「雑文集」(村上春樹 新潮社)読了。村上春樹氏が、授賞式などで行なった挨拶や、未収録の随筆などをおさめた一冊です。謙虚な氏のことなので、"雑文"と謙遜されていますが、どうしてどうして。形式にとらわれず、随所に氏の考える文学論・小説論・小説家論がちりばめられています。例えば、次の一文はいかがでしょう。
でも少なくとも文学は、戦争や虐殺や詐欺や偏見を生み出しはしなかった。逆にそれらに対抗する何かを生み出そうと、文学は飽くことなく営々と努力を積み重ねてきたのだ。もちろんそこには試行錯誤があり、自己矛盾があり、内紛があり、異端や脱線があった。それでも総じて言えば、文学は人間存在の尊厳の核にあるものを希求してきた。文学というものの中にはそのように継続性の中で(中においてのみ)語られるべき力強い特質がある。僕はそう考えている。(p.28)また賛否両論、話題となったエルサレム賞受賞式の挨拶ではこう述べられています。 私が小説を書く理由は、前じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じます。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けているのです。(p.79)"人の魂を絡め取ろうとするシステム"と"人間の尊厳"、彼の小説を読み解く上で重要なキーワードのような気がします。それでは人間の尊厳とは何か。他の箇所を引用します。 僕の小説が語ろうとしていることは、ある程度簡単に要約できると思います。それは「あらゆる人間はこの生涯において何かひとつ、大事なものを探し求めているが、それを見つけることのできる人は多くない。そしてもし運良くそれが見つかったとしても、実際に見つけられたものは、多くの場合致命的に損なわれてしまっている。にもかかわらず、我々はそれを探し求め続けなくてはならない。そうしなければ生きている意味そのものがなくなってしまうから」ということです。(p.388)村上氏は、大事なものを探し求め続ける営みを「物語」と捉えているのだと思います。そして人間というものは、それぞれの固有の「物語」を持って生きている、かけがえのない、交換不可能な存在であると。そうした個々のささやかな「物語」の存在を許さず、大きな「物語」へと絡み取ってしまうのが"システム"ではないのか。私はそう読み取ったのですが、そう考えると、ナショナリズムや市場原理主義といった「大きな物語」が弥漫している現状がよく理解できます。あるいは、個々の小さな「物語」に孤立感や孤独感を感じて寂しくなり、大きな「物語」に救いを求める人もいるのかもしれません。これは私の思いつきですが。その個々の、小さいけれど大事な「物語」をつなぐのが小説の大切な役割だと、氏は考えておられるのではないかな。 僕が小説を書くひとつの大きな目的は、物語というひとつの「生き物」を読者と共有し、その共有性を梃子にして、心と心とのあいだにパーソナルなトンネルを掘り抜くことにあるからです。あなたが誰であっても、年齢がいくつでも、どこにいても(東京にいても、ソウルにいても)、そんなことはぜんぜん問題ではありません。大事なのは、その僕が書いた物語を、あなたが「自分の物語」としてしっかりと抱きしめてくれるかどうか、ただそれだけなのです。(p.72)いろいろな文章を勝手に切り貼りして、私が考えた、村上春樹氏の文学論です。ご海容を。もちろん、他にも楽しくて深い随筆などが目白押しです。特に、氏の愛する音楽に関する文章に佳作が多いですね。J・S・バッハやセロニアス・モンクについて語った愛情に溢れるエッセイは忘れられません。個人的に、珠玉の一編を選ぶとすれば、かつてヤクルト・スワローズで活躍したデーブ・ヒルトンについてのエッセイです。忘れもしません、時は1978年、私が大学に入学した年でした。広岡監督率いる万年弱小球団があれよあれよと勝利を積み重ね、初優勝したのですね。投手は松岡(安田でもいいですが)、捕手は大矢、一塁は大杉、二塁はヒルトン、遊撃手は…ごめん忘れた、三塁は船田、レフトは杉浦、センターは若松、ライトはマニエル、思い出は美化されるにしても素晴らしいラインアップでした。中でもヒルトンには、うまく言えませんが不思議な魅力を感じていました。(たしかこの年の打率は0.317) その魅力を、過不足なく言葉にして届けてくれた忘れ難いエッセイです。たしか「ナンバー」という雑誌に掲載され、しばらく愛蔵していたのですが、引越しの際に紛失してしまいました。まさかこんなところで再会できるとは。それ以後、スワローズのファンとして日々の試合に一喜一憂しておりますが、これは私の小さな「物語」です。
「言葉の力 ヴァイツゼッカー演説集」(永井清彦編訳 岩波現代文庫)読了。
問題は過去を克服することではありません。さようなことはできるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。(p.10)あまりにも有名な演説ですね。以前、その全文を読みたいがため、岩波ブックレット「荒れ野の四十年」を購入しましたが、それも含めた彼の演説をまとめたのが本書です。西ドイツ→統一ドイツの大統領として、コール政権を支えた方ですね。『世界の歴史 冷戦と経済繁栄』(中央公論新社)に以下の記述があります。「この政権は、首相のコール、外相のゲンシャー、大統領のヴァイツゼッカーの組み合わせで運営されていったことである。コールは(※キリスト教民主同盟の)党内掌握と内政を、…ゲンシャーが外交を、そしてヴァイツゼッカーが知的な問題を扱っていた(p.396)」 1985年5月、ボン・サミットのために訪独したレーガン大統領が献花のために訪問した墓地に、ナチスの親衛隊(SS)が埋葬されていたことが国際問題になったそうです。しかし5月8日、ドイツ降伏40周年の日に、連邦議会の式典においてこの演説を行ったため、国際的な感銘を与えました。彼の演説を貫いているのは、過去と誠実に向き合い、末来に責任を持ち、偏見と敵意と憎悪を排し、社会や世界への関心を持ち、そしてよく考えて行動を起こそうとする態度です。何よりも心に残るのは、言葉の力を信じ、論理的かつ真摯な言葉で他者を説得しようとしていることです。歴史学者ハーバート・ノーマンの「説得せよ、さもなくば破壊あるのみ Persuade, or perish.」という言葉を思い出します。彼の、"言葉の力"に満ちた演説の一部分を紹介しましょう。 ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とを掻きたてつづけることに腐心しておりました。若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。(p.29)現実と理想を融合させるために英知と努力を傾けるのが、政治家の最も重要な責務だと思いますが、実質的な権力を持たなかったヴァイツゼッカーは"言葉の力"でその責任を果たそうとしたのですね。その力強く理知的な言葉の数々は、理想の実現に向かおうとする人々をいつまでも勇気づけてくれるでしょう。ちょっと日本の政治家諸氏の語る言葉と比較してみますか。 (仲間割れした不法入国の中国人が、顔の皮を剥がされて殺された事件に関して) しかしこうした民族的DNAを表示するような犯罪が蔓延することでやがて日本社会全体の資質が変えられていく恐れが無しとはしまい。(石原慎太郎東京都知事 産経新聞 2001.5.8)他者への偏見や軽侮を平然と語る彼ら、そしてそれを問題視しない日本社会。ヴァイツゼッカーの高い志と比べると、そのあまりに大きな落差に慄然とします。ま、国民は己の知的レベル以上の政治家を持つことはできないということでしょう。子どもよりも、まず大人の学力不足が心配です。
「原発の闇を暴く」 (広瀬隆・明石昇二郎 集英社新書0602B)読了。1965(昭和40)年、東海村の原子力発電所が稼働して以来、日本という国が存続してきたのは単なる偶然・僥倖かもしれません。それを思い知らせてくれたのが福島の原発事故ですが、やれやれ、政治家・官僚・電力会社の諸氏にはまったく危機感がないようです。もう小手先の対応では事故は防げないことから、なぜ目を逸らすのでしょう。ぜひ本書を熟読して、今、日本の原発がいかに危うい状況にあるかを学んでほしいものです。例えば、日本には活断層の上に建設された原発がいくつもあるそうです。"活断層カッター"の異名を持つ衣笠善博氏たちが、原発建設予定地にある活断層を意図的に「過小評価」して、耐震設計にコストをかけずにすむよう、電力会社に有利な審査をしたためですね。(p.182) そして、爆発した一・二・三号機とも、ほんの500ガル前後という地震の揺れで破壊されたという恐るべき事実。(p.24) また最も危険なのが六ヶ所村再処理工場、ここには高レベルの放射性廃液が240立方メートルもたまっています。お二人の言を引用しましょう。
(広瀬) この廃液は強い放射線を出して水を分解し、水素を発生させます。絶えず冷却して、完璧に管理をおこなわないと爆発する、きわめて危険な液体なのです。この廃液が1立方メートル漏れただけで、東北地方、北海道地方南部の住民が避難しなければならないほどの大惨事になる。私が原発の反対運動を始めた最大の動機は、1977年に、再処理工場の大事故について西ドイツの原子力産業が出した秘密報告書の内容に震え上がったからです。廃液のすべてが大気中に放出されれば、まず日本本土は終ると見ていいでしょう。こんな危険な場所で耐震工事をできるわけがない。もう言葉もありません。そして本書では、こうした原発建設を推進してきた皆さまを、政・官に原子力関係の産・学が癒着した原発推進者ばかりの共同体=原子力マフィアと表現されています。独占企業の電力会社の潤沢なカネを回し合うことでつながっている運命共同体で、利権の巣窟です。その上で、その重要なメンバーを名指しで列挙し、その所行を批判しています。詳細は本書を読んでいただくとして、何人かを紹介しておきましょう。(敬称略) 放射線影響研究所を仕切ってきた重松逸造、原子力環境整備促進・資金管理センターの理事長・並木育朗(元東電の役員)、専務理事の古賀洋一(経産省からの天下り)、常務理事の塩田修治(関西電力出身)、六ヶ所村再処理工場の宣伝マンである池上彰、原発建設を軌道に乗せた中曽根康弘と茅誠司、福島や青森に核施設を建ててきた小沢一郎(岩手四区)や渡部恒三(福島四区)、原子力マフィアの強固な地盤をつくった東電の六代目社長・平岩外四、長崎大学大学院教授の山下俊一、放射線医学総合研究所出身の岩崎民子などなど。J・M・クッツェーの表現を借りると「なろうことなら、ガラスをぶち破り、手を中まで伸ばしてやつをそのぎざぎざの破れ目から引きずり出し、やつの肉が尖ったガラスの先にひっかかってずたずたに切れるのも構わず、地べたに放り投げて外形もわからぬまでに蹴飛ばしてやりたいという衝動に駆られ」ます。(『夷狄を待ちながら』p.323 集英社文庫) ただ、どうも最近の論調では、東京電力と菅直人内閣の手落ちに問題を矮小化しているのが気がかりです。こうした原子力マフィアの仲間たちを白日の下に晒し、みんなで批判して、きちっと落とし前をつけさせることが重要です。「太陽は最強の防腐剤」ですから。また原発をすべて廃棄した場合の代替エネルギーについても、詳細な提案を述べられているのも嬉しいですね。 というわけで、私たちは今、大きな岐路に立っています。まるで何事もなかったかのように原発と共存していき最悪の事態が起こらぬよう天に祈り続けるのか、それとも原発をすべて廃炉とし安心して暮らせる社会にするのか。私は後者を選びます。アーサー・エディントン曰く「科学というのは刃物だから、玩具にしていると自分の指を切る」。
「谷中村滅亡史」(荒畑寒村 岩波文庫)読了。ヒロシマ、ナガサキ、そしてフクシマと、並べて言及するケースを時々見かけます。核による甚大な被害を受けた三つの地域を記憶に留めようということでしょうか、もちろん異論はありません。ただ前二者はアメリカによる確信犯的行為、福島は政治家・官僚・財界・学者・メディア・司法による未必の故意(ほんとに安全だったら大都市近郊に建てますよね)、いわば共同正犯的行為であるという違いは忘れないようにしましょう。それはともかく、ヤナカ、ミナマタ、そしてフクシマという流れも見過ごせないことに思い至りました。そう、官僚と財界が共謀して利権を追求した結果、その犠牲とされた地域です。あらためて思うに、谷中村が亡ぼされた後、なぜ水俣の悲劇を防げなかったのか。また水俣病が発生した後、なぜ福島の悲劇を防げなかったのか。いろいろと理由はあるでしょうが、やはり官僚と財界(そして政治家)の責任が有耶無耶にされたことが大きいと思います。ということは、今回の事故についても、過去にさかのぼってきっちり落とし前をつけさせないと、また次の深淵が私たちを待ちうけているということです。もういいかげん、高橋哲哉氏の提言された「犠牲のシステム」、或る者(たち)の利益が、他のもの(たち)の生活(生命、健康、日常、財産、尊厳、希望等々)を犠牲にして生み出され、維持されるシステムから脱却しませんか。というわけで、日本の近現代を貫く「犠牲のシステム」の原点である谷中村、足尾銅山、そして田中正造に関係する史跡を再訪することにしました。おおそういえば、荒畑寒村の「谷中村滅亡史」が書棚で眠ったままだった。まずはこの本を読むことにしましょう。まずは、『日本史辞典』(岩波書店)から、彼についての紹介を引用します。
荒畑寒村 (1887‐1981) 社会主義者。横浜生れ。本名勝三。1903年幸徳秋水・堺利彦の非戦論に感激、社会主義者となる。07年「谷中村滅亡史」を著す。管野スガと同棲、直接行動派として08年赤旗事件で入獄。12年大杉栄と「近代思想」を創刊、文学の社会化とサンディカリスムの方向を模索する。20年日本社会主義同盟の創立に参加、マルクス主義に転じ、22年の日本共産党創立では書記となり、コミンテルンに党創設を報告。党解体に反対するも、再建後の党には参加せず、労農派として活動する。37年人民戦線事件で検挙。戦後は労働組合運動の再建に努め、最晩年まで反骨の社会批評を続けた。戦前、戦後を通じて活躍した、日本社会主義運動の草分け的存在ですね。本書は、田中正造から足尾鉱毒事件を世に訴えるために是非書いてほしいと依頼され、1907(明治40)年、土地収用法によって谷中村が強制的に破壊されるという事態に接して、一気に書き上げたドキュメンタリーです。なお足尾鉱毒事件についても、『日本史辞典』(岩波書店)から引用します。 足尾銅山からたれ流された鉱毒が渡良瀬川沿岸の農地等を汚染した事件。田中正造を指導者とする被害農民は政府に鉱業の停止を求めて東京への大挙<押出し>(請願運動)を図るなど、強力な反対運動を展開した。日本の<公害の原点>と称される。社会問題化したのは産業資本の生成発展期にあたる1890年頃から1907年頃までの間で、政府による鉱毒問題の治水問題への転換、谷中村の強制破壊によって歴史的には抹殺された。だが被害はその後も続き、今なお足尾には禿山、下流には広大な遊水池を残している。なおこの事件の背景について、巻末で鎌田慧氏が指摘されているのは、政治家・官僚・財界の癒着関係です。「強制土地収用公告」を発した西園寺公望内閣の内務大臣は、原敬(のちに首相)であり、彼は一年前まで、足尾銅山を経営する「古河鉱業会社」の副社長でした。原敬が古河と結びついたのは、陸奥宗光外相の推挽によってであり、原の栄達は陸奥宗光の栄達とともにありました。陸奥宗光と古河市兵衛とは、陸奥の次男である潤吉が、古河家の養子となっている閨閥の関係です。潤吉は1905年、市兵衛の死後二年目に、36歳で社長に就任しますが、社長業わずか九カ月にして病死、そのあとを未成年だった古河虎之助が引き継ぎます。虎之助はまもなく、西郷従道海軍大臣の娘と結婚、軍との癒着も形成されました。またこの事件の時の鉱山保安局長であった南挺三は、足尾銅山の鉱長に天下りをしています。こうした利益供与・天下り・閨閥が絡み合った政官財の三つ巴の癒着構造が谷中村の人々に犠牲を強い、そしてその後も再生産され続け、水俣・福島の人々塗炭の苦しみを舐めさせているのですね。 これに対する寒村の舌鋒の鋭さには、心胆を震え上がらせるものがあります。民衆の福利を尊重せず、ひたすら企業の利益のみを庇護する日本国家、それに対して彼が叩きつける「厚顔無恥・冷血無情・横暴不義・残忍酷薄・邪計奸策・悪逆・暴戻・怪物・虐待・酷遇・詐瞞」といった言葉には恐ろしいほどのリアリティと、私たちを発奮させる力があります。「言い過ぎ」だと思われる方がいたら、本書、田中正造の言葉(『田中正造文集』岩波文庫)、この事件に関する研究書をぜひご一読ください。そして痛感するのは真っ当で誠実なジャーナリストの必要性です。毒性ガスが発生したら敏感に察し鳴き騒ぐ炭坑のカナリア、それこそが彼らの使命ではないでしょうか。(寒村は猛禽類の如く咆哮しましたが) 今回の原発事故で一例を挙げると、放射能汚染の危険を出来うる限り楽観視して、最も被害が懸念される子どもたちへの対策をまともに講じようとしない政府・官僚・政治家。なぜ、寒村の1/100でもいいから、「残忍酷薄」と、熱と力のある言葉で批判しないのでしょうか。このまま放置しておいたら、田中正造曰く、「日本が五つ六つあっても足らんことに」なりますよ、いや冗談ではなく。将来(数年後?)、外国のジャーナリストによって「日本国滅亡史」が書かれるような羽目に陥らないためにも、寒村の咆哮に耳を傾け、立ち上がりませんか。愚かなる鸚鵡や豚にならぬためにも。 試みに従来の事迹を案じ来らんか、政府当局者が、毫も民衆の利福を尊重せず、渡良瀬沿岸の惨状を雲烟過眼視し、当然の職務を懈怠して、ひたすら鉱業者一個の私利私福をのみ庇護保全せる事は、けだし火を見るよりも明白なる事実なり。 (p.41)
「夜を賭けて」(梁石日[ヤン・ソギル] 幻冬舎文庫)読了。不思議なもので、面白い小説に遭遇すると、ぽんぽんと続きます。「静かな大地」「GO」の次は本書、これも見事な小説でした。時と舞台は「なべ底」不況に落ち込む昭和30年代の大阪。スラムに住む在日朝鮮人たちが旧大阪造兵廠跡地(現在の大阪城公園)に忍び込んで、そこに眠る金目の鉄製品の残骸を掘り出して屑鉄屋に売り捌きます。そしてそれを防ごうとする警察との攻防戦がくりひろげられます。なお、某新聞が彼らをアパッチ族と報じたため、以後これが通称となりました。当時、洋画ファンを熱狂させていた西部劇の中のジェロニモを酋長とする神出鬼没の勇猛果敢なアパッチ族と夜陰にまぎれて鉄塊をかっさらっていく朝鮮人集落の者たちとをオーバーラップさせたのですね。なお登場人物たちが「アメリカインディアンは住んでた土地を白人に奪われて、自分たちの土地を奪い返すために白人と戦ったんや。わしらのおやじも植民地統治で土地を奪われ、日本くんだりまできたんとちがうか。インディアンとよう似てるがな」「裸同然の野蛮人と朝鮮人のどこが似てるんや。あいつらは残忍で凶悪な人間や」(p.190)と語り合っています。この前半部分は痛快無比、手に汗握り血沸き肉躍りました。なお彼らに対する警察の酷い仕打ちが印象的です。戦前の特別高等課の残り香なのでしょうか。
ところが二百メートルも走ったところで雑草の中に待ち伏せていた警官隊に襲われ、アパッチ族の頭上に警棒が雨あられのように振り下ろされた。ベギッ! バギッ! とまるで西瓜を叩き割るような音と、グワッ! ウッ! アイゴー! という叫びや呻きや泣き声が耳をつんざく。だが、あくまで無言に徹して殴打を続ける警官隊の行動はいっそう不気味だった。(p.247)そして後半部分では、一転、逮捕され大村収容所に送られたアパッチ族のリーダー・金義夫と、彼を密かに慕っていた初子の恋物語に変わります。本当にお恥ずかしい話ですが、大村収容所のことについて初めて知りました。本書で言及されている内容をまとめると、ここは正式には「法務省出入国管理局所轄大村入国者収容所」。密入国者を収用する施設ですが、それ以外にも多数の刑罰法令違反者が収容されていました。日本国内で犯罪を行った在日朝鮮人は裁判を受け、確定した刑を務めれば本来なら釈放されるはずなのに、さらに大村収容所に収監するという二重の拘束をしたのです。そしてここから韓国へと強制送還されるのですが、共産主義者を徹底的に取り締まっている李承晩政権のもとへ強制送還されたら死刑は確実です。しかし強制送還を拒否すれば、ここ大村収容所で刑期のない長期の拘束が続けられます。大村収容所は刑務所ではないので刑期がないというわけですね。何という人間の尊厳を踏みにじる行為、「日本のアウシュヴィッツ」と言われたのもむべなるかな。そしてこうした状況の中から、アメリカ占領軍による半植民地的な韓国ではなく、朝鮮戦争の廃墟の中から不死鳥のように蘇ってきた金日成将軍のもとで驚異的な発展を続ける北朝鮮へ帰国しようという動き、いわゆる「帰国事業」へ加わろうとする動きが高まるのですね。なおこれについては「北朝鮮へのエクソダス」(テッサ・モーリス‐スズキ 朝日文庫)という素晴らしい本があるので、ぜひご一読ください。そして最後に時は現代へと移り、アパッチ族として共に汗を流した張有真と金義夫が偶然大阪城公園で邂逅し、昔を振り返る場面で小説は幕を閉じます。 いやあ面白かった。前半の活劇を"動"とすれば、後半での収容所の描写は"静"、後半があればこそ単なる痛快なアクション小説で終わらずにすんだと思います。そして全編を通じて通奏低音のように地鳴りのように響くのは、日本人の朝鮮人に対する差別と憎悪、それに対する朝鮮人の怒りと嘆きです。金義夫はこう語っています。 総連の活動家でもあった金義夫はある程度の朝鮮語を理解していた。しかし金秀碩のように凄味のある独特の朝鮮語に接するのははじめてだった。そして金秀碩の言葉の持つ響きには朝鮮の精神風土の俗悪な一面を感じずにはいられなかった。それはまた、人間の尊厳を平然と踏みにじる連中たちに共通した響きをも内包していた。憎悪の哲学が彼らの血と肉を形成していた。(p.433)もちろん国民性などという言葉は使いたくありませんし、またどこの国でも存在するものでしょう。ただ歴史を見返してみて、やはりこの国には憎悪の哲学で形作られた肉と血を持つ人が少々多いような気がします。被差別部落・共産主義者・アイヌ・琉球人・朝鮮人・中国人といった人々への憎悪と差別を思い起こしましょう。憎悪という言葉が強すぎれば、軽侮と言い換えてもいいかもしれません。そして現在では、公務員と教員への憎悪を煽りたてる橋下氏が絶大なる支持を集めています。もう一つ見逃せないのが、こうした所行を見て見ぬふりをし、さらに忘却の淵へと落してしまうこと。最後の場面で、金義夫が「大村収容所も来年取り壊されてなくなるらしい。それで大村収容所も存在しなかったということになるわけや」と呟いています。非人間的な行為を心に刻み、自慰史観に陥らず、二度とこうしたことが起こらないよう歴史の真実を冷静かつ公平に見つめたいものです。彼らの叫びに耳を傾けましょう。 収容所が金義夫に求めているのは、収容所にいる限り、彼らにひざまずくことであった。(p.410)
「GO」(金城一紀 角川文庫)読了。いやあ愉快痛快、これほど快適なリズムでぐんぐんぐんぐんと前に進んでいく小説にはなかなかお目にかかれるものではありません。まるでウィントン・ケリー(p)+ポール・チェンバース(d)+ジミー・コブ(ds)トリオの演奏のよう。それに加えて、nationalismというとてつもなく大きな問題にも果敢に挑み、しかも読後感は爽快という、希有な小説です。以下、ウィキペディアよりあらすじを引用します。
在日韓国人の杉原は、日本の普通高校に通う3年生。父親に叩き込まれたボクシングで、ヤクザの息子の加藤や朝鮮学校時代の悪友たちとケンカや悪さに明け暮れる日々を送っている。朝鮮学校時代は「民族学校開校以来のばか」と言われ、社会のクズとして警察にも煙たがれる存在だった。ある日、杉原は加藤の開いたパーティで桜井という風変わりな少女と出会い、ぎこちないデートを重ねながら少しずつお互いの気持ちを近づけていく。そんな時、唯一の尊敬できる友人であったジョンイル(正一)が、些細な誤解から日本人高校生に刺されて命を落とす。親友を失ったショックに愕然としながらも、同胞の敵討ちに向かう仲間には賛同できない杉原は桜井に救いを求め、勇気を振り絞って自分が在日であることを告白するが…「在日」への差別や侮蔑、nationalityという堅く厚い壁、末来に対する不安、反発、怒り、怯え、悲しみ、その中で肩で風を切ってふてぶてしく生きようとする杉原。彼の思いは次の一文に凝縮されていると思います。 「別にいいよ、おまえらが俺のことを《在日》って呼びたきゃそう呼べよ。おまえら、俺が恐いんだろ? 何かに分類して、名前をつけなきゃ安心できないんだろ? でも、俺は認めねえぞ。俺はな、《ライオン》みたいなもんなんだよ。《ライオン》は自分のことを《ライオン》だなんて思ってねえんだ。おまえらが勝手に名前をつけて、《ライオン》のことを知った気になってるだけなんだ。それで調子に乗って、名前を呼びながら近づいてきてみろよ、おまえらの頸動脈に飛びついて、?み殺してやるからな。分かってんのかよ、おまえら、俺を《在日》って呼び続けるかぎり、いつまでも?み殺される側なんだぞ。悔しくねえのかよ。言っとくけどな、俺は《在日》でも、韓国人でも、朝鮮人でも、モンゴロイドでもねえんだ。俺を狭いところに押し込めるのはやめてくれ。俺は俺なんだ。いや、俺は俺であることも嫌なんだよ。俺は俺であることからも解放されたいんだ。俺は俺であることを忘れさせてくれるものを探して、どこにでも行ってやるぞ。この国にそれがなけりゃ、おまえらの望みこの国から出てってやるよ。おまえらにはそんなことはできねえだろ? おまえらは国家とか土地とか肩書きとか因襲とか伝統とか文化とかに縛られたまま、死んでいくんだ。ざまあみろ。俺はそんなものは初めから持ってねえから、どこにだって行けるぞ。いつだって行けるぞ。悔しくねえのかよ…。ちくしょう、俺はなんでこんなこと言ってんだ? ちくしょう、ちくしょう…」 (p.232)またボクサーである彼の親父さんが、いいバイ・プレーヤーとして小説全体をピリリと引き締めています。息子の自由を尊重しながらも、時には寸鉄の言葉で戒める、かっこいい親父さんです。「アウト・ボクシングは客には受けないんだよ。金が必要だったからな。何かを得るためには、何かを失くさなきゃならない」(p.59)などという粋な科白は、思わずメモしてしまいました。彼と杉原が殴り合うシーンはこの小説のクライマックスです。 「僕が入学した高校は都内にある私立の男子高で、偏差値が卵の白身部分のカロリー数ぐらいしかない学校だった。(p.23)」「親父が盤面から顔を上げた。夏休み初日の小学生みたいにキラキラとした瞳で微笑んでいた。(p.111)」といった洒落たレトリックもお見逃しなく。 それでは、私が気に入った言葉をいくつか紹介しましょう。 わたしって、給食って大嫌いだった。全校生徒が、同じ時間に同じものを食べてるのって、なんだか恐いような気がしない? (p.45) なお、桜井がホレス・パーランの「アス・スリー」というアルバムがカッコイイと杉原に紹介する場面があったのでさっそく購入。うん、たしかに。でもラムゼイ・ルイスの「ジ・イン・クラウド」もいけますよ。
「静かな大地」(池澤夏樹 朝日文庫)読了。こういう素晴らしい本に出会えると、つくづく読書が好きでよかったなあと痛感します。明治初年、淡路島から北海道の静内に入植した宗形三郎と志郎兄弟、アイヌの協力を得ながら辛苦の末に牧場経営を軌道に乗せた彼らにおそいかかるさまざまな差別や妨害。結末には触れませんが、その一部始終を、姪にあたる由良が叔父・三郎の伝記というかたちで叙述するという壮大な歴史小説です。なお宗形志郎は、作者の曽祖父にあたる方で、彼らの事跡をなるべく枉げずに小説に仕立てたかったと巻末で付言されています。アイヌ・モシリを、近代の日本国家がどうやってアイヌの手から奪って植民地化し、北海道へと変えていったか。いちおう基本的なところは知っていたつもりでしたが、緻密な考証に基づいた池澤氏の優れた筆力によって、よりリアルに伝わってきます。そしてアイヌに対する畏敬の念をもった宗形三郎が、亡ぼされつつあるアイヌとどう協同し、どう抵抗し、どう敗れさっていったか。最後の最後まで三郎やアイヌたちと一体化し、泣き笑い怒りました。
そして私利私欲しか念頭にない藩閥と政商が、その私利を"国益""御国の為"と言い換えながら、アイヌたちを犠牲にしアイヌ・モシリを食いものにしながら蓄財をしていく過程が、肌に粟が生じ嘔吐感をもよおすぐらいに詳細に描かれています。あれ、「官僚と商人が、その私利を"国益""御国の為"と言い換えながら、一部の人々を犠牲にしながら蓄財をしていく」と一般化すると、これは近現代の日本においていたるところで見られた光景ですね。由良曰く「強い者が押し通るのが世の習い」です。足尾鉱毒事件、満州開拓移民、大きく捉えるとアジア・太平洋戦争もそれに含まれるでしょう。戦後には、さまざまな公害、そして福島の原発事故。この仕掛けの存在から人々の目を逸らすために、彼らは"愛国心"を利用しているのでしょう。ね、橋下さん。 アイヌの素晴らしい知恵と文化がそこかしこに、宝石のようにちりばめられているのも、本書の魅力です。「与えられる以上を貪ってはいけない」「天から役目なしに降ろされたものは一つもない」「天から降ったものを争うことなく分ける」ということだと思います。往時の為政者や人々が、こうしたアイヌの言葉に真摯に耳を傾けていれば、この国の姿も違うものになっていたはず。でも今からでも間に合うと思います。今とは違うもう一つの日本を構想するためにも、彼らの言葉に正面から向き合いませんか。 強い者が弱い者のものを取る。力ずくで取る。それが世の掟だというのなら、アイヌにはもう言うことはない。そのような世には住みたくないと言えば、それ以上は言うことがない。 なお我が敬愛するイザベラ・バードと松浦武四郎が登場するの、嬉しい限りです。
「一人の声が世界を変えた!」(伊藤千尋 新日本出版社)読了。ほんとうに素晴らしい本に出会えました。著者の伊藤氏は、朝日新聞の記者として世界68ヵ国を駆け巡り、人々の力によって歴史が変わる瞬間を幾度も目撃された方です。そしてそうした社会変革の歴史にはいつでも一人一人の「この世界を変えたい」という意志と行動があったという思いを、臨場感とリアリティにあふれる筆致で熱く伝えてくれる好著です。目次を転載しましょう。
第1章 変化したアメリカ(9・11の衝撃から 市民の復元力) 第2章 自立するラテンアメリカ(平和の夢を行動で実現する国‐コスタリカ/崇高な抵抗‐チリ/ノーベル平和賞候補のスラム‐ペルー) 第3章 個人が闘うアジア(自立した人々‐ベトナム/行動する良心が体制を変えた‐韓国/拡大するピープルパワー‐フィリピン) 第4章 未来を築くヨーロッパ(30万人のVサイン‐チェコ/市街戦の中で‐ルーマニア) 第5章 これからの世界 冒頭、著者は次のような苦言を呈しておられます。"これまで全国各地で年間100回にわたる講演をしてきたが、会場からよく質問されるのは、「これからの日本はどうなるのか?」という問いだ。どうなるのか、ではない。どうするか、こそ問われるべきだ。(p.5)" これは耳が痛い… 私もついついそのような発想をしてしまいます。竹内好氏言うところの、自分の頭で考えようとしない"ドレイ根性"の為せる技ですね。"優等生"が何とかしてくれる/に何とかしてほしい、という心性です。これに対して氏は、実際にその目で見てきた、世界を変えるために勇気をもって行動した市民たちの姿を教えてくれます。例えば、ピノチェト軍事独裁政権下のチリで開かれたローマ法王歓迎集会で、代表としてマイクに向かった青年が、しばらく黙ってうつむいたあと、キッと顔を上げて必死の表情でこう語ったそうです。「法王様、僕がいま読もうとしているあなたへの歓迎の辞は、あらかじめ政府が検閲したものです。これをそのまま述べることは、嘘を語ることです。チリ国民を裏切ることです。僕はチリの真実を語りたい。いまのチリには様々な問題があり、若者たちは苦しみ恐れています。国民は虐待されています」。(p.80) またチャウシェスクを打倒したルーマニア革命のきっかけは、ある集会である男性がチャウシェスクに投げつけた"人殺し"という一言だったそうです。彼はこう語っています。 そう思ったときに彼は決心した。誰も言わないなら自分で言おう、と。この集会は絶好の機会だ。独裁者が演説するときに一言反撃しようと心に決めた。逮捕されるのは覚悟の上である。その先に拷問、処刑が待っているかもしれない。でも誰かがやらなくてはいけない。(p.205)また氏のルポルタージュを通して、過去と現在の世界を考え、未来のより良い世界を構想するきっかけもたくさんいただきました。例えば、日本と同様に非武装を憲法で規定しているコスタリカ。実際に非武装中立を国是としているのか、あるいは米軍との関係はどうなのか、私には知識がありませんのでコメントはできませんが、その外交姿勢には大いに学ぶところがあります。その根幹にあるのは「平和の輸出」、つまり"隣の国が戦争をしていれば、いつかは火の粉が自分の国に降りかかる。自国を平和に保ちたいなら、隣の国の戦争を終わらせることが必要だ"という発想です。周辺諸国における紛争の平和的解決に尽力し、武器の売買の禁止などを国際社会に呼びかけ、隣国ニカラグアの女性の識字教育に力に入れ平和の礎を築こうとする。コスタリカのリーダーたちが伊藤氏にこう語ったそうです。 「軍服を着て外国に乗り込めば、意図の良しあしにかかわらず、現地の人々からは必ず嫌われる。国が貧しくて兵士を送ることでしか貢献できないという途上国もあるが、日本は豊かな国だ。平和な貢献ができるではないか」(p.50)そして"テロリスト"が生まれ続けるペルーやフィリピンにおけるルポ。ゲリラとなって""活動を行う人たちは取材に対してこう答えています。「クビをくくるか、ゲリラになるしかない」(p.91)、「農地改革を求めた仲間は政府軍から殺された。話し合いを求めたら発砲された。武器をもつしかなかった」(p.91)、「わが国(※フィリピン)は本来、アジアでも有数な富める国だった。なのに国民は栄養失調に苦しみ、動物のように虐待され、女性は娼婦となって日本に行く。我々には貧困の中で死ぬか、権利を求めて立ち上がるか、二つに一つしか残されていない。合法活動が不可能になれば、山に登るだけだ(※ゲリラとなって戦う)」(p.164)。伊藤氏は、"テロリスト"が再生産され続ける原因を、貧困と不平等にみちた不公正な社会に求めておられます。金持ちの利益しか代弁しない政府が、彼らに武器を取らせる、ゲリラは政府が作り出す。氏の言葉です。 テロを非難するのはたやすい。しかし、テロをなくしたければ、なぜテロが起きるのかを知るべきだ。神父が銃を取らざるをえないほどの中南米のひどい現実を知らずして、ゲリラを気軽にテロリストと呼ぶべきではない。民衆のやむをえぬ抵抗をテロの一言で片付ける姿勢からは、平和は生まれない。(p.91)そしてベトナム。これは初めて知り驚いた事実なのですが、ベトナム戦争の最中、1972年12月の12日間にわたってアメリカ軍は首都ハノイを空爆しました。8万トンの爆弾が落とされたのですが、市民の犠牲者は1318人。1945年3月10日の東京大空襲では、一晩で10万人が殺されましたが、その爆弾は1700トン。目を疑いましたが、いったいこの違いはなぜなのか? それは防空壕の違いです。ハノイの防空壕は、軍と市民が総出でトンネルのように深く掘られていたのです。これに対して日本の防空壕の多くは役に立たず、用をなしたのは皇居と陸軍本営だけだったと言われます。つまり、ベトナムと日本では、守るべき対象が違ったのですね。ベトナムは国をあげて国民を守ろうとした。しかし、アジア太平洋戦争当時の日本が守ろうとしたのは皇居と陸軍だけだった…(p.125~7) 愕然とする話ですが、日本の現状はそこから多少なりとも進歩したのでしょうか。もし相も変わらず、いまだに国民を犠牲にして指導者たちだけが生き残りを図るような国であるのなら…誰が愛国心など持つでしょう。 そしてねばり強く、より良い世界を求めて行動し続ける方々のルポにも勇気づけられます。新自由主義に背を向け、貧しい者が助け合って自立して生きようとする共同体、ペルーのビジャ・エルサルバドル(救世主の町)の紹介。(p.96) フェア・トレードを通じて、フィリピンの農民を支える日本ネグロス・キャンペーン委員会。(p.171) 経済大国だけが世界経済を牛耳ることに反対し、WTO(世界貿易機関)の世界会議でも途上国の立場を代弁して先進国に対抗し、スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラムに対抗する世界社会フォーラムのため、第1回の開催地にポルトアレグレを提供したブラジルのリラ大統領。(p.217) なかなかメディアが伝えてくれない、世界の生の声を生き生きと伝えてくれる、そして現在と未来の世界について考える貴重なヒントをたくさん提示してくれる好著、お薦めです。なお本書の中で汗顔するほどにいちばん心に残った言葉を最後に紹介します。「ハンギョレ新聞」の創刊時の編集局長だった成裕普[ソンユポ]氏の言葉です。 当たり前ですよ。われわれ韓国人は、あのひどい軍政時代に市民が血を流して闘い、自らの力で民主主義を獲得しました。だからわれわれは自信を持っています。日本の歴史で、市民が自分の力で政権を覆したことが一度でもありますか。(p.149)
「なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか」(若宮健 祥伝社新書226)読了。村上春樹氏の『1Q84』(新潮社)のBOOK3に次のような言葉があるそうです。"(大麻が)依存症になるから危険だと司法当局は主張しているけど、ほとんどこじつけだね。そんなこと言ったらパチンコのほうがよほど危険だ" 著者はパチンコ依存症の問題に対して警鐘を鳴らし続けるジャーナリストですが、その氏による衝撃的なリポートです。寡聞にして知らなかったのですが、韓国では社会に害をあたえるとして2006年にパチンコを全廃し、今は跡形もないそうです。著者のことばを引用します。
韓国がパチンコを禁止したことを、日本では筆者が初めてリポートしたが、それを報道した日本のマスコミはない。その上、韓国以上に被害が大きい日本で、なぜ違法な状態のままでパチンコが長年放置され続けているのか、素朴な疑問が深まるばかりである。実は私、幸か不幸か(幸だろうなあ)パチンコをはじめ賭博にまったく関心がありません。最後にパチンコをしたのはたしか三十年ほど前の大学生の頃、最後にパチンコ屋に入ったのはトイレを借りた二年ほど前です。よって"パチンコ依存症"という言葉は知っていたのですが、その恐るべき現状については無知でした。本書を読んでその一端を理解することができたのも大きな収穫です。 さて、日本からもたらされたパチンコによる事件や事故、実害が韓国で多発するようになり社会問題となっていました。家庭の崩壊、自殺、窃盗… そして業界団体から政治家が賄賂を受け取ったという事件をきっかけに、メディアと市民が一体となってパチンコ廃止運動を展開することになります。これに行政・政治家・裁判所も動きを合わせ、2006年に完全廃止となったそうです。同年8月23日の『朝鮮日報』の社説を引用しましょう。 統計によると、ゲームセンター利用者の42.7%が、月収200万ウォン(約20万円)以下の低所得者だ。現政権は、人生に疲れた無力な庶民に働き口や働きがい、貯蓄の喜びを提供する代わりに、ギャンブルという麻薬を与えた。賭博は常に財産や人生を台無しにする大多数と、その多数の犠牲による利益を得る少数の人たちとの関係で成り立っている。(p.42)それに対して日本におけるパチンコの現状はどうなのか。あっと思ったのは、昭和30年代のパチンコ屋では換金はできず、なにより椅子がなかったのですね。子ども心で覚えています。行政が労働意欲の低下につながるという理由で椅子を許可しなかったとのことです。そうした歯止めが崩れ、今では違法であるにもかかわらず換金行為が公然と横行し、ハイテク技術を駆使した賭博性の高い機械があふれ、店内にATMがあるのは当たり前、五万円の軍資金がなければ落着いて打てない状況になっているそうです。さらにコンピューターによる顔認証システムも導入されるケースもあるそうです。入店した客の顔を検知してデータベース化して、出玉を調整するのだそうです。また「一円パチンコ」も流行しているそうですが、これも依存症の主婦をターゲットにすると同時に、税金対策の可能性もあるそうです。いやはや。そして筆者の推定によると、パチンコ依存症の人は100万人を越え、巻き添えになっている家族を含めるとその被害者は300万人を越えるとされています。またパチンコは年金生活者と主婦といった社会的弱者をターゲットにしていると指摘されています。筆者が紹介した、あるネットへの書き込みです。 俺さ、パチンコ屋で働いているのよ。お客さんの中にさ、負けても負けても、毎日通ってくるオバちゃんがいたのね。結構性格のいい人でさあ、たまに勝った時とかジュースくれたりするんだ。でもオバちゃんの持ち物が、だんだん安物になっていくんだわ。それで、今まで五万円とか打っていたのに、だんだん使う金も少なくなっていって… それでも、ほぼ毎日来てたよ。んで、ある日、「今日はあのオバちゃんこないねえ」って言ってたら、次の日、隣町のパチンコ屋のトイレで首つってたよ。オバちゃんはパチンコ屋に殺されたっていうか、パチンコが止められずに死んだんだな。俺はその後、一ヵ月ぐらいでパチ屋辞めた。負ける奴で成り立つ商売やってて、平気でいられなくなったわけさ。悪いこといわねぇから、遊びを超えてパチンコにのめり込むなよ…。(p.85)それではなぜ日本では、パチンコ全廃の動きがまったく起こらないのか。筆者は、まず警察とパチンコ業界の癒着をあげられています。警察庁の外郭団体である保通協(財団法人保安電子通信技術協会)という組織が警察幹部の天下り先となっており、パチンコ機の試験・検査を通して業界を牛耳っているそうです。また各パチンコ店も警察官の天下り先になっているそうです。さらにパチンコ店を管轄する各警察署の生活安全課にも、飲み食いや海外旅行の接待など大きな利得があるとのこと。そしてパチンコ業界を擁護する国会議員の存在。パチンコ業者数十社から構成される「パチンコチェーンストア協会」のアドバイザーには国会議員が名を連ねています。さっそく同協会のホームページで確認したところ、2011年2月18日現在、民主党37名、自民党11名、公明党3名、無所属2名、計53名がすぐわかりました。(投票の際の参考にどうぞ) おそらく多額の献金を受け取って、パチンコ業界の用心棒としてご活躍されているのでしょう。さらにパチンコ業界は、売り上げ向上には大して効果が見込まれないにもかかわらず、新聞広告やテレビCMに大金をかけています。これはメディアの口を封じ込めるためだと若宮氏は推測されています。 こうして比べると、韓国においては、意識の高いメディアとそれを支える市民、民意に敏感に反応する議会と行政がパチンコを全廃に追い込んだと考えられます。みんなで力を合わせて、一歩一歩社会を良いものにつくりかえていく、つまりある程度民主主義が健全に機能しているということでしょうか。以前に拙ブログで紹介した「ハンギョレ新聞」の創刊時の編集局長だった成裕普[ソンユポ]氏の言葉をもう一度くりかえします。 当たり前ですよ。われわれ韓国人は、あのひどい軍政時代に市民が血を流して闘い、自らの力で民主主義を獲得しました。だからわれわれは自信を持っています。日本の歴史で、市民が自分の力で政権を覆したことが一度でもありますか。もうこれはパチンコだけの話ではないですね。われわれの命と暮らしを脅かすもの(核[原子力]発電、自然災害、米軍、貧困…)に対して、みんなで力を合わせて立ち向かっていく、つまり民主主義をこの手に獲得することが喫緊の課題だと思います。 なお韓国市民の意識の高さを称揚されるのは同感ですが、その指標として日韓の経済成長率の差をとりあげているのはいかがなものかと疑念をもちます。自然環境と人々の暮らしに負荷を与える経済成長礼賛の姿勢から一刻も早く脱却すべきだと思います。「原発の建設受注でも、日本が韓国に負けるという事態があった」という指摘は、何をか言わんや、ですね。
「私物化される世界 誰がわれわれを支配しているのか」(ジャン・ジグレール 阪急コミュニケーションズ)読了。以前に「世界の半分が飢えるのはなぜ?」という彼の著書を紹介しましたが、こちらもお薦めです。まずは虚心に、今の世界をありのままに見詰めることから始めましょう。ジグレール氏はこう語っておられます。
人類史上初めて、私たちは過剰な財を享受している。地球はその財貨の重みに耐えかねて、ほとんどくずれおれんばかりだ。供給可能な財は人類の生存に必要な量を1000倍も上回っている。その原因は何か? 氏は、書名にもある通り、地球上最強の多国籍企業200社、つまり世界総生産高の25パーセント以上を支配する民間企業が、世界を私物化していることにあるととらえます。そしてアメリカを中心とする先進国政府の協力を得て、WTO(世界貿易機関)やIMF(国際通貨基金)といった傭兵を爪牙として頤使して、われわれを支配しているのだと。こうした状況を、氏は「ジャングル資本主義」と表現されていますが、その実態について、私の文責でまとめてみます。 まず、第三世界の国々は、外国の格付け会社によってコントロールされる収益の多い投資を獲得するために、たがいに争います。諸国はこの闘いに勝利するために、躊躇なく労働者の社会的保障、労働組合の自由、さらには国内の賃金労働者のもともと少ない交渉余地をさらに制限します。欧米日では、種々の産業が、工場、実験室、研究センターなどを外国に移す傾向がますます強まっています。この海外移転はいわゆる「特別生産地域」を頻繁に活用するもので、そこでは労働者階級保護の有無が不明朗で、賃金は悲惨です。またちょっと海外移転をちらつかせるだけで信じられないほどの実に腹立たしい効果を発揮します。すなわち、現生産国は資本の要求にますます譲歩するように、また社会保護の解体(解雇、規制緩和)に同意するように仕向けられます。つまり一言でいえば、国内の労働市場を「液状化」することによってさらに不安定にすることが求められるのです。これにより、あらゆる国の被雇用者間に競争が生じます。各人にとって肝心なことは、家族のために雇用と収入を得ることです。この状況はさまざまのカテゴリーで被雇用者間に節度のない競争を引き起こし、彼らの政治的無気力と労働組合運動の死をもたらします-要するに、労働する人間が自分自身の尊厳が破壊されたことに対して、屈辱的な、それどころかしばしば絶望的な同意を与えるという結果を招くことになります。ヨーロッパの民主主義の内部では、現に職場を確保していて、それを何が何でも保持しようとする者たちと、失業していて、今後もほぼ職場を得る見込みがなく、現在の職場確保者から奪い取るしかない者たちとの間に見逃しえない亀裂が走ります。被雇用者間の連帯は崩壊し、公共機能と民間部門との間に対立矛盾が起こり、非常にゆゆしい現象として、国内労働者が移住してきた外国人労働者を憎悪しはじめ、人種差別が横行することになります。(p.112~4) ああまさに現今の日本において心の底から実感できることですね。低賃金で酷使される中国の労働者、そうして生産された廉価な製品に対抗するため、際限のない賃金引下げ競争に巻き込まれ、心身を摩耗させられていく日本の労働者。しかし尖閣諸島問題が利用され、本来は連帯すべき両者が互いを憎悪する。国家の規範的機能が麻痺し、社会は解体されて、ジャングルが忍び寄る。歴史的な退行… 強者の言い分は正しく、弱者の主張は誤っている。いかなる敗北も当然の結果であり、ひとえに劣った主体のみずから招いた弱さのせいにされる。利潤最大化、無制限かつ無規制の競争、商品交換の普遍化、土着文化の根絶が世界に蔓延する。しかし、世界の人々は苦悶と怨嗟の声をあげながらも、この現状を黙認・追認してしまう。なぜか? ノーム・チョムスキーは、二十世紀と二十一世紀の全体主義権力が相次いでとった三つの形態を列挙しているそうです。すなわち、ボリシェビズム、ナチズム、そしてTINAです。TINAは"There is no alternative"(選択の余地はない)の略語であり、略奪者たちの世界支配はこのTINAの力に基づくと主張しています。それは「グローバリゼーションと自由貿易に帰着するこのシステムに代わるものは存在しない」というメッセージですね。 著者は最後に、こうした"経済の専横"に対して"政治の復権"を呼びかけ、そしてこうした世界のジャングル化を押しとどめ、"違う選択肢"を実現させるべく発言し行動する世界中の人々の力強い動きを紹介されています。「あなたは一人ぼっちではない」という著者のメッセージに勇気づけられた思いです。間違いなく、多国籍企業、先進国政府、WTOやIMFが最も恐れているのが、世界中の貧しく虐げられている人々が連帯して行動を起こすことでしょう。それを食い止めるために、手を変え品を変え、必死で私たちを対立させ分断しようとしているのだと思います。その手は桑名の焼き蛤、世界の人々と連帯しながら、この世界を私たちの手に取り戻しましょう。 本書を一人でも多くの方に読んでほしいので、いくつか引用します。残念ながら絶版なのですが、インターネットの古本屋で入手可能なようです。 アメリカの反対の論拠はその定評あるエゴイズムの証左である。アメリカの主張するところでは、「公共財」は存在しえない。市場だけが、分配、価格、食糧、住居、学校建設、医療品等々の決定を下す。20億以上の人間が極端な貧困状態にあるって? この状態を除去できるのは経済成長のほかになく、これは、貿易と市場を最大限に自由化することによってのみ達成される。それまでは貧しい者たちが自助努力をするだろう…。(p.43) < 前のページ次のページ >
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。 カテゴリ
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