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『私が殺したリー・モーガン』

c0051620_627361.jpg えっ、リー・モーガンを描いた映画『私が殺したリー・モーガン』が上映されている! 驚き桃の木山椒の木、狸に錻力に蓄音機ですね。若き名ジャズ・トランぺッターとして大活躍をしますが、妻に射殺されるという悲劇的な最期をとげたリー・モーガン。「キャンディ」「ザ・サイドワインダー」「ソニック・ブーム」という三枚のCD、サイドマンとして参加した「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」「ケリー・グレイト」「ブルー・トレイン」を持っていますが、ときどきその輝かしい音色とエキサイティングなアドリブに耳を傾けます。その彼の死に至るまでの人生を描いたドキュメンタリー映画、さっそく山ノ神を誘ってアップリンク渋谷に見に行きました。
 監督はカスパー・コリン、公式サイトから紹介文を引用します。
 今なお深く傷を遺す、「ジャズ史上最悪の悲劇」の愛と哀しみに迫る。
 若干18歳で名門ブルーノート・レコードからデビューするなど稀なる才能で駆け上がったスターダム。ドラッグでの転落。二人三脚で救い出したひと回り歳上の女性ヘレンとの出会い。そんな二人に対するミュージシャン仲間からの温かい眼差し、評価。その関係を崩壊させる新恋人の登場と凶行―。
 銃と運命の引き金を引いた内縁の妻ヘレン・モーガンが最晩年に残した唯一のインタビューに、友人や関係者たちの証言を加え、リーとヘレンをとりまく周囲の人間模様と変化が徐々に明らかになる。
 ヘレン・モーガンが通う市民学校の教員が、事件の経緯に興味をもち彼女にインタビューをし、テープに録音します。その直後に彼女は亡くなってしまうのですが、そのインタビューを軸に、仲間のジャズメンや知人のインタビュー、実写フィルムをまじえながら二人の人生を再現していきます。まずインタビュイーが凄い、ビリー・ハーパー、ジミー・メリット、ベニー・モウピン、ウェイン・ショーターといった錚々たるジャズメンが登場します。ウェザー・リポートのファンなもので、ちょっとお腹が出ていたとはいえ、ウェイン・ショーターが登場したときには、風景が涙で揺すれてしまいました。
 十代にして婚外子二人を出産し、苦労に苦労を重ねてようやく自立したヘレン。若干18歳でディジー・ガレスピーに見出され、同年ブルーノート・レコードより『Lee Morgan indeed!』でデビューし、クリフォード・ブラウンの再来とも呼ばれたリー。しかし彼は麻薬に溺れていきます。母と息子ほど歳が離れた二人は知りあいとなりますが、とある厳冬のニューヨーク、リーが突然ヘレンのもとを訪れます。麻薬を買うためにコートを質に入れたので、ジャケットしか着ていないボロボロのリーを見て、ヘレンは救いの手を差し出します。さまざまな援助やマネージャーとしてのサポートなどで、リーは立ち直っていきました。ウェイン・ショーターが、「彼女は、ミュージシャンとして、人間として彼を立ち直らせた」という言葉に胸がジンとしました。
 しかし、リーはジュディス・ジョンソンという女性と逢瀬を重ね、彼の心はヘレンから離れていきます。そして1972年2月18日、NYのジャズクラブ「スラッグス」での演奏中、その2ステージ目と3ステージ目の合間の休憩時間に、ヘレン・モーガンが彼を拳銃で撃ちます。大雪のため救急車の到着が遅れ、ベルビュー病院に移送されましたが間もなく死亡が確認されました。

 何とも悲しくやるせない話です。殺人を擁護する気はありませんが、我が子のようにリーを愛したヘレンの気持ちが痛い程伝わってきます。せめてもの救いは、彼の素晴らしい演奏が、録音や画像で数多く残されていることです。いま、「ソニック・ブーム」を聴きながらキーボードをたたいていますが、輝かしい音色、天馬空を駆けるようなハイトーン、泉のように湧きいでるメロディに耳を奪われます。映画に挿入される実写フィルムにも躍動的な演奏、子どものような笑顔、お道化た仕草が映しだされ、心躍りました。

 リー・モーガンという素晴らしいミュージシャンがいたことを、そして彼を愛したヘレン・モーガンという女性がいたことを教えてくれる映画です。

 なお映画のなかで、ジミー・メリットが作曲した「アンジェラ」という曲が演奏され、黒人解放運動のために逮捕されたアンジェラ・デイヴィスという女性を激励するためにつくられたという説明がありました。不学にしてこの女性について知りませんでしたので、『コトバンク』の「20世紀西洋人名事典」で調べてみました。
アンジェラ・デイヴィス Angela Yvonne Davis 1944.1.26 -
 米国の黒人政治運動家。アラバマ州バーミングハム生まれ。10代から母親と共に公民権運動に参加する。1961年にブランダイズ大学で学んだ後に、パリ、ドイツに留学した。帰国後'68年に米国共産党に入党。'69年UCLA哲学科助教授となるが共産党員であることを理由に解任される。'70年に黒人運動団体ソルダット・ブラザース事件で逮捕されるが、国際的な支援運動が実り、無罪判決を得る。'80年に共産党から副大統領候補として出馬をしている。'85年には国連婦人の10年ナイロビ会議に出席した。
 アフリカ系アメリカ人への差別、その結果としての貧困が、この悲劇の背後にあったと暗示しているのかもしれません。でも麻薬には手を出してほしくなかった。ビリー・ホリデイがこう言っています。
 麻薬をやって、ジャズがうまくなるはずがない。もしそんなことをいう先輩がいたら、麻薬についてビリー・ホリデイ以上に、何を知っているかとききただしてみるといい。
 余談です。若きジャズマン菊池オサムの青春を描いた傑作漫画『BLOW UP !』(細野不二彦 小学館)第2巻session 3「DESERT MOONLIGHT」にリー・モーガンが登場します。彼が雇われているキャバレーを経営する暴力団の代貸・砂田が銃で撃たれて入院、その彼に菊池オサムがプレゼントしたのが「ザ・ランプローラー」です。砂田はハーモニカでよく「月の砂漠」を吹いていたからですね。また第2巻session 10最終話「EVERY TIME WE SAY GOOD-BYE (Take 2)」ではオサムの良きライバルである混血青年・油井大明(ts)が恋人に射殺されたる場面が出てきます。リー・モーガンの悲劇を意識したのかもしれません。
by sabasaba13 | 2018-01-10 06:29 | 映画 | Comments(0)

『ロダン』

c0051620_76150.jpg 『CODA』を「角川シネマ有楽町」で見たときに、『ロダン カミーユと永遠のアトリエ』という映画のチラシが置いてありました。天才彫刻家オーギュスト・ロダンを描いた映画ですね。カミーユとは、カミーユ・クローデルのことでしょう。ロダンの高弟にして愛人、そしてロダンを凌駕する才能をもった彫刻家にして、彼との間のさまざまな確執を経て悲劇的な最期をとげた女性。「ウィキペディア」にはこうありました。
 この悩める時期に教え子のカミーユ・クローデルと出会い、この若き才能と魅力に夢中になった。だが優柔不断なロダンは、カミーユと妻ローズの間で絶えず揺れた。数年後ローズが病に倒れ、カミーユがローズと自分との選択を突付けるまで決断できなかった。ロダンはローズの元に逃げ帰り、ショックを受けたカミーユは以後、徐々に精神のバランスを欠き、ついには精神病院に入院、死ぬまでそこで過ごすことになる。
 これは面白そうな映画です。さっそく山ノ神を誘って東劇に見に行きました。都営地下鉄浅草線の東銀座駅でおりて地上へでると、すぐ目の前が歌舞伎座です。ここから東へ数分歩くと東劇に到着です。監督はジャック・ドワイヨン、公式サイトから、あらすじを引用します。
 1880年パリ。彫刻家オーギュスト・ロダンは40歳にしてようやく国から注文を受ける。そのとき制作したのが、後に《接吻》や《考える人》と並び彼の代表作となる《地獄の門》である。その頃、内妻ローズと暮らしていたオーギュストは、弟子入りを願う若いカミーユ・クローデルと出会う。
 才能溢れるカミーユに魅せられた彼は、すぐに彼女を自分の助手とし、そして愛人とした。その後10年に渡って、二人は情熱的に愛し合い、お互いを尊敬しつつも複雑な関係が続く。二人の関係が破局を迎えると、ロダンは創作活動にのめり込んでいく。感覚的欲望を呼び起こす彼の作品には賛否両論が巻き起こり…。
 この映画は二つの観点が貫かれています。ロダンの創造活動と、カミーユ・クローデルとの愛憎。「創った。愛した。それが人生だった」というサブタイトルが示す通りです。
 まずは何といっても、主役のヴァンサン・ランドンの演技には舌を巻きました。もちろんご本人にはお会いしたことはないのですが、風貌、仕草、言動、すべてがロダンに生き写しのように思えます。彫刻家の創作現場の様子もよくわかりました。そして、己の芸術に対する信念を枉げず、周囲の無理解に抗い、製作を続けるロダンの姿勢もよく描かれています。「カレーの市民」や「地獄の門」といったおなじみの名作も随所に登場します。そして圧巻は、「バルザック像」の製作過程です。箱根彫刻の森美術館のサイトから転記します。
 ロダンは文芸家協会から、小説家オノレ・ド・バルザック(1799-1850)の記念像の制作を依頼され、肖像写真をもとにして制作した。1898年のサロンにガウンをまとった石膏像を発表したが、これが雪だるま、溶岩、異教神などと言われ、「フランスが誇る偉大な作家を侮辱した」と、協会から作品の引き取りを拒否された。ロダンは石膏像を引き取り、終生外に出さなかった。彼の死後、1939年になってパリ市内に設置、除幕された。ガウンによって写実的なディテールが覆われ、大胆に要約された形態は、ロダンの作品の中でも最も現代に通じるものである。
 バルザックという巨大な作家の本質を表現するために、ビア樽のような腹とペニスを晒して腕を組む裸体像を造形するロダン。それに対する囂々たる非難と悪罵。苦悩しながらもとてつもない方法でクリアしますが、それは見てのお楽しみ。創作行為の現場に立ち会えたような、スリリングな場面でした。

 ロダンとカミーユの関係もうまく描かれていました。女性遍歴をくりかえしながらも妻ローズを愛おしむロダン。優柔不断な彼に苛立つ、誇り高い女性カミーユ。己の才能に自信をもつ彼女はロダンと別れて独立しますが、そこで待っていたのは女性差別でした。ただ女性というだけで作品が評価されない現実の前に、彼女は苦悩します。カミーユの作品、両手を伸ばして救いを求めるような「嘆願する女」を見て、顔色を曇らせるロダン。「彼女は脅威だ」という一言も重いですね。ロダンを悪者にして済ませるような単純な解釈ではなく、二人の関係の陰影をみごとに表現していました。

 味わい深く余韻の残る、良い映画でした。お薦めです。

 なお日本人モデルの花子が映画に登場します。パンフレットで知ったのですが、森?外に、彼女をモチーフにした『花子』という作品があるのですね。勉強になりました。
 また静岡県立美術館には、彼の作品を集めたロダン館があります。一見の価値あり。
by sabasaba13 | 2018-01-06 07:06 | 映画 | Comments(1)

『永遠のジャンゴ』

c0051620_20441571.jpg 坂本龍一を追いかけた映画『CODA』を「角川シネマ有楽町」で見たときに、『永遠のジャンゴ』という映画のチラシを見かけました。ジャンゴ? ギタリストの写真が載っているので、ジャズ・ギタリストのジャンゴ・ラインハルトのことですね。その高名はよく耳にしますが、彼のことについてはよく知りません。ジャズ創成期にフランスで活躍したジャズマン、ジャズ・ギター奏法を確立したヴィトルオーソ。CDも一枚しか持っていません。チラシを読んでわかったのですが、彼はロマ(ジプシー)なのですね。そして火傷のため三本の指が使えないにもかかわらず、人差し指と中指だけでフレットを押さえて素晴らしい演奏をしたことも初めて知りました。
 そのジャンゴと、フランスを占領したナチス・ドイツとの関わりを描いた映画だそうです。そう、ナチスはユダヤ人だけではなく、ロマや同性愛者への苛烈な弾圧を行なったのですね。歴史学徒、そしてジャズ・ファンとしては見逃せません。さっそく山ノ神を誘って、新宿の武蔵野館へ見に行きました。監督はエチエンヌ・コマール、舞台は1943年、ナチス・ドイツ占領下のフランスです。森の中で音楽に興じていたロマたちをナチスが無慈悲に殺害する冒頭のシーンが、この映画のテーマを暗示しています。場面は変わってパリのミュージックホール、白熱の演奏で聴衆を熱狂させるジャンゴ・ラインハルト。しかし愛人ルイーズから、ナチスがロマを迫害しているという情報をもらい、彼はスイスへ亡命する決意をします。老母と身重の妻を連れてレマン湖畔の町へたどり着きますが、警戒が厳しく亡命のチャンスはなかなかやってきません。付近にいたロマたちとのつかの間のふれあいに心和ませますが、警察から公道の往来とキャンプを禁じる通達が出されるなど、迫害は激しさを増していきます。ジャンゴは食いぶちを稼ぐために素性を隠して地元のバーで演奏を始めますが、取締りにあいドイツ軍司令部に連行されてしまいます。そして近々催されるナチス官僚が集う晩餐会での演奏を命じられました。逡巡するジャンゴですが、レジスタンスの闘士から、ぜひ演奏してほしいと依頼されます。ドイツ軍の目を逸らして、負傷したイギリス人兵士を密かにスイスへ逃がすためです。ある決意をもって晩餐会に臨むジャンゴ。その結末は? そしてジャンゴはスイスへ逃げられるのか?

 いやあ面白い映画でした。まずジャズを演奏するシーンの素晴らしさ。ジャンゴの演奏を忠実にコピーしたローゼンバーグ・トリオの音楽も見事でしたが、何といっても主演のレダ・カテブが二本の指だけでフレットを押さえるジャンゴの奏法を完璧に再現していました。スイングしなけりゃ意味ないね(It Don't Mean A Thing)、と言わんばかりのノリノリの演奏シーンには身も心も(Body and Soul)陶酔しました。
 そしてロマの日々の暮らしや、彼ら/彼女らに対する人種主義的な偏見や侮蔑、そして差別と迫害も丹念に描かれています。印象に残ったのは、フランス警察による取調べのシーンです。まるで動物を扱うようにジャンゴの頭蓋骨の寸法を測定した取調官は、彼の動かない指を見て「指の障害は近親相姦による」と言い切ります。そういえば、白人至上主義のレイシスト、アルテュール・ド・ゴビノーはフランス人でしたね。ドレフュス事件もフランスだったし、そういう土壌があるのかもしれません。
 一番心に残ったのは、何といってもナチス官僚が集う晩餐会でジャンゴが演奏するシーンです。主宰者から「ブルースは弾くな、シンコペーションは使うな」と上品で当たりさわりのない演奏を強要されたジャンゴですが、その直前に足首に鈴を結びつけます。マーラーの交響曲第4番の冒頭で鈴が鳴り響きますが、指揮者の金聖響氏が『マーラーの交響曲』(講談社現代新書)の中でこう言っておられました。
 …この鈴の音を、ポスト・モダンの哲学者でマーラー研究の音楽学者でもあるテオドール・アドルノは、「道化の鈴」と呼びました。「道化の鈴」とは道化師の帽子にいくつかぶら下がっている鈴のことで、これが冒頭に鳴らされるのは、「これから君たちが聴くものは、すべて本当のことではないのだよ」と、物語が始まるときの口上が述べられていることになります。(p.118~9)
 そうか、"道化の鈴"か。彼は「これから君たちが聴くものは、すべて本当のことではないのだよ」という思いを鈴に託したのかもしれません。単調で平板でお上品な気のない演奏をするジャンゴ、しかし演奏が進むにつれ「キング・オブ・スイング」の血が沸き立ち、スインギーなギターで聴衆を揺さぶっていきます。冷血そうなナチス将校の足が自然と揺れているのには思わず緩頬しました。
 そして興味深かったのは、フランスの官憲が、ナチス・ドイツに非常に協力的であったと描かれていることです。いくら占領下にあったとはいえ、あるいは傀儡政権(ヴィシー政権)のもとにあったとはいえ、心なしか自発的に協力したように見えます。これについては、『「戦後80年」はあるのか』(集英社新書)の中で、内田樹氏がこう述べられています。長文ですが引用します。
 歴史的事実をおさらいすると、1939年9月のドイツのポーランド侵攻に対して、英仏両国はドイツに宣戦布告します。フランスは翌1940年5月にはマジノ線を破られ、6月には独仏休戦協定が結ばれます。フランスの北半分はドイツの直轄統治領に、南半分がペタンを首班とするヴィシー政府の統治下に入ります。第三共和政の最後の国民議会が、ペタン元帥に憲法制定権を委任することを圧倒的多数で可決し、フランスは独裁制の国になりました。そして、フランス革命以来の「自由、平等、友愛」というスローガンが廃されて、「労働、家族、祖国」という新しいファシズム的スローガンを掲げた対独協力政府ができます。
 フランスは連合国に対して宣戦布告こそしていませんけれども、大量の労働者をドイツ国内に送ってドイツの生産活動を支援し、兵站を担い、国内ではユダヤ人迫害を行いました。フランス国内で捕えられたユダヤ人たちはフランス国内から鉄道でアウシュヴィッツやダッハウへ送られました。
 対独レジスタンスが始まるのは1942年くらいからです。地下活動という性質上、レジスタンスの内実について詳細は知られていませんが、初期の活動家は全土で数千人規模だったと言われています。1944年6月に連合国軍がノルマンディーに上陸して、戦局がドイツ軍劣勢となってから、堰を切ったように、多くのフランス人がドイツ軍追撃に参加して、レジスタンスは数十万規模にまで膨れあがった。この時、ヴィシー政府の周辺にいた旧王党派の準軍事団体などもレジスタンスに流れ込んでいます。昨日まで対独協力政権の中枢近くにいた人たちが、一夜明けるとレジスタンスになっているというようなこともあった。そして、このドイツ潰走の時に、対独協力者の大量粛清が行われています。ヴィシー政権に協力したという名目で、裁判なしで殺された犠牲者は数千人と言われていますが、これについても信頼できる史料はありません。調書もないし、裁判記録もない。どういう容疑で、何をした人なのか判然としないまま、「対独協力者だ」と名指しされて殺された。真実はわからない。(p.37~8)

 先日のテロで露呈したように、フランス社会には排外主義的な傾向が歴然と存在します。大戦後も、フランスは1950年代にアルジェリアとベトナムで旧植民地の民族解放運動に直面したとき、暴力的な弾圧を以て応じました。結果的には植民地の独立を容認せざるを得なかったのですが、独立運動への弾圧の激しさは、「自由、平等、友愛」という人権と民主主義の「祖国」のふるまいとは思えぬものでした。そんなことを指摘する人はいませんが、これは「ヴィシーの否認」が引き起こしたものではないかと僕は考えています。「対独協力政治を選んだフランス」、「ゲシュタポと協働したフランス」についての十分な総括をしなかったことの帰結ではないか。
 もしフランスで、終戦時点で自国の近過去の「逸脱」についての痛切な反省がなされていたら、50年代におけるフランスのアルジェリアとベトナムでの暴力的な対応はある程度抑止されたのではないかと僕は想像します。フランスはナチス・ドイツの暴力に積極的に加担した国なのだ、少なくともそれに加担しながら反省もせず、処罰も免れた多数の国民を今も抱え込んでいる国なのだということを公式に認めていたら、アルジェリアやベトナムでの事態はもう少し違うかたちのものになっていたのではないか。あれほど多くの人が殺されたり、傷ついたりしないで済んだのではないか。僕はそう考えてしまいます。
 自分の手は「汚れている」という自覚があれば、暴力的な政策を選択するときに、幾分かの「ためらい」があるでしょう。けれども、自分の手は「白い」、自分たちがこれまでふるってきた暴力はすべて「正義の暴力」であり、それについて反省や悔悟を全く感じる必要はない、ということが公式の歴史になった国の国民は、そのような「ためらい」が生まれない。フランスにおけるムスリム市民への迫害も、そのような「おのれの暴力性についての無自覚」のせいで抑制が効きにくくなっているのではないでしょうか。(p.48~9)
 しかしこの映画はフランスで製作されたもの、自らの恥部を直視しようとする意図があるように思えます。「ヴィシーの否認」から脱け出そうという動きの一環なのかもしれません。こうした歴史の闇を白日のもとに晒すのも、映画の重要な役割ですね。『明治維新150年を考える』(集英社新書)の中で、行定勲氏がこう語られています。
 映画は闇に光を当てて、そこに何が映っているか、それを観るものです。一番重要なのは闇であって、そこに手を突っ込んで切り開いていかないといけない。(p.144)
 日本も「従軍慰安婦の否認」「南京大虐殺の否認」から脱け出さなければなりませんね。

 余談その一。ジャズ・ピアニストのジョン・ルイスが、オマージュとして「ジャンゴ」という曲をつくりました。MJQ(モダン・ジャズ・クァルテット)の『ヨーロピアン・コンサート』で愛聴しています。
 余談その二。『マスター・キートン』(浦沢直樹・画 勝鹿北星・作 小学館)第5巻におさめられている「ハーメルンから来た男」「ハノーファーに来た男」「オルミュッツから来た男」が、ロマに対するナチスの迫害をテーマにしています。
by sabasaba13 | 2017-12-30 07:51 | 映画 | Comments(0)

『CODA』

c0051620_16122369.jpg 坂本龍一氏を追ったドキュメンタリー映画、『Ryuichi Sakamoto:CODA』が上映されるという情報を得ました。それほど熱烈なリスナーではないのですが、映画『戦場のメリークリスマス』のサウンドトラックはよく聴きました。ちょうど就職して右往左往していた頃で、疲れ果てて家に帰り、缶ビールを飲みながらこの曲を聴き幾度癒されたことか。また最近では、六ケ所村核燃料再処理工場による放射能汚染に警告を発したり、反原発集会に参加してスピーチをしたりするなど、意欲的な政治行動に瞠目しています。ちょっと注目したい音楽家ですので、山ノ神を誘って「角川シネマ有楽町」に見に行くことにしました。監督はスティーブン・ノムラ・シブル氏です。

 プログラムによると、この映画をつくるきっかけについて、シブル監督はこう語っています。
 自分は東京で生まれ育ったんですが、ちょうど坂本さんがニューヨークに拠点を移した時期と同じ80年代後半に大学入学のためにニューヨークに引っ越ししたんですね。その後も、接点といえば、坂本さんがニューヨークでおこなったコンサートを見に行ったくらいだったんですけど、2012年にニューヨークの教会で開催された京都大学原子炉実験所助教(当時)の小出裕章さんの講演会に行った時、その客席に坂本さんの姿をお見かけしたんです。そこでの坂本さんの真剣なたたずまいに、自分はとても強い印象を受けたんですね。それで、坂本さんの活動全般を追った作品を作れないかと考えるようになって、共通の知人を通して、数日後にご本人にアプローチをしたんです。
 小出裕章氏といえば、専門家の立場から核(原子力)の危険性を追求され続けてきた方です。拙ブログでも、『DAYS JAPAN』への投稿『朝日新聞』の紹介記事、共著『原発・放射能』について紹介しました。その講演を真摯に聴く坂本氏の姿に心打たれたシブル監督によって、この映画はつくられたのですね。

 まず東日本大震災における被災地支援活動が映像で紹介されます。宮城県名取市では、津波によって水浸しとなったピアノの鍵盤を愛おしむように叩く姿が印象的でした。岩手県陸前高田市でのチャリティコンサートでは、坂本氏のピアノとジャケス・モレレンバウム氏のチェロとジュディ・カン氏によるバイオリンというトリオで、「戦場のメリークリスマス」を演奏します。ほんとうに素晴らしい曲ですね、思わず涙腺がゆるみました。そして防護服を着て福島第一原発を囲む帰還困難地域を訪れ、首相官邸前の原発再稼働反対デモに参加するなどの、積極的な社会活動に目を瞠ります。
 そして日々の作曲活動が紹介されます。身の回りにあるさまざまな音に耳をすまし、それを音楽へと昇華させようとする姿勢がうかがわれます。たとえば雨の音。最後にはバケツをかぶってそこにあたる雨の音にも興味を示しますが、このシーンがポスターとなっています。アフリカに行って民族音楽に触れ、なんと北極にまで行き、氷河の溶ける音にも耳を傾けています。彼の言です。
 我々、日々暮らしていれば音に囲まれているわけですが、普通は音楽として聴いていない。でも、よく聞くと音楽的にもおもしろいんですよ。そういうものも、自分の音楽の一部として取り込みたい。
 YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の演奏など、若き日の映像も挿入されますが、今の彼との違いには驚きます。あふれるばかりの才能に自信を持ち、電子機器を自在に扱いながら、奔放に演奏するその姿を見ると「唯我独尊」という言葉が思い浮かびます。音楽を自分に奉仕させているというと言いすぎかな。
 その昔日の彼が、なぜ謙虚に音楽に取り組むようになったのか、そして社会活動に尽力するようになったのか。2001年9月11日、自宅近くのマンハッタンで目撃した、米同時多発テロが関わっていると、彼は語っています。テロ以降七日間、ニューヨークの街から音楽が消え、彼自身も音楽を聴かなかったそうです。あらためて、音楽は平和でないとできないと痛感したことが、社会活動への意欲的参加につながったのですね。それでは民族音楽をも含めた"自然な音"へ、なぜこだわりはじめたのか。ご本人は、アンドレイ・タルコフスキー監督作品のサウンドトラックに惹かれたと語っていますが、それだけではないように思えます。実は、たまたま読んでいた『家族進化論』(山極寿一 東京大学出版会)の中に、次のような一文がありました。
 しぐさとともに、音楽も人間が言葉以前に発達させたコミュニケーションである。音楽は仲間どうしのきずなを強め、一体化する気持ちを高めて協力行動をとるために大いに貢献した。現生人類がアフリカ大陸を出て季節変化の大きい環境へ進出できたのは、音楽による共感力の強化にあったのではないかと思われる。
 音楽のもつ共感力をもって、世界に住むさまざま人たちを結びつける。そのためにも、その音楽は、万人が受け入れられる自然の音を素材にしたものがよい。坂本氏はそう考えておられるのではないかと感じます。

 力まず、自然体で、音楽に向き合い、社会運動に参加するその姿に元気づけられた映画です。中でももっとも印象に残ったシーンがあります。ソロピアノで「LIFE」という曲を演奏する坂本氏、その背後の大きなスクリーンには、原子爆弾開発の中心となったJ・ロバート・オッペンハイマー博士のインタビューが映し出されます。アラモゴードでの原爆実験に成功したときの様子を語る、慄然とするようなインタビューです。私は『パクス・アメリカーナの五十年』(トマス・J・マコーミック 東京創元社)や『楽しい終末』(池澤夏樹 中公文庫)で知ったのですが、後者より引用します。
 われわれは爆風が通り過ぎるのを待って待避壕の外に出た。ひどく敬虔な雰囲気だった。世界が以前とは違うものになったのをわれわれは知っていた。笑っている者がおり、泣いている者がいた。大半の人々は黙っていた。わたしはヒンドゥーの古典バガヴァド・ギーターの一節を思い出した-義務を果たすべきだとヴィシュヌが王子を説得し、多くの手を持つ形に変身した上で言うのだ「今、わたしは死となる。世界の破壊者となる」。わたしは自分たちみんながそれぞれに同じようなことを考えていただろうと思う。(p.36)
 その映像が残されていたのですね。ユーチューブで見ることができます。真正面からこちらを見据え、まるで諦観したような、あるは人間の愚昧さをせせら笑うような、淡々とした話しぶりには肌に粟が生じます。この恐るべき映像に、鎮魂歌のような曲を重ね合わせた坂本氏の炯眼には脱帽しました。

 なお、2017年4月にニューヨークのパーク・アベニュー・アーモリーで行われた、200人しか聴けなかった幻の限定ライブを収録した映画『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK: async』が、2018年1月27日に全国劇場公開されるとのことです。監督は、本作と同じスティーブン・ノムラ・シブル氏。これも楽しみですね。
by sabasaba13 | 2017-12-24 16:12 | 映画 | Comments(0)

『エルネスト』

c0051620_627195.jpg 先日、山ノ神と「ユナイテッドシネマとしまえん」で、映画『エルネスト』を見てきました。『週刊金曜日』の映画評で知ったもので、チェ・ゲバラのもとで戦った日系人を主人公とした映画だそうです。ゲバラを描いた映画、『チェ 28歳の革命』と『チェ 39歳別れの手紙』を見て、"人が人を搾取することは許せない"という彼の志にいたく感銘を受けました。その彼とともに戦った日系人がいたとは初耳です。これは楽しみですね。監督は阪本順治、主演はオダギリジョーです。

 公式サイトをもとに、私の文責でストーリーを紹介します。1959年7月24日、日本を訪問していたエルネスト・チェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)らが急遽、広島へ向かいます。唯一。中国新聞社・森記者(永山絢斗)だけが取材に同行。ゲバラは、原爆ドームや原爆資料館などを訪れ、こう感想を述べるのでした。「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」と。
 それから数年後の1962年4月、ひとりの日系人青年、フレディ前村(オダギリジョー)が、祖国ボリビアのために医者になることを決意し、ハバナ大学の医学部にやってきました。1963年の元旦に憧れのゲバラが学校にやってきて、フレディと話します。「あなたの絶対的自信はどこから?」と訊くフレディに対してゲバラはこう答えました。「自信とかではなく怒っているんだ、いつも。怒りは、憎しみとは違う。憎しみから始まる戦いは勝てない」。そんな矢先、母国ボリビアで軍事クーデターが起こり、フレディは『革命支援隊』に加わることを決意します。ある日、司令官室に呼ばれたフレディは、ゲバラから戦地での戦士ネームである"エルネスト・メディコ(医者)"という名を授けられ、ボリビアでの戦いへと向かうのでした。

 ほんとうに真面目でまっすぐな映画でした。貧しい人びとのために医学への道を志し、さらには搾取や暴力や貧困をなくすために革命への道を突き進む、愚直なまでに一途なフレディ前村を、オダギリジョーが熱演しています。なかでも心に残ったのが、「見果てぬ夢を見て何が悪い」というセリフです。そういえば、夢を見ること、夢を語ることが、私たちの社会では縁遠くなったような気がします。話題といえば"今だけ、金だけ、自分だけ"、スマホとコンビニとユニクロがあればとりあえず満足といった風潮をそこはかとなく感じます。こういう時代であればこそ、フレディのように、より真っ当な社会をつくろうという夢を臆せずに見たいものです。夢は見ていいんだという勇気を分けてくれた映画でした。そういえば、ゲバラもこう言っていましたっけ。
 もしわれわれが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう、そのとおりだ、と。
 もうひとつ印象的だったのが、広島の平和記念公園と原爆病院を訪れたゲバラの真摯な表情です。映画が進行するにつれ、当時のキューバではアメリカによる核攻撃の可能性を視野に入れていたことがわかりました。核兵器の威力と後遺症を医者の目で冷徹に分析するとともに、この非人道的な兵器と、それを利用してエゴイスティックに権益を追及する超大国への怒りを覚えたことと思います。怒りから始まる戦いは勝てる。核兵器禁止条約に反対する日本政府に怒りましょう。
by sabasaba13 | 2017-11-11 06:28 | 映画 | Comments(0)

『米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー』

c0051620_625228.jpg 先日、映画『チャルカ』を、新宿の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」で見てきました。何か面白そうな映画はないかと館内のチラシやポスターを物色していると、『米軍が最も恐れた男』というタイトルが目に飛び込んできました。なに? 世界最強・最凶・最低のアメリカ軍が恐れた男がいたのか! それに続くタイトルは『その名は、カメジロー』。カメジロー? 亀次郎? あっ瀬長亀次郎か! 少々沖縄の歴史は勉強したので、その名は記憶に強く残っています。米軍の没義道な占領政策に敢然と立ち向かった政治家ですね。彼が書いた『沖縄からの報告』(岩波新書353)という本も持っています…まだ読んでいませんが。ごめんなさい、カメジローさん。その彼を主人公にして、TBSキャスターの佐古忠彦氏がつくったドキュメンタリー映画のようです。チラシからサマリーを引用します。
 第二次大戦後、米軍統治下の沖縄で唯一人"弾圧"を恐れず米軍にNOと叫んだ日本人がいた。「不屈」の精神で立ち向かった沖縄のヒーロー瀬長亀次郎。民衆の前に立ち、演説会を開けば毎回何万人も集め、人々を熱狂させた。彼を恐れた米軍は、様々な策略を巡らすが、民衆に支えられて那覇市長、国会議員と立場を変えながら闘い続けた政治家、亀次郎。その知られざる実像と、信念を貫いた抵抗の人生を、稲嶺元沖縄県知事や亀次郎の次女など関係者の証言を通して浮き彫りにしていくドキュメンタリー。
 これは見に行かなくては。さっそく山ノ神を誘って、渋谷の「ユーロスペース」に見に行きました。平日の午後二時すこし前に行ったのですが、なんとほぼ満席、最前列の席しか空いていません。これは嬉しい、けれど若者の姿がほとんど見当たらないのは悲しいですね。若者にこそ見て欲しい映画なのに。寺山修司ではありませんが、「スマホを捨てよ、映画館へ行こう」と言いたいところです。
 期待にあふれた熱気のなか、映画が始まりました。実写フィルム、写真、瀬長亀次郎の日記、関係者の証言を巧みに駆使しながら、占領下における米軍の過酷な支配と沖縄人の苦難、それに抗う瀬長亀次郎と人びとの闘いを手際よくまとめてあり、あっという間に107分が過ぎました。知識としては多少知っている占領下の沖縄史ですが、この映画のおかげでその実態をすこしは追体験できたような気がします。

 印象的なシーンはたくさんありました。冒頭でネーネーズが唄う「おしえてよ亀次郎」の一節、♪あなたならどうする 海のむこう おしえてよ亀次郎♪
 立法院議員に当選して米軍の肝いりでつくられた琉球政府創立式典に参加したものの、ただ一人宣誓を拒否して起立しなかった亀次郎。そして宣誓書に捺印しなかった男。これだけでも胸が熱くなるのですが、実はこれには深い背景がありました。「現代ビジネス」の中で、監督の佐古忠彦氏が詳しく説明されているので、私の文責で要約して紹介します。亀次郎は、「立法院議員は、米国民政府と琉球住民に対し厳粛に誓います」という条文の「米国民政府」の部分を削らないと宣誓書に判は押さない、と主張しました。困り果てた職員は、宣誓書をいったん持ち帰りました。そして再度見せられた宣誓書には、亀次郎の要求通り「米国民政府」の文字が消えていましたが、実はこれには見えすいたカラクリがあったのですね。宣誓書には、英語で書かれたものと日本語で書かれたものの二つがあり、英文を確認すると、こちらのほうには「米国民政府」がしっかりと残されていたのです。それを知った亀次郎は宣誓を拒否して起立せず、宣誓書に捺印しなかったのですが、これには法的根拠がありました。ハーグ陸戦条約の「占領された市民は、占領軍に忠誠を誓うことを強制されない」という条文です。こう主張されては、さすがの米軍も強制はできません。凄い… 英語文をチェックするという狐の用心深さと、自分の権利を主張するために国際条約を根拠にするという梟の智慧。たしかに「米軍が最も恐れる男」です。安倍上等兵・前原二等兵を筆頭とする現今の政治家・官僚諸氏に、彼の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいのですが、彼らは確信犯として喜んで尻尾を振っているので飲むわけはありませんね。贅言でした。あえて注文をつければ、この背景も映画でとりあげてほしかったと思います。そうすれば、瀬長亀次郎の奥深さがもっと伝わるのではないかな。
 なお余談ですが、英文と日本文をうまく利用して権益を確保するという手法は、アメリカの常套手段のようです。例えば、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(前泊博盛 創元社)によると、日米地位協定には日本語の正文がないそうです。前泊氏によると、この日米地位協定を含む、日米で結ばれる安全保障上の重要なとり決めの多くが、英語だけで正文が作られ、日本語の条文は「仮訳」という形になっているのだそうです。そのことの意味は、ふたつ。「正文」を変更して国民をだませば「犯罪」になりますが、ウソの条文を作っても、仮訳なら「誤訳だった」といってごまかすことができる。これがひとつ。もうひとつは、日本語の正文が存在しなければ、条文の「解釈権」が、永遠に外務官僚の手に残されるということです。ここまで私たちは愚弄されているのですね。ま、そうしたことを許し黙認する政党を政権の座につけ続けているのですから、自業自得です。

 まだまだあります。1954年10月、米軍は彼を、沖縄から退去命令を受けた人民党員をかくまった容疑(出入国管理令違反)で逮捕し、たった一人の証言を証拠として弁護士なしの裁判にかけ、懲役2年の実刑判決により投獄します。その刑務所で劣悪な待遇に反発した囚人の大規模な暴動が起こると、アメリカの職員は為す術もなく亀次郎に「何とかしてくれ」と頼ります。亀次郎が現われると囚人たちは静かにその話を聞き、彼が提案した「要求を話し合ってまとめ、代表を選んで刑務所側に伝えること」「逃走した囚人を連れ戻すこと」という条件をのんで暴動は鎮まります。
 たくさんの人びとが歓喜とともに出迎える出獄のシーンも感動的でした。出獄後、亀次郎は那覇市長選に出馬し、さまざまな妨害を受けながらも当選を果たします。しかし米軍は執拗な嫌がらせをして、彼を市長の座から追い落とそうとしました。占領軍出資の琉球銀行による那覇市への補助金と融資の打ち切り、預金凍結、そして水道の供給停止などです。彼は日記にこう書きます。「面白くなってきた」 またこれは米軍による「テロ」だとも。
 "テロ"の定義がえてして錯綜するのは、自分の行動は"テロ"ではなく、敵対勢力の行動を"テロ"だと決めつけようとするためです。"テロ"とは「恐怖で相手を威圧して様々な目的を達成する」と定義すれば、こうした米軍の行動はまごうことなく"テロ"ですね。米軍による占領統治は、この事件だけではなく、"テロリズム"が基調であったことを銘肝しましょう。『無意識の植民地主義』(野村浩也 御茶の水書房)から引用します。
 沖縄人の土地を暴力で強奪することによって建設が強行された米軍基地。それは、そこで農民として暮らしていた沖縄人から、生きる糧も住いもすべて奪いつくした。どうやって生きていけばよいのか。途方に暮れた沖縄人に米軍があてがったもののひとつ。それは、なんと、奪われた土地を軍事基地に変える仕事に従事させることであった。土地を強奪された者が、強奪した者のために、生命の糧を恵んでくれるはずの自分の土地を、みずからの手で、生命を奪う軍事基地に変えなければならない屈辱。土地を強奪された沖縄人のなかには、生きるために、そうするしかなかったひとも多い。生きるために、基地ではたらくしかなかったひとは多い。そして米軍人は、沖縄人が抵抗しようものなら、「首を切るぞ!」と脅かした。沖縄人は恐怖に震えた。職を奪われたら生きていけない。生命の糧を恵んでくれる自分の土地はもうないのだから。職を奪われることは、殺されるのも同然なのだ。よって、生きるためには、米軍という植民者に従うほかなかった。土地どろぼうに従うほかなかったのだ。
 これは、恐怖政治である。テロリズムである。土地を奪われた沖縄人の抵抗を抑え、軍事基地を安定的に維持するためには、沖縄人を恐怖させなければならない。そして、恐怖させるためには基地に依存させなければならない。依存させるためには沖縄人を自立させてはならない。(p.204)
 というわけで米軍の嫌がらせによって、市政運営の危機に見舞われますが、市民は自主的な納税によって瀬長を助けようとします。なんと、最高で97%! その様子を撮影したフィルムが流されますが、嬉々として税金を払うために長蛇の列をなす市民の姿にじーんときました。米軍首脳の、苦虫を?み潰したような顔が思い浮かびますね。
 しびれを切らした占領軍は、米民政府高等弁務官布令を改定し、投獄を理由に亀次郎を市長の座から追放し被選挙権を剥奪してしまいます。しかし市民は、亀次郎が応援する候補者を当選させ、米軍に一矢を報いました。
 そして1972年の沖縄返還、「核抜き・本土並み」という県民の願いは叶えられずに米軍基地は居座り続けます。亀次郎は衆議院議員として7期連続当選を果たし、国政の場において闘いを続けました。衆議院における佐藤栄作首相とのやりとりを映したフィルムが印象的ですね。沖縄県民への不平等・不公正を舌鋒鋭く問い詰める亀次郎、それを曖昧模糊に受け流す佐藤首相。ただ安倍上等兵のように相手を小馬鹿にしたような感じはなく、多少の品性は感じました。
 2001年10月5日、肺炎で死去。享年94。合掌。

 この映画を貫くものは、平和と人権のために米軍に抗った亀次郎の足跡にありますが、もうひとつ見逃せないのは彼が発した言葉の数々です。生前、好んで揮毫した「不屈」という言葉。「一握りの砂も、一坪の土地も、アメリカのものではない」、「民衆のにくしみに包囲された軍事基地の価値は0にひとしい」といった言葉。また彼はガジュマルを愛し、「どんな嵐にも倒れない。沖縄の生き方そのものだ」と語ったそうです。収容所で亡くなった母がよく言っていた「ムシルヌ アヤヌ トゥーイ アッチュンドー(ムシロの綾のように、まっすぐ、正直に生きるんだよ)」という言葉も忘れられません。

 というわけで、心に残る素晴らしい映画でした。ただ沖縄にこうした苦難を押しつけた日本政府と、それを支持した、あるいは無知・無関心であった有権者の責任についてあまり言及がなかったことが残念でした。これは、自分で調べて考えろ、ということでしょう。はい、そうします。もっと亀次郎の演説シーンが見たかったのですが、これはないものねだりですね。実写フィルムがあまり残っていないものと思います。
 これからも沖縄について学び、沖縄から学んでいきたいと思います。亀次郎の発した「不屈」という言葉を胸に、沖縄から、そして日本から軍事基地がなくなる日が来ることを夢見て。

 なおこの「不屈」の重要性に論及した文章を紹介します。まずは『戦後史の正体 1945‐2012』(孫崎享 創元社)です。
 ではそうした国際政治の現実のなかで、日本はどう生きていけばよいのか。
 本書で紹介した石橋湛山の言葉に大きなヒントがあります。終戦直後、ふくれあがるGHQの駐留経費を削減しようとした石橋大蔵大臣は、すぐに公職追放されてしまいます。そのとき彼はこういっているのです。
 「あとにつづいて出てくる大蔵大臣が、おれと同じような態度をとることだな。そうするとまた追放になるかもしれないが、まあ、それを二、三年つづければ、GHQ当局もいつかは反省するだろう」
 そうです。先にのべたとおり、米国は本気になればいつでも日本の政権をつぶすことができます。しかしその次に成立するのも、基本的には日本の民意を反映した政権です。ですからその次の政権と首相が、そこであきらめたり、おじけづいたり、みずからの権力欲や功名心を優先させたりせず、またがんばればいいのです。自分を選んでくれた国民のために。(p.171)
 もうひとつは『イェサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(ハンナ・アーレント みすず書房)です。
 はるかに強大な暴力手段を所有する敵に対する場合、非暴力的行動と抵抗にどれほどの巨大な潜在的な力が含まれているかを多少とも知ろうとするすべての学生に、政治学の必須文献としてこの物語を推奨したいという気持になる。(p.134)

 このような話に含まれる教訓は簡単であり、誰もが理解できるからである。政治的に言えばその教訓とは、恐怖の条件下では大抵の人間は屈従するだろうが、或る人々は屈従しないだろうということである-ちょうど最終的解決の申出を受けた国々の与える教訓が、大抵の国では〈それは起り得た〉が、しかしどこでも起ったわけではなかったということだったのと同様に。また人間的に言えば、この地球が人間の住むにふさわしい場所でありつづけるためには、このような教訓はこれ以上必要ではないし、またこれ以上求めることは理性的ではあり得ないということだ。(p.180)
 なお瀬長亀次郎が残した膨大な資料を中心に、沖縄の民衆の戦いを後世に伝えようと設立された資料館「不屈館」が那覇にあるそうです。是非訪れましょう。
 また拙ブログに掲載した、沖縄に関する映画として『標的の島』、『戦場ぬ止み』があります。映画評は書いていないのですが、『沖縄 うりずんの雨』も素晴らしい映画でした。
 沖縄に関する書評として『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』[その一その二](前泊博盛 創元社)、『沖縄密約』もあります。よろしければご照覧ください。

 最後に、瀬長亀次郎の言葉をもうひとつ。
弾圧は闘いを生み、闘いは友を呼ぶ。

by sabasaba13 | 2017-09-05 06:26 | 映画 | Comments(0)

『チャルカ』

c0051620_5272240.jpg 山ノ神といっしょに、新宿の映画館「K's cinema(ケイズシネマ)」で、島田恵監督の『チャルカ ~未来を紡ぐ糸車~』を見てきました。パンフレットの冒頭に載せられていた監督の言葉が、この映画のメッセージを雄弁に語っています。
 チャルカとは、インドの手紡ぎ糸車のことです。インド独立の父、ガンジーはイギリスの支配から自立するために、自国で生産した綿花を自分たちで紡ぎ、その糸を手織りにした布(カディ)を作ろうと提唱しました。チャルカは独立運動のシンボルです。

 東日本大震災は私たちにとって本当に大事なものは何かを問いかけ、福島原発事故は経済優先社会が行き着いた惨状を見せつけました。それでもなお、人類の環境破壊は止まりません。その究極は何10万年も毒性が消えないという放射性廃棄物『核のゴミ』を産み出してしまうことでしょう。それは遠い先の子孫たちの住処までも奪っていることにほかなりません。人類が直面しているこの課題から、私たちが学ぶべきこととはいったい何なのでしょうか。

 今、この時代に生きているすべての人たちへ、そして、未来に生きるすべての命へ、この映画を記録として残します。
 この映画は、放射性廃棄物『核のゴミ』と向き合う人びとを描いたドキュメンタリー映画です。日本においては、政府が前面に立って処分地を選定する方針が決定しており、そのための地下研究施設が北海道幌延町と岐阜県瑞浪市に設置されました。このふたつの地が最終処分地と決まったわけではありませんが、その可能性は否定できず、不安を感じる地元住民の様子が取り上げられます。岩盤が強固なフィンランドでは、オンカロ(洞窟)という地下500mにある施設に放射性廃棄物を処分することになりました。しかし住民の三分の一は、これに反対しています。世界有数の原子力大国フランスでは、処分事業者ANDRAの処分研究施設に隣接する地域に最終処分場が計画されています。雇用の確保などの理由で、自治体はおおむね賛成していますが、住民の一部は断固として反対しています。
 島田監督は、反対派・賛成派のそれぞれの主張を真摯に映像として記録し、それを材料に、最後は見ている私たちが自分で考えて決めてくださいと問いかけているように思えます。

 心に残った人物は、幌延町のとなりにある豊富町で酪農をされている久世薫嗣さんです。最終処分地にされることに、そして原子力発電に反対し、「自給」にこだわり、過疎をくいとめて地域社会の存続を願い、福島の子どもたちの保養に尽力する久世さん。"どんな世の中になっても、ちゃんと生きていけるようなものを自分で作っていく"ことをめざす久世さん。彼の言葉です。
 いきなりじゃあ、次の良い世界が来るかといえばそれは来ないと思う。次の良い世界が来る為には、良い世界をつくろうという試みがいろんな所で行われていかない限り、良い世界は出てこない。
 あらためて、なぜ島田監督が"チャルカ"というタイトルを選んだのか、考えさせられました。前述のように"チャルカ"は、独立のシンボルです。つまり植民地から独立するためには、宗主国に頼らずに「自給」をしないといけない。それでは、今、私たちは何ものから独立しなければならないのか。私たちを植民地状態にして支配しているのは、何ものなのか。
 監督は明言されていませんが、私はこう考えます。それは"経済成長"を必須とするシステムであり、そのシステムを死守しようとする人びとたちである、と。資源と電力を大量に使用して大量に物をつくり、消費し、廃棄する。ひたすら物を買い続けることによってのみ作動できるシステム。このシステムにとって最強の敵は、「自給」、つまり物を買わずに自分でつくるというライフスタイルです。監督も、久世さんも、少しずつでもそうした方向に向かおうよ、と誘っているのではないでしょうか。

 映画館を出て駅へ歩いていると、虚飾な物と醜悪な看板にまみれた新宿の街が、さっきと違う風貌に見えてきました。
by sabasaba13 | 2017-08-16 05:27 | 映画 | Comments(0)

『シチズンフォー』

c0051620_6254348.jpg 映画『スノーデン』にいたく心と頭を揺さぶられ、いろいろと彼に関することを調べていたら、実際のエドワード・スノーデンが出演しているドキュメンタリー映画『シチズンフォー』があることを知りました。是非見たい、何が何でも見たい、幸いDVDとして発売されていたので即購入し、自宅の再生装置にかけて鑑賞しました。

 公式サイトから引用します。
 イラク戦争やグアンタナモ収容所についてのドキュメンタリー映画で高い評価を得るとともに、当局からの監視や妨害を受けてきた気鋭の映画監督ローラ・ポイトラスは、2013年初め、"シチズンフォー"と名乗る人物から暗号化されたメールを受け取るようになる。それは、NSA(国家安全保障局)が米国民の膨大な通信データを秘密裏に収集している、という衝撃的な告発だった。
 2013年6月3日、ローラは"シチズンフォー"の求めにより、旧知のジャーナリスト、グレン・グリーンウォルドとともに香港へ向かった。ホテルで二人を待っていたのは29歳の元CIA職員エドワード・スノーデン。彼の語る一部始終をローラのカメラが記録する中、驚くべき真実が明かされてゆく。NSAや他国の機関がどのような仕組みを使い、テロや犯罪への関与と無関係にあらゆる国民の電話の会話、メールの内容からインタネーットで検索した言葉まで、すべての通信記録を収集・分析しているのか。政府の監視活動にIT企業がいかに協力し、情報を提供しているのか。 グレンたちが驚いたことに、スノーデンは自ら内部告発者として名乗り出ることを望んでいた。なぜ彼は、自身や恋人の身に重大な危険が及ぶことが予測されたにもかからず、この告発に至ったのか…。
 当局の追跡がスノーデンに迫る中、6月5日、グレンは彼が契約していた英国紙ガーディアンに最初の記事を掲載する。そのスクープはたちまち大反響を巻き起こした。さらに6月10日、スノーデン自身が、自らが告発者であると名乗り出る。この前代未聞の暴露事件は、全世界にどんな影響をもたらしたのか…。
 当の本人が出演し、リアルタイムに事実を追うドキュメンタリーだけあって、その緊迫感とリアリティは半端ではありません。結末はわかってはいるものの、固唾を?み手に汗握りながら、一気に見通してしまいました。
 相手は、国益の為なら生命や人権など屁とも思わぬ世界最凶の犯罪国家・アメリカ合州国政府です。国家機密を内部告発した彼に対して、どのような措置をとるのか。迫りくるその魔手とそれに怯えるスノーデン氏たちの恐怖がビシビシと伝わってきました。点検のために鳴り響くホテルの火災警報にも、ビクッと緊張が走ります。日に日に濃くなっていく彼の目のまわりの隈からも、彼の感じる圧力と恐怖がわかります。しかし彼はそれらを克服し、毅然として国家権力に立ち向かいます。彼の発する数々の言葉から分かるように、プライバシーを、自由を、自分自身を国家権力から守るために。
 そして彼の勇気を支えたものは、もう一つあります。公式サイトによると、ローラ・ポイトラス監督が、スノーデン氏にハンドルネームとして"シチズンフォー"を選んだ理由を聞いたところ、彼は「私が最初の人間でない。そして、志願する最後の人間でもない」と答えたそうです。実は、NSA(国家安全保障局)ではこれまで三人が市民のために内部告発したが潰されました。それを見ていた四番目の市民(スノーデン)は、世界中の誰も無視できないようなやり方で発表するしかないと考えたそうです。そして、たとえ自分が失敗しても、シチズンファイブ、シックスは必ず生まれる、と信じて。そう、人権や自由のために国家権力に抗う市民が必ずいるはずだという信念が、彼を支えていたのですね。国民(nation)ではなく、市民(citizen)が。

 彼と協力して、この国家犯罪を報道した硬骨のジャーナリストのグレン・グリーンウォルドにも感銘を受けました。政治的中立などくそくらえ、権力の悪事を世に知らしめることこそがメディアの使命であることをあらためて思い知りました。政府や官僚の広告代理店と化しつつある日本のメディアの体たらくと比べると、提灯と釣鐘ですね。その実態については、『ご臨終メディア』(森達也+森巣博 集英社新書0314B)と『官僚とメディア』(魚住昭 角川oneテーマ21)の書評をご笑覧ください。

 テクノロジーの発達にともない、とどまるところなく進化する国家権力の暴走と腐敗。それに立ち向い抗うことが市民の使命であることを教えてくれたエドワード・スノーデン氏に感謝したいと思います。私もいつか「シチズン」の何番目にかに名を連ねる勇気を持ちたいと思います。
by sabasaba13 | 2017-05-30 06:25 | 映画 | Comments(0)

『標的の島』

c0051620_7244787.jpg 先日、山ノ神と一緒に、ポレポレ東中野で『標的の島 風かたか』を見てきました。公式サイトに、三上智恵監督の言がありましたので、引用します。
 2016年6月19日、過去最も悲しい県民大会が那覇で開かれた。炎天下の競技場を覆いつくした6万5千人は、悔しさと自責の念で内面からも自分を焼くような痛みに耐えていた。二十歳の女性がジョギング中に元海兵隊の男に後ろから殴られ、暴行の末、棄てられた。数えきれない米兵の凶悪犯罪。こんな惨事は最後にしたいと1995年、少女暴行事件で沖縄県民は立ち上がったはずだった。あれから21年。そのころ生まれた子を私たちは守ってやれなかった。
 大会冒頭に古謝美佐子さんの「童神(わらびがみ)」が歌われると聞いて、私は歌詞を聴かないことにした。子の成長を願う母の気持ちを歌ったもので、とても冷静に撮影できないと思ったからだ。ところが被害者の出身地の市長である稲嶺進さんが、歌の後にこう語った。「今の歌に『風(かじ)かたか』という言葉がありました。私たちはまた、一つの命を守る風よけー『風かたか』になれなかった」。そう言って泣いた。会場の女性たちも号泣した。
 できることなら、世間の強い雨風から我が子を守ってやりたいというのが親心。でも、どうやったら日米両政府が沖縄に課す残酷な暴風雨の防波堤になれるというのか。しかし勝算はなくても、沖縄県民は辺野古・高江で基地建設を進めるトラックの前に立ちはだかる。沖縄の人々は、未来の子供たちの防波堤になろうとする。
 一方で日本という国は今また、沖縄を防波堤にして安心を得ようとしている。中国の脅威を喧伝しながら自衛隊のミサイル部隊を石垣、宮古、沖縄本島、奄美に配備し、南西諸島を軍事要塞化する計画だ。その目的は南西諸島の海峡封鎖。だが、実はそれはアメリカの極東戦略の一環であり、日本の国土も、アメリカにとっては中国の拡大を封じ込める防波堤とみなされている。
この映画はそれら三つの「風かたか」=防波堤を巡る物語である。
 辺野古の新基地建設、高江のオスプレイのヘリパッド建設、そして宮古島、石垣島の自衛隊配備とミサイル基地建設など、軍事基地建設を強行する米日両政府に対して、断固として抗う沖縄の人びとを描いたドキュメンタリー映画です。時には体を張って激しく、時には歌と踊りをまじえて楽しく抵抗する人びとの姿には感銘を受けました。それを支えているのは、「理はこちらにある」という確固たる自信と、「二度と戦場にはさせない」というぶれない不屈の意志だと思います。
 逆に、抵抗を排除しようとする機動隊員や警察の方々の、自信のなさそうな、不安げな態度も印象に残りました。目をそらす、マスクやサングラスで顔を隠す、あるいは表情を変えない。まるで人間と機械が対峙し闘っているようでした。これを見るだけでも、理非がどちらにあるかは一目瞭然です。

 しかしメディアの報道は、常に「日本の怒り」ではなく「沖縄の怒り」という論調です。攻撃対象となる危険性、米兵によって多発する犯罪、環境破壊、米軍と補助金に頼る歪な経済構造、歴史的経験による軍隊への不信感、沖縄の人びとが怒り抗うのは当然だと思うのですが、私たちヤマトンチューはこの怒りを共有しようとはしません。歯がゆいほどに。
 何故か? 『要石:沖縄と憲法9条』(晶文社)の中で、C・ダグラス・ラミス氏が鋭い分析をされているので紹介します。
 つまり、主流世論を代表している個人は、以下の考えを持っている人だろう。

1 私は平和を愛している人です。平和憲法の日本に住んでいるのは、居心地よい。憲法九条をなくすのは、反対です。
2 日本の近くに怖い国があるので、米軍が近くにいないと不安です。

 もちろん、この二つの意見は見事に矛盾していて、一つの社会の中で、または一人の個人の頭の中で成り立つはずがないだろう。その成り立つはずのない、二重意識はなぜ崩れないのか。
 答えは沖縄だ。
 日米安保条約から生まれる基地を「遠い」沖縄に置き、基地問題を「沖縄問題」と呼ぶ。基地のことを考えたいとき(福生や横須賀ではなく)「遠い」沖縄まで旅し、「ああ、大変」と思い、平和な日本へ戻ってくる。つまり、軍事戦略の要石として位置は特によくないが、日本の平和な政治意識をそのまま固定するために、遠いけれども遠すぎてはおらず、近いけれども近すぎてもいない、ちょうどいい距離だ。
 その「距離」とは、地理的なことだけではない。ヤマト日本人の(潜在)意識の中で、沖縄は二つあるらしい。ひとつは日本の一部としての沖縄で、もうひとつは海外としての沖縄、である。日米安保条約の下で、米軍基地を日本に置かなければならない。沖縄は法的には「日本」になっているので、なるべく多くの基地を沖縄に置けば、条約の義務を果たすことになる。また、平和憲法の下で日本本土に外国の軍事基地を置くことはふさわしくないので、なるべく多くの基地を「海外」の沖縄に置けば、自分が平和な日本に住んでいるという幻想を(辛うじて)維持できる、ということだ。
 これは、沖縄が要石となっているアーチの応力図だ。そのアーチが崩れないためには、もうひとつの条件が必要である。それはなるべく考えないということだ。だからこそ、もっとも聞きたくないのは、基地の県外移設のことだ。その話は、アーチの要石を抜くことになるので、極めて怖いのである。自分が支持している(または大して反対していない)安保条約は、米軍基地を自分の住んでいるところに置く、という意味の条約だということを、なるべく考えたくないのだから。(p.233~5)
 考えましょう。I.F.ストーン曰く"すべての政府は嘘をつく"、夏目漱石曰く"国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくら八釜しくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、誤魔化しをやる、ペテンに掛ける、滅茶苦茶なものであります"(『私の個人主義』)、アメリカ政府も、中国政府も、北朝鮮政府も、韓国政府も、そして日本政府も、ろくでもない存在であるという事を大前提に、日米安全保障条約の可否、在日米軍基地の可否、それを沖縄に集中させることの可否を真剣に考えたいと思います。

 知的・倫理的怠惰に陥らぬよう、重要な一石を投じてくれる素晴らしい映画でした。

 なお沖縄を描いた映画として『沖縄 うりずんの雨』『戦場ぬ止み』も出色です。
by sabasaba13 | 2017-05-01 07:25 | 映画 | Comments(0)

『わたしは、ダニエル・ブレイク』

c0051620_8153447.jpg 先日、新宿の武蔵野館で、ケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』を山ノ神と見てきました。まずは公式サイトから、あらすじを紹介します。
 イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。
 まず、主人公ダニエル・ブレイクの人柄にいたく魅かれました。一本気で、職人肌で、権威・権力になびかず、他者を尊重し、ユーモア精神に満ち、困っている人を助けずにはいられない。英語にはこういう人物を表わす素晴らしい表現があります、そう、decentな人間です。例えば、隣人の黒人青年が生ゴミを出しっぱなしにすると、きちんと注意をする。市民としての義務を怠った者を注意するということは、相手を人間として認めているということですね。また遅刻をしたために福祉事務所から援助を断られた子連れのケイティを見るに見かねて、厳しく抗議をするダニエル。
 そしてこの映画のもうひとつの主人公が"官僚主義"です。複雑怪奇な規則を盾にして、弱者を苦しめる福祉行政の姿がきわめてリアルに描かれて印象的でした。理不尽にして残忍、まるでカフカの小説のようなそのやり口には嘔吐感するもよおします。なかなか通じない電話、インターネットによる手続きしか認めない硬直性、繁雑な手続き、相手を小馬鹿にしたような質問の数々。はじめは果敢に抵抗したダニエルですが、官僚制の厚い壁に阻まれやがて無力感に苛まれるようになります。こうした福祉行政の狙いは、もちろん福祉関連の経費をできるだけ削減することにあるのでしょうが、この映画を見ていてもう一つあることに気づきました。弱者の人間としての尊厳を破壊し、無力感と屈辱感を与え、コントロールしやすくすること。そして見逃していけないことは、その官僚主義の背後に大企業の存在があるということです。『〈帝国〉と〈共和国〉』(青土社)の中で、アラン・ジョクス氏はこう述べています。
 国民国家から剥奪された主権は、人民からも事実上剥奪される。今日、主権は「官僚」ではなく企業の手にある。企業という組織が従うのは、どこの土地にも属さず、目先の利益しか追わない金利生活者と、誰にも従うことのない銀行だ。誰もが口にしてやまない、経済「グローバル化」とは、実際には、政治を無に帰することにほかならない。人民主権から主権を奪い、旧体制的な国際貴族に戦利品を与える混沌状況を生み出すことがその手口だ。(p.265)
 大企業と官僚が結託して利益と権力を最大化するために、個人の尊厳を破壊する仕組み、村上春樹氏にしたがってこれを"システム"と捉えましょう。この映画は、systemとdecencyの、壁と卵の闘いを描いた傑作です。

 特に印象に残ったシーンが二つありました。
 二人の幼子を抱え、援助も受けられずに貧困の淵に追いこまれたケイティが、食料品が支給されるフードバンクで、空腹のあまりに無意識にそこに置いてあった食品をむさぼり食べ、気がついて泣き崩れるシーン。ダニエルは「君は悪くない」と慰めます。
 もう一つは、心が折れたダニエルが家に閉じこもっていると、ケイティの幼い娘が訪れて「あなたは私たちを助けてくれた。だから今度は助けさせて」と告げるシーン。ともに涙腺がちょっと決壊しました。

 購入したプログラムに掲載されていたケン・ローチ監督へのインタビューを紹介します。
―この映画は社会の不正義を糾弾しつつも、ユーモアも交えて描いています。

 ダニエルとケイティが直面する問題は英国だけではなく、多くの国で起きています。細かい違いはあっても、どこの国でも問題の根幹は同じ。官僚主義です。生活が困窮した人が、必死の思いで福祉事務所に助けを求めても、官僚主義が立ちはだかる。官僚主義は非効率的ですが、それには理由がある。庶民に無力感を与えるためです。冷酷に、貧困の原因は自己責任だと追いつめる。あなたに仕事がないのは、あなたが悪いんだと責め、とても屈辱的な思いをさせるんです。ダニエルは、非常にばかげた質問をされる。最初は、ばかばかしいことを聞かれると、笑ってしまいます。しかししばらくすると、絶望的な気持ちになり、最後にはみじめになり、破壊的になり、心が壊れてしまう。つまり最初はとても笑えるけれど、悲劇に終わるんです。

―その過程はこの映画そのものですね。

 そうなんです。始まりは、笑えるほどばかばかしい。官僚主義というのは、庶民を無力にすることが目的です。きちんと国や自治体に税金を払ってきて、真面目に生活してきた人が、助けが必要な時、支援を受けるのは当然です。ところが、いざ助けを求めると拒否され、責められてしまいます。

―この映画では貧困問題を客観的な目で描くのではなく、とても主観的に描いていますね。当事者である主人公が声をあげます。

 そうしなくてはならないと思ったからです。大きく声を上げねばならない。他人事ではない、自分たちの問題だと認識してほしいんです。日本も英国も、戦後、誰もが病気になったら適切なケアを受けられる国民総保険をはじめ、社会福祉制度を充実させてきました。お互いを助け合う、敬う、文明的な社会だった。ところが、マーガレット・サッチャーが現れ、状況は一転します。「私は私の面倒を見るから、あなたはあなたで自分の面倒を見て」と自己責任を求めた。「もしあなたが失敗しても私には関係ない」という恐ろしい論理です。ところが1980年代にはそうした自己責任論が社会の主流になってしまった。この自己責任論が、それまで積み上げてきた社会を台無しにした代償は非常に大きい。恐ろしいことです。

―日本も状況は似ています。自己責任が当たり前となり、社会格差が進み保守的な考えを支持する若者が増えてきました。英国はEU離脱問題に揺れています。あなたはEUに残留するほうが安全だとカンヌの記者会見で言っていましたね。

 離脱も残留も、どちらも良い選択だとは思えませんが、残留したほうがまだましだと言えます。たしかにEUは問題を抱えています。EUは右派が台頭しており、ギリシャに対する扱いは最悪です。EUを抜本的に改革する必要があるのは確かです。しかし、英国がEUを離脱すれば、英国政府はもっと右傾化することになり、いかなる保護も受けられなくなるでしょう。労働者の賃金はより低くなる。そうなったら、英国社会は根底から崩壊します。これは悪魔の選択なんです。どちらかがより酷いか、という。しかしEUに残れば、他国の左派グループと連帯が取れる。その方がまだマシだと考えます。

―ダニエルやケイティのような弱者が生まれる今の社会は、まるで19世紀に逆戻りしたかのように見える時があります。

 それは大企業による意図的なものなのです。いかに利益を最大化できるかが、大企業の目的です。そのためには、安い労働力、安い原料で作った物をできるだけ高く売り、市場をできるだけ占有する。その仕組みを支えるために、税金を抑え、労働者保護などの規制をゆるくしてくれる政治家をサポートする。海外でより安い労働者を使えるなら、そちらに流れる。適正な賃金で適正な労働力を得ようとはしませんから、まともな人間は失業してしまいます。でも、それが大企業にとっては当たり前。そしてどれだけ儲かっても、もう十分とはなりません。ライバルが現れれば、売れなくなるから、さらに原価を下げて競争する。こうした仕組みが、政治家を動かし、貧困を生み出しているわけです。なにも悪徳政治家の話をしているわけではないのです。まあ悪い人かもしれませんが(笑)。でも、こうした仕組みを動かすのは、悪人とは限らない。それこそが問題の核心なんです。

―問題の解決方法は存在するのでしょうか。

 あります。共同でものを所有し、決断も共同でする。独占しようとしないこと。過剰な利益を追求せず、誰もが協力しあい、貢献し、歓びを得られるような仕組みを作り、大企業とは違う論理で、経済をまわしていくこと。それは、社会主義と呼ばれるものです。ここで言う社会主義は、旧ソ連のものとは違います。あくまで民主主義の上で成立する、社会主義なんです。

―そうあってくれればいいと思う一方、理想的すぎるようにも聞こえますが。

 ただ単にこの状況をサバイバルできる、というのならファンタジーでしょう。でも大企業は利権を手放そうとはしない。そのために彼らは自分たちに有利な政治家をホワイトハウスに入れ、EU議会に送り込んでいる。彼らをどうしたら止められるのかを考えなくてはなりません。

―映画では悲劇も起きますが、ケイティを通して希望も感じます。

 一歩踏み出せば、助けてくれる人は必ずいます。フードバンクのボランティアの人たちのように、あなたを助けてくれる人が必ずいるんです。
 「問題の解決方法は存在するのでしょうか」という問いに対して、すぐに「あります」と答えたところにケン・ローチ監督の見識を感じます。『私物化される世界』(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)の中で紹介されているのですが、ノーム・チョムスキーは、掠奪的なこのシステムが使う殺し文句は"TINA"だと指摘しています。つまり、"There is no alternative"(選択の余地はない)の略語です。いや違う、他の選択肢はあると、監督とともに抗いたいものです。

 なお気がかりなのは、システムや壁の側に立つ人びとが増えていることです。安倍上等兵内閣への支持、トランプ大統領の当選、フランスにおける国民戦線の躍進、そして移民・難民の排斥などの動きは、それを象徴するものだと思います。システムによって与えられた無力感と屈辱感、あるいは個人の尊厳の崩壊によるストレスを、強者の一員に連なることで解消しようとするのでしょう。いや、絶望はしません。『永続敗戦論』(太田出版)の中で、白井聡氏がこう述べているように。
 あの怪物的機械は止まる。なぜならそれは、われわれの知的および倫理的怠惰を燃料としているのだから。(p.185)
 追記です。同じような内容の傑作映画として『ブラス!』があります。
by sabasaba13 | 2017-04-30 08:16 | 映画 | Comments(0)