カテゴリ:言葉の花綵( 171 )

言葉の花綵171

 一個人による他の個人の搾取が廃止されるにつれて、同じように一国の他国に対する搾取も廃止される。国民の内部における階級の対立が消滅するとともに、国民相互の敵対的立場も消滅する。(マルクス、エンゲルス 『共産党宣言』)

 ひたすら忍耐強く、末来を信ずればいいのです。わたしは数十年を-数世紀さえも-先んじて生きることに慣れています。わたしは胸をいためる必要はありません。人類は遅々としてではありますが、やはり前進しているからです。(ロマン・ロラン 『ピエールとリュース』)

 この新しい一千年期を迎えるにあたってお互いぜひとも日本国憲法によって導かれていこうではないか。世界平和と公正とを目指すこの73語から成る金言は、第2次世界大戦の業火と大量殺戮の中から不死鳥のごとくによみがえったものなのである。(チャールズ・M・オーバビー)

 ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。(ポール・ニザン 『アデン・アラビア』)

 青春など若いやつにはもったいない。(unknown)

 求めない- すると 人の心がわかりはじめる だって、利害損得でない目で見るからだ (加島祥造)

 It's just the beginning まだこれからだ (香港・雨傘運動の最後のバリケードに貼られたバナー)

 未知の相手の身になって考える。(清水幾太郎)

 他者に対して開かれたフェアプレイの共存的競争こそ、リベラルな民主主義の基本条件である。(久野収)

 若者よ、自由であれ、賢くあれ、そして蛇のごとく疑い深くあれ。(山田洋次)

 弾圧は闘いを生み、闘いは友を呼ぶ。(瀬長亀次郎)

 勝つ方法はあきらめないこと。(辺野古で掲げられたスローガン)

 お前たちの戦争、我らの死者たち
 Vuestra Guerra, nuestros muertros. (スペインの民主勢力が掲げたスローガン)
by sabasaba13 | 2018-01-12 06:29 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵170

 「三たび許すまじ原爆を」という歌があるが、そんな歌さえくちずさめない気分なのだ。三たびも四たびもない。私はいまなお一度目を許すことができないのである。誰がなんといおうと、ぜったいにあの一度目を許せないのである。(上野英信)

 このところわたしは、「平和」という言葉を「日常」と言い換えるようにしています。平和はあまり使われすぎて、意味が消えかかっている。そこで意味をはっきりさせるために日常を使っています。「平和を守れ」というかわりに「この日常を守れ」と。(井上ひさし 『ボローニャ紀行』)

 人間が社会を支配し、経済機構を人間の幸福の目的に従属させるときにのみ、また人間が積極的に社会過程に参加するときにのみ、人間は現在かれを絶望-孤独と無力感-にかりたてているものを克服することができる。(エーリッヒ・フロム 『自由からの逃走』)

 今も戦争は続いていて、イラクやアフガンでは毎日死者が出ています。その死者のひとりひとりの人生や家族の悲しみについて思いをはせること、懸命に想像することが平和への力になるのではないか。(山田洋次)

 教育は、あくまで自らの魂をもった自主自律的な人間個性の開発と完成でなければならぬ。(南原繁)

 人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救はなければならない。政治による救ひなどは上皮だけの愚にもつかない物である。(坂口安吾 『堕落論』)

 わたしは、幼い精神を、名誉と自由にむかって育て上げようとする教育においては、すべての暴力を非難します。厳格と強制には何かしら奴隷的なものがあります。そして、理性と知恵と技術によってなしえないものは、力によっては決してなしえないものだと言いたいのです。(モンテーニュ 『随想録』)

 教え子を再び戦場に送るな (日教組城崎大会)

 「左右の偏向を排して公正の立場をとる」といった考え方が現実にはしばしばかえって自分の偏向を隠蔽し、あるいは社会的責任を回避する口実になることを注意しなければなりません。(丸山真男)

 力が国際関係を全面的に支配するかぎり、軍事的必要に他のあらゆる利益が従属することになり、それが危機を激化させ、そして戦争そのものの全体主義的性格の前ぶれとなる。しかし、力の問題が解決され、道義がその役割を回復すると、情勢に希望が現われる。(E・H・カー 『危機の二十年』)

 自分の国はもちろん大事だけど、隣りの国も、その隣りの国も、-「おまえさんのところも大事におしなさいよ」「ええ、おたくも」っていうような感覚が、ほしいんですよ。(沢村貞子 『わたしのおせっかい談義』)
by sabasaba13 | 2017-12-26 08:23 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵169

 暴君の臣民は、ひたすら暴政が他人の頭上に振るわれることを願い、自らはそれを見物してよろこび、"残酷"を娯楽とし、"他人の苦しみ"を賞玩物とし、慰安する。(魯迅 『随感録』)

 いったい、軍隊は不吉なもので、誰でも嫌うからこそ、道を体得した人は籍をおかないのだ。軍事を称えることは、人を殺すことを楽しむものである。人を殺すことを楽しむようでは志を天下に得ることはできない。(老子)

 戦争が 廊下の奥に 立つてゐた (渡辺白泉)

 人をば殺すとも人には殺サれなんどと思ふ時こそ、身もくるしく、用心もせらるれ。人は我レを殺すとも我レは報を加へじと思ヒ定めつれば、先づ用心もせられず、盗賊も愁へられざるなり。時として安楽ナラずと云ふ事無シ。(道元 『正法眼蔵随聞記』)

 敗戦は、私が十八歳の昭和二十年八月十五日。思いもかけぬことで呆然としたが、最も驚いたのは、それまで戦争遂行と戦意高揚を唱えつづけていた新聞、ラジオ放送の論調が一変したことであった。日本の推し進めてきた戦争は罪悪そのものであり、日本国民を戦争に狩り立てた軍部の罪は断じて許し難い、と。(吉村昭 『東京の戦争』)

 あらゆる君主制の歴史は、人間の悲惨を描き出した胸が悪くような一枚の絵と、数年にわたる休息という、偶然による戦争の一時的中止とでなくて何であろうか。その種の政府は戦争に疲れ、人間の殺戮に飽きたところから、腰を下ろして一休みし、それを平和と呼んだ。(トマス・ペイン 『人間の権利』)

 美辞麗句でその道義的性格をほこっていた「大東亜戦争」が、実質的にはいかに残虐な非人間的行為にみたされた「きたない戦争」であったか。(家永三郎)

 反対です。女性として、戦争に行くことはできません。ほかのだれであろうと、送り出すことも拒否します。(ジャンット・ランキン)

 今の世の中じゃ、1%の金持ちをマジョリティーと呼ぶんだ。(「反格差デモ」参加者)

 みんなふたことめには醜い戦争、醜い戦争っていいたがるが、醜くない戦争があったらお目にかかりたいな。(開高健 『岸辺の祭り』)

 欺された欺されたと国民はいう。もしそれが単なる口頭禅ではなく、骨身にしみて感じているならば、たとえいかに困難があろうとも、二度と再び偽英雄や偽指導者に欺されないために、われわれ自身の力で民主主義を正しくするのが真の英雄的な責務であろう。(中野好夫 『われわれの民主主義』)

どんなに忌まわしい過去であっても、歴史の真実を直視し、そこから教訓を学んで、二度と過ちをくりかえさないようにしなければならないのである。(藤原彰)
by sabasaba13 | 2017-12-01 06:28 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵168

 戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない。(ユネスコ憲章)

 ぼくが愛国少年として育った経験から、学び取ったことが三つある。①論理的にものを考えよ、②世の中の大勢、主流となっているものの見方、考え方は一度は疑え、③相手の立場にたって想像力を働かせよ、である。(古田足日)

 いま必要なのは、あれこれのイズム、すなわち主義へのアピールではなくて、たんにコモン・センスへのアピールであることを訴えたい。(バートランド・ラッセル)

 核兵器に殺されるよりも、核兵器に反対して殺されるほうを、わたしは選ぶ。(宇都宮徳馬)

 母親の愛は、生命への愛である。長いあいだ母親は父親の手に子供の生命をまかせてきたが、それは概して悲劇の歴史であった。それは父親の世紀が「力」の世紀であり、富と腕力を謳歌し、優勝劣敗の哲学に酔いしれていたからで、このため父親の世紀には戦争のたえまがなく、一将の功や一握の支配者の利益のために、万卒をたおして悔いることがなかった。万卒どころか原水爆のいまは、万人をもたおしてかえりみない。(高群逸枝)

 考えねばならないのは、どうすれば愚かな殺し合いをしないですむかでしょう。あんな恐ろしい兵器で戦争を止める発想自体、筋が通っていませんよ。(ヘティ・バウアー)

 戦争だ。ウソが始まる。(ヘティ・バウアーの父)

 万人が皆な生きるために労働し、遊んでいて喰う穀潰しの住まわぬ美しい労働の共和国が出来る。万人倶に苦しみ、また万人倶に楽しむ。これぞ地上に築きあげし空想ならぬ天国であり極楽浄土である。ああ! その時の太陽はいかばかり輝かしい光りを放ち、人生は楽しく、万物は麗わしくあることか? いま太陽の光りは濁っている。(細井和喜蔵 『女工哀史』)
by sabasaba13 | 2017-10-06 06:27 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵167

 絶対平和にいたる非暴力という"くもの糸"に私と一緒にぶら下がってください。(北御門二郎)

 真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。…真に人のためを為すにはその人たちの群れに入り、ありさまを学び、辛酸を共にし、その人となる。(田中正造)

 世界中どこでも見られる戦争墓地は、人間の命を尊ぶべき国家指導者たちの失敗を記す沈黙の証言です。(イツハク・ラビン)

 少し前までこの国は、「豊かだけれど生きづらい」社会と言われてきた。しかし、いつのまにか「生きづらい上に貧乏」という事態になっている。(雨宮処凛)

 軍隊はしばしば独裁体制によって、国民を力づくで抑圧してきたが、われわれは、民主的な話し合いの道を選ぶ。したがって政権維持のための武器はもういらない。不要なものは今日限りとする。この兵舎はこれからは教育者のものと変わり、博物館へと改造する。(コスタリカ大統領ホセ・フィゲレス)

 戦争を起こすのも人間なら、それを許さないで止めようと努力できるのも人間だということ。ここに一番の基本がある。(品川政治)

 反抗する彼等よりも一層愚かなのは圧迫する吾々である。(柳宗悦)

 人民に対して正義をもって当たること、神の道理も罰も人民のために配慮しておくこと、人民を守り、彼らの家族や婦人を保護し、流血を避け、街道を安全にし、人民に平和な暮しをさせること、神はこれらすべてをお前の義務としておられる。さもなくばお前に与えられた義務と関連づけて神はお前を罰し給うぞ。(イブン・ハルドゥーン 『歴史序説』)

 みなさんは、つぎの事実を隠すことはできない。それはかつてみなさんが、戦争という手段を取ったという事実である。この事実をしっかりと踏まえたうえで、日本人は着実に平和の道を進まなければならない。しかし日本はあろうことか再軍備の道に突き進もうとしている。これは由々しき事態である。私は日本の再軍備に反対する。(ラーダービノード・パール判事)

 指導者たちよ、民衆は論理では動かないことを知っているか。いわんや非論理ではなおさら動かない。民衆を動かすものは、ただ「事実」だ。「事実」については、指導者たちよ、貴君らが知るまいと思っていることまでも知っている。(正木ひろし)

 戦争とは何だろうか。相互の大量殺人、大量破壊行為なのだが、国家が認知さえすれば合法となり、殺人も罰せられない。なぜなら、自衛のための戦争は、近代国家の固有の主権行為であり、それは国際法でも認められているからだという。ただし、「自衛のため」と条件を付けても、最初から「侵略のために」戦争をしたと認める国はないのだから、実際上はすべての戦争が合法化されてしまうことになる。(色川大吉)
by sabasaba13 | 2017-09-20 06:22 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵166

 息をこらしむせび泣きつつ
 お前の名をひそかに書く
 灼けつく渇きで
 灼けつく渇きで
 民主主義よ 万歳 (金芝河 『灼けつく渇きで』)

 人を堕落させるのは権力ではなく、恐怖です。権力を失う恐怖が、権力を行使する者を堕落させ、権力の鞭の恐怖が、権力に支配される者を堕落させるのです。(アウンサン・スーチー)

 生活と権利を守ることは、口先だけでいくらいっても守れるものではないのだ。闘うよりほか、私たちの生きる道はないのだ。(朝日茂 『人間裁判』)

 文革中、私が牛小屋に入れられ、反革命分子の牌子を首からかけられている時も、私の読者は隠れて、密かに私の作品を読んでくれました。それが読者です。(巴金)

 いつまでも米兵に脅え、事故に脅え、危機にさらされながら生活を続けていくのは、私は嫌です。末来の子どもたちにも、こんな生活はさせたくありません。私たち生徒、子ども、女性など弱い存在に犠牲を強いるのは、もうやめてください。…私たちに静かな沖縄を返してください。軍隊のない、悲劇のない、平和な島を返してください。(仲村清子 「沖縄県民総決起集会」スピーチ)

 それぞれの土から 陽炎のように ふっと匂いたった旋律がある 愛されてひとびとに 永くうたいつがれてきた民謡がある なぜ国歌など ものものしくうたう必要がありましょう おおかたは侵略の血でよごれ 腹黒の過去を隠しながら 口を拭って起立して 直立不動でうたわなければならないのか 聞かなければならないのか 私は立たない 坐っています (茨木のり子 『鄙ぶりの唄』)

 旗振るな 旗振らすな 旗伏せよ 旗たため 社旗も 校旗も 国々の旗も 国策なる旗も 運動という名の旗も (城山三郎 『旗』)

 国民の側でもウソを容認しすぎた。軍隊への招集は、ほとんどの人にとって、迷惑・恐怖・嫌悪であったのに、表向きは「オメデトウ」「祝出征」と言う。百人中九十九人までウソなのにである。(小沢郁郎)

 二度と生きて福祉を受けたくない。あなたが死ねと言ったから死にます。(抗議する老婦人 『豊かさとは何か』)

 無知は、普遍的図式の衣をまとってあらわれるときにこそ、もっとも強く叩かなければならない。(ゲオルギ・ディミトロフ)

 権力を握ったファシズムは金融資本の公然たるテロ独裁である。(ゲオルギ・ディミトロフ)
by sabasaba13 | 2017-08-25 06:30 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵165

 もしわるい人間が、お互いに結合して力をつくるなら、潔白な人間も、同じことをすべきである。(トルストイ 『戦争と平和』)

 私はあなたのいうことに賛成はしないが、あなたがそれをいう権利は死んでも擁護しよう。(ヴォルテール)

 今日も小学校のラウドスピーカーは、朝からのべつ幕なしの君が代行進曲。忠魂碑の下から「うるさい、もうたくさんだ」とたまりかねた声がきこえるようだ。(山川菊栄)

 集団自決は命令じゃないっていうけど、命令です。命令が残っていないと言いますが、残っていないから恐いんです。沖縄県民は大和に消された歴史を語り伝えてきました。語り伝えます。(永六輔 『無名人語録』)

 凡そ人格尊重なき処に正義なく、正義なき処に平和もない。(矢内原忠雄)

 戦争は、人間の腐敗の果実であり、政治体のけいれん性の重病である。政治体は、平和を享有するときにのみ、健康状態、すなわちその自然状態にある。…平和は、すべての社会の目的である幸福を人民に得させる。(ダミラヴィル 『百科全書』)

 武器によって打ち立てられた帝国は、武器によって維持されなければならない。(モンテスキュー)

 未開の民トロイア人が、勇敢であるがためにはあらかじめあらゆる人間味を圧し殺さねばならぬのに反して、文明の民ギリシア人は、涙すると共にまた勇敢でありうる。(レッシング)

 「国家のため」という圧力に押しつぶされて、国家の悪を見逃してはならない。いやしくも、正義人道に反す方向に行きそうな場合は、国家にだろうが、親にだろうが、夫にだろうが、敢然反対して、これを正道に戻すような人間をつくらねばならない。(尾崎行雄 『民主政治読本』)

 「戦争協力が国際貢献」とは言語道断である。(中村哲)

 世界のどこかで、だれかに不正がおこなわれているとしたら、いつでもそれを最も強く感じとれるようにならないといけません。(チェ・ゲバラ)

 先端的で破壊的な兵器に頼って我々を威嚇し、不正義で非合理で維持不可能な経済・社会的世界秩序を押し付けようとする者たちを前にして、改めて強調させていただきたい。「思想の種を播け!」「良心の種を播け!」 (フィデル・カストロ)

 より強く、より大きくならなければならないのは個々人であって、国家ではない。これは現代において、自明の理である。強大な国家権力の下で国民が完全支配を受けるとき、いかに多くの不幸が生み出されることか。(本田靖春 『村が消えた』)
by sabasaba13 | 2017-08-15 07:50 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵164

 私亡きあと、盛大な葬儀をして人民の時間とお金を浪費しないようにしてほしい。(ホー・チ・ミン)

 わたしたちは、自分のつとめをはたしたのだ。もう一度くりかえそう。私たちは幸福のために生き、幸福のために闘い、幸福のために死んでゆく。だから、けっしてわたしの名まえを、かなしみとむすびつけないように―。(ユリウス・フーチク 『絞首台からのレポート』)

 暴力が障害物を速やかに一掃してしまうことはある。しかし、暴力そのものが創造的であると証明されたことは一度もない。(アルバート・アインシュタイン)

 賢さを伴わない勇気は乱暴であり、勇気を伴わない賢さなどはくそにもなりません! 世界の歴史には、おろかな連中が勇気をもち、賢い人たちが臆病だったような時代がいくらもあります。(エーリヒ・ケストナー)

 私の記憶でのファシズムは、一寸きざみの、時には後退を伴うジグザグの進行を示すものであって、そのどの段階も危険であるし、また、どの段階でも防止手段が皆無ではない、という形に私の内部では定式化されている。(竹内好 『日本とアジア』)

 日本兵は捕虜になるより死を選ぶが、彼らの死にものぐるいの戦闘ぶりは、単純に勇気のせいとはいえない。それは罪の意識と恐怖なのだ。ひじょうに多くのわが人民を殺し、婦女に暴行を加えた。だからわれわれに捕まるのを怖れているのだ。彼らは公然と「虐殺戦」を自慢している。そして彼らが捕えた中国兵をなぶり殺しにしているように、われわれも彼らをなぶり殺すものと考えている。(朱徳 『偉大なる道』)

 中国人が千何百万人も殺されたこと。こうした不幸な子が何百万人とも知れずできたこと。その原因は、「人間が生みだした最大の怪物、戦争」ではない。なぜハッキリと、日本軍が中国へ攻めこんだことが原因だといわないのか。こんなにもハッキリしていることを、どうして大新聞や大放送局は、必死でごまかすのだろうか。(本多勝一 『中国の日本軍』)

(つぅ) おかね…おかね…どうしてそんなにほしいのかしら…
(与ひょう) そら、金があれば、何でもええもんを買うだ。
(つぅ) かう? 「かう」ってなに? いいもんってなに? あたしのほかに何がほしいの? (木下順二 『夕鶴』)

 逝いて還らぬ教え子よ/私の手は血まみれだ!/君を縊ったその綱の/端を私も持っていた/しかも人の子の師の名において…/逝った君はもう還らない/今ぞ私は汚濁の手をすすぎ/涙を払って君の墓標に誓う/「繰り返さぬぞ絶対に!」 (竹本源治)
by sabasaba13 | 2017-07-18 19:27 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵163

 伝わらぬ人には百万言を費やしても何も伝わらない。音楽的メッセージとは、そういう性質のものなのだ。(さだまさし)

 晩年のある日、彼女はこう言った。原爆を生む悪魔は私の心の中にもすんでいる。向こうが落とさなきゃこっちが落としている。戦争というものはそういうものだよ、と。だから恨むなら兵器じゃなく、戦争そのものだよ。ヒロシマ・ナガサキが戦争の歯止めにならなきゃ、皆浮かばれないじゃないの、と。(さだまさしの叔母)

 ぼくは、広島へ行って、驚いた。これはいけない、と狼狽した。ぼくなどは「ヒロシマ」を忘れていたというより、実は初めから何も知っていなかったのだ。今日もなお「ヒロシマ」は生きていた。それをぼくたちは知らなさすぎた。いや正確には、知らされなさすぎたのである。(土門拳)

 にほんの ひのまる
 なだて あかい
 かえらぬ
 おらがむすこの ちであかい (おはん)

 私を、あの人と、代わらせてください。私は神父。妻もなければ、子もいませんし、それに年寄りです。彼を、あの若い彼を、妻子のもとにかえしてやってください。(マキシミリアノ・コルベ)

 ごらんなさい 母よ
 あなたの息子が何をしようとしているかを
 あなたの息子は人を殺そうとしている
 見も知らぬ人をわけもなく突き殺そうとしている
 その壁の前にあらわれる人は
 そこであなたの柔しいもう一人の息子の手で
 そのふるえる胸板をやにわに抉られるのだ (中野重治 『新聞にのった写真』)

 映画は真実を伝える眼であり、政治や社会の不正を批判し、本当に大衆の幸福を願うものでありたい。(山本薩夫)

 僕は若いヤツらには、電信柱にしがみついて、身体を鎖でくくりつけてでも戦争には行ったらあかん、親兄弟にまで国賊と罵られても山の中に逃げろと言いたい。(井筒和幸)

 戦争はすべての人間から末来を奪う。私たちが愚かだったとすれば、それは末来を考えることの出来ない坩堝の中にいたためである。(佐藤愛子)
by sabasaba13 | 2017-07-07 06:28 | 言葉の花綵 | Comments(0)

言葉の花綵162

 銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。…上から順々に四二人死んでもらう。奥さんにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に六九人、水俣病になってもらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか。(石牟礼道子 『苦海浄土』)

 占領当初の被追放者は、現在では完全に蘇生し、政界、財界、官界、あらゆるところで安楽に活動を続けている。「赤」の烙印を捺された労働者は「永久追放」であり、アメリカの占領政策として最初に追放の目標に選んだ「黒い」指導階級は、そんな烙印などとうの昔に消してしまって納まっているのである。(松本清張)

 苦慮、煩悶の揚句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た。そして私は、何も恐れることなく、職を賭して忠実にこれを実行し了えたと、今も確信している。(杉原千畝)

 アメリカ政府のある高官が、イラク戦争についてのラジオ番組に出演した際にこう語った。「大量破壊兵器を使用した歴史を持つ恐怖の独裁国家は、国際社会から排除しなければならない。あの強欲で無能な大統領を拘束することに成功した今、全世界はより安全で幸せになった」
 番組終了後、局にはこんな問合せが殺到したという。
 「いつブッシュが捕まったんだ?」 (早坂隆 『世界反米ジョーク集』)

 こころざしつつたふれし乙女よ
 新しき光の中におきて思わむ
 まをとめのただ素直にて行きしにを
 囚へられ獄に死にき五年がほどに
 高き世をただめざす少女等ここに見れば
 伊藤千代子がことぞかなしき (土屋文明 『六月風』)

 核兵器廃絶は良くて非現実的、最悪の場合は危険を伴う空想だと批判する人もいる。冷戦による「長い平和」は、核抑止が大戦争を回避してきた証拠だと言う。しかし私は核兵器の使用を任されていた者として、この意見には断固反対する。核抑止とは難しく、もろいものだ。(ミハイル・ゴルバチョフ)

 八月初三、先月来町会よりの命令なりとて家々各縁の下または庭上に穴を掘れり。空襲を受けたる時避難する為なりと云。…去年は家の中の押入にかくれよと言ひ今年は穴を掘れと言ひ。来年はどうするにや。一定の方針なきは笑ふべく憐れむべきなり。(永井荷風 『断腸亭日乗』)

 毎日、戦争のために何百万というお金を使いながら、どうして医療施設や、芸術家や、貧しい人のために使うお金が一文もないのでしょう? 世界には食物があまって、腐らしているところがあるというのに、どうして餓死しなければならない人がいるのでしょうか? (アンネ・フランク)
by sabasaba13 | 2017-06-22 06:29 | 言葉の花綵 | Comments(0)