちらにある」という確固たる自信と、「二度と戦場にはさせない」というぶれない不屈の意志だと思います。
 逆に、抵抗を排除しようとする機動隊員や警察の方々の、自信のなさそうな、不安げな態度も印象に残りました。目をそらす、マスクやサングラスで顔を隠す、あるいは表情を変えない。まるで人間と機械が対峙し闘っているようでした。これを見るだけでも、理非がどちらにあるかは一目瞭然です。

 しかしメディアの報道は、常に「日本の怒り」ではなく「沖縄の怒り」という論調です。攻撃対象となる危険性、米兵によって多発する犯罪、環境破壊、米軍と補助金に頼る歪な経済構造、歴史的経験による軍隊への不信感、沖縄の人びとが怒り抗うのは当然だと思うのですが、私たちヤマトンチューはこの怒りを共有しようとはしません。歯がゆいほどに。
 何故か? 『要石:沖縄と憲法9条』(晶文社)の中で、C・ダグラス・ラミス氏が鋭い分析をされているので紹介します。
 つまり、主流世論を代表している個人は、以下の考えを持っている人だろう。

1 私は平和を愛している人です。平和憲法の日本に住んでいるのは、居心地よい。憲法九条をなくすのは、反対です。
2 日本の近くに怖い国があるので、米軍が近くにいないと不安です。

 もちろん、この二つの意見は見事に矛盾していて、一つの社会の中で、または一人の個人の頭の中で成り立つはずがないだろう。その成り立つはずのない、二重意識はなぜ崩れないのか。
 答えは沖縄だ。
 日米安保条約から生まれる基地を「遠い」沖縄に置き、基地問題を「沖縄問題」と呼ぶ。基地のことを考えたいとき(福生や横須賀ではなく)「遠い」沖縄まで旅し、「ああ、大変」と思い、平和な日本へ戻ってくる。つまり、軍事戦略の要石として位置は特によくないが、日本の平和な政治意識をそのまま固定するために、遠いけれども遠すぎてはおらず、近いけれども近すぎてもいない、ちょうどいい距離だ。
 その「距離」とは、地理的なことだけではない。ヤマト日本人の(潜在)意識の中で、沖縄は二つあるらしい。ひとつは日本の一部としての沖縄で、もうひとつは海外としての沖縄、である。日米安保条約の下で、米軍基地を日本に置かなければならない。沖縄は法的には「日本」になっているので、なるべく多くの基地を沖縄に置けば、条約の義務を果たすことになる。また、平和憲法の下で日本本土に外国の軍事基地を置くことはふさわしくないので、なるべく多くの基地を「海外」の沖縄に置けば、自分が平和な日本に住んでいるという幻想を(辛うじて)維持できる、ということだ。
 これは、沖縄が要石となっているアーチの応力図だ。そのアーチが崩れないためには、もうひとつの条件が必要である。それはなるべく考えないということだ。だからこそ、もっとも聞きたくないのは、基地の県外移設のことだ。その話は、アーチの要石を抜くことになるので、極めて怖いのである。自分が支持している(または大して反対していない)安保条約は、米軍基地を自分の住んでいるところに置く、という意味の条約だということを、なるべく考えたくないのだから。(p.233~5)
 考えましょう。I.F.ストーン曰く"すべての政府は嘘をつく"、夏目漱石曰く"国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくら八釜しくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテンに掛ける、滅茶苦茶なものであります"(『私の個人主義』)、アメリカ政府も、中国政府も、北朝鮮政府も、韓国政府も、そして日本政府も、ろくでもない存在であるという事を大前提に、日米安全保障条約の可否、在日米軍基地の可否、それを沖縄に集中させることの可否を真剣に考えたいと思います。

 知的・倫理的怠惰に陥らぬよう、重要な一石を投じてくれる素晴らしい映画でした。

 なお沖縄を描いた映画として『沖縄 うりずんの雨』『戦場ぬ止み』も出色です。
by sabasaba13 | 2017-05-01 07:25 | 映画 | Comments(0)

『わたしは、ダニエル・ブレイク』

c0051620_8153447.jpg 先日、新宿の武蔵野館で、ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』を山ノ神と見てきました。まずは公式サイトから、あらすじを紹介します。
 イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。
 まず、主人公ダニエル・ブレイクの人柄にいたく魅かれました。一本気で、職人肌で、権威・権力になびかず、他者を尊重し、ユーモア精神に満ち、困っている人を助けずにはいられない。英語にはこういう人物を表わす素晴らしい表現があります、そう、decentな人間です。例えば、隣人の黒人青年が生ゴミを出しっぱなしにすると、きちんと注意をする。市民としての義務を怠った者を注意するということは、相手を人間として認めているということですね。また遅刻をしたために福祉事務所から援助を断られた子連れのケイティを見るに見かねて、厳しく抗議をするダニエル。
 そしてこの映画のもうひとつの主人公が"官僚主義"です。複雑怪奇な規則を盾にして、弱者を苦しめる福祉行政の姿がきわめてリアルに描かれて印象的でした。理不尽にして残忍、まるでカフカの小説のようなそのやり口には嘔吐感するもよおします。なかなか通じない電話、インターネットによる手続きしか認めない硬直性、繁雑な手続き、相手を小馬鹿にしたような質問の数々。はじめは果敢に抵抗したダニエルですが、官僚制の厚い壁に阻まれやがて無力感に苛まれるようになります。こうした福祉行政の狙いは、もちろん福祉関連の経費をできるだけ削減することにあるのでしょうが、この映画を見ていてもう一つあることに気づきました。弱者の人間としての尊厳を破壊し、無力感と屈辱感を与え、コントロールしやすくすること。そして見逃していけないことは、その官僚主義の背後に大企業の存在があるということです。『〈帝国〉と〈共和国〉』(青土社)の中で、アラン・ジョクス氏はこう述べています。
 国民国家から剥奪された主権は、人民からも事実上剥奪される。今日、主権は「官僚」ではなく企業の手にある。企業という組織が従うのは、どこの土地にも属さず、目先の利益しか追わない金利生活者と、誰にも従うことのない銀行だ。誰もが口にしてやまない、経済「グローバル化」とは、実際には、政治を無に帰することにほかならない。人民主権から主権を奪い、旧体制的な国際貴族に戦利品を与える混沌状況を生み出すことがその手口だ。(p.265)
 大企業と官僚が結託して利益と権力を最大化するために、個人の尊厳を破壊する仕組み、村上春樹氏にしたがってこれを"システム"と捉えましょう。この映画は、systemとdecencyの、壁と卵の闘いを描いた傑作です。

 特に印象に残ったシーンが二つありました。
 二人の幼子を抱え、援助も受けられずに貧困の淵に追いこまれたケイティが、食料品が支給されるフードバンクで、空腹のあまりに無意識にそこに置いてあった食品をむさぼり食べ、気がついて泣き崩れるシーン。ダニエルは「君は悪くない」と慰めます。
 もう一つは、心が折れたダニエルが家に閉じこもっていると、ケイティの幼い娘が訪れて「あなたは私たちを助けてくれた。だから今度は助けさせて」と告げるシーン。ともに涙腺がちょっと決壊しました。

 購入したプログラムに掲載されていたケン・ローチ監督へのインタビューを紹介します。
―この映画は社会の不正義を糾弾しつつも、ユーモアも交えて描いています。

 ダニエルとケイティが直面する問題は英国だけではなく、多くの国で起きています。細かい違いはあっても、どこの国でも問題の根幹は同じ。官僚主義です。生活が困窮した人が、必死の思いで福祉事務所に助けを求めても、官僚主義が立ちはだかる。官僚主義は非効率的ですが、それには理由がある。庶民に無力感を与えるためです。冷酷に、貧困の原因は自己責任だと追いつめる。あなたに仕事がないのは、あなたが悪いんだと責め、とても屈辱的な思いをさせるんです。ダニエルは、非常にばかげた質問をされる。最初は、ばかばかしいことを聞かれると、笑ってしまいます。しかししばらくすると、絶望的な気持ちになり、最後にはみじめになり、破壊的になり、心が壊れてしまう。つまり最初はとても笑えるけれど、悲劇に終わるんです。

―その過程はこの映画そのものですね。

 そうなんです。始まりは、笑えるほどばかばかしい。官僚主義というのは、庶民を無力にすることが目的です。きちんと国や自治体に税金を払ってきて、真面目に生活してきた人が、助けが必要な時、支援を受けるのは当然です。ところが、いざ助けを求めると拒否され、責められてしまいます。

―この映画では貧困問題を客観的な目で描くのではなく、とても主観的に描いていますね。当事者である主人公が声をあげます。

 そうしなくてはならないと思ったからです。大きく声を上げねばならない。他人事ではない、自分たちの問題だと認識してほしいんです。日本も英国も、戦後、誰もが病気になったら適切なケアを受けられる国民総保険をはじめ、社会福祉制度を充実させてきました。お互いを助け合う、敬う、文明的な社会だった。ところが、マーガレット・サッチャーが現れ、状況は一転します。「私は私の面倒を見るから、あなたはあなたで自分の面倒を見て」と自己責任を求めた。「もしあなたが失敗しても私には関係ない」という恐ろしい論理です。ところが1980年代にはそうした自己責任論が社会の主流になってしまった。この自己責任論が、それまで積み上げてきた社会を台無しにした代償は非常に大きい。恐ろしいことです。

―日本も状況は似ています。自己責任が当たり前となり、社会格差が進み保守的な考えを支持する若者が増えてきました。英国はEU離脱問題に揺れています。あなたはEUに残留するほうが安全だとカンヌの記者会見で言っていましたね。

 離脱も残留も、どちらも良い選択だとは思えませんが、残留したほうがまだましだと言えます。たしかにEUは問題を抱えています。EUは右派が台頭しており、ギリシャに対する扱いは最悪です。EUを抜本的に改革する必要があるのは確かです。しかし、英国がEUを離脱すれば、英国政府はもっと右傾化することになり、いかなる保護も受けられなくなるでしょう。労働者の賃金はより低くなる。そうなったら、英国社会は根底から崩壊します。これは悪魔の選択なんです。どちらかがより酷いか、という。しかしEUに残れば、他国の左派グループと連帯が取れる。その方がまだマシだと考えます。

―ダニエルやケイティのような弱者が生まれる今の社会は、まるで19世紀に逆戻りしたかのように見える時があります。

 それは大企業による意図的なものなのです。いかに利益を最大化できるかが、大企業の目的です。そのためには、安い労働力、安い原料で作った物をできるだけ高く売り、市場をできるだけ占有する。その仕組みを支えるために、税金を抑え、労働者保護などの規制をゆるくしてくれる政治家をサポートする。海外でより安い労働者を使えるなら、そちらに流れる。適正な賃金で適正な労働力を得ようとはしませんから、まともな人間は失業してしまいます。でも、それが大企業にとっては当たり前。そしてどれだけ儲かっても、もう十分とはなりません。ライバルが現れれば、売れなくなるから、さらに原価を下げて競争する。こうした仕組みが、政治家を動かし、貧困を生み出しているわけです。なにも悪徳政治家の話をしているわけではないのです。まあ悪い人かもしれませんが(笑)。でも、こうした仕組みを動かすのは、悪人とは限らない。それこそが問題の核心なんです。

―問題の解決方法は存在するのでしょうか。

 あります。共同でものを所有し、決断も共同でする。独占しようとしないこと。過剰な利益を追求せず、誰もが協力しあい、貢献し、歓びを得られるような仕組みを作り、大企業とは違う論理で、経済をまわしていくこと。それは、社会主義と呼ばれるものです。ここで言う社会主義は、旧ソ連のものとは違います。あくまで民主主義の上で成立する、社会主義なんです。

―そうあってくれればいいと思う一方、理想的すぎるようにも聞こえますが。

 ただ単にこの状況をサバイバルできる、というのならファンタジーでしょう。でも大企業は利権を手放そうとはしない。そのために彼らは自分たちに有利な政治家をホワイトハウスに入れ、EU議会に送り込んでいる。彼らをどうしたら止められるのかを考えなくてはなりません。

―映画では悲劇も起きますが、ケイティを通して希望も感じます。

 一歩踏み出せば、助けてくれる人は必ずいます。フードバンクのボランティアの人たちのように、あなたを助けてくれる人が必ずいるんです。
 「問題の解決方法は存在するのでしょうか」という問いに対して、すぐに「あります」と答えたところにケン・ローチ監督の見識を感じます。『私物化される世界』(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)の中で紹介されているのですが、ノーム・チョムスキーは、掠奪的なこのシステムが使う殺し文句は"TINA"だと指摘しています。つまり、"There is no alternative"(選択の余地はない)の略語です。いや違う、他の選択肢はあると、監督とともに抗いたいものです。

 なお気がかりなのは、システムや壁の側に立つ人びとが増えていることです。安倍上等兵内閣への支持、トランプ大統領の当選、フランスにおける国民戦線の躍進、そして移民・難民の排斥などの動きは、それを象徴するものだと思います。システムによって与えられた無力感と屈辱感、あるいは個人の尊厳の崩壊によるストレスを、強者の一員に連なることで解消しようとするのでしょう。いや、絶望はしません。『永続敗戦論』(太田出版)の中で、白井聡氏がこう述べているように。
 あの怪物的機械は止まる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的怠惰を燃料としているのだから。(p.185)
 追記です。同じような内容の傑作映画として『ブラス!』があります。
by sabasaba13 | 2017-04-30 08:16 | 映画 | Comments(0)

『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』

 今年に入ってから、『この世界の片隅に』、『スノーデン』、『沈黙』とたてつづけに素晴らしい映画を見ることができました。今年は映画の当たり年なのかな。ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』と、通信制中学をテーマとした『まなぶ』も近々見に行くつもりです。するとまたもや面白そうな映画が私の貧弱な情報網にかかりました。チェリストのヨーヨー・マが主役となる『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』という映画です。監督は多くの音楽ドキュメンタリーを手がけてきたモーガン・ネヴィル。チェリストの末席を汚す者として、これはぜひ見たいですね。山ノ神を誘ったら快く同行してくれることになりました。
 個人的な話ですが、今、月に三回、チェロのプライベート・レッスンに通っています。夢は、J・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲」を弾くこと。45分のレッスンで、スケールとLEEによる練習曲集「Melodious and progressive Studies vol.2」を先生に教授していただいています。最後は自分の好きな曲ということで、蟷螂の斧、数年前に恐る恐る「無伴奏チェロ組曲」と申し出たところ快諾。やったあ。それ以来、七転八倒、第4番まではとりあえず譜面をなぞることができました。音楽にはまったくなっていないのですけれどね。そして先日、第5番に入ることができました。欣喜雀躍、夢にまで見たプレリュードを猛練習しております。
 尊敬するチェリストはパブロ・カザルス、一番好きな曲はもちろん「無伴奏チェロ組曲」です。よって私としては珍しいのですが、この曲のCDは、モーリス・ジャンドロン、ピエール・フルニエ、パブロ・カザルス、パオロ・ベスキ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、そしてヨーヨー・マ(新旧二盤)が演奏した7種類のものを持っております。気に入っているのは剛毅なカザルスと優美なフルニエ、ヨーヨー・マの演奏は…うーん、ちょっちね。アウトバーンを疾走するポルシェのようにかっこいいのですが、あまり個性を感じられずほとんど聴くことはありません。でもこの映画を見れば、わが演奏技術の向上に資するところがきっとあるだろうという下心と、彼の演奏を大画面で楽しみたいという気持ちをもってシネスイッチ銀座に行きました。
 銀座か…となると昼食は「煉瓦亭」ですね。まず映画館で指定席券を購入し、すぐ近くにある「煉瓦亭」にはいりました。私はメンチカツレツとご飯を、山ノ神はカキフライと海老のコキールを注文。"私の注文した料理の1.8倍の値段かよ"などと絶対に口には出さず、にこやかに身辺の雑事などを二人で話していると、料理が運ばれてきました。ひさしぶりだなあ、かぷ、さく。クリスピーなころもとしっかりとした歯応えの牛肉、そして滋味あふれる肉汁、ほんとうに美味しい。山ノ神からお裾分けされたカキフライと海老のコキールも申し分なし。至福のひと時でした。
c0051620_22182897.jpg

 余談ですがメンチカツの美味しい店を紹介しますと、根岸の「香味屋」、日本橋の「たいめいけん」、浅草の「アリゾナ」、東府中の「きくよし食堂」、釧路の「スコット」です。

 それでは「シネスイッチ銀座」へと向かいましょう。中に入って映画のチラシを物色すると、『パリを愛した写真家』、『スペシャリスト』、『すべての政府は嘘をつく』、『パリ・オペラ座』、『標的の島』といった面白そうな映画が目白押し。『スペシャリスト』、『すべての政府は嘘をつく』、『標的の島』は絶対に見にいくつもりです。場内に入ると空席が目立ちましたが、こういう映画は人気がないようですね。そして予告編、「ユナイテッドシネマとしまえん」と違い、『クーリンチェ少年殺人事件』、『ぼくと魔法の言葉たち』、『マイ ビューティフル ガーデン』、『ミツバチのささやき』、『海は燃えている』といった、食指の動く志の高い映画ばかりでした。

c0051620_22221538.jpg そしてはじまりはじまり。公式サイトから、ストーリーを転記します。
 世界的チェロ奏者であるヨーヨー・マが、2000年に【音の文化遺産】を世界に発信するために立ち上げた"シルクロード・アンサンブル"。異文化がクロスするシルクロードにゆかりがあり、さまざまな歴史的、文化的、政治的背景を背負ったメンバーたちとともに、ヨーヨー・マは自分自身のアイデンティティを確立していく。

 クラシック界の巨匠ヨーヨー・マが追求しているものは何か? パリの幼少期からの貴重な映像、ニューヨークで親交を深めたジョン・ウィリアムズ、タン・ドゥン、ボビー・マクファーリンなどの証言と、名曲の演奏シーン。ステージでは見ることのできない音楽創造過程や、世界中の音楽仲間たちとの熱いセッションの数々。ケマンチェ、中国琵琶(ピパ)、尺八、バグパイプなど伝統的な東西の音楽と現代音楽とが融合し、国境を超えた究極の音楽そして人間のハーモニーが紡がれ、観る者の心に響く。
 冒頭のシーンからいきなり引き込まれてしまいました。イスタンブールの波止場でしょうか、ヨーヨー・マを中心に、さまざまな民族楽器をもった音楽家たちがライブ演奏をおこなっています。小躍りするようなリズムとテンポ、魅惑的なメロディ、見事なアンサンブル、そして何よりもその歓喜に満ち溢れた表情と仕草。仲間と共に音楽を奏でる喜びが、びしびしと伝わってきます。
 なぜ彼はこのプロジェクトを立ち上げたのか、貴重な幼少期の映像などを交えながら淡々と語ります。中国人の両親とともにパリからニューヨークに移り、4歳でチェロを始め、9歳でジュリアード音楽院へ進学。天稟めざましく、気がつけば若きヴィトルオーソとして世の喝采を浴びていました。しかし成長した彼は悩みます。何のためにチェロを弾いているのか、自分にとって音楽とは何なのか、と。それに対するひとつの答えがこのシルクロード・アンサンブルだったのですね。プログラムに載っていたヨーヨー・マの言葉を引用します。
 何年にも渡り、シルクロード・アンサンブルは進化し続け、文化的結合、歴史、伝統を探求し続ける音楽家やアーティストたちの組織へと発展した。また、異なる幅広いバックグラウンドを持つ者は、お互いの共通点を見出していった。今、我々がやるべきことがあるとすれば、まさに、これじゃないかと思う。現在、世界中の多くの権力者たちが、恐怖を煽ろうとしているからね。メンバー全員がそれぞれの楽器の偉大なる名手である。だけど、その人の性質のほんの一部に過ぎない。彼らの表現方法は、思いやるという1つの行為なんだ。シルクロード・アンサンブルは創造性に溢れ、それぞれの分野に長けている人たちの集まりだ。しかしそれ以上に、彼らは人とのコラボレーションを誰よりも愛し、それに長けている。誰もが何かしらに精通しているが、長けている分野がそれぞれ違うので、自分の知識を他者と共有したいと思っている。個人レベルでそれぞれが進化していく過程を見ることができたのは素晴らしいことだったが、芸術的なレベルでの進化も見ることができた。さらに、それがどのようにコミュニティーや文化や伝統に影響していくのかも知ることができた。違いを乗り越えながら関わり合い、信頼を築いていくことを学んだよ。
 さまざまな伝統文化をもつ音楽家と共演し、その違いを認めたうえでお互いの共通点を見出す。そして音楽という芸術を通して、多様な文化をひとつにし、より美しいものを紡ぎだす。異文化や異民族に対する偏見や恐怖や蔑視を払拭して、世界を少しでも良い方向へ変えていく。ヨーヨー・マが考えたのは、そういうことだと思います。

 彼のもとにさまざまな音楽家が集まりますが、映画では次の四人にスポットライトが当てられます。
 ケイハン・カルホール。イラン出身で、ケマンチェという、膝に立てて弓弾きする弦楽器の演奏者です。1979年の革命に際してイランを離れ、リュックと楽器を抱えてヨーロッパ各地を放浪、そしてようやくアメリカで演奏活動ができるようになりました。しかし祖国の若者に伝統音楽を教えたいと強く願い帰国しますが、政府より国外退去を命じられました。
 ウー・マンは、中国出身の琵琶(ピパ)奏者。彼女は神童とうたわれましたが、文化大革命を経験後、アメリカのオーケストラに憧れて渡米。アメリカで成功を収めますが、中国に戻った際に伝統音楽が凄まじい速さで消えていくのを目の当たりにし、今では民族音楽の復活に努力しています。
 キナン・アズメはシリア出身のクラリネット奏者・作曲家ですが、内戦の勃発で国外追放を余儀なくされました。凄惨なシリア情勢のなか、彼は「音楽にいったい何の意味があるのか」と自問し苦悩します。しかし「人々には音楽が必要だ」と思い直し、ヨルダンの難民キャンプに行き、子どもたちのためのワークショップを開きます。
 クリスティーナ・パトはスペイン北西部のガリシア地方出身のバグパイプ(ガイタ)奏者です。この地方はケルト系民族が暮らし、独自の音楽文化をもっています。しかし彼女はそうした伝統に反逆し、ロック・バンドと共演するなど奔放な演奏活動を行ないました。人呼んで"ガイタのジミヘン"。しかし今ではアイデンティティを生かし続けることの重要性に気づき、伝統音楽の擁護者となっています。

 故郷から拒絶された者、故郷を棄てた者、故郷を破壊された者、そして故郷に反逆した者。故郷との関わり方はさまざまですが、紆余曲折を経て伝統音楽のなかに自分のアイデンティティを見出した方たちです。最近読んだ『言葉と戦車を見すえて』(ちくま学芸文庫)の中で、故加藤周一氏がこう述べられていました。
 自国の伝統的文化に対する無関心は、そのまま歴史的感覚の鈍さに通ぜざるをえない。ところが、その名に価するあらゆる文化は、深く歴史的なものである。(p.149)
 そしてヨーヨー・マのもとに集い、互いの文化の違いを認め合ったうえで、より素晴らしい音楽を紡ぎだそうとする彼ら/彼女らの姿に感銘を覚えました。

 多様な文化を、多様な人びとを、音楽という普遍的な力で一つにしようとするシルクロード・アンサンブル。その素晴らしい演奏を心ゆくまで楽しんでください。
 とくに印象に強く残ったシーンが二つあります。まずはシリア内戦と難民キャンプの映像です。空爆のなかを逃げまどう人びと、傷つき殺される女性・老人・子どもたち。想像を絶するほど劣悪な環境の難民キャンプ。そして言葉をつまらせ涙を浮かべながら、思いを語るキナン・アズメ。この圧倒的な暴力と殺戮を前にして、彼ならずとも音楽の無力さを思い知らされます。しかし、誰かが"音楽は何も変えることは出来ない。しかし、音楽は何度でも人の心を救うだろう"と言っていました。音楽に励まされながら、世界で何が起きているのか、その原因は何なのか、知り、考えていきたいと思います。
 もう一つは、ウー・マンが西安で出会ったチャン・ファミリー・バンドです。影絵人形劇団なのですが、その伴奏音楽が凄い、凄すぎる。「ロックは中国から始まった」と豪語する彼らですが、掛け値はありません。シャウトする歌声、力強いリズム、ダイナミックな大音量、まさしくロックです。残念なことに後継者がいないとのこと。ウー・マンの尽力によってニューヨークで演奏を披露したそうなので、それをきっかけに後を継ぐ人が現れるといいですね。来日してくれた、絶対に聴きにいきます。

 追記。今読んでいる『現代日本小史 上巻』(みすず・ぶっくす)の中で、矢内原忠雄がこう書いておられました。さすが、わかっていらっしゃる。
 世界の文化は諸民族文化の特徴ある差異あることによって、豊富にせられるのである。(p.9)

by sabasaba13 | 2017-03-26 06:35 | 映画 | Comments(0)

『沈黙』

c0051620_6242871.jpg マーティン・スコセッシ監督が、遠藤周作の『沈黙』を映画化したという新聞広告を見て、これはぜひ見に行こうと決意。お恥ずかしい話、スコセッシ監督の作品は見たことがありませんが、その御高名はよく耳にします。その名監督が遠藤周作の名作『沈黙』をとりあげるのですから、期待に胸は弾みます。
 とある日曜日、山ノ神とユナイテッドシネマとしまえんへ参上。ほぼ席は埋まっており、こうした真摯な映画を見られる方がこれだけいるのかと安心しました。食指のまったく動かない予告編をさんざっぱら見せられたあと、ようやく上映開始です。公式サイトから、ストーリーを転記します。
 17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕えられ棄教(信仰を捨てる事)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。
 日本にたどりついた彼らは想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた"隠れキリシタン"と呼ばれる日本人らと出会う。それも束の間、幕府の取締りは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。頑ななロドリゴに対し、長崎奉行の井上筑後守は「お前のせいでキリシタンどもが苦しむのだ」と棄教を迫る。そして次々と犠牲になる人々―
 守るべきは大いなる信念か、目の前の弱々しい命か。心に迷いが生じた事でわかった、強いと疑わなかった自分自身の弱さ。追い詰められた彼の決断とは―
 なお余計なお世話ですが、その時代背景について関連の書籍から引用します。
『世界史のなかの戦国日本』(村井章介 ちくま学芸文庫)
 また、伝来以来半世紀のあいだに、おもに九州地方や畿内で急激に信者を拡大したキリスト教は、つぎの二点において、統一権力にとって危険な存在となりつつあった。
 第一に、信者たちが「日本的華夷観念」をはるかに超越した「デウス」に、死後をもふくめた精神のよりどころを得たことである。それが中世的な「一揆」の伝統と結びつくことにより、幕藩体制的な領主支配を拒否するてごわい抵抗の論理となったことは、1637~38年の島原・天草一揆に示されている。
 第二に、イベリア両国のカトリックと植民勢力の合体による、日本の「インディアス化」の危険性である。肥前大村領内では、全領民のキリシタン化を望む純忠の政策により、万単位での改宗者があいつぎ、ついに1580年、純忠は長崎と茂木を教会領に寄進するにいたった。これを受けてイエズス会は、ポルトガル人を中心に両地を要塞化し、87年豊臣秀吉が最初のキリシタン禁令を発すると、キリシタン大名に軍事援助を行なって秀吉への武力抵抗を組織することをもくろんだ。
 秀吉や家康は、布教を貿易から切りはなして禁止することを考えていたが、イベリア両国の世界進出が両者を車の両輪として行なわれた以上、それは不可能であった。けっきょく徳川幕府は、キリシタン禁止を旗じるしに、1630年代までに、対外交通の国家による徹底した管理体制(いわゆる鎖国体制)を築くと同時に、在地の郷村にキリシタンがいないことを証明させる「宗門人別改」を通じて、17世紀なかばまでに、戸籍制度に相当する領民把握のシステムを創出した。(p.221~2)

『天皇の世紀』(大佛次郎 文春文庫)
 江戸時代を通じて長い年月の間、日本に於ける切支丹宗門の絶滅を政府が方針としたのは、島原の乱のような大規模な農民の一揆が以前にあって、その再発を現実に恐れた故もある。幕府を中心とした封建体制を維持する上に、異国の勢力が国内に入るのを排斥した鎖国政策と並んで、切支丹を絶対に国内に入れまいとしたので、これが幕府という大建造物の大切な土台石となる方針なのを信じて採ったことである。鎖国に依って外国人の入国を拒絶したところで、切支丹信仰という西からの勢力が国内に浸潤するのを許して置いては、幕府の体制が知らぬ間に危うくなる。
 切支丹に迫害を加えたのは、鎖国が発令される以前からであった。為政者は切支丹の絶滅を期待した。代々それこそ極度で、周到なものであった。一人なりとも、生かしておかぬ方針だったとも言える。いつの世にも人間の弱いところで役人たちは地位の安全を計って上からの命令を極限まで持って行った。手柄を立て他人の犠牲の上に自己の利益を打算した。刑罰は手段を尽して惨虐なものに化した。隠れている信者への見せしめと考えた。(第11巻 p.14)
 冒頭から息を呑むような緊迫した場面の連続です。見つかったら命にかかわる密入国と潜行、隠れキリシタンの村人たちとの交流、彼らに対する凄惨な迫害、殉教と棄教に揺れるキリシタンたち、そして杳として分からぬ師の行方。まだ生きているのか、殺されたのか、まさかキリスト教を棄てたのか。彼らの不安と苛立ちがひしひしと迫ってきます。そしてとうとう捕えられたロドリゴに対して、長崎奉行の井上筑後守は棄教を迫ります。しかも彼を拷問にかけるのではなく、彼の面前で日本人の信者たちを拷問にかけることによって。彼が信仰を守り抜けば信者は苦しみの末に殺される、彼が信仰を棄てれば信者の命は助かる。苦悩するロドリゴ、拷問にさらされ塗炭の苦痛に喘ぐ信者たち、しかし神は黙っています。

 たいへん重いテーマです。人々の苦しみに対してなぜ神は沈黙しているのか。この当時も、そして今も、日本や世界各地で苦しむ人々を、神はなぜ放置しているのか。スコセッシ監督は答えを出していません。答えではなく問いかけを、私たちにつきつけています。いっしょに考えましょう、と。

 たまたま最近読んだ『釜ヶ崎と福音』(岩波現代文庫)のなかで、本田哲郎司祭はこう述べられていました。
 わたしたちは礼拝で、手を合わせ、心を澄ませて、「神さま、あなたが全能であることを信じます。どうか、この人の病気を治してください」と祈るわけですが、それで病気が治るのだったら、医者はいりません。しかし、わたしたちはけっこう本気で、そう信じてしまっているところがあります。祈れば治るはずだ、と。アフリカで飢饉に苦しんでいる人を助けたいと思って、自分は動かずに一所懸命祈って、こう期待する。「神さまは、きっと飢えている人たちに食物を送ってくださるはず」と。自分が動いて、自分で送らなければ、あるいは仲間たちに声をかけ、呼びかけて行動にむすびつけなければ、神の力のはたらく場がないのです。神は、必ず人間をとおしてはたらかれる。これが神のはたらきなのです。
 「では、神など信じず、人間が自助努力をすればいいというのと同じではないのか?」 人間の力には限界があり、弱さもあって、それをのりこえるためには、それ以上の力がいる。そこに神の力がはたらく。神が共にはたらいてくださるという実感、それは自分のささやかな体験の中で見いだしていくしかない。(p.171)
 神は何も語らず何もしない。しかし神はいつも共にいてくれる、そして人間をとおして苦しむ人びとを救う、これが答えのひとつなのかもしれません。

 もうひとつ興味深い…というよりも心胆が寒くなったのは、「日本は沼のような国だ」という台詞です。たぶん信念が根づかずに、立ち枯れてしまう文化風土だということだと思います。信者たちの信念を棄てさせて権力に屈服させる文化。ほんとうに信念を棄てたか否かは問わず、また新たな信念を強要もせず、外見だけでも権力に屈従すれば生存を許される文化。
 そういえば小倉寛太郎氏が、講演のなかで次のように話されていました。
 それでは、労働組合の役目とは何か? まずは労働者の錯覚を正すことにある。その錯覚とは「自分(労働者)はこの企業で働くために生まれてきた/この企業のために生きている」ということである。もう一つは、無能・無責任な経営者を監視すること、経営の在り方についてのお目付役をすること、失敗したら経営者にきちんと責任を取らせること、である。ところが経営者側にとっては、そんなことはさせたくない。そこで経営者側の反撃が始まる。労働組合を丸抱えするか(御用組合化)、分裂させるか(第二組合の結成)である。後者のケースが多いが、そこで経営者が行なうのが組合分裂工作、つまり脅迫と誘惑である。第一組合に残れば「出世をさせない」と脅かし、第二組合に入れば「主任にしよう」と誘惑する。人間は「正しい/正しくない」という行動基準を持つべきだが、しかし人間は弱いものでもある。経営者側の脅迫と誘惑にあい、損得勘定をし、正/不正を考えず、自分の弱さに屈し、第二組合に移ってしまう人が多い。つまり、組合分裂工作とは、人間が自分の弱さに屈することにお墨付きを与える、いいかえれば企業による人間性の破壊である。
 国歌や国旗の強要も、この文脈でとらえられるかもしれません。ほんとうに日本を愛しているのかは問わないし、愛するに値する国であるか否かもどうでもいい。とにかく外見だけでも権力に屈服しろ、と。「正しい/正しくない」という行動基準を立ち枯らせる沼のような国…

 以前におとずれた出津で、「沈黙の碑」に出会いました。本日の一枚です。
c0051620_6245733.jpg

by sabasaba13 | 2017-03-15 06:25 | 映画 | Comments(0)

『スノーデン』

c0051620_6335565.jpg キャー、と夕刊を読んでいた山ノ神が素っ頓狂な声をあげました。なんだなんだ。「オリバー・ストーンの映画『スノーデン』が上映されてるわ」 たまたま氏の炯眼と批判精神に感銘を受け、『よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか! オリバー・ストーンが語る日米史の真実』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック 金曜日)を読み終え、今は『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1~3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)を読んでいる最中です。これは天の配剤、おまけにアメリカ政府を震撼させた内部告発者エドワード・スノーデンが主人公ときたら見ないわけにはいきません。
 というわけで先日の日曜日、山ノ神と二人で自転車に乗り、イオンシネマ板橋まで行きました。満席かという一抹の不安もあったのですが、三分の二ほどしか埋まっていませんでした。

 まずは公式サイトからストーリーを紹介しましょう。
 それは、まさしく世界中に激震が走った瞬間だった。2013年6月、イギリスのガーディアン紙が報じたスクープで、アメリカ政府が秘密裏に構築した国際的な監視プログラムの存在が暴露されたのだ。さらに驚くべきは、ガーディアン紙に大量の最高機密情報を提供したのがたったひとりのNSA(米国国家安全保障局)職員であり、よくスパイ映画に登場するような厳めしく年老いた人物ではなく、ごく普通の外見をした当時29歳の若者だったことだ。
 匿名ではなく自らカメラの前に立ち、エドワード・スノーデンと名乗って素性を明かしたその青年は、なぜNSAやCIAから得られる多額の報酬と輝かしいキャリア、恋人と築き上げた幸せな人生のすべてを捨ててまで重大な告発を決意したのか。はたして彼は英雄なのか、国家の裏切り者なのか。ハリウッドきっての社会派の巨匠オリバー・ストーンが史上最大の内部告発"スノーデン事件"の全貌に迫った問題作、それが『スノーデン』である。
 2004年、9.11後の対テロ戦争を進める祖国アメリカに貢献したいと考えて軍に志願入隊したスノーデンは、足に大怪我を負って除隊を余儀なくされる。失意のさなかCIAに採用された彼は、持ち前のずば抜けたコンピュータの知識を教官に認められ、2007年にスイス・ジュネーヴへ派遣された。しかしそこで目の当たりにしたのは、アメリカ政府が対テロ諜報活動の名のもと、世界中のメール、チャット、SNSを監視し、膨大な情報を収集している実態だった。やがてNSAの契約スタッフとして東京の横田基地、ハワイのCIA工作センターへと赴任し、民主主義と個人の自由を揺るがす政府への不信をいっそう募らせたスノーデンは、恋人のリンゼイをハワイの自宅に残し、命がけの告発に踏みきるのだった…。
 なお前掲書『よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか!』の中で、オリバー・ストーン監督はこう語っていました。
 みんな想像力がないんですよ。私は人生ずっとそう思ってきました。たとえば、スノーデンが行動に出る。みんなビビッて、法律を破ったとか言う。主観的に「ヤバイことした」って思うのです。「国外脱出」と聞いて、どこに逃げるんだろうとか。彼がどうしてそういうことをしなければならなかったのか、想像しようとする人はほとんどいないのです。こういうことがあると、いつだってそうです。どんなニュースにも、非常に原始的な反応ばかりする。学生も、ジャーナリストも、教員も、劇作家も、常に心を開いて想像力を働かせなければいけません。(p.58)
 寺山修司曰く、"どんな鳥も想像力よりは、高く飛べない"。彼は想像力の翼を羽ばたかせて、なぜスノーデンが命がけの告発を行なったのかをこの映画で表現したのだと思います。そう、簡単に書きましたが文字通り"命がけ"です。アメリカ政府や企業に敵対する存在に対して、過去、政府・軍・CIAがどのような拷問を行ない、どのように殺戮してきたのかについては、ぜひ『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)をご一読ください。おそらくスノーデンも分かっていたはずです。それなのに、なぜ…

 前半は、祖国に貢献したいという純粋な思いを持つスノーデンが、アメリカ政府の邪悪な行為に徐々に気づいていく様子を淡々と描いていきます。表向きはテロリズム対策として国内や世界中のメール、SNSを監視・盗聴し、膨大な情報を収集しているCIAやNSAですが、その実態はそれだけではないことに彼は気づきます。標的の弱みを握りスパイ行為を強要する、反政府的な人物を監視する、他国の首脳や政府に関する情報を盗聴する、などなど。自分の能力を活かせる高収入の職場と愛する恋人のために、こうした不正を見て見ぬふりをしてよいのか。国家機密なので、恋人と相談することもできません。このあたりの煩悶を、主役のジョセフ・ゴードン=レヴィットが見事に演じています。決して雄弁ではないのですが、ちょっとした言葉のやりとり、表情、しぐさで、揺れる心の動きを表現する演技には脱帽。詳細は知らなくとも、彼を信頼して支えようとするリベラルな立場の恋人リンゼイ・ミルズを演ずるシャイリーン・ウッドリーもいいですね。
 そして後半は一気呵成、手に汗握り、息を呑むような展開です。重要機密の違法なコピーと持ち出し、香港でのジャーナリストたちとの接触、公表の方法に関する意見の違い、迫りくるアメリカ政府の魔の手、そしてロシアへの脱出行。結果は知っているのですが、それを忘れさせるほどの素晴らしい演出とストーリーテリングでした。
 最後のシーンでは、ロシアに亡命したスノーデンがディスプレイを通して、会場に集まったアメリカ市民に語りかけます。やがてエドワード・スノーデン本人へと代わり、彼の静かな熱い言葉とともに映画は終わります。エンド・ロールで流れるピーター・ガブリエルの"The Veil"(覆い)も素晴らしい。ブラーボ。

 本作品の主人公は二人いるのかな、と今思っています。一人はもちろんスノーデン、もう一人は…国家です。アメリカという国家がもつ力を、一部ですが実感できました。宏大な施設、高性能のコンピュータ群、数多の政府職員、これらが一丸となって政府と企業の権力と利益を守るために、情報を盗み、監視し、収集する。場合によっては、法を無視し、人権や自由を踏みにじっても。その冷酷にして圧倒的なパワーを、この映画はみごとに描いていました。
 そしてもう一人の主人公スノーデンは、命がけにこのleviathanに立ち向かいます。何のために? パンフレットによると、彼のツイッターでの自己紹介文は「かつては政府のために働いていました。いまは人々のために働いています」。今読んでいる『スノーデン・ショック 民主主義にひそむ監視の脅威』(デイヴィッド・ライアン 岩波書店)の中に、彼のこういう言葉がありました。
 自ら変わるべきかどうかを決定する機会を社会に与えたいと私は望んでいる。(p.5)
 そう、彼は民主主義のために、命がけで国家に立ち向かったのだと考えます。人々が政治や社会のあり方を決め、変えられる仕組みを。そしてそれを必死に阻む国家という怪物に対しても、戦い方と武器を工夫すれば一矢をむくいることができるというメッセージも受け取りました。
 「僕のような体力もない寡黙な優男(ごめんなさい)でも、怪物の向う脛ぐらいは蹴飛ばせるんだ」という彼の声が、ほら、聞こえてきませんか。「一緒に戦おうよ」。

 特に印象に残ったシーンが二つあります。
 まず一つめ、彼が日本の横田基地で働いている場面です。「日本が同盟関係を破棄したときには、サイバー攻撃をしかけて通信システムや物的インフラを破壊する」という身の毛もよだつ科白がありました。いや、これは充分にあり得ますね。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル)の中に、下記の一節がありました。
 そうした米軍機の一機が、訓練ルートから遠く離れた四国の伊方原発のすぐ横に墜落したことがありました(1988年6月25日)。…原発の真上を低空飛行して、山の斜面に激突した。尾根の向こう側に落ちた機体は大破し、乗組員七名が全員死亡しました。もしこのとき、機体が手前に落ちていたら、福島なみの大参事になるところだったのです。墜落したのは山口県岩国基地から沖縄に向かう途中の米軍機でした。
 おかしい。なぜこんな場所を低空飛行していたのか。…前泊博盛さん(沖縄国際大学教授)は、ドキッとするようなことを言います。「原発を標的にして、演習していたんでしょう」 最初は私も、「いくらなんでもそれは言いすぎじゃないか。陰謀論じゃないのか」と思ったのですが、よく考えると低空飛行訓練というのは、基本的に軍事攻撃の訓練ですから、演習には必ず標的を設定する必要がある。そうした状況のなか、こんな場所をこんな高さで飛んでいたのは、たしかに原発を標的にしていたとしか考えられない。
 つまり、「米軍機は日本全土の原発を爆撃するために低空飛行訓練をしている」
 こう言うと、それは陰謀論になります。しかし、「米軍機は、日本全土で低空飛行訓練をすることで、いつでも日本中の原発を爆破できるオプションをもっている」
 これは疑いのない事実なのです。(p.232~3)
 駝鳥のように砂の中に頭をつっこんで安全だと思うのはやめましょう。ほぼ間違いなく、アメリカ合州国政府は、サイバー攻撃や原子力発電所爆破など、日本を壊滅させるオプションを用意しています。するかしないかは別として。トランプ新大統領と仲良さげに食事をしたりゴルフをしたりしている安倍晋三伍長は、知っているのかな。

 二つめ。ハワイでの場面で、パーティーを楽しんでいるときに、ある仲間が無人機を操作して標的を爆殺する話をします。当然、近くにいる無辜の民衆にも被害が及ぶのですが(副次的被害 Collateral Damage)、彼は、罪悪感はあるが次の日には日常に戻ってしまうと話します。そのディスプレイ上での映像が挿入されますが、その凄まじい爆破に衝撃を受けました。これでは間違いなく関係のない民衆を巻き添えにしてしまう。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)から引用します。
 2006年から2008年にかけてデイヴィッド・ペトレイアス大将の対ゲリラ活動担当顧問を務めたデイヴィッド・キルカレンと、2002年から2004年にかけて陸軍将校としてイラクとアフガニスタンで過ごしたアンドリュー・エグザムは、2009年5月の《ニューヨーク・タイムズ》紙の記事で、なぜパキスタンが激怒したかを教えてくれる。二人は、それまでの三年間でアメリカの無人機攻撃によって死亡した民間人は700人であるのに対して、テロの指導者は14人にすぎないことを示すパキスタンの報道を引き合いに出した。この数字は、戦闘員一人あたり民間人五〇人、つまり「命中率2パーセント」を意味する。アメリカの当局者がこうした数字を「断固」否定していることに触れ、民間人の死傷者数の割合がおそらく誇張されていることを認めながらも、キルカレンとエグザムは次のような警告を発した。「非戦闘員が一人亡くなるたびに、その家族の心がアメリカから離れ、新たな復讐心が生まれ、無人機攻撃の増加に足並みを合わせて急激に拡大している好戦的な運動への加入者が増える」、そしてパキスタンで、攻撃が行なわれている場所から遠く離れた地域でも「本能的な反感」があふれ出ていた。(p.398~9)
 アメリカ軍による対テロリスト攻撃によって、テロリストが増えていく。あの凄まじい映像を見れば納得です。愛する人が、無人機による攻撃に巻き込まれて殺されたら… 深読みをすると、アメリカ政府はテロリストを増やすために、無人機攻撃を含む対テロ戦争をしているのかもしれません。テロリズムが蔓延すれば、対テロ戦争のための軍事費を増やせる。軍需企業が潤い、軍人の天下り先も潤沢となる。テロ防止を口実に、この映画のように、国民の通話やSNSを盗聴・監視できる。情報公開もそれを理由に骨抜きにできる。治安維持のために、国民の自由や権利を制限することもできる。政府当局者にとっては、笑いが止まらないですよね。
 というわけで、アメリカの対テロ戦争に日本が加担すれば、テロリスト増加の片棒を担ぐことになるし、何よりも日本がテロリズムの標的となります。安倍伍長はそれを望んでいるのかもしれませんが。

 オルテガ・イ・ガゼット曰く、"過去は、われわれがなにをしなければならないかは教えないが、われわれがなにを避けねばならないかは教えてくれるのである"。私たちは、新大統領に一喜一憂するよりも、アメリカの歴史を真剣に学んだ方がよさそうです。とりあえず、お薦めの歴史書を挙げておきます。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1~3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)、『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)、『アメリカ帝国とは何か』(ロイド・ガードナー/マリリン・ヤング編著 ミネルヴァ書房)、『アメリカ帝国への報復』(チャルマーズ・ジョンソン 集英社)、『アメリカ帝国の悲劇』(チャルマーズ・ジョンソン 文藝春秋)、『パクス・アメリカーナの五十年』(トマス・J・マコーミック 東京創元社)、『アメリカの世界戦略』(菅英輝 中公新書1937)。
by sabasaba13 | 2017-02-14 06:34 | 映画 | Comments(0)

『この世界の片隅に』

c0051620_7164814.jpg 以前に拙ブログで紹介した、こうの史代氏による傑作マンガ『この世界の片隅に』がアニメーション映画化されたということで、山ノ神と一緒に「ユナイテッドシネマとしまえん」で見てきました。
 まずは公式サイトから、ストーリーを引用しましょう。
 18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。配給物資がだんだん減っていく中でも、すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。
 1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。そして、昭和20年の夏がやってくる―。
 まず目を瞠ったのが、画面の美しさです。まるでパステル画のように柔らかな色調にはすっかり魅せられました。動物、昆虫、植物、そして人間など生きとし生けるものたちも丁寧にかつ生気をもって生き生きと描かれていました。街の精緻な描写も素晴らしいですね。アニメーションとしての質はかなり高いものです。
 前半は、広島県呉に暮らす市井の人びとの生活が、のんびり屋でちょっと間が抜けた主人公・すずを中心に描かれます。普通に笑い、普通に哀しみ、普通に惑う、普通の暮らし。この地の風土に根ざした生活が、さまざまなエピソードやディテール、そして爽やかな笑いとともに淡々と綴られます。明日も今日と同じ、でもそれでいいじゃないか、と言わんばかりに。後半になると戦争の影が日常生活に忍び寄ってきます。物資の不足、配給、出征、防空壕掘り、代用食など、戦争がもたらす影響がリアルに描かれます。印象的なのは、主人公一家をはじめとする呉の人びとが、戦争に熱狂することなく、日々の普通の生活を淡々と送っていることです。そしてクライマックスは、呉への無差別爆撃、広島への原子爆弾投下です。さまざまな視角から描写される戦争シーンは、思わず息を飲み手を握りしめる迫力。そして…
 結末は伏せますが、廃墟と焼跡のなか、心の片隅に小さな灯がともるような気持ちになれました。普通に暮らすことがいかに大事か、そして戦争はその普通の暮らしをどのように壊していくか、あらためて感じ入りました。そして、その普通さを守ることが、いかに困難でいかに大切かということも。
 実は映画館に行く途中、地下鉄の中で『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2』(高橋源一郎 朝日新書594)を読んでいたのですが、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチを紹介する次の一文がありました。ノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家で、ちょうどいま『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)を読んでいるところです。
 アレクシエーヴィチが書くのは小説ではなく、「『大きな歴史』がふつう見逃したり見下したりする側面」「見落とされた歴史」だ。彼女は「跡形もなく時の流れの中に消えていってしまう」無数の声を丹念に一つ一つ、ひろい上げてきた。(中略)
 いま、独裁化の進む母国ベラルーシにあって、アレクシエーヴィチは「萎縮」も「自主規制」することもなく、「大きな歴史」が見逃してきた人びとの声に耳を傾けつづけている。誰かが、その仕事を担わなければならないのだ。
 アレクシエーヴィチはこういう。
「私が関心を持ってきたのは『小さな人』です。『小さな「大きな人」』と言っても構いません。苦しみが人を大きくするからです」
 歴史から忘れられてきた無名の「小さな人」たち。だが、彼女の本の中で、彼らは大きく見える。自分の過去と向き合い、何がおきたかを、勇気をもって自分の言葉で語りはじめているからだ。(p.77~8)
 いやほんとに偶然です。まるでこの映画の本質を抉ったような一文でした。「世界の片隅」とは「小さい歴史」ということなのかもしれません。そしてすずをはじめとする登場人物は普通の暮らしを守ろうとする『小さな「大きな人」』たち、アレクシエーヴィチの役割を果たしたのがこうの史代氏と監督の片渕須直氏でしょうか。大きくなりたい「小さな人」として、勇気をもらえた映画でした。お薦めです。
 なお絶対に忘れてはならないのは、今、パレスチナで、シリアで、南スーダンで、リビアで、イエメンで、日本で、世界のあらゆる片隅で、武力や無差別爆撃やテロや貧困によって普通の暮らしを脅かされ、傷つけられ、殺される人びとが無数にいることです。思いを馳せましょう、世界のすずたちに。そして考えましょう。

 追記。本作の中で、時限爆弾、投下され地面にめりこみしばらくたって爆発する爆弾が重要な意味をもっています。これに関して、『空爆の歴史』(荒井信一 岩波新書1144)の中に、下記の指摘があります。
 しかしハリス(※イギリス爆撃機集団司令官アーサー・ハリス元帥 「ブッチャー・ハリス」)は、もっと野心的な空爆を計画していた。単一の都市に一時間半にわたり1000機もの爆撃機をなだれこませ、都市防衛-対空砲火だけでなく消防や救護活動をも無力化し、爆弾と焼夷弾を集中して焼き払うというアイデアである。飛行機には容量の許す最大限の焼夷弾を積み、2400メートルの高度から落とす。発生する火災現場に後から駆けつける消防夫をその時点で殺傷するために遅発性の信管をつけた2キロ 爆弾を混ぜておくなど、かつてのゲルニカやのちの東京に対する空爆手法に通じる発想が試みられた。(p.89)
 助ける人を殺すための爆弾か…やれやれ。「それでも人間か」と言いたいですね。落とした輩は「それが人間だ」と答えるでしょうが。
by sabasaba13 | 2017-01-02 07:17 | 映画 | Comments(0)

『シーモアさんと、大人のための人生入門』

c0051620_6302662.jpg 根津美術館で応挙展を見た後、いったん自宅に戻り、山ノ神と合流して渋谷に向かいました。そして渋谷アップリンクで映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』を鑑賞。パンフレットから引用します。
 人生の折り返し地点--アーティストとして、一人の人間として行き詰まりを感じていたイーサン・ホークは、ある夕食会で当時84歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタインと出会う。たちまち安心感に包まれ、シーモアと彼のピアノに魅了されたイーサンは、彼のドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。
 シーモアは、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を「教える」ことに捧げてきた。ピアニストとしての成功、朝鮮戦争従軍中のつらい記憶、そして、演奏会にまつわる不安や恐怖の思い出。決して平坦ではなかった人生を、シーモアは美しいピアノの調べとともに語る。彼のあたたかく繊細な言葉は、すべてを包み込むように、私たちの心を豊かな場所へと導いてくれる。
 賞賛につつまれたコンサート・ピアニストとしての地位を投げ捨て、後半生を一介のピアノ教師として生きているシーモア・バーンスタインを描いたドキュメンタリー映画です。彼の日常生活、監督や知人との会話、レッスン風景を軸に、音楽の素晴らしさと人間や人生の崇高さを訥々と語るその姿、そして慈愛にあふれた微笑みにすっかり魅了されました。パンフレットに掲載されていたその言葉をいくつか紹介します。
 じぶんの心と向き合うこと、シンプルに生きること、成功したい気持ちを手放すこと。積み重ねることで、人生は充実する。

 音楽に対する最初の反応は、知的な分析なしに起こる。たとえば才能豊かな子供は、音楽の構造的なことや背景を知らずとも、音楽をとても深く理解できる。こうした無知さには、大人も学ぶことがある。だからこそ練習の時は、過剰な分析を避けるべきだ。そして音楽そのものの美が現れるままにする。さらに自分も、その美に感化されるままにする。禅の思想家は言った。"菊を描く者がすべきことは、自身が菊になるまで10年間、菊を眺めることだ"

 音楽の教師が生徒にできる最善のことは、生徒を鼓舞し 感情的な反応を引き出させること。音楽のためばかりではない。人生のあらゆる場面で、重要なことだから。

 誰もが皆、人生に幸せをもたらすゆるぎない何かを探している。聖書に書いてある――救いの神は我々の中にいると。私は神ではなく、霊的源泉と呼びたい。大半の人は、内なる源泉を利用する方法を知らない。宗教が腹立たしいのは、答えは"我々の中にはない"と思わせていること。答えは神にあると。だから皆、神に救いを求めようとするが、救いは我々の中にあると私は固く信じている。

 音楽を通じて、我々も星のように永遠の存在になれる。音楽は悩み多き世に調和しつつ、語りかける-孤独や不満をかき消しながら。音楽は心の奥にある普遍的真理、つまり感情や思考の底にある真理に気づかせてくれる手段なのだ。音楽は一切の妥協を許さず、言い訳やごまかしも受けつけない。そして、中途半端な努力も。音楽は我々を映す鏡と言える。音楽は我々に完璧を目指す力が備わっていると教えてくれる。

 音楽に情熱を感じていたり、楽器を練習する理由を理解していたりすれば、音楽家としての自分と普段の自分を、深いレベルで一体化させることが必ずできる。するとやがて音楽と人生は相互に作用し、果てしない充実感に満たされる。
 そしてクライマックスは、イーサン・ホーク監督の依頼で35年ぶりに開かれた演奏会です。スタインウェイ社の地下室でほんとうに嬉しそうにピアノを選ぶシーモアさんの姿を見ていると、ああ本当にこの人は音楽を愛しているのだなと感じ入ります。そして友人や知人、教え子が集まったアット・ホームな演奏会が、ガラス窓の向こうに行き交う人や車が見えるスタインウェイ社の小さなホールで開かれます。曲目はブラームスの『間奏曲イ長調 Op.118 №2』と、シューマンの『幻想曲第3楽章』。特に後者は、曲とシーモアさんが渾然一体となった滋味あふれる素晴らしい演奏でした。その演奏とともに、いろいろな国・地域の人々がいろいろな音楽を楽しんでいるシーンが次々と映し出されると、もう私の涙腺は決壊寸前。
 音楽の、そして人間の素晴らしさをあらためて教えてくれた映画です。シーモアさん、ありがとう。

 なおパンフレットに、教え子である大木裕子さんが、ピアノ教師としての彼についてこう書かれています。
 一度、私は彼に、「生徒によく伝えるためには、どういう教え方が良いのであろうか?」と問うたことがある。彼の答えは「誘導尋問することだ」だった。「結論的に、こういうものだと教えると、すぐに良くなったとしても、本当にその人のものにはならない。その人が一つ一つ考えを積み立てていって結論に達したと思えたとき、元は誰の考えであったとしても、そこに至る過程を自分で踏んでいるので、自分のものとして残る」と。
 もう一つの質問。「教えることと自身が演奏することの違いは?」という問いに、彼はこう答える。「要は同じ。但し、長い年月をかけて見出したことを、自分だけでやっていれば、一つの花しか咲かないが、同じことを生徒たちに伝えれば、いろいろな色の様々な花が咲く。自分にも必要な栄養を他の花にも注げば、美しい花で辺りは一杯になる」と。
 これは日本の、いや世界中のすべての先生に銘肝していただきたい言葉です。花は自ら育つ力を持ち、教師は自分にも必要な栄養を与えるだけ。そしていろいろな花を咲かせることによって、世界をより美しくする、それがシーモアさんの考える教育観なのでしょう。子どもたちを盆栽のように変形しねじまげ、国家権力や企業のために有意な人材につくりあげようとしているどこかの国の教育との何たる違い。

 余談です。映画の中で、シーモアさんが朝鮮戦争に従軍し、ピアニストとして慰問をする場面がありましたが、彼は涙ぐんでいました。いったい朝鮮で何を見てどういう体験をしたのでしょう。多くを語らないだけに気になるところです。すっかり忘れられた戦争ですが、決して忘れてはいけない戦争だと思います。『転換期の日本へ』(ガバン・マコーミック NHK出版新書)の中に、重要な指摘があったので紹介します。
 朝鮮戦争は夥しい残虐行為の修羅場でした。長いあいだ、北朝鮮によるものだとされてきた朝鮮戦争でのもっとも凶悪な行為の多くはいわゆる「国連軍」が関与したものでした。韓国政府による近年の調査によって、戦争初年のおよそ十万人の人々が韓国軍、米軍、国連軍によって殺されたことが明らかになっています。国連軍としては、国連の旗を掲げ、戦場へ赴いた最初にして唯一の戦いでした。米国主導の国連軍は制空権を握り、その空爆は情け容赦なく、しばしば無差別で、それはウィンストン・チャーチルが、民間人を標的にバラ撒くナパーム弾の使用に反対し抗議したほどです。米空軍は、第二次大戦の時、日本の都市へ投下したよりもずっと多くの爆弾を北朝鮮に投下しました。米空軍は、日本の主要都市の約40%を破壊し、50万人の人びとを殺戮したのですが、日本と朝鮮半島双方への爆撃の立案者であるカーティス・ルメイ将軍によれば、米空軍は朝鮮半島で「三年余りにわたって…北朝鮮と韓国のあらゆる街々を焼き払った」といいます。作戦に従事したパイロットたちは、もう爆撃する街など残っていなかった、と訴えています。空爆による死者は少なくとも300万人か400万人で、そのうち少なくとも200万人は北朝鮮市民でした。
 戦争の後半になって米空軍は、パニック状態を作りだし、北朝鮮の人々を兵糧攻めにするためにダムを爆撃しました。ナチスが第二次大戦で実行した時、それは、はっきり戦争犯罪として罰せられた行為でした。さらに米国政府は、戦争の早い段階から核兵器使用を振りかざして脅迫したのです。(中略) 核兵器に対して北朝鮮が持つ強迫観念はこの時に始まったのです。
 (中略) 北朝鮮研究者のあいだでは、同国は「ハリネズミ国家」である、というのが大方の見方です。韓国、日本、米国という圧倒的に強力な敵を向こうにまわして、恐怖と同時に近寄ればどんな目に遭わせるかわからないぞと、恐ろしいうなり声をあげて断固立ち向かう決意を示し、体じゅうの針をピンと立てている状態です。(p.267~9)

by sabasaba13 | 2016-12-22 06:30 | 映画 | Comments(0)