カテゴリ:映画( 83 )

『沈黙』

c0051620_6242871.jpg マーティン・スコセッシ監督が、遠藤周作の『沈黙』を映画化したという新聞広告を見て、これはぜひ見に行こうと決意。お恥ずかしい話、スコセッシ監督の作品は見たことがありませんが、その御高名はよく耳にします。その名監督が遠藤周作の名作『沈黙』をとりあげるのですから、期待に胸は弾みます。
 とある日曜日、山ノ神とユナイテッドシネマとしまえんへ参上。ほぼ席は埋まっており、こうした真摯な映画を見られる方がこれだけいるのかと安心しました。食指のまったく動かない予告編をさんざっぱら見せられたあと、ようやく上映開始です。公式サイトから、ストーリーを転記します。
 17世紀、江戸初期。幕府による激しいキリシタン弾圧下の長崎。日本で捕えられ棄教(信仰を捨てる事)したとされる高名な宣教師フェレイラを追い、弟子のロドリゴとガルペは日本人キチジローの手引きでマカオから長崎へと潜入する。
 日本にたどりついた彼らは想像を絶する光景に驚愕しつつも、その中で弾圧を逃れた"隠れキリシタン"と呼ばれる日本人らと出会う。それも束の間、幕府の取締りは厳しさを増し、キチジローの裏切りにより遂にロドリゴらも囚われの身に。頑ななロドリゴに対し、長崎奉行の井上筑後守は「お前のせいでキリシタンどもが苦しむのだ」と棄教を迫る。そして次々と犠牲になる人々―
 守るべきは大いなる信念か、目の前の弱々しい命か。心に迷いが生じた事でわかった、強いと疑わなかった自分自身の弱さ。追い詰められた彼の決断とは―
 なお余計なお世話ですが、その時代背景について関連の書籍から引用します。
『世界史のなかの戦国日本』(村井章介 ちくま学芸文庫)
 また、伝来以来半世紀のあいだに、おもに九州地方や畿内で急激に信者を拡大したキリスト教は、つぎの二点において、統一権力にとって危険な存在となりつつあった。
 第一に、信者たちが「日本的華夷観念」をはるかに超越した「デウス」に、死後をもふくめた精神のよりどころを得たことである。それが中世的な「一揆」の伝統と結びつくことにより、幕藩体制的な領主支配を拒否するてごわい抵抗の論理となったことは、1637~38年の島原・天草一揆に示されている。
 第二に、イベリア両国のカトリックと植民勢力の合体による、日本の「インディアス化」の危険性である。肥前大村領内では、全領民のキリシタン化を望む純忠の政策により、万単位での改宗者があいつぎ、ついに1580年、純忠は長崎と茂木を教会領に寄進するにいたった。これを受けてイエズス会は、ポルトガル人を中心に両地を要塞化し、87年豊臣秀吉が最初のキリシタン禁令を発すると、キリシタン大名に軍事援助を行なって秀吉への武力抵抗を組織することをもくろんだ。
 秀吉や家康は、布教を貿易から切りはなして禁止することを考えていたが、イベリア両国の世界進出が両者を車の両輪として行なわれた以上、それは不可能であった。けっきょく徳川幕府は、キリシタン禁止を旗じるしに、1630年代までに、対外交通の国家による徹底した管理体制(いわゆる鎖国体制)を築くと同時に、在地の郷村にキリシタンがいないことを証明させる「宗門人別改」を通じて、17世紀なかばまでに、戸籍制度に相当する領民把握のシステムを創出した。(p.221~2)

『天皇の世紀』(大佛次郎 文春文庫)
 江戸時代を通じて長い年月の間、日本に於ける切支丹宗門の絶滅を政府が方針としたのは、島原の乱のような大規模な農民の一揆が以前にあって、その再発を現実に恐れた故もある。幕府を中心とした封建体制を維持する上に、異国の勢力が国内に入るのを排斥した鎖国政策と並んで、切支丹を絶対に国内に入れまいとしたので、これが幕府という大建造物の大切な土台石となる方針なのを信じて採ったことである。鎖国に依って外国人の入国を拒絶したところで、切支丹信仰という西からの勢力が国内に浸潤するのを許して置いては、幕府の体制が知らぬ間に危うくなる。
 切支丹に迫害を加えたのは、鎖国が発令される以前からであった。為政者は切支丹の絶滅を期待した。代々それこそ極度で、周到なものであった。一人なりとも、生かしておかぬ方針だったとも言える。いつの世にも人間の弱いところで役人たちは地位の安全を計って上からの命令を極限まで持って行った。手柄を立て他人の犠牲の上に自己の利益を打算した。刑罰は手段を尽して惨虐なものに化した。隠れている信者への見せしめと考えた。(第11巻 p.14)
 冒頭から息を呑むような緊迫した場面の連続です。見つかったら命にかかわる密入国と潜行、隠れキリシタンの村人たちとの交流、彼らに対する凄惨な迫害、殉教と棄教に揺れるキリシタンたち、そして杳として分からぬ師の行方。まだ生きているのか、殺されたのか、まさかキリスト教を棄てたのか。彼らの不安と苛立ちがひしひしと迫ってきます。そしてとうとう捕えられたロドリゴに対して、長崎奉行の井上筑後守は棄教を迫ります。しかも彼を拷問にかけるのではなく、彼の面前で日本人の信者たちを拷問にかけることによって。彼が信仰を守り抜けば信者は苦しみの末に殺される、彼が信仰を棄てれば信者の命は助かる。苦悩するロドリゴ、拷問にさらされ塗炭の苦痛に喘ぐ信者たち、しかし神は黙っています。

 たいへん重いテーマです。人々の苦しみに対してなぜ神は沈黙しているのか。この当時も、そして今も、日本や世界各地で苦しむ人々を、神はなぜ放置しているのか。スコセッシ監督は答えを出していません。答えではなく問いかけを、私たちにつきつけています。いっしょに考えましょう、と。

 たまたま最近読んだ『釜ヶ崎と福音』(岩波現代文庫)のなかで、本田哲郎司祭はこう述べられていました。
 わたしたちは礼拝で、手を合わせ、心を澄ませて、「神さま、あなたが全能であることを信じます。どうか、この人の病気を治してください」と祈るわけですが、それで病気が治るのだったら、医者はいりません。しかし、わたしたちはけっこう本気で、そう信じてしまっているところがあります。祈れば治るはずだ、と。アフリカで飢饉に苦しんでいる人を助けたいと思って、自分は動かずに一所懸命祈って、こう期待する。「神さまは、きっと飢えている人たちに食物を送ってくださるはず」と。自分が動いて、自分で送らなければ、あるいは仲間たちに声をかけ、呼びかけて行動にむすびつけなければ、神の力のはたらく場がないのです。神は、必ず人間をとおしてはたらかれる。これが神のはたらきなのです。
 「では、神など信じず、人間が自助努力をすればいいというのと同じではないのか?」 人間の力には限界があり、弱さもあって、それをのりこえるためには、それ以上の力がいる。そこに神の力がはたらく。神が共にはたらいてくださるという実感、それは自分のささやかな体験の中で見いだしていくしかない。(p.171)
 神は何も語らず何もしない。しかし神はいつも共にいてくれる、そして人間をとおして苦しむ人びとを救う、これが答えのひとつなのかもしれません。

 もうひとつ興味深い…というよりも心胆が寒くなったのは、「日本は沼のような国だ」という台詞です。たぶん信念が根づかずに、立ち枯れてしまう文化風土だということだと思います。信者たちの信念を棄てさせて権力に屈服させる文化。ほんとうに信念を棄てたか否かは問わず、また新たな信念を強要もせず、外見だけでも権力に屈従すれば生存を許される文化。
 そういえば小倉寛太郎氏が、講演のなかで次のように話されていました。
 それでは、労働組合の役目とは何か? まずは労働者の錯覚を正すことにある。その錯覚とは「自分(労働者)はこの企業で働くために生まれてきた/この企業のために生きている」ということである。もう一つは、無能・無責任な経営者を監視すること、経営の在り方についてのお目付役をすること、失敗したら経営者にきちんと責任を取らせること、である。ところが経営者側にとっては、そんなことはさせたくない。そこで経営者側の反撃が始まる。労働組合を丸抱えするか(御用組合化)、分裂させるか(第二組合の結成)である。後者のケースが多いが、そこで経営者が行なうのが組合分裂工作、つまり脅迫と誘惑である。第一組合に残れば「出世をさせない」と脅かし、第二組合に入れば「主任にしよう」と誘惑する。人間は「正しい/正しくない」という行動基準を持つべきだが、しかし人間は弱いものでもある。経営者側の脅迫と誘惑にあい、損得勘定をし、正/不正を考えず、自分の弱さに屈し、第二組合に移ってしまう人が多い。つまり、組合分裂工作とは、人間が自分の弱さに屈することにお墨付きを与える、いいかえれば企業による人間性の破壊である。
 国歌や国旗の強要も、この文脈でとらえられるかもしれません。ほんとうに日本を愛しているのかは問わないし、愛するに値する国であるか否かもどうでもいい。とにかく外見だけでも権力に屈服しろ、と。「正しい/正しくない」という行動基準を立ち枯らせる沼のような国…

 以前におとずれた出津で、「沈黙の碑」に出会いました。本日の一枚です。
c0051620_6245733.jpg

by sabasaba13 | 2017-03-15 06:25 | 映画 | Comments(0)

『スノーデン』

c0051620_6335565.jpg キャー、と夕刊を読んでいた山ノ神が素っ頓狂な声をあげました。なんだなんだ。「オリバー・ストーンの映画『スノーデン』が上映されてるわ」 たまたま氏の炯眼と批判精神に感銘を受け、『よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか! オリバー・ストーンが語る日米史の真実』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック 金曜日)を読み終え、今は『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1~3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)を読んでいる最中です。これは天の配剤、おまけにアメリカ政府を震撼させた内部告発者エドワード・スノーデンが主人公ときたら見ないわけにはいきません。
 というわけで先日の日曜日、山ノ神と二人で自転車に乗り、イオンシネマ板橋まで行きました。満席かという一抹の不安もあったのですが、三分の二ほどしか埋まっていませんでした。

 まずは公式サイトからストーリーを紹介しましょう。
 それは、まさしく世界中に激震が走った瞬間だった。2013年6月、イギリスのガーディアン紙が報じたスクープで、アメリカ政府が秘密裏に構築した国際的な監視プログラムの存在が暴露されたのだ。さらに驚くべきは、ガーディアン紙に大量の最高機密情報を提供したのがたったひとりのNSA(米国国家安全保障局)職員であり、よくスパイ映画に登場するような厳めしく年老いた人物ではなく、ごく普通の外見をした当時29歳の若者だったことだ。
 匿名ではなく自らカメラの前に立ち、エドワード・スノーデンと名乗って素性を明かしたその青年は、なぜNSAやCIAから得られる多額の報酬と輝かしいキャリア、恋人と築き上げた幸せな人生のすべてを捨ててまで重大な告発を決意したのか。はたして彼は英雄なのか、国家の裏切り者なのか。ハリウッドきっての社会派の巨匠オリバー・ストーンが史上最大の内部告発"スノーデン事件"の全貌に迫った問題作、それが『スノーデン』である。
 2004年、9.11後の対テロ戦争を進める祖国アメリカに貢献したいと考えて軍に志願入隊したスノーデンは、足に大怪我を負って除隊を余儀なくされる。失意のさなかCIAに採用された彼は、持ち前のずば抜けたコンピュータの知識を教官に認められ、2007年にスイス・ジュネーヴへ派遣された。しかしそこで目の当たりにしたのは、アメリカ政府が対テロ諜報活動の名のもと、世界中のメール、チャット、SNSを監視し、膨大な情報を収集している実態だった。やがてNSAの契約スタッフとして東京の横田基地、ハワイのCIA工作センターへと赴任し、民主主義と個人の自由を揺るがす政府への不信をいっそう募らせたスノーデンは、恋人のリンゼイをハワイの自宅に残し、命がけの告発に踏みきるのだった…。
 なお前掲書『よし、戦争について話をしよう。戦争の本質について話をしようじゃないか!』の中で、オリバー・ストーン監督はこう語っていました。
 みんな想像力がないんですよ。私は人生ずっとそう思ってきました。たとえば、スノーデンが行動に出る。みんなビビッて、法律を破ったとか言う。主観的に「ヤバイことした」って思うのです。「国外脱出」と聞いて、どこに逃げるんだろうとか。彼がどうしてそういうことをしなければならなかったのか、想像しようとする人はほとんどいないのです。こういうことがあると、いつだってそうです。どんなニュースにも、非常に原始的な反応ばかりする。学生も、ジャーナリストも、教員も、劇作家も、常に心を開いて想像力を働かせなければいけません。(p.58)
 寺山修司曰く、"どんな鳥も想像力よりは、高く飛べない"。彼は想像力の翼を羽ばたかせて、なぜスノーデンが命がけの告発を行なったのかをこの映画で表現したのだと思います。そう、簡単に書きましたが文字通り"命がけ"です。アメリカ政府や企業に敵対する存在に対して、過去、政府・軍・CIAがどのような拷問を行ない、どのように殺戮してきたのかについては、ぜひ『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)をご一読ください。おそらくスノーデンも分かっていたはずです。それなのに、なぜ…

 前半は、祖国に貢献したいという純粋な思いを持つスノーデンが、アメリカ政府の邪悪な行為に徐々に気づいていく様子を淡々と描いていきます。表向きはテロリズム対策として国内や世界中のメール、SNSを監視・盗聴し、膨大な情報を収集しているCIAやNSAですが、その実態はそれだけではないことに彼は気づきます。標的の弱みを握りスパイ行為を強要する、反政府的な人物を監視する、他国の首脳や政府に関する情報を盗聴する、などなど。自分の能力を活かせる高収入の職場と愛する恋人のために、こうした不正を見て見ぬふりをしてよいのか。国家機密なので、恋人と相談することもできません。このあたりの煩悶を、主役のジョセフ・ゴードン=レヴィットが見事に演じています。決して雄弁ではないのですが、ちょっとした言葉のやりとり、表情、しぐさで、揺れる心の動きを表現する演技には脱帽。詳細は知らなくとも、彼を信頼して支えようとするリベラルな立場の恋人リンゼイ・ミルズを演ずるシャイリーン・ウッドリーもいいですね。
 そして後半は一気呵成、手に汗握り、息を呑むような展開です。重要機密の違法なコピーと持ち出し、香港でのジャーナリストたちとの接触、公表の方法に関する意見の違い、迫りくるアメリカ政府の魔の手、そしてロシアへの脱出行。結果は知っているのですが、それを忘れさせるほどの素晴らしい演出とストーリーテリングでした。
 最後のシーンでは、ロシアに亡命したスノーデンがディスプレイを通して、会場に集まったアメリカ市民に語りかけます。やがてエドワード・スノーデン本人へと代わり、彼の静かな熱い言葉とともに映画は終わります。エンド・ロールで流れるピーター・ガブリエルの"The Veil"(覆い)も素晴らしい。ブラーボ。

 本作品の主人公は二人いるのかな、と今思っています。一人はもちろんスノーデン、もう一人は…国家です。アメリカという国家がもつ力を、一部ですが実感できました。宏大な施設、高性能のコンピュータ群、数多の政府職員、これらが一丸となって政府と企業の権力と利益を守るために、情報を盗み、監視し、収集する。場合によっては、法を無視し、人権や自由を踏みにじっても。その冷酷にして圧倒的なパワーを、この映画はみごとに描いていました。
 そしてもう一人の主人公スノーデンは、命がけにこのleviathanに立ち向かいます。何のために? パンフレットによると、彼のツイッターでの自己紹介文は「かつては政府のために働いていました。いまは人々のために働いています」。今読んでいる『スノーデン・ショック 民主主義にひそむ監視の脅威』(デイヴィッド・ライアン 岩波書店)の中に、彼のこういう言葉がありました。
 自ら変わるべきかどうかを決定する機会を社会に与えたいと私は望んでいる。(p.5)
 そう、彼は民主主義のために、命がけで国家に立ち向かったのだと考えます。人々が政治や社会のあり方を決め、変えられる仕組みを。そしてそれを必死に阻む国家という怪物に対しても、戦い方と武器を工夫すれば一矢をむくいることができるというメッセージも受け取りました。
 「僕のような体力もない寡黙な優男(ごめんなさい)でも、怪物の向う脛ぐらいは蹴飛ばせるんだ」という彼の声が、ほら、聞こえてきませんか。「一緒に戦おうよ」。

 特に印象に残ったシーンが二つあります。
 まず一つめ、彼が日本の横田基地で働いている場面です。「日本が同盟関係を破棄したときには、サイバー攻撃をしかけて通信システムや物的インフラを破壊する」という身の毛もよだつ科白がありました。いや、これは充分にあり得ますね。『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(矢部宏治 集英社インターナショナル)の中に、下記の一節がありました。
 そうした米軍機の一機が、訓練ルートから遠く離れた四国の伊方原発のすぐ横に墜落したことがありました(1988年6月25日)。…原発の真上を低空飛行して、山の斜面に激突した。尾根の向こう側に落ちた機体は大破し、乗組員七名が全員死亡しました。もしこのとき、機体が手前に落ちていたら、福島なみの大参事になるところだったのです。墜落したのは山口県岩国基地から沖縄に向かう途中の米軍機でした。
 おかしい。なぜこんな場所を低空飛行していたのか。…前泊博盛さん(沖縄国際大学教授)は、ドキッとするようなことを言います。「原発を標的にして、演習していたんでしょう」 最初は私も、「いくらなんでもそれは言いすぎじゃないか。陰謀論じゃないのか」と思ったのですが、よく考えると低空飛行訓練というのは、基本的に軍事攻撃の訓練ですから、演習には必ず標的を設定する必要がある。そうした状況のなか、こんな場所をこんな高さで飛んでいたのは、たしかに原発を標的にしていたとしか考えられない。
 つまり、「米軍機は日本全土の原発を爆撃するために低空飛行訓練をしている」
 こう言うと、それは陰謀論になります。しかし、「米軍機は、日本全土で低空飛行訓練をすることで、いつでも日本中の原発を爆破できるオプションをもっている」
 これは疑いのない事実なのです。(p.232~3)
 駝鳥のように砂の中に頭をつっこんで安全だと思うのはやめましょう。ほぼ間違いなく、アメリカ合州国政府は、サイバー攻撃や原子力発電所爆破など、日本を壊滅させるオプションを用意しています。するかしないかは別として。トランプ新大統領と仲良さげに食事をしたりゴルフをしたりしている安倍晋三伍長は、知っているのかな。

 二つめ。ハワイでの場面で、パーティーを楽しんでいるときに、ある仲間が無人機を操作して標的を爆殺する話をします。当然、近くにいる無辜の民衆にも被害が及ぶのですが(副次的被害 Collateral Damage)、彼は、罪悪感はあるが次の日には日常に戻ってしまうと話します。そのディスプレイ上での映像が挿入されますが、その凄まじい爆破に衝撃を受けました。これでは間違いなく関係のない民衆を巻き添えにしてしまう。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)から引用します。
 2006年から2008年にかけてデイヴィッド・ペトレイアス大将の対ゲリラ活動担当顧問を務めたデイヴィッド・キルカレンと、2002年から2004年にかけて陸軍将校としてイラクとアフガニスタンで過ごしたアンドリュー・エグザムは、2009年5月の《ニューヨーク・タイムズ》紙の記事で、なぜパキスタンが激怒したかを教えてくれる。二人は、それまでの三年間でアメリカの無人機攻撃によって死亡した民間人は700人であるのに対して、テロの指導者は14人にすぎないことを示すパキスタンの報道を引き合いに出した。この数字は、戦闘員一人あたり民間人五〇人、つまり「命中率2パーセント」を意味する。アメリカの当局者がこうした数字を「断固」否定していることに触れ、民間人の死傷者数の割合がおそらく誇張されていることを認めながらも、キルカレンとエグザムは次のような警告を発した。「非戦闘員が一人亡くなるたびに、その家族の心がアメリカから離れ、新たな復讐心が生まれ、無人機攻撃の増加に足並みを合わせて急激に拡大している好戦的な運動への加入者が増える」、そしてパキスタンで、攻撃が行なわれている場所から遠く離れた地域でも「本能的な反感」があふれ出ていた。(p.398~9)
 アメリカ軍による対テロリスト攻撃によって、テロリストが増えていく。あの凄まじい映像を見れば納得です。愛する人が、無人機による攻撃に巻き込まれて殺されたら… 深読みをすると、アメリカ政府はテロリストを増やすために、無人機攻撃を含む対テロ戦争をしているのかもしれません。テロリズムが蔓延すれば、対テロ戦争のための軍事費を増やせる。軍需企業が潤い、軍人の天下り先も潤沢となる。テロ防止を口実に、この映画のように、国民の通話やSNSを盗聴・監視できる。情報公開もそれを理由に骨抜きにできる。治安維持のために、国民の自由や権利を制限することもできる。政府当局者にとっては、笑いが止まらないですよね。
 というわけで、アメリカの対テロ戦争に日本が加担すれば、テロリスト増加の片棒を担ぐことになるし、何よりも日本がテロリズムの標的となります。安倍伍長はそれを望んでいるのかもしれませんが。

 オルテガ・イ・ガゼット曰く、"過去は、われわれがなにをしなければならないかは教えないが、われわれがなにを避けねばならないかは教えてくれるのである"。私たちは、新大統領に一喜一憂するよりも、アメリカの歴史を真剣に学んだ方がよさそうです。とりあえず、お薦めの歴史書を挙げておきます。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史1~3』(オリバー・ストーン/ピーター・カズニック ハヤカワノンフィクション文庫)、『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム 作品社)、『アメリカ帝国とは何か』(ロイド・ガードナー/マリリン・ヤング編著 ミネルヴァ書房)、『アメリカ帝国への報復』(チャルマーズ・ジョンソン 集英社)、『アメリカ帝国の悲劇』(チャルマーズ・ジョンソン 文藝春秋)、『パクス・アメリカーナの五十年』(トマス・J・マコーミック 東京創元社)、『アメリカの世界戦略』(菅英輝 中公新書1937)。
by sabasaba13 | 2017-02-14 06:34 | 映画 | Comments(0)

『この世界の片隅に』

c0051620_7164814.jpg 以前に拙ブログで紹介した、こうの史代氏による傑作マンガ『この世界の片隅に』がアニメーション映画化されたということで、山ノ神と一緒に「ユナイテッドシネマとしまえん」で見てきました。
 まずは公式サイトから、ストーリーを引用しましょう。
 18歳のすずさんに、突然縁談がもちあがる。良いも悪いも決められないまま話は進み、1944(昭和19)年2月、すずさんは呉へとお嫁にやって来る。呉はそのころ日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。見知らぬ土地で、海軍勤務の文官・北條周作の妻となったすずさんの日々が始まった。夫の両親は優しく、義姉の径子は厳しく、その娘の晴美はおっとりしてかわいらしい。隣保班の知多さん、刈谷さん、堂本さんも個性的だ。配給物資がだんだん減っていく中でも、すずさんは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。ある時、道に迷い遊郭に迷い込んだすずさんは、遊女のリンと出会う。またある時は、重巡洋艦「青葉」の水兵となった小学校の同級生・水原哲が現れ、すずさんも夫の周作も複雑な想いを抱える。
 1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの数の艦載機による空襲にさらされ、すずさんが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。そして、昭和20年の夏がやってくる―。
 まず目を瞠ったのが、画面の美しさです。まるでパステル画のように柔らかな色調にはすっかり魅せられました。動物、昆虫、植物、そして人間など生きとし生けるものたちも丁寧にかつ生気をもって生き生きと描かれていました。街の精緻な描写も素晴らしいですね。アニメーションとしての質はかなり高いものです。
 前半は、広島県呉に暮らす市井の人びとの生活が、のんびり屋でちょっと間が抜けた主人公・すずを中心に描かれます。普通に笑い、普通に哀しみ、普通に惑う、普通の暮らし。この地の風土に根ざした生活が、さまざまなエピソードやディテール、そして爽やかな笑いとともに淡々と綴られます。明日も今日と同じ、でもそれでいいじゃないか、と言わんばかりに。後半になると戦争の影が日常生活に忍び寄ってきます。物資の不足、配給、出征、防空壕掘り、代用食など、戦争がもたらす影響がリアルに描かれます。印象的なのは、主人公一家をはじめとする呉の人びとが、戦争に熱狂することなく、日々の普通の生活を淡々と送っていることです。そしてクライマックスは、呉への無差別爆撃、広島への原子爆弾投下です。さまざまな視角から描写される戦争シーンは、思わず息を飲み手を握りしめる迫力。そして…
 結末は伏せますが、廃墟と焼跡のなか、心の片隅に小さな灯がともるような気持ちになれました。普通に暮らすことがいかに大事か、そして戦争はその普通の暮らしをどのように壊していくか、あらためて感じ入りました。そして、その普通さを守ることが、いかに困難でいかに大切かということも。
 実は映画館に行く途中、地下鉄の中で『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2』(高橋源一郎 朝日新書594)を読んでいたのですが、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチを紹介する次の一文がありました。ノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家で、ちょうどいま『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)を読んでいるところです。
 アレクシエーヴィチが書くのは小説ではなく、「『大きな歴史』がふつう見逃したり見下したりする側面」「見落とされた歴史」だ。彼女は「跡形もなく時の流れの中に消えていってしまう」無数の声を丹念に一つ一つ、ひろい上げてきた。(中略)
 いま、独裁化の進む母国ベラルーシにあって、アレクシエーヴィチは「萎縮」も「自主規制」することもなく、「大きな歴史」が見逃してきた人びとの声に耳を傾けつづけている。誰かが、その仕事を担わなければならないのだ。
 アレクシエーヴィチはこういう。
「私が関心を持ってきたのは『小さな人』です。『小さな「大きな人」』と言っても構いません。苦しみが人を大きくするからです」
 歴史から忘れられてきた無名の「小さな人」たち。だが、彼女の本の中で、彼らは大きく見える。自分の過去と向き合い、何がおきたかを、勇気をもって自分の言葉で語りはじめているからだ。(p.77~8)
 いやほんとに偶然です。まるでこの映画の本質を抉ったような一文でした。「世界の片隅」とは「小さい歴史」ということなのかもしれません。そしてすずをはじめとする登場人物は普通の暮らしを守ろうとする『小さな「大きな人」』たち、アレクシエーヴィチの役割を果たしたのがこうの史代氏と監督の片渕須直氏でしょうか。大きくなりたい「小さな人」として、勇気をもらえた映画でした。お薦めです。
 なお絶対に忘れてはならないのは、今、パレスチナで、シリアで、南スーダンで、リビアで、イエメンで、日本で、世界のあらゆる片隅で、武力や無差別爆撃やテロや貧困によって普通の暮らしを脅かされ、傷つけられ、殺される人びとが無数にいることです。思いを馳せましょう、世界のすずたちに。そして考えましょう。

 追記。本作の中で、時限爆弾、投下され地面にめりこみしばらくたって爆発する爆弾が重要な意味をもっています。これに関して、『空爆の歴史』(荒井信一 岩波新書1144)の中に、下記の指摘があります。
 しかしハリス(※イギリス爆撃機集団司令官アーサー・ハリス元帥 「ブッチャー・ハリス」)は、もっと野心的な空爆を計画していた。単一の都市に一時間半にわたり1000機もの爆撃機をなだれこませ、都市防衛-対空砲火だけでなく消防や救護活動をも無力化し、爆弾と焼夷弾を集中して焼き払うというアイデアである。飛行機には容量の許す最大限の焼夷弾を積み、2400メートルの高度から落とす。発生する火災現場に後から駆けつける消防夫をその時点で殺傷するために遅発性の信管をつけた2キロ 爆弾を混ぜておくなど、かつてのゲルニカやのちの東京に対する空爆手法に通じる発想が試みられた。(p.89)
 助ける人を殺すための爆弾か…やれやれ。「それでも人間か」と言いたいですね。落とした輩は「それが人間だ」と答えるでしょうが。
by sabasaba13 | 2017-01-02 07:17 | 映画 | Comments(0)

『シーモアさんと、大人のための人生入門』

c0051620_6302662.jpg 根津美術館で応挙展を見た後、いったん自宅に戻り、山ノ神と合流して渋谷に向かいました。そして渋谷アップリンクで映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』を鑑賞。パンフレットから引用します。
 人生の折り返し地点--アーティストとして、一人の人間として行き詰まりを感じていたイーサン・ホークは、ある夕食会で当時84歳のピアノ教師、シーモア・バーンスタインと出会う。たちまち安心感に包まれ、シーモアと彼のピアノに魅了されたイーサンは、彼のドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。
 シーモアは、50歳でコンサート・ピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を「教える」ことに捧げてきた。ピアニストとしての成功、朝鮮戦争従軍中のつらい記憶、そして、演奏会にまつわる不安や恐怖の思い出。決して平坦ではなかった人生を、シーモアは美しいピアノの調べとともに語る。彼のあたたかく繊細な言葉は、すべてを包み込むように、私たちの心を豊かな場所へと導いてくれる。
 賞賛につつまれたコンサート・ピアニストとしての地位を投げ捨て、後半生を一介のピアノ教師として生きているシーモア・バーンスタインを描いたドキュメンタリー映画です。彼の日常生活、監督や知人との会話、レッスン風景を軸に、音楽の素晴らしさと人間や人生の崇高さを訥々と語るその姿、そして慈愛にあふれた微笑みにすっかり魅了されました。パンフレットに掲載されていたその言葉をいくつか紹介します。
 じぶんの心と向き合うこと、シンプルに生きること、成功したい気持ちを手放すこと。積み重ねることで、人生は充実する。

 音楽に対する最初の反応は、知的な分析なしに起こる。たとえば才能豊かな子供は、音楽の構造的なことや背景を知らずとも、音楽をとても深く理解できる。こうした無知さには、大人も学ぶことがある。だからこそ練習の時は、過剰な分析を避けるべきだ。そして音楽そのものの美が現れるままにする。さらに自分も、その美に感化されるままにする。禅の思想家は言った。"菊を描く者がすべきことは、自身が菊になるまで10年間、菊を眺めることだ"

 音楽の教師が生徒にできる最善のことは、生徒を鼓舞し 感情的な反応を引き出させること。音楽のためばかりではない。人生のあらゆる場面で、重要なことだから。

 誰もが皆、人生に幸せをもたらすゆるぎない何かを探している。聖書に書いてある――救いの神は我々の中にいると。私は神ではなく、霊的源泉と呼びたい。大半の人は、内なる源泉を利用する方法を知らない。宗教が腹立たしいのは、答えは"我々の中にはない"と思わせていること。答えは神にあると。だから皆、神に救いを求めようとするが、救いは我々の中にあると私は固く信じている。

 音楽を通じて、我々も星のように永遠の存在になれる。音楽は悩み多き世に調和しつつ、語りかける-孤独や不満をかき消しながら。音楽は心の奥にある普遍的真理、つまり感情や思考の底にある真理に気づかせてくれる手段なのだ。音楽は一切の妥協を許さず、言い訳やごまかしも受けつけない。そして、中途半端な努力も。音楽は我々を映す鏡と言える。音楽は我々に完璧を目指す力が備わっていると教えてくれる。

 音楽に情熱を感じていたり、楽器を練習する理由を理解していたりすれば、音楽家としての自分と普段の自分を、深いレベルで一体化させることが必ずできる。するとやがて音楽と人生は相互に作用し、果てしない充実感に満たされる。
 そしてクライマックスは、イーサン・ホーク監督の依頼で35年ぶりに開かれた演奏会です。スタインウェイ社の地下室でほんとうに嬉しそうにピアノを選ぶシーモアさんの姿を見ていると、ああ本当にこの人は音楽を愛しているのだなと感じ入ります。そして友人や知人、教え子が集まったアット・ホームな演奏会が、ガラス窓の向こうに行き交う人や車が見えるスタインウェイ社の小さなホールで開かれます。曲目はブラームスの『間奏曲イ長調 Op.118 №2』と、シューマンの『幻想曲第3楽章』。特に後者は、曲とシーモアさんが渾然一体となった滋味あふれる素晴らしい演奏でした。その演奏とともに、いろいろな国・地域の人々がいろいろな音楽を楽しんでいるシーンが次々と映し出されると、もう私の涙腺は決壊寸前。
 音楽の、そして人間の素晴らしさをあらためて教えてくれた映画です。シーモアさん、ありがとう。

 なおパンフレットに、教え子である大木裕子さんが、ピアノ教師としての彼についてこう書かれています。
 一度、私は彼に、「生徒によく伝えるためには、どういう教え方が良いのであろうか?」と問うたことがある。彼の答えは「誘導尋問することだ」だった。「結論的に、こういうものだと教えると、すぐに良くなったとしても、本当にその人のものにはならない。その人が一つ一つ考えを積み立てていって結論に達したと思えたとき、元は誰の考えであったとしても、そこに至る過程を自分で踏んでいるので、自分のものとして残る」と。
 もう一つの質問。「教えることと自身が演奏することの違いは?」という問いに、彼はこう答える。「要は同じ。但し、長い年月をかけて見出したことを、自分だけでやっていれば、一つの花しか咲かないが、同じことを生徒たちに伝えれば、いろいろな色の様々な花が咲く。自分にも必要な栄養を他の花にも注げば、美しい花で辺りは一杯になる」と。
 これは日本の、いや世界中のすべての先生に銘肝していただきたい言葉です。花は自ら育つ力を持ち、教師は自分にも必要な栄養を与えるだけ。そしていろいろな花を咲かせることによって、世界をより美しくする、それがシーモアさんの考える教育観なのでしょう。子どもたちを盆栽のように変形しねじまげ、国家権力や企業のために有意な人材につくりあげようとしているどこかの国の教育との何たる違い。

 余談です。映画の中で、シーモアさんが朝鮮戦争に従軍し、ピアニストとして慰問をする場面がありましたが、彼は涙ぐんでいました。いったい朝鮮で何を見てどういう体験をしたのでしょう。多くを語らないだけに気になるところです。すっかり忘れられた戦争ですが、決して忘れてはいけない戦争だと思います。『転換期の日本へ』(ガバン・マコーミック NHK出版新書)の中に、重要な指摘があったので紹介します。
 朝鮮戦争は夥しい残虐行為の修羅場でした。長いあいだ、北朝鮮によるものだとされてきた朝鮮戦争でのもっとも凶悪な行為の多くはいわゆる「国連軍」が関与したものでした。韓国政府による近年の調査によって、戦争初年のおよそ十万人の人々が韓国軍、米軍、国連軍によって殺されたことが明らかになっています。国連軍としては、国連の旗を掲げ、戦場へ赴いた最初にして唯一の戦いでした。米国主導の国連軍は制空権を握り、その空爆は情け容赦なく、しばしば無差別で、それはウィンストン・チャーチルが、民間人を標的にバラ撒くナパーム弾の使用に反対し抗議したほどです。米空軍は、第二次大戦の時、日本の都市へ投下したよりもずっと多くの爆弾を北朝鮮に投下しました。米空軍は、日本の主要都市の約40%を破壊し、50万人の人びとを殺戮したのですが、日本と朝鮮半島双方への爆撃の立案者であるカーティス・ルメイ将軍によれば、米空軍は朝鮮半島で「三年余りにわたって…北朝鮮と韓国のあらゆる街々を焼き払った」といいます。作戦に従事したパイロットたちは、もう爆撃する街など残っていなかった、と訴えています。空爆による死者は少なくとも300万人か400万人で、そのうち少なくとも200万人は北朝鮮市民でした。
 戦争の後半になって米空軍は、パニック状態を作りだし、北朝鮮の人々を兵糧攻めにするためにダムを爆撃しました。ナチスが第二次大戦で実行した時、それは、はっきり戦争犯罪として罰せられた行為でした。さらに米国政府は、戦争の早い段階から核兵器使用を振りかざして脅迫したのです。(中略) 核兵器に対して北朝鮮が持つ強迫観念はこの時に始まったのです。
 (中略) 北朝鮮研究者のあいだでは、同国は「ハリネズミ国家」である、というのが大方の見方です。韓国、日本、米国という圧倒的に強力な敵を向こうにまわして、恐怖と同時に近寄ればどんな目に遭わせるかわからないぞと、恐ろしいうなり声をあげて断固立ち向かう決意を示し、体じゅうの針をピンと立てている状態です。(p.267~9)

by sabasaba13 | 2016-12-22 06:30 | 映画 | Comments(0)

『ハドソン川の奇跡』

c0051620_634425.jpg 山ノ神に、『ハドソン川の奇跡』を見に行こうとさんざっぱら誘われました。ようがす、情けは人の為ならず、付き合いましょう。蓋を開けてみれば、何のことはない、夫婦割引1100円で見られるからなのですね。
 というわけで、自転車をこいで「としまえんユナイテッドシネマ」に行きました。平日の夕刻ということもあり、空席が目立ちます。そして本編上映までに、数多の予告編を見せられましたが…その想像を絶する低劣さに空いた口が塞がりませんでした。暴力と殺人とアクションとファンタジーのオンパレードです。食指が動いた映画は一本もなし。中でも、椅子が動き、水しぶきがかかり、匂いまでするという、新趣向の映画の謳い文句「考えるな、感じろ」には、もう返す言葉もありません。そうか、考えさせられる映画はもう廃棄処分なんだ。日本人の知的劣化を、こんなところでも痛感した次第です。
 さて肝心の本編ですが、正直に言って全く期待はしていませんでした。監督はクリント・イーストウッド、主演はトム・ハンクス、ハドソン川への不時着水を見事に成功させた機長を讃えた一大感動巨編…と勝手に想像していたのですが、どうしてどうして、けっこう陰影と起伏のある面白い映画でした。ストーリーを紹介します。
 2009年1月15日、極寒のニューヨーク。160万人が暮らすマンハッタン上空850メートルで突如、航空機事故が発生。全エンジンが完全停止し、制御不能となった旅客機が高速で墜落を始める。サレンバーガー機長(トム・ハンクス)の必死の操縦により、70トンの機体は目の前を流れるハドソン川に着水。"乗員乗客155名全員無事"という奇跡の生還を果たした。着水後も、浸水する機内から乗客の避難を指揮した機長は、国民的英雄として称賛を浴びる。だが、その裏側では、彼の判断を巡って、国家運輸安全委員会の厳しい追及が行われていた……。
 保険金をケチるという圧力もあったのでしょうか、不時着水は機長の判断ミスであり、空港に引き返せば無事に着陸できたはずだと強硬に主張する国家運輸安全委員会。もしミスとなったら、すべてを失い路頭に迷ってしまう。苦悩する機長と妻。何としてでも正当性を立証しようとしますが、委員会はコンピューターを駆使した緻密なシミュレーションで機長を追い詰めます。しかしサレンバーガー機長は、この鉄壁の論証を、見事に一点突破します。その根拠は…見てのお楽しみですが、ヒントは"human factor"という言葉です。胸のすくような結末でした。
 そして不時着水を再現したシーンは、血沸き肉踊り手に汗握りました。バード・ストライクによるエンジン・トラブル、機長のぎりぎりの決断、冷静なクルーたち、臨場感あふれる着水、そして凍てつくハドソン川から乗客全員を救おうとする機長・副機長・キャビンアテンダント・沿岸警備隊・フェリーの乗組員の必死の努力。この場面だけでも見る価値があります。1100円なら充分にもとのとれる映画でした、1800円だと二の足を踏みますが。
 ただ、ふと脳裡をかすめたのが、155人の人びとを救うためにこれほど素晴らしい献身的な行為を行なったアメリカ人が、ドレスデンへの無差別爆撃、広島・長崎への原子爆弾投下や日本各都市への無差別爆撃、朝鮮戦争・アフガニスタン戦争・イラク戦争を筆頭に数知れぬ戦争や武力介入における一般市民の殺戮などに対して悔悟や反省や謝罪の意を表しないのでしょうか。真冬のハドソン川に着水した155人は助けるのに、なぜ無辜の子どもたちの頭上に原子爆弾や焼夷弾やナパーム弾やクラスター爆弾を落とせるのか。もちろん、自らも同様の行為をし、またアメリカの殺戮に抗議をせず、場合によっては片棒を担いだ日本人としては決して他人事ではありませんが。
 世界には、救うべき少数の人間と、殺してもいい多数の人間がいるということなのでしょうか。そういう意味で考えさせられる映画でもありました。
by sabasaba13 | 2016-10-27 06:35 | 映画 | Comments(0)

『アルジェの戦い』

c0051620_6252067.jpg 以前からどうしても見たかった映画、『アルジェの戦い』が新宿の「K's cinema」で上映されるという情報を入手し、喜び勇んで見てきました。監督はイタリア人のジッロ・ポンテコルヴォ、第二次世界大戦ではレジスタンス運動に参加した方です。彼はロベルト・ロッセリーニの『戦火のかなた』に感銘を受け、映画の世界に入ったとのことです。『Movie Walker』に要を得たストーリー紹介がありましたので、引用します。
 1954年11月1日、仏領アルジェリアのカスバを中心として、暴動が起きた。それはアルジェリアの独立を叫ぶアルジェリア人たちの地下抵抗運動者によるものだった。激しい暴動の波はアルジェリア全域から、さらにヨーロッパの街頭にまで及び、至る所で時限爆弾が破裂した。1957年10月7日、この事件を重大視したフランス本国政府は、マシュー将軍(ジャン・マルタン)の指揮するパラシュート部隊をアルジェに送った。独立運動地下組織の指導者はサアリ・カデル(ヤセフ・サーディ)という青年であった。彼はマシュー将軍の降伏勧告に応じようとせず、最後まで闘う決意であった。日増しに激しさを加えるテロ行為に対処するため、マシュー将軍は市内に数多くの検問所を設け、現地人の身体検査から、パスポートの検閲まで、厳しく取締まった。そしてテロ容疑の情報が入ると抜き打ち的に民家やアパートを襲って、アラブ人の強制逮捕を行なった。そのたびごとに地下指導者たちは監禁され、ある者は拷問され、またある者は殺された。しかしサアリは屈せず、女性連絡員ハリマ(ファウチア・エル・カデル)をはじめとするわずかの部下を率いて、地下活動を続けた。パラシュート部隊の執拗な追求の手を巧みにのがれてきた彼も、ある日、街頭でフランス官憲に目撃され、ついに本拠をつきとめられてしまった。彼はマシュー将軍の投降の呼びかけにも応じなかったため、ハリマと共に軍隊の手にかかって射殺された。サアリの死後三年経た1960年12月、平静だったアルジェは、独立を願うアルジェリア人たちの叫びで再び騒然となった。
 冒頭のシーンではいきなり息を呑みました。拷問の痕らしいひどい火傷のある、怯えた表情の半裸のアルジェリア人。どうやら苦痛に耐えかねて、独立運動のリーダーをフランス軍に密告したようです。その苦悩と悔恨の表情が印象的です。バックにはJ・S・バッハの「マタイ受難曲」冒頭のコラールが荘重に鳴り響きます。リーダーたち、いやアルジェリア人すべての受難と、ユダのような彼の裏切りを象徴しているのでしょうか。そして彼を伴ってアジトを取り囲むフランス軍、追い詰められたリーダーたち。ここから過去にさかのぼって映画は始まります。
 圧倒的な武力と警察力で独立運動を弾圧するフランス。それに対して徒手空拳、対抗テロルをからめながら抵抗するアルジェリア人。息詰まるような場面の連続です。中でも、バーナーや電気ショックを使った拷問のシーンは衝撃的でした。自由・平等・博愛というのは国内向けの美辞麗句でしかなかったことを思い知らされます。しかし見ていてあまり沈鬱な気持ちにならないのは、映画全編を通じてあふれでる人々のパワーを感じるからでしょうか。男性・女性・子供・老人、自由と独立を求める気持ちがびしびしと伝わってきます。そした圧巻はラストシーン。独立運動が息の根を止められた二年後、突如、人びとが自由と独立を求めながら町にあふれでます。結局、この動きが二年後のアルジェリア独立につながるのですね。その迫力たるや、見ていて圧倒されました。パンフレットによると、主要キャストには実戦経験者を含む素人たちが多数参加し、アルジェリア市民8万人が撮影に協力したそうです。そう、これはたんなる映画ではなく、彼らの戦いを再現してフィルムに焼きつけたドキュメント作品なのですね。

『〈新〉植民地主義論』(平凡社)の中で、西川長夫氏はこう述べられています。
 私のとりあえずの(※植民地主義の)定義は、「先進列強による後発諸国の搾取の一形態」というきわめて簡単なものです。これを「中核による周辺の搾取の一形態」と書きかえてみると、植民地主義という用語に秘められたより深い真実が見えてくるのではないでしょうか。(p.53)
 そしてアルジェリア独立運動の指導的理論家、フランツ・ファノンは『地に呪われたる者』(みすず書房)の中でこう語っています。
 〈第三世界〉は今日、巨大なかたまりのごとくにヨーロッパの面前にあり、その計画は、あのヨーロッパが解決をもたらし得なかった問題を解決しようと試みることである筈だ。
 だがこの場合に、能率を語らぬこと、〔仕事の〕強化を語らぬこと、〔その〕速度を語らぬことが重要だ。否、〈自然〉への復帰が問題ではない。問題は非常に具体的に、人間を片輪にする方向へ引きずってゆかぬこと、頭脳を磨滅し混乱させるリズムを押しつけぬことだ。追いつけという口実のもとに人間をせきたててはならない、人間を自分自身から、自分の内心から引きはなし、人間を破壊し、これを殺してはならない。
 否、われわれは何者にも追いつこうとは思わない。だがわれわれはたえず歩きつづけたい、夜となく昼となく、人間とともに、すべての人間とともに。(p.183)
 先進列強による後発諸国の搾取、中核による周辺の搾取、強者による弱者の搾取といった"植民地主義"が消滅したとはとても言えないのが現状です。あるところでは相も変わらずに、あるところでは巧妙に姿を変え、搾取が続けられていると思います。それに抗して、すべての人間とともに歩きつづければ世界は変わるのではないか。そんな希望を与えてくれた映画です。
by sabasaba13 | 2016-10-21 06:26 | 映画 | Comments(0)

『ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る』

 拙ブログで何度か触れたことがありますが、大学時代にオーケストラでコントラバスを弾いていました。もともと高校生の時は、ジャズマンになりたいという夢を持っていました。きっかけは当時、夢中になって読んでいた五木寛之の『青年は荒野をめざす』という小説です。たしか主人公の名前はジュンだと思いましたが、そのかっこいい生き方に惚れ込んでしまった次第です。はじめて買ったジャズのレコードはマイルス・デイビスの『アット・カーネギーホール』、あまり評価されていませんが、よくスイングするクインテットだったと思います。とくにウィントン・ケリーのコロコロところがるようなのりのいいピアノと、ポール・チェンバースの地を揺るがすような重厚なベースに夢中になりました。よし、ベースマンになるぞ、と一念発起、しかし基礎をしっかりとやるべきであろう(私は変なところで堅実なのです)、大学オーケストラに入部してコントラバスの練習に勤しみました。同時にジャズの教則本や理論書を買い込んで独学で学んだのですが…結局ものになりませんでした。即興演奏のなんと難しいことよ。以後、ジャズはもっぱら聴くだけとなり、またオーケストラでコントラバスを弾くことでクラシック音楽の魅力にはまって、今に至ります。今では楽器をチェロに変え、チェリストの末席を汚しております。
 オーケストラの思い出には酸いも甘いもありますが、三:七で後者の方が多いです。前者に関しては、高い技量を持つOBとOGがオーケストラを牛耳っていたことですね。例えば、演奏会の選曲や人選などの決定に、明治の元老の如き発言力をもち辣腕をふるっていました。良い演奏をするためには仕方がないところではありますが、不愉快な思いをいくつか記憶しています。後者については、やはり音楽の素晴らしさを心の底から実感できたことです。思うに、オーケストラというのは、コミュニティとして理想的な集団です。各人がそれぞれ違う音を出す楽器を持ちながらも、合奏をするとひとつの素敵な音楽となる。各人の個性を尊重し、それを活かしみんなで協力して、より大きな良きものをつくりあげる。稀有なる体験でした。

c0051620_6303644.jpg その大好きなオーケストラの演奏旅行を描いたドキュメンタリー映画が上映されていることを新聞で知りました。しかも、アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団! ベルリン・フィル、ウィーン・フィルと並び世界三大オーケストラのひとつに挙げられるオランダ王立のオーケストラです。タイトルは『ロイヤル・コンセルトヘボウ オーケストラがやって来る』。2013年に、創立125周年を記念して行なわれたワールドツアーの様子を、世界屈指のドキュメンタリー作家エディ・ホニグマンが監督した映画です。
 何といっても、彼ら/彼女らが奏でる音楽の素晴らしさ! ブルックナーの交響曲第7番、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、プロコフィエフの「ピーターと狼」、ヴェルディのレクイエム、マーラーの交響曲第2番などなど、ただ聞きほれるだけです。真剣なリハーサル風景や、個別練習の様子、ショスタコーヴィチの交響曲第10番について熱く語るコントラバス奏者など、団員たちの音楽にかける情熱がひしひしと伝わってきます。また、ふつう私たちが知ることができない、団員の素顔や裏方さんたちの仕事も興味深いものでした。遠く離れた家族とインターネットでのやりとり、出身国ウルグアイのサッカー・チームを礼賛するファゴット奏者、なじみの店へのお礼にいきなり店内で演奏をするコンサート・マスター、楽器の運搬・楽譜の準備・ホテルの部屋の割り振りなど縁の下の力持ち的仕事。RCOがちょっと身近に思えてきました。
 そして何といってもこの映画の白眉は、訪れた国・町と、そこに暮らす一人の人間を、深く描いていることです。アルゼンチンのブエノスアイレス、南アフリカのプレトリアとソウェト、そしてロシアのサンクトペテルブルクの三か所ですが、たんなるロード・ムービーには終っていないのはさすがです。
 ブエノスアイレスでは、コンサートを聴きにきたタクシー運転手が登場します。彼はいつも孤独に客を待ちながら、クラシック音楽に慰められているのですね。それを暗示するかのように、冒頭のシーンでは、ブルックナーの交響曲第7番で一度しかない出番を待つ打楽器奏者が「待つことが私の仕事」と語ります。さらに、(たぶん)移動するバスの車中からブエノスアイレスの延々と続く貧民街を写したシーンと(BGMはマーラーの交響曲第1番第3楽章)、その後に出てくる豪華なオペラ・ハウス「テアトル・コロン」と着飾った人びとの対比が、心に残りました。また多くの人名が刻まれたモニュメントを団員たちが訪問し、その一人が「25歳…妊婦」と呟いたのも印象的でした。おそらく軍事政権によるテロの犠牲者を追悼する記念碑だと思いましたが、ちゃんとこうした場所も訪れるのですね。その見識には敬意を表します。なお購入したパンフレットによると、「パルケ・デ・ラ・メモリア プラタ川岸にある記念公園。軍事政権時代に虐殺または行方不明になった人々の名前が記念碑に刻まれている」とありました。『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(ナオミ・クライン 岩波書店)に以下の記述があります。
 ショック・ドクトリンというレンズを通すと、過去35年間の世界の動きもまるで違って見えてくる。この間に世界各地で起きた数々の忌まわしい人権侵害は、とかく非民主的政権による残虐行為だと片づけられてきたが、じつのところその裏には、自由市場の過激な「改革」を導入する環境を整えるために一般大衆を恐怖に陥れようとする巧妙な意図が隠されていた。1970年代、アルゼンチンの軍事政権下では三万人が「行方不明」となったが、そのほとんどが国内のシカゴ学派の経済強行策に反対する主要勢力の左翼活動家だった。(上p.12)

 「文明社会の良心を掻き乱すこれらの出来事は、しかし、アルゼンチン国民を見舞った最大の苦しみではないし、あなた方が犯した最悪の人権蹂躙でもない。この政府の経済政策こそ、これらの犯罪がなぜ行なわれたかを説明するものであり、何百万もの人々を計画された困難のなかに陥れるという、より重大な残虐行為そのものなのだ。(中略)ブエノスアイレスの街を数時間歩いてみれば、そうした政策によってこの都市が、いかに急速に人口1000万の「スラム街」へと変貌しつつあるかは一目瞭然だ」 (上p.133)

 トマセラはこう主張した。自分や農業連盟の仲間が受けた虐待は、その身体を破壊し、活動のネットワークを破壊することで有利になる巨大な経済的利害と切り離せないと主張した。したがって彼は自分を虐待した兵士の名前を挙げるのではなく、アルゼンチンが経済的に依存し続けることで利益を得る国内外の企業の名前を挙げた。「外国の独占企業はわれわれに作物を押しつけ、われわれの国土を汚染する化学物質を押しつけ、技術やイデオロギーを押しつけます。そしてこれらすべては土地を所有し、政治を支配するごく一部の人々を通して行なわれるのです。でも忘れてはならないのは、彼らのような大富豪もまた同じ独占企業、同じフォード・モーター、モンサント、フィリップ・モリスといった企業によってコントロールされているということです。私はこのことを非難するためにここにやってきた。ただそれだけです」
 会場には割れるような喝采が沸き起こった。トマセラは証言を次のように締めくくった。「最後には真実と正義が勝利すると私は信じています。何世代もの年月がかかるかもしれないし、もしこの戦いのさなかに死ぬことになったとしてもかまわない。でもいつの日か、私たちは必ず勝利します。私は敵が誰なのか知っています。そして敵も私が誰なのかを知っているのです」 (上p.179~80)
 新自由主義(シカゴ学派)勢力による反対派へのテロ、そして絶望的な格差、こういった状況に対して、音楽は、音楽家は何ができるのか。ホニグマン監督はそう問いかけているように思えます。

 南アフリカでは、二人の人物が登場します。ヨハネスブルクのソウェト地区で、レイプや誘拐に怯えながらもスチーム・ドラム・バンドに所属して音楽を支えに生きる黒人の少女。そしてアパルトヘイトの時代に苦労してヴァイオリンを学び、今は貧しい子供たちに音楽を教える黒人の男性。RCOは、そのソウェト・シアターで、貧しい子供たちを対象とした教育プログラムを行ない、プロコフィエフの「ピーターと狼」を演奏します。ピーターが、いろいろな動物たちと協力しながら狼をやっつけるという曲ですが、この選曲にもオーケストラの見識を感じます。敵を見定めること、みんなと協力することの大切さを伝えたかったのではないでしょうか。ラフな服装と愉快な解説とパフォーマンスで、子供たちも大喜びした楽しいコンサートでした。なおアパルトヘイトという「狼」はいなくなったように思いがちですが、実は新たな、そしてより獰猛な「狼」が徘徊していることを、前掲書で知りました。長文ですが、引用します。
 この交渉で、ANCは新たな種類の"網"にからめ取られてしまった。難解な規則や規制でできたこの網は、選挙によって選ばれた指導者の権力を抑制し、制限することを目的にしていた。この網が南アをすっぽり覆ったとき、その存在に気づいた者はわずかしかいなかった。だが新政権が発足し、いざ有権者に具体的な解放の恩恵-つまり、人々が投票によって得られると期待していたものを与えようとすると、網の紐がきつく締まり、政府は自らの権限が大きく制限されていたことに気づいた。新政権発足後の数年間、マンデラ政権の経済顧問を務めたパトリック・ボンドは、当時、政府内でこんな皮肉が飛び交ったと言う-「政権は取ったのに、権力はどこに行ってしまったんだ?」。新政権が自由憲章に込められた夢を具体化しようとしたとき、それを行なうための権限は別のところにあることが明らかになったのだ。
 土地の再分配は不可能になった。交渉の最終段階で、新憲法にすべての私有財産を保護する条項が付け加えられることになったため、土地改革は事実上不可能になってしまったのだ。何百万にも上る失業者のために職を創出することもできない。ANCが世界貿易機関(WTO)の前身であるGATTに加盟したため、自動車工場や繊維工場を出すことは違法になったからである。AIDSが恐ろしいほどの勢いで広がっているタウンシップに、無料のAIDS治療薬を提供することもできない。GATTの延長としてANCが国民の議論なしに加盟した、WTOの知的財産権保護に関する規定に違反するためだ。貧困層のためにもっと広い住宅を数多く建設し、黒人居住区に無料で電気を提供することも不可能。アパルトヘイト時代からひそかに引き継がれた巨大な債務の返済のため、予算にそんな余裕はないのだ。紙幣の増刷も、中央銀行総裁がアパルトヘイト時代と同じである以上、許可するわけはない。すべての人に無料で水道水を提供することも、できそうにない。国内の経済学者や研究者、教官など「知識バンク」を自称する人々を大量に味方につけた世銀が、民間部門との提携を公共サービスの基準にしているからだ。無謀な投機を防止するために通貨統制を行なうことも、IMFから8億5000万ドルの融資(都合よく選挙の直前に承認された)を受けるための条件に違反するので無理。同様に、アパルトヘイト時代の所得格差を緩和するために最低賃金を引き上げることも、IMFとの取り決めに「賃金抑制」があるからできない。これらの約束を無視することなど、もってのほかだ。取り決めを守らなければ信用できない危険な国とみなされ、「改革」への熱意が不足し、「ルールに基づく制度」が欠けていると受け取られてしまう。そしてもし、これらのことが実行されれば通貨は暴落し、援助はカットされ、資本は逃避する。ひとことで言えば、南アは自由であると同時に束縛されていた。一般の人々には理解しがたいこれらのアルファベットの頭文字を並べた専門用語のひとつひとつが網を構成する糸となり、新政権の手足をがんじがらめに縛っていたのだ。(上p.285~6)
 RCOがこの地を選んだのも、こうした問題に関心をもっていたからかもしれません。

 そして最後は、ロシアのサンクトペテルブルクでのコンサートです。ここロシアも新自由主義の餌食にされた国で、ホニグマン監督の強いメッセージを感じます。ふたたび前掲書より引用します。
 エリツィンのクーデター後、IMFのスタンレー・フィッシャー筆頭副専務理事(1970年代のシカゴ・ボーイでもある)は、「あらゆる領域で可能な限り早急に事を進める」よう提言した。当時、クリントン政権下でロシアの政策策定に協力していたローレンス・サマーズ財務次官も同じく、「民営化、安定化、自由化の三つの「促進」をすべて、できるだけ早く行なうべきだ」と助言した。
 だが変化のスピードがあまりにも速すぎて、国民はついていけなかった。多くの労働者は、自分の働く工場や炭鉱が売却されたことすら知らず、ましてやどのような形で誰に売られたのかなど知るよしもなかった(10年後、私はこれと同様の深刻な混乱をイラクの国営工場で目にすることになる)。理論上はこれらの戦略が好景気をもたらし、ロシアを不況から脱却させるはずだった。ところが実際には、共産主義国家がコーポラティズム国家に取って代わられただけだった。にわか景気から利益を得たのはごく少数のロシア人(元共産党政治局員も少なくなかった)と、ひと握りの西側の投資信託のファンドマネージャーで、彼らは新たに民営化されたロシア企業に投資して、目もくらむような利益を手にしていた。(上p.324~5)

 大飢饉や天災、戦闘もないのに、これほど短期間に、これほど多くの人がこれほど多くのものを失ったことはなかった。1998年にはロシアの農場の八割以上が破産し、およそ七万の国営工場が閉鎖、大量の失業者が生まれた。ショック療法が実施される前の1989年、ロシアでは約200万人が一日当たりの生活費4ドル未満の貧困状態にあったが、世銀の報告によれば、ショック療法の「苦い薬」が投与された90年代半ばには、貧困ラインを下回る生活を送る人は7400万人にも上った。ロシアの「経済改革」によって、たった八年間で7200万人が貧困に追いやられたことになる。1996年にはロシア人の25%、約3700万人が、貧困のなかでも「極貧」とされるレベルの生活を送っていた。(上p.335)
 このシーンで登場するのは、スターリンによる大粛清で父を失い、自らもナチス・ドイツの強制収容所を体験した老人です。妻にも先立たれ、うちひしがれた日々を送っている彼が、RCOのコンサートを聴きにきます。演奏されたのは、ヴェルディの「レクイエム」とマーラーの交響曲第2番「復活」。後者の最終楽章では、オーケストラと合唱がきずきあげる音の大伽藍から、「甦るのだ、そう、お前は甦る」というメッセージが響き渡ります。感極まった老人は涙ぐみ…私の涙腺も決壊しました。

 本当に素晴らしい映画でした。音楽で世界を変えることはできない。でも音楽は人間を、何度でも慰め、勇気づけ、甦らせてくれる。そして世界を変えるのは、そうした人間たちなんだ。そんなふうに思いました。
 素敵な音楽と重要なメッセージを贈ってくれたロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラ(RCO)と、それを見事に映像化してくれたホニグマン監督に心から感謝します。ありがとうございました。
by sabasaba13 | 2016-03-17 06:32 | 映画 | Comments(0)

『母と暮せば』

c0051620_610786.jpg 山ノ神に誘われて、ユナイテッド・シネマとしまえんで『母と暮せば』を見てきました。なにはさておき、パンフレットの冒頭に掲載されていた山田洋次監督の言葉を紹介します。
 50年以上の間、たくさんの映画を作ってきましたが、終戦70年という年にこの企画に巡り合ったことに幸運な縁と運命すら感じています。井上ひさしさんが、「父と暮せば」と対になる作品を「母と暮せば」という題で長崎を舞台に作りたいと言われていたことを知り、それならば私が形にしたいと考え、泉下の井上さんと語り合うような思いで脚本を書きました。生涯で一番大事な作品を作ろうという思いでこの映画の製作にのぞみます。
 その舞台劇を映画化した『父と暮らせば』も良い作品でした。宮沢りえの最後の科白、「おとったん、ありがとありました」が忘れられません。
 本作は、冒頭の言葉通り、故井上ひさし氏に捧げるオマージュとも言うべき映画です。1945年8月9日、長崎で助産婦をしている福原伸子(吉永小百合)は、たったひとりの家族だった次男の浩二(二宮和也)を原爆で亡くしました。なお夫は肺結核で死去、長男はビルマで戦死しています。それから3年後、伸子の前に浩二の亡霊がひょっこりと現れます。母さんの諦めが悪いから、なかなか出て来られなかったと笑いながら。その日から浩二はたびたび伸子を訪れますが、いつも気になるのは恋人の町子(黒木華)のことです。新しい幸せを見つけてほしい-そう願いながらも寂しい気持ちは母も息子も同じでした。楽しかった家族の思い出話は尽きることがなく、ふたりが取り戻した幸せな時間は永遠に続くように見えたのですが……。

 まず命を生むのを助ける助産婦と、命を奪い尽くす原爆という対比の設定が秀逸ですね。そして主人公・伸子の持つさまざまな顔や、揺れ動く気持ちを、自然に演じ切った吉永小百合の演技には脱帽しましょう。息子への思慕、彼の死への諦観と固執、気丈さと心弱さ、町子への愛情と微かな憎悪。「なぜあなたが死んで、あの娘は幸せになるの」という哀切きわまる科白には胸をつかれました。その町子を演じる黒木華もすばらしい。亡き浩二への思いと同僚への恋心に引き裂かれる若き女性の姿を表現したみごとな演技でした。二宮和也がすこし軽いかなと思いましたが、その軽さが映画全体を明るくもしているので諒としましょう。
 またこの映画を通奏低音のように支える、静謐さにも心打たれました。伸子と浩二が、思い出話を静かに語り合うシーンが好きです。好きな食べ物、蓄音器、学園祭… 浩二が憲兵に連行された時に伸子が本部に乗り込んでとりもどした思い出、その後ふたりで食べたタンメン。何気ないけれど、大事な、幸せだった日常を、二人が慈しむように語り合うシーンが印象的です。その日常を死滅させたのが、アメリカ政府が長崎に投下した原子爆弾でした。「日常を守れ」というのが山田監督のメッセージなのではないかと思います。実は故井上ひさし氏もこう言っています。
 このところわたしは、「平和」という言葉を「日常」と言い換えるようにしています。平和はあまり使われすぎて、意味が消えかかっている。そこで意味をはっきりさせるために日常を使っています。「平和を守れ」というかわりに「この日常を守れ」と。(『ボローニャ紀行』p.357 文春文庫)
 忘れてはならないのは、「原子爆弾はアメリカが投下した」という視点が随所に挿入されていることです。「運命だ」と諦める浩二に対して、「いや違う」と否定する伸子。冒頭のシーンでは、被爆者と思われる初老の男性が、丘から海を眺めながら、「人間のすることじゃなか」と呟きます。
「あなた方アメリカは原子爆弾によって、人々の日常を残虐に破壊した。それは人間のすることではなかった」 これも監督から私が受けとったメッセージです。日本がその非人間性をきちんと批判してこなかったことが、現在における核兵器の拡散、および核兵器は場合によっては使用してもよい兵器なのだという考えにつながっているのではないでしょうか。結果はどうあれ、アメリカ政府に対して、核兵器投下について謝罪を要求すべきだと思います。もちろん、日本が行なったさまざまな戦争犯罪についての謝罪を済ませた後での話ですが。

 なお原爆投下ハゴイ空軍基地エイブル滑走路に関する拙ブログの記事がありますので、よろしければご覧ください。またこの映画の、長崎におけるロケ地ガイドを掲載したサイトもありました。
by sabasaba13 | 2016-03-16 06:10 | 映画 | Comments(0)

『ハンナ・アーレント』

c0051620_6425049.jpg 年末・年始は好きなことをしてのんべんだらりと過ごせました。本を読みチェロを弾きテニスをし、年末には映画館で『首相官邸の前で』と『人間の戦場』を観て、『マッサン』の総集編を観て、大晦日には小林研一郎の「ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会2013」を聴いて、年始は箱根に行って大平台の大曲がりで駅伝を応援して、『ブラタモリ』の再放送を観ました。そして買ったけれどもまだ観ていないDVDの映画を鑑賞しようと、棚から選んだのが『ハンナ・アーレント』と『プラトーン』と『マルコムX』と『フェア・ゲーム』です。
 ハンナ・アーレントは気になっていた政治学者・哲学者で、『人間の条件』を読んだのですが、その晦渋な文章にあえなく轟沈。恥ずかしながらその彼女を主人公とした映画があると最近知り、購入しておいた次第です。監督はマルガレーテ・フォン・トロッタ、主演はバルバラ・スコヴァ、さあはじまりはじまり。

 舞台は1960年代のアメリカ。ユダヤ人である哲学者ハンナ・アーレントは、ナチスによる迫害から逃れるためドイツから亡命して、現在はアメリカに住んでいます。その彼女の元に、南米に逃亡していたアドルフ・アイヒマンが逮捕されてイスラエルで裁判が行われるというニュースが届きます。アイヒマンはゲシュタポのユダヤ人部門の責任者として「最終解決」(行政的大量虐殺)の実行を担い、ユダヤ人たちを絶滅収容所に移送する指揮をとっていた人物です。
 アーレントはこの裁判を傍聴するために、すぐイェルサレムに向かいます。好著『ハンナ・アーレント』(矢野久美子 中公新書)にはこうあります。
 1933年にドイツを出国したためナチの全体主義をじかに体験しておらず、ニュルンベルク裁判も見ることができなかったアーレントは、いま「生身のナチ」を見て考えることが過去に対する自分の責任だと考えたのである。「もし行かなかったら自分を許せないでしょう」とアーレントはヤスパースへの手紙で書いている。(p.182)
 裁判を傍聴し、彼を観察し、膨大な資料を収集して考え抜くアーレント。なお法廷シーンで、アイヒマンの実写映像を使用したのは卓見。ヘビースモーカーのアーレントが、プレスルームで煙草を吸いながらモニターを見ているという設定です。トロッタ監督は、俳優ではアイヒマンの本質を表現できないと解説されていますが、実写映像を見て納得。落ち着きのない仕草と虚ろな表情で視線を宙にさまよわせながら、「命令に従っただけだ、自分に責任はない」とくりかえすアイヒマン。そこには人間としての苦悩や葛藤は毫も感じられません。監督曰く「彼の話しぶりから、頭の中で深く思考することができない人間だとわかります」。ん? われらが安倍伍長のことをふと思い浮かべてしまいました。何となく似てますね。
 そしてアメリカに戻ったアーレントは、この裁判について時間をかけて思考し、その結果を雑誌『ニューヨーカー』に掲載します。ところがその内容に関して、ユダヤ人を筆頭に多くの読者から凄まじいバッシングが浴びせられます。まずはアイヒマンについて、彼女はこう考察しました。同著より引用します。
 さらには、アイヒマンを怪物的な悪の権化ではなく思考の欠如した凡庸な男と叙述した点である。紋切り型の文句の官僚用語をくりかえすアイヒマンの「話す能力の不足が考える能力-つまり誰か他の人の立場に立って考える能力-の不足と密接に結びついていることは明らかだった」と彼女は述べた。無思考の紋切り型の文句は、現実から身を守ることに役立った。(p.187)
 この分析が犯罪者アイヒマンの責任を軽くするものだと受けとられたのですね。さらにユダヤ評議会が、アイヒマンから各列車を満たすに必要な人数を知らされ、それに従って移送ユダヤ人のリストを作成したと書きました。彼女は、全体主義は加害者だけでなく被害者においても道徳を混乱させるという文脈で考えたのですが、これがユダヤ人を共犯者に仕立てあげるものだと受け止められました。さらにアーレントは、この裁判自体をも批判します。(このあたりは映画では詳しく触れられていませんが) 法廷は正義に使えるべきであるのに、この裁判はユダヤ人の苦難をアピールするためお見世物であったと叙述します。当然の如く、イスラエル政府がこの意見に猛反発します。
いわゆる"炎上"ですね。ユダヤ人の友人たちもアーレントから離れていきます。孤立し傷つき苦悩するアーレント、しかし彼女は夫や親友に支えられながら節を曲げません。このあたりのバルバラ・スコヴァは素晴らしい、人間アーレントを見事に演じ切っていました。そして大学の学長から辞職を勧告されるにおよんで、彼女は学生を前にした講義で弁明することを決意します。この講義の場面がクライマックス、感動しました。一時停止をくりかえしながら文章におこしたので、紹介します。
 今日だけは早々に吸うけれど許してね。
 雑誌社に派遣されてアイヒマン裁判を報告しました。私は考えました。法廷の関心はたった1つだと。正義を守ることです。難しい任務でした。アイヒマンを裁く法廷が直面したのは、法典にない罪です。そしてそれは、ニュルンベルク裁判以前は前例もない。それでも法廷は彼を裁かれるべき人として裁かねばなりません。しかし裁く仕組みも判例も主義もなく、"反ユダヤ"という概念すらない人間が1人いるだけでした。彼のようなナチの犯罪者は、人間というものを否定したのです。そこには罰するという選択肢も、許すという選択肢もない。彼は検察に反論しました。何度も繰り返しね。"自発的に行ったことは何もない""善悪を問わず自分の意思は介在しない""命令に従っただけなのだ"と。こうした典型的なナチの弁解で分かります。世界最大の悪は、ごく平凡な人間が行う悪です。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は"悪の凡庸さ"と名づけました。

 [学長] 先生、先生は主張していますね。"ユダヤ人指導者の協力で死者が増えた"

 それは裁判で発覚した問題です。ユダヤ人指導者はアイヒマンの仕事に関与していました。

 [学長] それはユダヤ人への非難ですよ。

 非難など一度もしてません。彼らは非力でしたが、でもたぶん、抵抗と協力の中間に位置する何かはあったはず。この点に関してのみ言います。違う振る舞いができた指導者もいたのではと。そしてこの問いを投げかけることが大事なんです。ユダヤ人指導者の役割から見えてくるのは、モラルの完全なる崩壊です。ナチが欧州社会にもたらしたものです。ドイツだけでなく、ほとんどの国にね。迫害者のモラルだけではなく、被迫害者のモラルも。どうぞ。

 [学生] 迫害されたのはユダヤ人ですが、アイヒマンの行為は"人類への犯罪"だと?

 ユダヤ人が人間だからです。ナチは彼らを否定しました。つまり彼らへの犯罪は、人類への犯罪なのです。私はユダヤ人です。ご存じね。私は攻撃されました。ナチの擁護者で同胞を軽蔑しているってね。何の論拠もありません。これは誹謗中傷です。アイヒマンの擁護などしてません。私は彼の平凡さと残虐行為を結びつけて考えましたが、理解を試みるのと許しは別です。この裁判について文章を書く者には、理解する責任があるのです! ソクラテスやプラトン以来、私たちは"思考"をこう考えます。自分自身との静かな対話だと。人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。過去に例がないほど大規模な悪事をね。私は実際、この問題を哲学的に考えました。"思考の風"がもたらすのは、知識ではありません。善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。ありがとう。
 胸と頭が熱くなりました。そう、この映画の主人公は"思考"なのです。考えることの素晴らしさと難しさ、そして思考しないことによってもたらされる巨悪。最後のメッセージ、「私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう」をしかと胸に刻みたいものです。反知性主義が蔓延し、安倍伍長を筆頭にアイヒマン的人間が闊歩している現今の日本においては特に。
 『人間の条件』、『全体主義の起源』、そして『イェルサレムのアイヒマン』といったアーレントの著作にも取り組んでみようと思っています。

 なおこのスピーチは、私が見た映画の中でベスト3にノミネートしたいですね。あと二つは、『ブラス!』と『チャップリンの独裁者』、よろしければこちらをご覧ください。
by sabasaba13 | 2016-01-30 06:43 | 映画 | Comments(0)

『人間の戦場』

 「DAYS JAPAN」を読んでいたら、元編集長でありフォト・ジャーナリストの広河隆一氏を描いた映画『人間の戦場』が、新宿のK's cinemaで上映されていることを知りました。これは必見ですね、山ノ神を誘って師走の終わりに見に行ってきました。
 せっかくなので、新宿で昼食をとることにしましょう。ホールや映画館に行く楽しみの一つは、その付近で美味しいお店に出会えることです。渋谷アップリンクと「バイロン」のパン、ポレポレ東中野と「十番」のタンメン、オペラシティと「つな八」のてんぷら、浜離宮朝日ホールと「磯野屋」の寿司、新国立劇場と「はげ天」のてんぷら、東京文化会館と「池之端藪」の蕎麦、東京芸術劇場と「鼎泰豊」の小籠包、津田ホールと「ユーハイム」の洋食、岩波ホールと「揚子江菜館」の上海式肉焼そば・「スヰート・ポーズ」の餃子などなど。新宿といえば、やはり中村屋でしょう。日本の近代文化を語るうえで欠かせないお店ですね。創業者は相馬愛蔵・黒光、料理店を営むかたわら、荻原碌山・中村彝・戸張弧雁といった多くの芸術家を育て、また亡命者を助けた夫妻です。なお黒光の自伝『黙移』(平凡社ライブラリー)はとてもおもしろいですよ。そしてこちらの名物料理のひとつが純印度式カリー。日本に亡命したインド独立運動の指導者ラース・ビハーリー・ボースを、相馬夫妻が匿ったさいに伝授してもらった料理です。彼にとって、イギリス人が作り変えたカレーではなく、伝統的なインド・カリーを広めることは、植民地化された食文化を主張する反植民地闘争の一環だったのですね。だから中村屋では「カリー」という商品名を使い続けているのでしょう。なお夫妻の長女・俊子がボースと結婚しています。もっと詳しく知りたい方は『中村屋のボース』(中島岳志 白水社)がお薦めです。
 映画館でチケットを購入して整理券をいただき、五分ほど歩いて新宿中村屋に到着。開店五分前したが、もう待っている方が数人おられました。スパイシーなカリーに舌鼓を打って「恋と革命の味」を堪能。
c0051620_833576.jpg

 珈琲を飲み終えてトイレへ行こうとすると中村彝の絵が飾ってあります。荻原碌山の彫刻『坑夫』も展示してありました。これは眼福ですね。
まだ時間があるので、山ノ神は中村屋でお買いもの、私は紀伊国屋書店に行って所望の本をさがすことにしました。実は内田樹と福島みずほの対談『「意地悪」化する日本』(岩波書店)をセブンネットショッピングで購入しようとしたのですが、どういうわけか検索をかけても出てきません。自民党に都合の悪いことが書いてあるので、意地悪されたのでしょうか。案内所へ行くと、となりの書架は海外文学のコーナーでふと目をやるとカート・ヴォネガットの『はい、チーズ』(河出書房新社)がありました。嬉しいですね、未読の作品です。係の方に案内されて、『「意地悪」化する日本』も購入することもできました。美味しい料理に楽しみな本、これぞ人生の至福です。

c0051620_841163.jpg そして山ノ神と合流して映画館へ、客席がまばらなのがすこし残念。さあはじまりはじまり。冒頭のシーンは荒涼とした風景、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区です。ユダヤ人の入植に反対するデモ隊に催涙弾を放つイスラエル警察、逃げまどうパレスチナ人、拘束される男性。胸がしめつられるような緊迫感のなか、催涙ガスを浴びながらも淡々とカメラのシャッターをきりつづける男がいます。そう、広河隆一です。彼がフォト・ジャーナリストを志したきっかけが、このパレスチナの地だったのですね。学生運動に取り組んだ彼は、卒業とともに社会と折り合いをつけて就職していく仲間たちに違和感を覚え、理想を求めてイスラエルの農業共同体「キブツ」に参加します。しかしそこで白い瓦礫を目にし、この土地がパレスチナ人から奪われたものであることに気付きます。「自分ができる一つのことは、まず歴史から消えてゆく村、それを消えていかないようにするという事」と決意し、カメラを手にします。以後彼は、『沈黙を破る』でも紹介したイスラエルによるパレスチナ人への迫害を取材していくことになります。
もう一つの転機が1976年、息子をイスラエル軍に殺された男性が、取材中の広河にこう叫びます。「なんで今ごろ来たんだ! 1か月前に来ていれば俺の息子は殺されずに済んだんだ。外国人ジャーナリストという証言者がいるところでは、権力側は銃での殺害などといった暴挙ができない。だからお前がいてくれたら息子は死なずに済んだかもしれない」 これで彼は、ジャーナリストが抑止力をもつことを教えられたといいます。饒舌さのかけらもない、訥々としかし真摯に誠実にカメラに語る広河隆一の姿が心に残ります。
 以後彼は、村上春樹のレトリックを借りれば、壁ではなく卵の側に立つことを決意します。人間の尊厳が奪われている場所を「人間の戦場」と呼び、以後、チェルノブイリや福島といった戦場を精力的に取材し続けます。そして映画で紹介されたのは、彼の救援活動です。「パレスチナの子どもの里親運動」、「チェルノブイリ子ども基金」、「DAYS被災児童支援募金」、そして福島の子どもたちの保養センターである「沖縄・球美(くみ)の里」の運営。彼の言葉を紹介します。
 ジャーナリストは見たものを伝えるのが仕事で、それ以上介入すべきでないと言う人があるけれど、それは間違いだと思う。ジャーナリストである前に、自分が何かと言ったら人間です。人間という大きなアイデンティティのなかに、ジャーナリストというアイデンティティが包まれているんです。だから目の前で溺れている人がいればカメラを置いて助けなくちゃいけない。世界中の人間が共通にもっている権利は生きる権利、しかも幸せに健康に生きる権利です。そうした人々の権利がジャーナリストの背中を押すのだから、それが目の前で踏みにじられているときに、自分は写真を撮るだけなんて言えるわけがない。ジャーナリズムと救援運動は、同じ目的のためのはたらいている二つの方法だと思う。
 「フェルキッシャー・ベオバハター」のようなメディア、壁の側に立つジャーナリストに満ち溢れている現在の日本、そうしたジャーナリストたちにぜひ見てほしい映画です。
なお監督は長谷川三郎、彼の作品である『ニッポンの嘘 報道写真家 福島菊次郎90歳』も見てみたい映画です。

 追記。家に帰る途中にこんな貼り紙を見かけました。日本全体を戦場に変えつつある安倍伍長、ほんとうに許せないですね。
c0051620_843882.jpg

by sabasaba13 | 2015-12-31 08:06 | 映画 | Comments(0)