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『共謀罪の何が問題か』

 なりふりかまわずに共謀罪法案を成立させようとしている安倍上等兵内閣。自由と民主主義を守るために抗い声をあげている少数の人びと、そしてこの問題に無知・無関心な、あるいは「他に適当な人がいない」という理由でこの内閣を支持している多数の人びと。状況はいよいよ最終局面に至っています。
 そもそも共謀罪法案とは何か、安倍でんでん内閣が意地になって成立をめざす理由は何か、そして問題点は何か、私たちはしっかりと知り、考えるべきだと思います。そのために導きの糸となってくれる好書『共謀罪の何が問題か』(髙山佳奈子 岩波ブックレット966)をぜひ紹介します。なお髙山氏は、第一線で活躍する刑事法の研究者です。

 まずは表紙にある一文を見て、驚きましょう。
 「テロ対策のため」「オリンピックのため」「国際条約のため」「組織的犯罪集団に限定し、構成要件を厳しくした」… →全部ウソです
 一読して納得しました、はい、ほんとうに、全部、ウソです。このようなウソつき内閣を支持している、あるいは自民党・公明党の候補者に投票する方々、このブックレットを読んでぜひ直視してほしいものです。

 「テロ対策のため」…ウソです。引用します。
 このように、テロを中心とする危険な事態には、国際条約や決議、またそれらに対応する国内立法や独自の国内法によって、すでに対応可能な体制が整っています。そして、法案の内容自体に、テロ対策が規定されていません。(p.40~1)
 "驚き桃の木山椒の木、錻力に狸に蓄音機"なのですが、2017年2月末に、法案の内容が明らかにされたとき、「テロ」という語がまったく含まれていなかったそうです。その後慌てた自民党・公明党は、適用対象についての条文に「テロリズム集団その他」という文言を挿入しましたが、テロ用に設けられた条文がただの一か条も存在しないという事実は変わっていません。(p.39~40)

 「オリンピックのため」…ウソです。引用します。
 …共謀罪立法はオリンピック・パラリンピックの文脈で議論されたことがなく、政府の公式文書でも一貫してそのような扱いになっていることが明らかになりました。(p.34)
 「国際条約のため」…ウソです。引用します。
 まず、条約が何を要求しているのかを見てみましょう。本条約は、シチリア州都パレルモ市で調印されたことに象徴されるとおり、マフィア対策を内容としています。そのターゲットの中心は組織的な経済犯罪です。2000年の国連総会で採択されており、2001年9月の同時多発テロ事件よりも前にできた条約であることがわかります。…テロ対策の一連の条約や国連決議は、マフィア対策とは別の体系をなしていますから、本条約を締結するために「テロ等準備罪」の処罰を導入する、という話は、そもそも眉唾ものです。(p.15)

 条約は共謀罪立法を義務づけていない。(p.20~3)
 「組織的犯罪集団に限定し、構成要件を厳しくした」…ウソです。引用します。
 2017年3月31日に自民党政務調査会が「党所属国会議員各位」に送付した「『テロ等準備罪』に関する資料」は、対象となる人の範囲について、「組織的犯罪集団に入っていない一般の方々が、処罰の対象になることはありません」としています。しかし、ある人が組織的犯罪集団に入っているかどうかは、その都度、捜査機関が判断するのですから、「入っていない一般の方々」が処罰対象にならないと言ってみても、意味をなしません。同じ資料には「一般のメールやSNS上のやり取りで処罰されることもありません」とも書かれています。これも、「一般の」メールやSNSと、「一般のでない」メールやSNSとの区別が法案に書かれているわけではなく、それは捜査機関によって判断されるわけですから、ナンセンスだといえます。(p.52)
 そう、捜査機関にフリーハンドを与えるようなものですね。警察関係諸氏は欣喜雀躍でしょうが。
 なお組織的は経済犯罪を取り締まるというのがパレルモ条約の趣旨ですが、この法案では、公権力を私物化する罪や、民間の汚職などの経済犯罪が、法定刑の重さにもかかわらず、対象犯罪から除外されています。(p.28) 本書にしたがって列挙して見ましょうか、これも"驚き桃の木(以下略)"です。業務上横領罪、特別背任罪、公職選挙法違反、政治資金規正法違反、政党助成法違反、警察などによる職権濫用・暴行凌辱罪、新聞・雑誌の不法利用罪、株式会社の役員・従業員による収賄罪、金融商品取引法違反、商品先物取引法違反、投資信託・投資法人法違反、医薬品・医療機器法違反、労働安全衛生法違反、貸金業違反、資産流動化法違反、仲裁法違反、一般社団・財団法人法における収賄罪、たばこ税法違反、石油石炭税法違反、石油ガス税法違反、航空機燃料税法違反、揮発油税法違反、相続税法違反、独占禁止法違反などなど。これらはすべて、共謀罪の対象犯罪から除外されています。私の理解を超えている犯罪も多々ありますが、政治家・大企業・警察にきわめて有利な法案であることは素人でもわかります。政治家・大企業・警察にとっては"ザル法"なのですね。

 それでは、なぜこのような嘘にまみれた胡散臭い法律を、安倍内閣および自民党・公明党は躍起になって成立させようとしているのか。髙山氏は、その理由を二点指摘されています。
 まずひとつめ。警察の権益を守り、さらに拡充するための共謀罪法と言えそうです。
 こんな奇怪な法案を、なぜ、与党は、虚偽の看板を掲げて国民をだましてまで強行しようとするのでしょうか。…ここでは、「犯罪が減って仕事のなくなった警察が権限を保持するため」という理由を書いておきましょう。(p.40~1)
 実は、近年、犯罪が激減しているのですね。政府の『犯罪白書』の統計によれば、刑法犯の2012年の認知件数は203万6392件であったのに対し、2015年は161万6442件で、わずか三年間に二割以上も減っています。(p.30) 犯罪の認知件数は、戦後最低新記録を更新中です。警察の仕事は減った、しかし警察職員の数は増えている。そこで本来必要のない処罰規定をわざわざ作ることにより、犯罪ではなかったものを犯罪と呼び、警察の実績を上げようとしている。最近、今まで摘発の対象になっていなかった行為の摘発を始めているのも、その傍証だとされています。例えば、沖縄の基地反対運動への弾圧、ダンス営業規制によるクラブの一斉摘発、女性タレントの線路立入り、右翼団体メンバーによる道路交通法上の共同危険行為など。

 ふたつめ、アメリカ政府の要請に応じた可能性です。『スノーデンの警告 「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」』の中で、エドワード・スノーデン氏は、特定秘密保護法をデザインしたのは米国であり、「テロ」は口実であって、米国の監視体制は米国への協力者や無関係な人々まで対象にしていると証言されています。
 実際に日本で情報活動にあたっていた人がこのように述べている過去の経緯からしますと、共謀罪立法についても、特定秘密保護法や安保法制の場合と同じく、米国の求めに応じているものである可能性が否定できません。確かに、米国の諜報機関には日本語の使える職員が足りませんので、日本の警察に集めさせた情報を入手するのが効果的です。(p.66)
 みっつめ。髙山氏は直接には指摘されてはいませんが、文脈からは見えてきます。
 刑事法研究者の声明でも「大分県警別府署違法盗撮事件」が例として挙げられていますように、現行法の下でも、一定の範囲で捜査権限の濫用が発生していることは事実です。鹿児島の志布志事件のような大規模な冤罪事件も起きています。最近では、福島の被災地への反原発ツァーで、レンタカー代を割り勘にした埼玉県加須市の職員らが、白タクの無許可経営罪の疑いで逮捕されたという事件がありました。また、沖縄では、極めて軽微な違法行為の疑いで、強制捜査によって大幅な人権の制約が行われる事案が相次いでいることも報告されています。(p.59)
 そう、反原発運動や反米軍基地運動など、政府の政策を批判し、それに抗議して反対運動を起こしている方々、日本政府とアメリカ政府に抗う方々への弾圧と威嚇です。辺野古での基地反対運動のリーダーである山城博治氏が検挙され、その取調べの模様を次のように証言されています。
 検察の取り調べでは、「共犯」「共謀」という言葉が頻繁に使われた。

 (山城) 共犯者は誰だ、カメラに映っているこの人物は誰だ、名前は? どこから来た人物だ?と。あぁ彼らは、私に、"共謀"したということでたくさんの逮捕者を出すつもりだなと思った。運動をしてきた人がみんな犯罪者にされてしまう。だから黙秘した。…警察や検察の主張では、常時私と行動を共にしていた者のみならず、たまたまゲート前の座り込み行動に参加して私の話を聞き、拍手を送った者まで、"共謀"したとされています。
 そして問題点です。これまで基本的に許されないと解されてきた、犯罪の実行に着手する前の逮捕・拘留、捜査・差押えなどの強制捜査が可能になるということです。しかも、対象となる犯罪が確実に実現するだろうという見込みをもってなされたことを必要とせず、「実現するかもしれないし、しないかもしれない」という程度の認識(「未必の故意」)があれば、共謀罪とされてしまいます。しかし、何も危険な物や手段が登場していない事前の計画の段階で、共謀罪を摘発するとしたら、どうすればよいのでしょうか。髙山氏は、二つの方向性を指摘されています。一つは、犯罪の計画を立てそうであると判断した人物を監視すること。もう一つは、十分な証拠がなくても摘発してしまうことです。(p.56) 前者は、本格的な監視社会の到来ですね。共謀罪の摘発の必要性を名目とする電子メールの盗聴や身分秘匿捜査官の投入といった、歯止めのない捜査権限の拡大につながるおそれもあります。後者は冤罪の横行ですね。

 というわけで、警察の権限と利益を拡充し、監視の目を社会のすみずみまで張り巡らし、日米政府に抗う人々を弾圧・威嚇し、政治家・財界・警察の共謀は見逃す。これが共謀罪法案の本質であることがよくわかりました。あらためて反対したいと思います。
 それにしても、580円の身銭を切ってブックレットを二時間ほど読めばこれくらいのことは分かるのに。なぜ真実を知らない人が、知ろうとしない人が、そして知ることに興味がない人が、多いのでしょう。イグノランスの深淵は計りがたい。(『暗黒日記』 清沢洌)

 付言その一。心に残った一文です。ほんとにそうですよね。
 テロの危険が高まったとすれば、それは、安保法制が強行されたことにより、日本が「アメリカと一緒に武力を行使する国」と見られて、イスラム過激派から敵視されるようになったからではないでしょうか。そうであれば、原因となった安保法制をやめればよいことになります。東アジア情勢の緊迫は、北朝鮮が米国の脅威に対抗するために生じるものなのですから、本来外交によって対処すべき事態です。(p.31)
 付言その二。この一文も心に残りました。
 真の国益とは、国に住む人々が安全で幸福に暮らせることにほかなりません。安全に貢献せず、権利や自由を制限するだけの立法はこれに反します。私たちは市民として何をすべきなのか、つねに自らに問いかけ、社会的責任を自覚することが必要だと思います。(p.71)
 私たちが、安全で幸福に暮らせることが"国益"、その暮らしを保障するのが"安全保障"。この視点を銘肝しましょう。私たちの暮らしを、自由を、権利を踏みにじりながら、"国益"や"安全保障"を怒号する候補者には一票を投じない。またそうした政党を支持しない。そこから始めましょう。

 付言その三。こういう一文もありました。
 マフィアや暴力団などの組織的犯罪集団は、組織として時間的に継続することを想定しており、その中で、さまざまな利益の獲得や、そのための公権力に対する不当な影響力の行使を目的としています。これに対し、テロリズムは、宗教的動機や政治的動機に基づいており、組織性や継続性を要件としません。単独の犯人が行う自爆テロも、典型的なテロリズムの一つです。両者は、目的も態様も異なるのです。(p.35)
 「さまざまな利益を獲得するために公権力に対する不当な影響力を行使する、時間的に継続する組織」が、組織的犯罪集団の定義です。…ん?…あれっ…これは自由民主党も該当しませんか。そうか、自民党は組織的犯罪集団だったんだ。組織的犯罪集団がつくった組織的犯罪集団を取り締まるためにつくった法律。まともなものになるわけがありません。
by sabasaba13 | 2017-06-12 08:26 | | Comments(0)

『スノーデン 日本への警告』

 映画『スノーデン』と『シチズンフォー』を見て、エドワード・スノーデン氏の高い志と不屈の勇気にいたく感銘を受けました。彼に関することをもっと知りたいと思っていたところ、『スノーデン 日本への警告』(エドワード・スノーデン 青木理 井桁大介 金昌浩 ベン・ワイズナー マリコ・ヒロセ 宮下紘 集英社新書0876)という本が出版されていることが分かり、さっそく購入して読了しましました。
 2016年6月4日に行なわれた、自由人権協会(JCLU)70周年プレシンポジウム「監視の"今"を考える」に参加したスノーデン氏の発言をまとめたものです。なお周知のように彼は今、アメリカ政府の追及から逃れるためにロシアにいるので、衛星テレビを通しての参加となっています。
 書名の通り、アメリカと同様に、市民の自由やプライバシーを脅かしている日本政府の実態を告発し、それを私たちに警告するという内容です。なにはさておき、彼の発言をいくつか紹介しましょう。
 暗号化という技術は、適切に用いられればすべての人を平等に保護します。しかし、私は軍拡競争を提唱したいわけではありません。テクノロジーの専門家たちのコミュニティはこの競争に勝てる可能性があるとは思いますが、そのような競争は望ましいものではありません。技術による人権保障は、最終手段だと考えています。むしろ政治的な状況や、私たち自身の無関心と知識の欠如がもたらす脅威に目を向ける必要があります。
 このテーマは現在の日本にとっても極めて重要な問題です。ここ数年の日本をみると、残念ながら市民が政府を監督する力が低下しつつあるといわざるを得ません。2013年には、政府がほとんどフリーハンドで情報を機密とできる特定秘密保護法が、多数の反対にもかかわらず制定されてしまいました。(p.43)

 より便利であるという理由だけで、政府の求めに応じて無制限の権力を与えることは大変危険なことです。民衆が政策に反対しているのに、政府が民意を無視することを何とも思っていない時にはとりわけ危険です。ここで私が問題にしているのは、日本国憲法第九条の解釈のことです。
 安倍政権にとって、憲法を改正したいのであればそれもひとつの政策でしょう。しかし、改正をしたいのであれば手続きを踏む必要があります。安倍政権はその手続きを踏むべきでした。有権者の三分の二が、日本をより軍国主義的にするような憲法九条の削除、改正、そして再解釈に反対しているにもかかわらず、安倍政権は、憲法改正という正攻法ではなく、裏口入学のような法律解釈の行ってしまいました。これは世論、さらには政府に対する憲法の制約を意図的に破壊したといえます。
 もちろん私は、日本にとって何が正しいかということを言う立場にはありません。でもこれだけは言えるでしょう。政府が、「世論は関係ない」、「三分の二の国民が政策に反対しても関係がない」、「国民の支持がなくてもどうでもいい」と言い始めているのは、大変危険です。
 このような時こそ、ジャーナリストは政府が何をしているかを把握しなければなりません。にもかかわらず、すべての情報が特定秘密として閉じられてしまう。これは非常に危険です。こうした問題に関しては公共での議論が必要です。また、メディアも連帯を確保して、政府の政策や活動を批判しないようプレッシャーを掛けてくる政府に対抗する必要があるでしょう。(p.49~50)

 今、日本のプレスは脅威にさらされています。その態様はピストルを突き付けられたり、ドアを蹴られたり、ハードドライブを壊されたりという形の恐怖ではありません。日本における恐怖は、静かなる圧力、企業による圧力、インセンティブによる圧力、あるいは取材源へのアクセスの圧力です。テレビ朝日、TBS、NHKといったような大きなメディアは、何年にもわたって視聴率の高い番組のニュースキャスターを務めた方を、政府の意に沿わない論調であるという理由で降板させました。
 政府は自分たちの持つ地位と権力を理解しています。政府は放送法の再解釈を通じてプレッシャーをかけています。政府はあたかも公平性を装った警察のようにふるまいます。「この報道は公平ではないように思われますね。報道が公平でないからといって具体的に政府として何かをするわけではありませんが、公平でない報道は報道規制に反する可能性がありますね」などとほのめかすのです。
 こうした類の脅迫は、メディア各社の上層部に明確に伝わっています。これは驚くことではありません。メディアの事情も理解はできますが、脅威に屈してはいけません。政府が嫌いなニュース会社やニュースキャスターを排除してはなりません。今求められていることは連帯です。
 ニュース組織、TBS、NHK、テレビ朝日、その他のさまざまなテレビ・チャンネル、そしてジャーナリスト団体が一緒になって、自由な報道というものは政府の言いなりになって書くのではないこと、開かれた社会における報道の自由の目的は政府による情報の独占に対抗することにあることを訴え続ける必要があります。
 とりわけ、日本社会や日本で暮らす人々の権利に大きな影響を及ぼす事項については、対抗していく必要があります。政府の働きを調査できなければ、企業の動きを調査できなければ、また調査の結果判明した実態を人々に伝えることができなければ、ジャーナリストではなくなってしまいます。ジャーナリストではなくただの速記者です。それは日本の市民社会にとって非常に大きな損失であり、ひいては日本にとっても大きな損失だと思います。(p.53~4)

 市民が反対しているのに政府が意に介さず法律を成立させるような社会では、政府は制御不可能となります。あらゆることのコントロールが失われます。人々は政府と対等のパートナーではなくなります。全体主義にならない保証はありません。(p.82)

 人と話して下さい。価値観を共有して下さい。会話をして下さい。議論をして下さい。そして決して恐れないで下さい。リスクを認識すること、それが現実にあると認識することは大事なことです。
 手榴弾の上に身を投げ出しましょうなどと言っているわけではありません。誰もそんなことしたくありません。殉教者など必要ありません。
 けれども行動を怖がらないで下さい。過ちを見つけたならば、すぐに行動に移して下さい。既定路線になる前に動いて下さい。政府の方針となることを待たないで下さい。物事を注意深く見て下さい。よく考えて下さい。受け身にならないで下さい。そして最後のこのことを忘れないで下さい。自由を享受できる社会は市民が主役になって初めて実現されるということを。
 あなたは誰かをサポートする脇役ではなく主役なのです。(p.83~4)
 最新テクノロジーを駆使して情報を独占し、私たちを監視し、ジャーナリズムを屈服させ、市民によるコントロールから自由となって暴走・腐敗する国家権力。アメリカと同様の状況が日本においても起こっていることを、スノーデン氏は的確に指摘されています。そしてその行き着く先は全体主義であることも。特定秘密保護法や共謀罪を遮二無二求める安倍政権の姿勢を見れば、一目瞭然です。事態がここまで進んだのは、私たち市民の知識の欠如と無関心に責任があるという指摘にも汗顔の至りです。
 こうした動きに抗い、自由を守るためには、人と話すこと、恐れないこと、行動すること、そして自分が主役だと認識すること大事であるという氏の言葉を銘肝したいと思います。

 パネリストとして参加した四人による討論も興味深く、たいへん参考になりました。スノーデン氏の法律アドバイザーであるベン・ワイズナー氏、ニューヨーク市警によるムスリム監視の差止を求める訴訟の代理人を務めるマリコ・ヒロセ氏、プライバシーの専門家である中央大学准教授の宮下紘氏、そして日本の警察組織を取材するジャーナリストの青木理氏です。
 ベン・ワイズナー氏と青木理氏の発言を紹介しましょう。
(ベン・ワイズナー) 確かに脅威が存在しないわけではありません。しかしスノーデン氏が指摘する通り、テロリストによって殺される確率よりバスタブで溺れる確率の方が高いのです。テロの脅威は、政府が毎年800億ドルを費やして対策すべきほどの脅威なのか、改めて考えるべきです。
 情報当局にとってはテロの危険は大きければ大きいほど良いわけですが、私はこれを、"脅威という燃料"と呼んでいます。諜報機関という装置が自らの存在を正当化するために必要とする燃料です。(p.136)

(青木理) 僕はアメリカが全部いいなんてまったく思いませんけれども、こうしたアメリカなどの状況と比べ、日本ではジャーナリストやメディアの仕事に対する理解が、政権レベルでも市民レベルでも非常に低いと思います。これは僕らがサボってきたという面もあると思うのですが、紛争地取材にあたるジャーナリストを「自己責任だ」などと言って切り捨ててしまうという風潮が強まれば、僕たちは紛争地の真実を知ることができない。あえて攻撃的に言えば、この程度の市民があってこそ、この程度のメディアと言えるのかもしれません。(p.148)
 ベン・ワイズナー氏が言う"脅威という燃料"という言葉は、政府の行為を批判的な視点で考える際に非常に有効だと思います。例えば、北朝鮮の発射するミサイルはほんとうに"脅威"なのか。"脅威"だとしたら、それが命中した時にはかなりの確率で日本を破滅させる原子力発電所をなぜ再稼働させるのか。ほんとうは"脅威"ではなく、安倍政権および官僚機構が、己の権力や利益を増進させるための"燃料"に過ぎないのではないのか。

 二本の映画ともども、私たちを勇気づけてくれるお薦めの一冊です。
by sabasaba13 | 2017-05-31 06:25 | | Comments(0)

『ボタン穴から見た戦争』

 『ボタン穴から見た戦争 白ロシアの子供たちの証言』(スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ 岩波現代文庫)読了。
 裏表紙の紹介文を引用します。
 1941年にナチス・ドイツの侵攻を受けたソ連白ロシア(ベラルーシ)では数百の村々で村人が納屋に閉じ込められて焼き殺された。約四十年後、当時15歳以下の子供だった101人に、戦争の記憶をインタビューした戦争証言集。
 『戦争は女の顔をしていない』は女性の眼から見た戦争でしたが、本書は子供の眼から見た戦争です。子供の眼に焼きつけられた残虐非道な戦争の実相に息を呑むとともに、子供たちを体を張って守り、人間らしく育てようとするベラルーシの人びとの姿に感銘を受けました。そして"過去を忘れてしまう人は悪を生みます。そして悪意以外の何も生み出しません"(p.5~6)と述べるスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの姿勢に、そうした惨劇を二度と繰り返さないためにも過去を記憶に留めなければいけないという強固な意志を感じました。安倍上等兵にぜひ読んでいただきたい本です。
ヴォロージャ・コルシュク 六歳
 お金はいらない。辛い時には人間らしい同情や尊敬の念はどんなお金よりも得がたいものだと。このことは忘れられない。(p.79)

エドゥアルド・ヴォロシーロフ 十一歳
 何の理由もなく誰かをなぐっていいなんて理解できなかった。(p.88)

マーシャ・イワノワ 八歳
 おばあちゃんは、家の中で、嘆いていました。「神はどこにいるの、どこに隠れちまったのさ?」 (p.106)

ファイナ・リュツコ 十五歳
 私はどこかに遠のけられた。それからまず子供たちが撃ち殺されるのを見たんです。撃ち殺して、親たちがそれを見て苦しむのを観察しているんです。私の二人の姉と二人の兄が殺されました。子供たちを殺してしまってから、親たちに移りました。女の人が乳のみ児を抱いて立っていました。赤ん坊は瓶で水をすすっていました。奴らはまず瓶を撃ち抜いて、次に赤ん坊、そのあとでお母さんを殺したんです。
 私は気が狂ってしまうと思いました…私はもう生きていけない、と…どうしてお母さんは私を救ってしまったのでしょう? (p.135)

タイーサ・ナスヴェトニコワ 七歳
 44年の末に初めてドイツ人の捕虜を見ました。大きな隊列を組んで歩いて行ったのです。驚いたことに、人々がその隊列に近寄ってはパンをあげたりしていました。私はあんまりびっくりしたので、お母さんが仕事をしているところへ行って、きいたほどです。「どうして、ドイツ人にパンをあげるの?」 お母さんは何も言わないで、泣き出しました。(p.141)

リーダ・ポゴジェリスカヤ 七歳
 でも、私と妹と弟、三人とも成長して、高等教育をうけました。私たちは意地の悪い人になりませんでした。もっともっと人々を信じ、もっと愛するようになりました。それぞれに子供があります。お母さんは一人の力ではこんなふうに私たちを育てることはできなかったでしょう。私たち、戦中の子供は、皆が大切に、育てあげてくれたのです。(p.146)

リーリャ・メリニコワ 七歳
 とてもかわいがってくれて、行儀も教えてくれました。こんなことがありました。「だれかにごちそうしようという時、チョコレートの袋から一つ取り出してあげるのではなく、袋全部をすすめなさい。もらう方は、袋全部をもらわないで、そこから一つとるのです」という話がありました。この話があった日、一人の男の子が欠席していました。ある女の子のお姉さんがやってきて、チョコレートを一箱くれました。この女の子-孤児院で育った子-がそのチョコレートの箱を男の子のところに持っていくと、男の子はそれを箱ごともらってしまいました。私たちはどっと笑いました。その子は困って、きくんです。「どうすればいいのさ?」「一つだけとるのよ」と教えられて、その子は気がつきました。「どうして一つしかとっちゃいけないか分かるよ、僕が全部もらっちゃうとみんなのがないからでしょう?」 そう、ひとりだけでなく、皆が楽しくなるようにと教えられたんです。(p.198)

ワーシャ・シガリョフ‐クニャーゼフ 六歳
 大尉は僕に長いこと説明した。「子供は皆いい子なのだ。何も罪はない。戦争が終わった今、ロシア人の子もドイツ人の子も仲良くするのだ」と。(p.255)

訳者あとがき 三浦みどり
 101人の子供たちの話を聞いて、あの国に101人の知り合いができたように感じていただけれることを祈り、どこかの国の人々のことを自分のことのように気遣うことができるというその感覚が、次々繰り出されてくる軍事的な暴力に対する、確実で最終的な歯止めになることを静かに念じている。(p.347)
 気になったのは、アジア・太平洋戦争下において、日本の子供たちは戦争をどう見ていたのでしょうか。そして日本の大人たちは、子供たちを人間らしく育てようと力を尽くしたのでしょうか。後者については、管見の限りではそうではなさそうですね。日本版『ボタン穴から見た戦争』をぜひ読みたいところです。

 追記です。ソ連におけるドイツ軍の凄まじい蛮行が印象的ですが、『第二次世界大戦 1939-45』(アントニー・ビーヴァー 白水社)を読んでいたら、次のような記述がありました。
 (※1941年)6月6日には、ドイツ国防軍の悪名高き「コミッサール指令」が出ている。この指令には「捕虜の扱いにかんするジュネーブ条約」等々、いかなる国際条約の遵守も等閑視すべしと具体的に述べられていた。同指令とその関連規定は、ソ連の"ポリトルーク(政治指導員)"、すなわち軍内部の政治将校やソ連共産党の正規党員、ならびに破壊分子、男性ユダヤ人は、すべからくパルチザンと見なし、残らず射殺すべしと要求していた。(上p.384)

 スターリンは(※1941年)翌7月1日、クレムリンに復帰した。みずからマイクの前に立ち、ソ連人民にむけたラジオ演説をおこなった。かれは直感の赴くまま、人心を見事に掌握してみせた。スターリンはまず「同志、市民、兄弟姉妹のみなさん」と語りかけて、聴取者たちを驚かせた。クレムリンの主が、人々に対して、家族の一員のような挨拶をした例はこれまで一度もなかったから。続いて、この全面戦争においては、焦土作戦を実施し、なんとしても祖国を守らなければならないと呼びかけた。ナポレオン相手の「1812年祖国戦争」の記憶をかき立てる意図がそこにはあった。ソ連人民は、共産主義のイデオロギーなどよりも、愛する国土のためにこそ、命を投げだす可能性がはるかに高いことを、スターリンは熟知していた。この種の愛国主義は、過去の戦争によって形成されたものであり、ゆえに今回の侵略においても、国民のそうした熱き想いをかき立てることは可能であるとかれは踏んでいた。現在の壊滅的事態を、スターリンは隠し立てすることなく国民に伝えた。ただ、その責任の一端が自分にあることはオクビにも出さなかった。スターリンはまた、"民兵大隊"の創設も命じた。大した装備も与えられず、大砲の餌食になることがほぼ確定した素人の集まりだ。かれら"民兵"たちに期待されたこと、それはその肉体をもって、ドイツ装甲師団の進捗スピードを遅らせる-ただその一点だった。
 「焦土作戦」を実施すれば、民間人が戦闘に巻きこまれ、悲惨な目に遭うことは必定だったけれど、そんなことはスターリンの眼中にはなかった。かくして避難民は、それぞれの集団農場から、家畜を追い立てつつ、個々別々に逃避行を開始した。ドイツの装甲師団に追いつかれまいと、当人たちは必死だったけれど、およそ無駄な努力だった。(上p.395~6)

 スターリンは民間人に対しても、いっさい同情しなかった。ドイツ軍が「老人、女性、母子」などを人間の盾につかったり、あるいは降伏を呼びかける使者にもちいたなどという話を耳にすると、ならばいっそのことそいつらに銃弾を浴びせてやれと命じている。「余計な感傷は無用-それが私の答えだ。敵と共謀するものは、病人だろうが健常者だろうが、ただちに粉砕せねばならない。戦争とは本来、容赦のないものであり、弱みを見せたもの、動揺に身を委ねたものが、真っ先に敗れ去るのだ」。(上p.412)

 占領した大地に入植民を送り込み、「エデンの園」を築くというのがヒトラーの基本構想だった。だが、パルチザンの"跋扈"は当然ながら、そこに自分の土地を得て、楽園づくりに勤しむ可能性のあるドイツ人や"フォルクスドイチェ(民族ドイツ人)"の意欲を削ぎ、結果、構想は足踏み状態となった。国境の東方、そこにドイツ民族のための"レーベンスラウム(生存圏)"を建設するという一大構想を実現するには、「浄化」された土地と、徹頭徹尾、従属的な小作人階級という二つの要素が不可欠だった。予期されたことではあるけれど、ナチによる"匪賊討伐"は、しだいにその残酷の度を強めていった。パルチザンの襲撃があると、その周辺の村々が「復仇」の名のもとに焼き尽くされた。取っていた人質は処刑された。パルチザンに手を貸したと見なされた若い女性や少女たちが、敢えて公開の場でつるし首にされるなど、とりわけ人目を引くような、限度を超えた処刑方法も実施された。だが、報復行為が苛酷になればなるほど、当然ながら抵抗への決意もそれだけ強くなった。ソ連のパルチザン指導者は多くの場合、侵略者への憎悪をいっそうかき立てるため、ドイツ側の報復を招くことをあえて狙って、意図的挑発をおこなったりもした。まさに、慈悲の心とは無縁の「鋼の時代」が到来したのである。紛争の当事者たる独ソの両国家にとって、いまや個々人の生活などはなんの価値もなくなってしまった。特にドイツ人の目に、その個々人が"ユダヤ人"として映っている場合は、尚更である。(上p.425)
 ドイツ軍による「コミッサール指令」と「人間の盾」、ソ連による「焦土作戦」と「民兵大隊」。やれやれ、やはり悪魔に鏡を突きつけねばなりませんね。
by sabasaba13 | 2017-05-07 07:21 | | Comments(0)

『戦争は女の顔をしていない』

 『戦争は女の顔をしていない』(スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ 岩波現代文庫)読了。
 前回の書評で紹介したスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの主著です。裏表紙に記されていた紹介文を引用します。
 ソ連では第二次世界大戦で百万人をこえる女性が従軍し、看護婦や軍医としてのみならず武器を手にして戦った。しかし戦後は世間から白い目で見られ、みずからの戦争体験をひた隠しにしなければならなかった…。五百人以上の従軍女性から聞き取りをおこない戦争の真実を明らかにした、ノーベル文学賞作家の主著。
 愛する人びとと故郷を守るための女性たちの奮闘、しかし白眼視される口惜しさ、ドイツ軍の残虐な行為、ユダヤ人への差別と虐殺、過酷な戦場の中でも人間らしく振る舞おうとする崇高さ、女性の眼から見た戦争の諸実相が圧巻の思いとともに語られます。いや、贅言はやめましょう。ぜひ彼女たちの言葉に耳を傾けてください。
マリヤ・セミョーノヴナ・カリベルダ 上級軍曹(通信係)
 1943年の6月、クールスクの激戦で、私たちは連隊の旗を授けられました。私たちの第65軍125通信連隊は八割が女性だった。想像できるように話してあげたいわ…。分かってもらえるように…。私たちの心の中で何が起きたのか、あの頃の私たちのような人たちはもう二度と出てこないわ、決して。あれほど純真で、一生懸命な人たちは。あれほど深く信じ込んでいる人たちは。連隊長が連隊の旗を受け取って、「連隊、旗に跪いて敬礼!」と号令をかけたとき、私たちは幸福だった。信頼されたということで。私たちはこれで他の連隊、歩兵連隊とか戦車連隊と対等の一人前の連隊になったんだわ。突っ立って、泣いていた。みな涙を浮かべていた。信じられないかもしれないけれど、私はこの感動で全身が緊張したあまりに、栄養失調や神経の使い過ぎからなった鳥目が直ってしまったの。すごいでしょ? 翌日には健康になっていた。それほど心からの感動だった…。(p.78)

アリヴィナ・アレクサンドロヴナ・ガンチムロワ 上級軍曹(斥候)
 そして有名なスターリンの命令227号があったんです。「一歩もひいてはならない!」 後退したら銃殺だ! その場で銃殺。でなければ軍事法廷か特設の懲罰大隊に入れられる。そこに入れられた人は死刑囚と呼ばれていた。包囲から脱出した者や捕虜で脱走したものは選別収容所行き。私たちの後は阻止分遣隊で退路が断たれていたんです。味方が味方を撃ち殺す… (p.85)

アンナ・ヨーシフォヴナ パルチザン
 でも…そう言われたの。町はドイツ軍に占領されたって。あたしは自分がユダヤ人だということを知ったの。戦前はみな一緒に仲良く住んでいたのよ。ロシア人もタタール人もドイツ人もユダヤ人も、みな同じに。そうなのよ、あなた。(p.101)

 町中に貼り紙があった。「ユダヤ人には次のことを禁ずる-歩道を歩くこと、美容院へ行くこと。店で何かを買うこと、笑うこと、泣くこと」 そうなんですよ、あなた。(p.101)

ワレンチーナ・パープロヴナ・チュダーエワ 軍曹(高射砲指揮官)
 男たちは戦争に勝ち、英雄になり、理想の花婿になった。でも女たちに向けられる眼は全く違っていた。私たちの勝利は取り上げられてしまったの。〈普通の女性の幸せ〉とかいうものにこっそりすり替えられてしまった。男たちは勝利を分かち合ってくれなかった。悔しかった。理解できなかった。(p.182~3)

 みんなが好いてくれた。先生方も学生たちも。なぜって、私の中にみんなを好きになりたいって気持ちが、喜びがたまっていたからね。生きているってそういうことだと思ったんだよ、戦争のあとはそれ以外ないと思ってた。神様が人間を作ったのは人間が銃を撃つためじゃない、愛するためよ。どう思う? (p.185)

 思い出すのは恐ろしいことだけど、思い出さないってことほど恐ろしいことはないからね。(p.187)

第5257野戦病院メンバーの女性たち
 その時も思いました、生き物の見ている前で何という恐ろしいことをしたんだろう、馬は全て見ていたのよ… (p.206)

 私の病室には負傷者が二人いた。ドイツ兵と味方のやけどした戦車兵が。そばに行って、「気分はどうですか?」と訊くと、「俺はいいが、こいつはだめだ」と戦車兵が答えます。「でも、ファシストよ」「いや、自分は大丈夫だ。こいつを…」
 あの人たちは敵同士じゃないんです。ただ怪我をした二人の人が横たわっていただけ。二人の間には何か人間的なものが芽生えていきました。こういうことがたちまち起きるのを何度も眼にしました。(p.207)

オリガ・ヤーコヴレヴナ・オメリチェンコ 歩兵中隊(衛生指導員)
 戦争で人間は心が老いていきます。(p.222)

 道はただ一つ。人間を愛すること。愛をもって理解しようとすること。(p.224)

タマーラ・ルキヤーノヴナ・トロプ 二等兵(土木工事担当)
 私にとって橋は戦略上の施設ではなく、生き物のようでした-私は泣いていました…移動のときに破壊された橋を何百と見ました。大きいのも小さいのも、戦争では橋が真っ先に壊されます。がれきの山となっているところを通り過ぎるとき、いつも思ったのです。これをまた新たに建造するのにどれだけの年月がかかるだろう、と。戦争は人が持っている時間を潰してしまいます、貴重な時間を。(p.267)

 あの人たちが信じたのはスターリンでもレーニンでもなく、共産主義という思想です。人間の顔をした社会主義、と後によばれるようになった、そういう思想を。すべてのものにとっての幸せを。一人一人の幸せを。夢見る人だ、理想主義者だ、と言うならそのとおり、でも目が見えていなかった、なんて決してそんなんじゃありません。賛成できません、どんなことがあったって。戦争の半ばになってわが国にも素晴らしい戦車や飛行機、性能のいい兵器がでてきました。でも、信じるという力を持っていなかったら、強力で規律があって全ヨーロッパを征服してしまったヒットラー軍のような恐ろしい敵を私たちは決して打ち負かすことができなかったでしょう。その背骨をへし折ってやることは。私たちの最大の武器は「信じていた」ということです。恐怖にかられてやったわけじゃありません。(p.267~8)

アナスタシア・イワーノヴナ・メドヴェドゥキナ 二等兵(機関銃射手)
 一つだけ分かっているのは、戦争で人間はものすごく怖いものに、理解できないものになるってこと。それをどうやって理解するっていうの? (p.311)

オリガ・ニキーチチュナ・ザベーリナ 軍医(外科)
 戦争の映画を見ても嘘だし、本を読んでも本当のことじゃない。違う…違うものになってしまう。自分で話し始めても、やはり、事実ほど恐ろしくないし、あれほど美しくない。戦時中どんなに美しい朝があったかご存知? 戦闘が始まる前…これが見納めかもしれないと思った朝。大地がそれは美しいの、空気も…太陽も… (p.312~3)

リュボーフィ・エドゥアルドヴナ・クレソワ 地下活動家
 ゲットーでは私たちは鉄条網に囲まれた中に住んでた…あれは火曜日だったことまで憶えています。それが火曜日だということがなぜか気にとまった…何月だったか何日だったかも憶えていませんが…でも火曜日だった…たまたま窓に近づくと…私たちがいた建物の向かいのベンチで、少年と少女がキスをしているんです。私は胸をつかれる思いでした。ユダヤ人を対象にした焼き討ち(ポグロム)や銃殺のまっただなかで。この二人はキスをしあっている…胸がいっぱいになりました。この平和な光景に。
 通りの向こう、短い道でしたがその端に、ドイツのパトロールが姿を現しました。奴らもこっちに気づきました、とてもめざといんです。何がなんだか分かる間もありませんでした…もちろん、一瞬のことでしたから…悲鳴、轟音、銃声…私は何も考えられませんでした…何も…最初の感覚は恐怖です。私が見たのはただ少年と少女が一瞬立ち上ったとたんに倒れたこと。倒れるのも一緒でした。
 それから…一日たち、二日たって…三日が過ぎました…私の中で一つの考えがぐるぐる回っていました。理解したかったんです。家の中でじゃなくて、外でキスをしていた。どうして? そういうふうに死にたかったということ…もちろん…どうせゲットーで死ぬんだから、ゲットーでの死ではなく、自分たちらしく死にたかったんでしょう。もちろん、恋です。他ならぬ恋。ほかに何があります? 恋しかありません。
 ほんとうに美しかった。でも現実はね…現実はすさまじいものだった…いま思うんです。あの子たちは戦っていた…美しく死にたかったんです。あれは、あの子たちが選んだこと。まちがいありません。(p.313~4)

ヴェーラ・ヴラジーミロヴナ・シェワルディシェワ 上級中尉(外科医)
 毎日見ていたけれど…受け入れることができなかった…若くて、ハンサムな男が死んでいく…せめてキスしてあげたい、医者として何もできないのなら、せめて女性としてなにかを。にっこりするとか。なでてあげるとか、手を握ってあげるとか…
 戦後何年もして、ある男の人に「あなたの若々しい微笑みを憶えていますよ」と告白されたことがあります。私にとってその人は何人もいる負傷者の一人にすぎず、憶えてもいませんでした。でも、その人は私の笑顔が彼を再び生きる気にさせたと言いました。あの世から引き戻したのだ、と。女の笑顔が… (p.346~7)

 もし戦争で恋に落ちなかったら、私は生き延びられなかったでしょう。恋の気持ちが救ってくれていました、私を救ってくれたのは恋です… (p.347)

ワレンチーナ・ミハイロヴナ・イリケーヴィチ パルチザン(連絡係)
 奴らは銃を発射し、しかも楽しんでいた…最後に乳飲み子の男の子が残って、ファシストは「空中に放りあげろ、そしたらしとめてやるから」と身ぶりでうながした。女の人は赤ちゃんを自分の手で地面に投げつけて殺した…自分の子供を…ファシストが撃ち殺す前に。その人は生きていたくないと言いました。そんなことがあったあと、この世で生きていることなんかできない、あの世でしか…生きていたくない…
 私は殺したくなかった。誰かを殺すために生まれて来たのではありません。私は先生になりたかったんです。村が焼かれるのを見たことがあります。叫ぶこともできなかった。大声で泣くことも。私たちは任務に出て、その村にさしかかった。じっと息を殺して手を血が出るほど、肉がちぎれるほどきつくかんでいるしかできなかった。今でもその傷が残っています。人々が泣き叫ぶ声、牛、鶏、何もかもが人間の言葉を叫んでいるように聞こえました。生きとし生けるものがみな、焼かれながら、泣き叫んでいる…
 これは私が話しているんじゃありません。私の悲しみが語っているんです。(p.380~1)

アグラーヤ・ボリーソヴナ・ネスチェルク 軍曹(通信係)
 ドイツの家でははやはり弾丸で打ち砕かれたコーヒーセットを見たことがあります。花が植わっている鉢とか、クッションとか…乳母車とか…でもやはり奴らが私たちにやったのと同じことはできませんでした。私たちが苦しんだように、奴らを苦しませることは。
 奴らの憎しみがどうして生まれたのか、理解に苦しみました? 私たちが憎むのは分かるけど、奴らはなぜ? (p.451)

タマーラ・ステパノヴナ・ウムニャギナ 赤軍伍長(衛生指導員)
 戦場に行ったことのない人にこんなこと分かるかね? どうやって話したらいいのか、どんな言葉を使って? どんな顔をして? 言ってご覧よ、どんな顔してこういうことを思い出しゃいいのか? 話せる人もいるけど、私はできないよ…泣けてきちゃうよ。でもこれは残るようにしなけりゃいけないよ、いけない。伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。(p.480)

 だって、人間の命って、天の恵みなんだよ。偉大な恵みさ。人間がどうにかできるようなものじゃないんだから… (p.480~1)

 戦争中どんなことに憧れていたか分かるかい? あたしたち、夢見ていた、「戦争が終わるまで生き延びられたら、戦争のあとの人々はどんなに幸せな人たちだろう! どんなにすばらしい生活が始まるんだろう。こんなにつらい思いをした人たちはお互いをいたわりある。それはもう違う人になるんだね」ってね。そのことを疑わなかった。これっぽちも。
 ところが、どうよ…え? またまた、殺し合っている。一番理解できないことよ…いったいこれはどういうことなんだろう? え? 私たちってのは… (p.481)
 中でも、もっとも心に残った、おそらく生きている限り私の心に刻まれたエピソードと言葉を二つ紹介します。
 まずはナターリヤ・イワノーヴナ・セルゲーエワ二等兵(衛生係)の言葉です。厳寒の中、涙が凍りついたドイツ軍の少年兵士が、彼女が押すパンの入った手押し車を見つめています。いくら憎んでもあきたらないドイツ兵、しかし彼女はパンを半分に割って彼にあげます。
 私は嬉しかった… 憎むことができないということが嬉しかった。自分でも驚いたわ… (p.129)
 あまりに苛酷で辛い体験に口ごもる女性たちに対して、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチは…
 私は、そういう人たちに頼む、話してください…黙っていてはだめ。悪魔には鏡を突きつけてやらなければ。「姿が見えなければ、痕跡は残らない」なんて悪魔に思わせないために。その人たちを説得する…先に進んでいくために、自分自身も説得しなければならない。(p372)
 "悪魔に鏡を突きつける"、この言葉は絶対に忘れません。
by sabasaba13 | 2017-05-06 06:29 | | Comments(0)

『チェルノブイリの祈り』

 『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(スベトラーナ・アレクシェービッチ 岩波現代文庫)読了。
 最近、彼女の本を立て続けに読んでいます。まずは本書から、彼女の略歴を紹介しましょう。
スベトラーナ・アレクシェービッチ 1948年ウクライナ生まれ。国立ベラルーシ大学卒業後、ジャーナリストの道を歩む。民の視点に立って、戦争の英雄神話をうちこわし、国家の圧迫に抗い続けながら執筆活動を続ける2015年ノーベル文学賞受賞。
 福島の原発事故を、まるでなかったかの如く振舞う安倍伍長率いる自民党、官僚、財界、メディアを見るにつけどす黒い憂慮を憶えます。挙句の果てに、福島の方々に「自己責任」と暴言を吐く大臣も現われ責任を取らない始末です。暴言を重ねてやっと解任されましたが。
 福島の方々は、いまどういう思いなのか。そしてそれに先立つ事故に見舞われたチェルノブイリの方々は、いまどうしているのか。あらためて知りたいと思っていた矢先に出会った本です。本書は、普通の人々が黙してきたことを、被災地での丹念な取材で聞き取ったドキュメントです。
 「あとがき」で、訳者の松本妙子がアレクシェービッチの発言を紹介されているので、引用します。彼女の立ち位置がよくわかります。
 わたしはチェルノブイリの本を書かずにはいられませんでした。ベラルーシはほかの世界の中に浮かぶチェルノブイリの孤島です。チェルノブイリは第三次世界大戦なのです。しかし、わたしたちはそれが始まったことに気づきさえしませんでした。この戦争がどう展開し、人間や人間の本質になにが起き、国家が人間に対していかに恥知らずな振る舞いをするか、こんなことを知ったのはわたしたちが最初なのです。国家というものは自分の問題や政府を守ることだけに専念し、人間は歴史のなかに消えていくのです。革命や第二次世界大戦の中に一人ひとりの人間が消えてしまったように。だからこそ、個々の人間の記憶を残すことがたいせつなのです。(p.302~3)
 "国家の恥知らずな振る舞いを歴史の中に消さないよう、個々の人間の記憶を残す" 彼女の仕事の真髄はこれに尽きるでしょう。例えば…
セルゲイ・ワシーリエビッチ・ソボリョフ
 国は詐欺師ですよ、この人たちをみすててしまった。(p.146)

ゾーヤ・ダニーロブナ・ブルーク
 私はすぐにはわからなかった。何年かたってわかったんです。犯罪や、陰謀に手をかしていたのは私たち全員なのだということが。(沈黙) (p.189)

 人間は、私が思っていた以上に悪者だったんです。(p.189)

 ひとりひとりが自分を正当化し、なにかしらいいわけを思いつく。私も経験しました。そもそも、私はわかったんです。実生活のなかで、恐ろしいことは静かにさりげなく起きるということが。(p.190)

ビクトル・ラトゥン
 わが国の政治家は命の価値を考える頭がないが、国民もそうなんです。(p.214)

ワシーリイ・ボリソビッチ・ネステレンコ
 私は人文学者ではない。物理学者です。ですから事実をお話ししたい。事実のみです。チェルノブイリの責任はいつか必ず問われることになるでしょう。1937年〔スターリンによる大粛清〕の責任が問われたように、そういう時代がきますよ。五〇年たっていようが、連中が年老いていようが、死んでいようが、彼らは犯罪者なんです! (沈黙) 事実の残さなくてはならない。事実が必要になるのです。(p.237)

ナターリヤ・アルセーニエブナ・ロスロワ
 でも、これもやはり一種の無知なんです。自分の身に危険を感じないということは。私たちはいつも〈われわれ〉といい〈私〉とはいわなかった。〈われわれはソビエト的ヒロイズムを示そう〉、〈われわれはソビエト人の性格を示そう〉。全世界に! でも、これは〈私〉よ! 〈私〉は死にたくない。〈私〉はこわい。チェルノブイリのあと、私たちは〈私〉を語ることを学びはじめたのです、自然に。(p.253)
 事故を隠蔽し被災者に救いの手を差し出そうとしない恥知らずな政府、その政府を支持する人びと、あるいは事故について知ろうとしない/考えようとしない人びと。それらに対して血を吐くような言葉を紡ぐ一人の人間。そう、まったく他人事ではありません。そしてこうした声は、聞く耳がなければ虚ろに宙に消えてしまいます。せめてその耳になろうと思います。チェルノブイリの方の声を、福島の方の声を聞こうとする耳に。

 追記。いまだノーベル文学賞を受賞していない(私にはどうでもよいことですが)村上春樹氏が、2009年2月にエルサレム賞を受賞した時のスピーチも彼女の発言に共振しています。
 もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。(中略)

 さて、このメタファーはいったい何を意味するか? ある場合には単純明快です。爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひとつの意味です。
 しかしそれだけではありません。そこにはより深い意味もあります。こう考えてみて下さい。我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは「システム」と呼ばれています。そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率よく、そしてシステマティックに。
 壁といっしょになって卵を割ろうとする卵も増えているのが気がかりです。やれやれ。
by sabasaba13 | 2017-05-03 07:14 | | Comments(0)

『高木仁三郎セレクション』

 政府は、福島原発事故による避難地域の指定をせっせと解除しています。事故原因の究明も進まず、その収束の見通しもつかず、放射性廃棄物の対策もたてられず、放射能はだだ漏れし、原発事故避難者に対するいじめが蔓延し、被害者への補償が打ち切られるといった暗澹たる状況が続いているのに。ハロルド・ピンター氏が言ったように、『何も起こりはしなかった』ことにしたいのでしょう。政治家・官僚は権力を保持するために、自らの生命に関わる真実についてさえ無知である状態に大衆をとどめようと、さらに言葉を操ることによって、事実や真実を覆い隠す。こうした凄惨な事故を引き起こした方々、東京電力、自民党、関係省庁の官僚、原発利権にたかってきた学者やメディアは万死に値するはずです、死刑制度には反対ですが。しかしまともに責任を取ろうとせず、あろうことか再稼働と原発輸出に血道をあげている始末。そして無関心が夜の闇のように、私たちを包み込んで眠らせようとしています。

 こういう状況であるからこそ、原子力発電に反対し、市民の側に立った発言と行動を続けた科学者・故高木仁三郎氏の謦咳に接したいと考え、『高木仁三郎セレクション』(佐高信・中里英章編 岩波現代文庫)を読みました。裏表紙の紹介文を転記します。
 生涯をかけて原発問題に取り組み、最期は原子力時代の末期症状による大事故の危険と、放射性廃棄物がたれ流しになっていく恐れを危惧しつつ2000年にガンで逝去した市民科学者・高木仁三郎。3・11を経てその生き方と思想と業績にますます注目が集まっている。厖大な著作のなかから若い人に読み継がれてほしい二十二篇を精選した文庫オリジナル編集版。
 静謐にして論理的な叙述、エコロジーという観点からの根本的な批判、そして市井の人びとが安心して暮らせるために科学者はどうあるべきかを常に考える姿勢。今なお、多くのことを教示してくれます。いくつかを引用します。
 今度の連続講座をやって、改めて20世紀というのは、つくづく戦争の時代だったなと思うのです。第一次、第二次世界大戦があって、その戦争によって科学技術が発達した。そして、そのカッコ付きの平和利用というか、商業利用、民事利用によって戦後世界は発展してきたのだけれども、それが、いまドサッと問題を出してきた。
 原子力はもちろんそうだし、環境ホルモンもそうだし、ダイオキシンなんかは典型的です。アルミニウムも、いま議論があるところですが、少なくとも危険因子として、やめたほうがいいという話になっています。軽くて固いといったことで、アルミニウムとその合金が使われだすのは、圧倒的に第二次世界大戦の戦闘機その他軍需からなのです。その他の化学物質も、第一次、第二次世界大戦の、戦争のためのいろいろな需要です。その技術の基本原理は殺りく・破壊と競争です。非常に効率よく人を殺せたり、大量に破壊できたり、攻撃に強かったり、攻撃しやすかったりという、強さとか速さとかが、技術の価値の基準になっていた。軍事技術ですから、もちろん安全は二の次だし、あとのゴミをどうしようなんていうことは考えてもみなかった。基本的に刹那主義です。しかも、人間を個としてではなく、マスとして対象としているから、個人に対しては抑圧的・反人権的になる。(p.35~7)

 その背景には、一度決めた計画の非は認めたがらないという官僚機構の問題や、すでに多くの投資をし多くの技術者を抱えている原子力産業の慣性や結んでしまっている商契約による拘束というようなことが絡んでいよう。(p.121~2)

 しかし、これは実験のやりようがないんですね。原子力発電の事故の実験なんてできないわけですから。われわれの常識からいって、普通の実験科学者-私は実験科学者ですが-実験科学者の常識からいうと、実験というのはせめてデータを数十例とりたいですね。たとえば、こういう条件だったら放射能はアウト、完全に漏れちゃった、こういう条件だったら漏れなかった、そういうのをそれぞれ何点もとってみて、こういう条件だったらこの装置はうまく動くという条件を決めて、この装置を使う。こういうふうにしたい。ところが一回漏れたら大災害ですからね。だからそんな実験はできない。
 …ですから、いままでの実証科学という概念が崩れてしまう。完全に。(p.236~8)

 しかし、科学者が科学者たりうるのは、本来社会がその時代時代で科学という営みに託した期待に応えようとする努力によってであろう。高度に制度化された研究システムの下ではみえにくくなっているが、社会と科学者の間には本来このような暗黙の契約関係が成り立っているとみるべきだ。としたら、科学者たちは、まず、市民の不安を共有するところから始めるべきだ。(p.261)

 核エネルギーは、したがって、どんなに平和的にみえる民生利用の場面においても、常に、大量殺りく技術としての牙をむき出しにする可能性を秘めており、この技術の利用は常に緊張のもとに置かれざるをえない。そのため、その利用の推進は、中央集権的な管理体制のもとで、厳重に情報や施設への市民の接近を制限しながら行われることになる。
 かくして、一見非政治的にみえる核エネルギーの推進も、強大な政治権力を背景にしてのみ可能となるという意味において、市民生活に対して政治的支配力をもってしまうのである。そして、むしろその支配力が政治権力にとって魅力となっているとさえ思われる。日本も含めて原子力を推進するほとんどの国々において、実際には核エネルギーがその国の一次エネルギー生産のうちに占める比率は10パーセント以下であるにもかかわらず、このエネルギーの開発に、予算・人材など最大限の精力を傾注し、また、民主主義の原則を否定するような情報の非公開性に各国政府がかくも鈍感でいられるのも、右に述べたこのエネルギーの支配力の魅力の故ではないだろうか。(p.331~2)

 核テクノロジーと人間社会との間に存在する上述のような本質的な非和解性は、さまざまな困難となって現れるが、そのしわ寄せは必ず、もっとも底辺的なあるいは辺境的な人々や社会に押しつけられてくる。これが、核の生み出す差別である。(p.357)
 権力や利潤のためではなく、市民の安心のために貢献する科学技術の必要性。市民と不安を共有し、市民とともに働くという科学者の責務。生涯をかけて、それらを追い求めたその志の高さには感銘を受けます。原子力産業で権益を手にしている方々の燃料となる無関心、無力感、知的・倫理的怠惰を払拭して、彼の跡を継ぐような市民科学者と共に歩んでいきたいと思います。

 追記。最後の解説で、編者の佐高信氏がこう書いておられます。
 高木の一生は、まさに国から民間にパブリックを取り戻す闘いに終始した。
それを恐れたから、国策として原発を推進する有象無象が高木を脅かしたのである。『週刊現代』の2011年5月21日号で、パートナーの高木久仁子がこう言っている。
「嫌がらせはいろいろありました。注文してもいない品物が自宅に届けられたりするのはしょっちゅう。散歩途中に車に轢かれそうになったことも一度や二度ではありません。自宅の前には不審な人物がいつも張り付いていて、講演に出掛けると、一緒に電車に乗ってくる。いちいち驚いていられないほどです。こちらは常に緊張していたけれど、彼は淡々としていましたね」 (p.373)
 嘔吐を催すぐらい卑劣な連中とシステムですね。ここまでして守らなければならないというところに、原子力発電のいかがわしがよくあらわれています。それにしても、反原発運動にさまざまな妨害・いじめ・嫌がらせを行なっている"有象無象"の正体および実名をぜひ知りたいところです。ま、だいたい想像はつきますが。

 追記その二。毎日新聞(17.3.13)によると、東京都内で11日にあった東日本大震災の政府主催の追悼式で安倍晋三伍長が「原発事故」の文言を式辞で使わなかったそうです。福島県の内堀雅雄知事は13日の定例記者会見で、「県民感覚として違和感を覚える。原発事故、原子力災害という重い言葉、大事な言葉は欠かすことができない」と批判したそうな。やっぱりね、何も起こりはしなかった、か。
by sabasaba13 | 2017-03-14 06:34 | | Comments(0)

『タコ社会の中から』

 昨日、アメリカはサイバー攻撃や原発攻撃などで日本を壊滅させるオプションを持っていると書きました。どこかでそれに関する随筆を読んだことがあるなあと感じたのですが、思いだしました。『タコ社会の中から 英語で考え、日本語で考える』(晶文社)所収の「赤(と白と青?)の脅威」という随筆で、筆者はC・ダグラス・ラミス氏でした。
 世界中の国々のなかでいちばん、日本の国境を侵犯したり、日本人に戦争をしかけたりしそうな国はどこだろう? 答はあきらかだ。それはソ連ではなく、アメリカである。
 こんなことをいうのはタブーになっているけれども、第2次大戦後の歴史をみればそれは歴然としている。冷戦が始まって以来、アメリカもソ連も、相手の勢力圏にある国を直接侵略するようなマネはしていない。第3次大戦の引金となるのを恐れるからだ。中立国にも戦争をしかけていない。アメリカとソ連が当事国として関係している戦争や軍事行為はどれも、自分の勢力圏内の、すでに自分の支配下にある国で、その支配力が脅かされたときに始まっている。
 こうして朝鮮戦争はアメリカの勢力圏内の韓国でおき、インドシナ戦争はアメリカの勢力圏内の南ベトナムでおきた。他方、ソ連が軍事力を行使したのは、同盟国であるチェコスロバキアやアフガニスタンの侵略のときだけだ。超大国と結んだ「安全保障条約」は、その超大国が侵攻してくるのを防ぐ役にはたたないようだ。
 現在の国際的な権力構造からすると、日本を侵略しそうな唯一の国はアメリカである。といっても、侵略の可能性が大きいというのではなく、ソ連よりはまだ可能性があるというだけの話だが(もちろん第3次大戦が始まればソ連のミサイルが-アメリカの基地がここにあるから-日本に降りそそぐだろうが、第3次大戦は1時間ちょっとしか続くまい)。アメリカの侵略は、もちろん、(チェコや南ベトナムのときと同じパターンで)日本で政府の手におえないほどの反米運動がおきたときなどに、「正当な政府の要請により」行なわれる。そしてこれほど簡単なことがあるだろうか? 米軍と軍の装備はすでに日本国内に入っているわけだし、日本の自衛隊がそれに対して防御線をしいたり戦略を考えたなどという話は聞いたことがないのだから。(p.25~7)
 うわお。その通り。歴史をふりかえればたしかに一目瞭然、過去において他国に対して最も頻繁に戦争をしかけたり軍事行為を行なったりした国は、アメリカ合州国です。その理由は、ラミス氏が指摘している通り、当該国に対する支配力が脅かされた時ですね。これには当然、経済的な権益も含まれます。『政府はもう嘘をつけない』(堤未果 角川新書)によると、アメリカ合州国は、建国以来、235年中214年が戦争中だそうです。(p.170) アメリカは、戦争によって物事を解決する国なんだということを肝に銘じておいた方がよさそうです。そしてそのための準備にも余念がないということも。食事とゴルフを一緒にしてもらったとはしゃぎながら尻尾を振っている誰かさん、歴史を勉強してくださいね。
 という短いながらも鋭く本質を抉るエッセイが満載なのが本書です。日本語にして800字程度、おまけに英語バージョンも掲載されているという優れもの。シニカルに、ユーモラスに、真面目に、軽やかに、時には(特に権力に対して)怒気をはらみながら、ラミス氏の筆は縦横無尽に政治や社会や文化を活写します。なおこの「英語で考え、日本語で考える」シリーズは、他にも『最後のタヌキ』、『フクロウを待つ』、『ウォー・カムズ・ホーム』(いずれも晶文社)が刊行されていますが、すべてお薦めです。すべて絶版というのも悲しいのですが、古本屋のサイトで見つかると思います。
 なお拙ブログに『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』(平凡社ライブラリー)と『普通の国になりましょう』(大月書店)の書評も掲載してありますので、よろしければご笑覧ください。

ウィキペディアからラミス氏のプロフィールを引用します。
ダグラス・ラミス(Charles Douglas Lummis、1936年-)は、アメリカ合衆国の政治学者、評論家。専門は政治学。日本在住。サンフランシスコに生まれ、カリフォルニア大学バークレー校卒業。1960年に海兵隊員として沖縄県に駐留。1961年に除隊後、関西に住み、ベ平連の一員として日本での活動を始める。1980年津田塾大学教授。2000年退職。以後は沖縄に移り住み、非常勤講師を勤める傍ら、執筆や講演活動を行っている。日本人論批判で知られ、のち平和運動家、また文筆活動をする。
 映画『沖縄 うりずんの雨』にも出演されていましたね。なお知念ウシさんは、御夫人です。彼女が書いた『ウシがゆく』(沖縄タイムス社)も面白いですよ。

 タイトルの「タコ社会」ですが、これは中根千枝氏が日本社会を分析する際に提唱した「タテ社会」をひねったものです。タコ社会は階級社会であって、"分割して統治せよ (divide and rule)"という古くからの方針によって組織された社会です。底辺では、住民を別々のタテ組織に組みこむことによってヨコの関係-連帯-を阻んでいます。タコの足のように。上層部では、支配階級がヨコに連帯して社会を統治しています。タコの頭のように。(p.207~9) 私に言わせれば、連帯する1%と、分断される99%、ということですね。
 では、このタコ社会に抵抗するには、その外側に出るには、トンネルの壁に穴をあけるには、何をすればいいんでしょうか? ラミス氏は、こう答えておられます。
 方法は無数にある。逆コースについて勉強し、自然の野性を愛することをおぼえ、流行に目をくれず、自転車に乗り、ウィジェット(※役に立つ機能もなく芸術的価値もない小道具や装飾品のこと)を買うのをやめ、コンピューターを笑い、自分の主義に忠実であろうと決意し、民主主義のためにあらゆるところで(特に働いている人はそれぞれの職場で)闘い、先生が教えてくれなかったことを勉強し、外に出て日没をながめ、飼犬をはなしてやりなさい。すでにそういうことを実行している人は大勢いる。その人たちに加われば、あなたはタコ社会に負けないだろう。(p.209~11)
 なお留意すべきは、いまや全世界が「タコ社会」と化していることです。そしてタコの足どうしがいがみあっていれば、タコの頭は安泰です。中国や韓国や北朝鮮の人びとと罵り合っている場合じゃないと思うんだけどなあ。タコの頭を利するだけです。
by sabasaba13 | 2017-02-15 06:27 | | Comments(0)

『韓国現代史』

 関東大震災時の朝鮮人虐殺についてずっと追いかけていますが、ふと立ち止まると、朝鮮の歴史についてあまりに無知なことに気づき愕然としました。いかんいかん、すこし勉強しなければ。というわけで手に取ったのが『韓国現代史』(文京洙[ムンギョンス] 岩波新書984)です。

 日本による植民地支配からの解放(光復)、米ソによる南北分断と済州島4・3事件、李承晩による独裁、朝鮮戦争、学生と市民のデモで李承晩政権を倒すも(4・19革命)、朴正熙によるクーデターで軍事政権が成立。彼が射殺されて民主化(ソウルの春)への期待がふくらみますが、全斗煥による5・17クーデターが成功。民主化運動が沈黙を余儀なくされるなか、唯一この新軍部政権に抗議して立ち上がったのが光州の市民・学生ですが、アメリカの協力のもと全斗煥政権は武力でこの動きを鎮圧します(光州事件)。これに関して、文氏はこう述べられています。
 だが、光州事件は、この学生運動にとっても骨身にしみる体験であった。光州の悲劇は、体験者の口コミや運動歌謡「ニムの行進曲」などを通じて外部にも伝えられた。そうした体験談や目撃談を伝えきいて、「憤怒して涙を流し、社会の現実に無知であった自身を恥じ、また罪責感にさいなまれ、学生運動に参画していった者も数知れない」(真鍋祐子 『光州事件で読む現代韓国』)という。(p.156)
 そして1987年、民衆デモの巨大なうねりがこの新軍部政権を力でねじふせます(六月民主抗争)。全斗煥を退陣に追い込んだのですが、新憲法下での大統領選挙で民主化勢力は候補者を一本化できず(金大中・金泳三)、軍部の盧泰愚が当選します。しかし多数派を制した野党が国政調査権を発動、政財界の有力者を聴聞会に召喚し、新軍部政権期の不正や人権弾圧を次々と暴いたのです。これが盧泰愚政権の息の根を止め、三十年ぶりの文民政権・金泳三政権が誕生しました。その後、金大中政権を経て、韓国の宿痾とも言うべき地域主義と、保守勢力の打破を掲げて盧武鉉が大統領選に立候補します。ネティズン(インターネット+市民)と呼ばれる若い有権者の支持を得ますが、やがて日韓共催W杯の熱気によって、人びとの政治に対する関心が冷え切っていきます。ところが…
 (※2002年)11月、米軍事法廷の下したある無罪判決がネティズンたちを激怒させ、数万の市民の反米蝋燭デモが全国の主要都市で繰り返された。五カ月前に女子中学生二人が米軍装甲車によって轢死する事件があり、米軍は駐韓米軍地位協定(SOFA)を盾に加害米兵の引渡しを拒んで米軍軍事法廷に処分を委ねていたのである。W杯から蝋燭デモへと、ネティズンたちの気分は、もう一度政治へと傾き、投票日を間近にひかえて盧風(ノブン)が猛烈な勢いで再燃した。(p.204~5)
 こうして盧武鉉が大統領に当選。彼は、強い意志をもって韓国が犯してきた過ちの清算に乗り出し、民主主義を進化させていきます。2005年の光復節(クァンボクチョル)(8月15日)、この解放六十年の記念すべき式典で盧武鉉大統領は演説し、過去清算について次のように述べています。
 「国民に対する国家機関の不法行為によって国家の道徳性と信頼が大きく毀損されました。国家は自ら率先して真相を明らかにし、謝罪し、賠償や補償の責任を尽さなければならないでしょう。(中略)国家権力を乱用し、国民の人権と民主的基本秩序を侵害した犯罪に対しては、そしてこのために人権を侵害された人びとの賠償と補償については、民・刑事の時効の適用を排除したり、適切に調整したりする法律をつくらなければなりません」 (p.214~5)
 そして2004年の韓国国会は、過去清算に関する立法のラッシュとなりました。朝鮮戦争の民間人虐殺の被害者救済にかかわる法律、植民地期の強制連行などにかかわる特別法、さらになんと一世紀以上前の甲午農民戦争に関する特別立法、植民地期における親日反民族的行為を究明する特別法などが次々と制定されました。そしてこうした特別法を総括する母法として、植民地期から軍事政権期にいたるすべての事案に適用して真相究明や責任の追及、補償を効率的に実施できるような特別法(真実・和解のための過去事整理基本法)が成立します。(p.215~6) こうした動きに反発する野党勢力(ハンナラ党)も強かったのですが…
 ところが、2005年の3~4月におきた思わぬ事態が法案成立の追い風となった。島根県議会の「竹島の日」条例案の採択や、扶桑社の歴史教科書問題をめぐって対日批判の機運が盛り上がったのである。過去を忘れ去ろうとする日本人・日本社会のあり方がいわば「反面教師」となって、韓国人の過去に向き合おうとする意識があらためて喚起され、ハンナラ党もそういう機運におされて譲歩する以外になかった。(p.217)
 しかし反対勢力は、不正な選挙運動・側近の不正などを理由に、国会において大統領弾劾訴追案を可決させます。しかし世論はこの弾劾に激しく反発。
 こうして、弾劾反対の世論を主導したのは、国会に長年巣くいながら有権者不在の派閥争いや不正に明け暮れてきた政治家たちに対する、まったく未組織のネティズンたちの積もり積もった怒りであった。それは、インターネット時代における直接民主主義の新しい可能性を示したともいえる。(p.222)
 弾劾の当否を問うかたちとなった2004年の総選挙では、盧武鉉とウリ党を支持するネティズンたちが活発な活動を行ないました。インターネットによる情報発信、大規模なデモや集会、落選運動や選挙監視、さらにじかに候補を擁立するなどの運動を追い風にして、ウリ党は圧勝。これをもって事実上の大統領信任と見なされ、さらに憲法裁判所により大統領弾劾訴追が棄却されました。
 さらにこの総選挙ではドラスティックな国会の刷新が実現します。議員の63%が新人に入れ替わり、国会の八割が新人と二選の議員で占められました。87年の民主化以前からの国会議員は一人のみとなり、多選議員のボスが党運営を牛耳って党改革の足を引っ張るといった構造は大きく払拭されます。そして70~80年代に街頭で民主化運動をたたかった世代が大半を占める形となりました。

 そして今、韓国市民はまた立ち上がり、朴槿恵大統領を退陣へと追い込みました。

 著者の文京洙氏は、最後にこう述べられています。
 市民社会が幼弱だった70年代までの韓国では、反共と開発を掲げた「強い国家」のもとで学生や市民による自発的な協働は、いともたやすく捻じ曲げられたり捻じ伏せられたりしてきた。だが、70年代以降の民主化過程で韓国社会は実に豊かにこの下からの自発的な協働に発する組織や運動団体(アソシエーション)をはぐくんできた。それは、「強い国家」の時代から「強い市民社会」のそれへの転換であったと言い換えることもできる。韓国のサイバー空間が一方的な中傷や誹謗、差別表現や人身攻撃の場に堕することなく、市民参加や水平的な討議の手段となりえたのも、基本的にはインターネットの普及がそういう市民社会の成長の時代と軌をいつにしていたからであろう。
 市民社会の強さとは、互いに異なる立場や見解をもつ実に多様な集団や個人どうしの尽くされた討議や対話を前提としている。(p.229)
 韓国の現代史を理解するためのキーワードが、「強い市民社会」であると痛感しました。文氏の言を借りれば、"多様な考え方や主張が対等で開かれた討議や対話を通して問題解決に貢献しようとするときの場やルールをいかに確保するのか"ということです。(p.233) そして「強い市民社会」を闘いによって自らの力で勝ち取った韓国の市民、心の底から尊敬します。その不撓不屈の闘いを支えたものは何か。まずは、引用文の中にあるように、"憤怒""激怒""怒り"です。義憤と公憤。自国他国を問わず、国家権力による人権侵害や市民社会への攻撃に対して、きちっと怒ってきたこと。そして植民地期には日本によって、戦後は軍部政権によって、言語に絶するような人権侵害・虐殺・弾圧を受けてきたこと。国家権力に対する不信感・警戒感と、市民社会に対する不信感が、市民の心根にしっかりと根づいているのではないでしょうか。

 できればしたくはないのですが、わが日本と比較しましょう。米兵の犯罪に激怒した韓国市民、怒らない日本国民。パチンコを全廃させた韓国市民、カジノ法案を成立させてしまった日本国民。反民主的な大統領を何度もやめさせてきた韓国市民、「他の首相より良さそう」という理由で安倍伍長政権を六割が支持する日本国民。国家の犯した犯罪や過ちを究明し謝罪し補償しようとする韓国政府とそれを後押しする市民、それを隠蔽する日本政府とそれを支持する、あるいは無知・無関心な国民市民社会を守るために怒り闘ってきた韓国市民、市民社会を守ろうとしない日本国民。怒る韓国市民、怒らない日本国民。
 その絶望的な懸隔には目が眩みます。それにしてもなぜこのような状況になってしましったのか。歴史に学びましょう。『永続敗戦論』(太田出版)の中で、白井聡氏はこう述べられています。
 戦後のある時期までの台湾や韓国の政治体制の抑圧性は、言ってみれば、日本において「デモクラシーごっこ」が成り立つための条件であった。ここに浮かび上がるのは、敗戦による罰を二重三重に逃れてきた戦後日本の姿である。実行されなかった本土決戦、第一次世界大戦におけるドイツに対する戦後処理の失敗の反省の上に立った寛大な賠償、一部の軍部指導者に限られた戦争責任追及、比較的速やかな経済再建とそれに引き続いた驚異的な成長、かつての植民地諸国に暴力的政治体制の役回りを引き受けさせた上でのデモクラシー、沖縄の要塞化、そして「国体の護持」…。冷戦構造という最も大局的な構図に規定されることによって、これらすべての要素が、「日本は第二次世界大戦の敗戦国である」という単純な事実を覆い隠してきた。(p.42)

 付記。韓国の軍部政権を日本政府が支えてきたことも絶対に忘れないようにしましょう。例えば、1982年末に登場した中曽根政権は、韓米日の新次元での安保協力関係の構築に意欲を燃やし、40億ドルの借款供与によって全斗煥政権を支えました。(p.154)

 付記その二。朴槿恵大統領は、朴正熙の娘さんだったのですね。
by sabasaba13 | 2016-12-27 06:28 | | Comments(0)

『へいわって どんなこと?』

 「日・中・韓国 平和絵本」という絵本のシリーズをご存知ですか。迂闊にも私は初耳、某書ではじめて知り、その一冊『へいわって どんなこと?』(浜田桂子 童心社)を読んだ次第です。まず刊行の言葉を引用します。
 アジア・太平洋戦争の終結から65年が過ぎました。それでもなお、紛争の火種はいたるところにあり、それらは先の戦争が積み残した問題が原因となっているものも多くあります。
 一方、近隣の国同士の人びとの交流は様ざまな形で広がっており、互いに手をつなごうとする動きは確実に進んでいます。
 この"絵本シリーズ"を創るために続けられた日本、中国、韓国の絵本作家たちや出版社同士の交流は、6年を数えます。これは国の違いを超えた、相互理解と痛みの共有への努力の歴史です。そして三か国共同出版(それぞれの国で、それぞれの言語で、12冊の絵本を刊行しあう)という絵本史上初めての試みを成功させるための冒険の歴史でもあります。
 平和のために立ちあがった三か国12人の絵本作家たちの熱い思いは、強固な「友情と共感」、そして「希望への連帯」の結びつきを作りました。
 その意気やよし。嫌中・嫌韓本がうず高く本屋に積まれている今こそ、こうした共同作業が必要だと思います。そして魯迅ではありませんが、まず子どもたちを救うこと。日本人だって中国人だって韓国人だって、少々の違いはあるけれど、同じ人間であり、平和に暮したいと願っているのだということを知ってほしいと思います。人間を昆虫と同じように分類し、何千万という人間集団に「善」とか「悪」とかのレッテルが貼ってしまうような嘆かわしい精神的習慣から、せめて子どもたちは無縁でいてほしいものです。
 いろいろな人種・民族の子どもたちを彩り豊かに描いた絵も、戦争の醜さと愚劣さを描いた絵も、ともに子どもたちに訴える力をもっています。そして分かりやすく、真摯な気持ちのこもった詩が素晴らしいですね。
せんそうを しない。
ばくだんなんか おとさない。
いえや まちを はかいしない。
だって、だいすきな ひとに いつも そばにいてほしいから。
おなかが すいたら だれでも ごはんが たべられる。
ともだちと いっしょに べんきょうだって できる。
それから きっとね、へいわって こんなこと。
みんなの まえで だいすきな うたをうたえる。
いやなことは いやだって、ひとりでも いけんが いえる。
わるいことを してしまったときは ごめんなさいって あやまる。
どんな かみさまを しんじても かみさまを しんじなくても だれかに おこられたりしない。
おもいっきり あそべる。
あさまで ぐっすり ねむれる。
いのちは ひとりに ひとつ、たったひとつの おもたい いのち。
だから ぜったいに、ころしたら いけない。ころされたら いけない。
ぶきなんか いらない。
さあ、みんなで おまつりの じゅんびだよ。
たのしみに していた ひが やってきた。パレードの しゅっぱーつ!
へいわって ぼくが うまれて よかってって いうこと。
きみが うまれて よかったって いうこと。
そしてね、きみと ぼくは ともだちに なれるって いうこと。
 "いやなことは いやだって、ひとりでも いけんが いえる"など、単に戦争を否定するだけではなく、どういう状況になると戦争に一歩近づいてしまうのかを、子どもにも分かる言葉で伝えようとしているのが見事です。一人でも多くの子どもたちに、そして大人たちにも読んでほしい絵本です。

 安倍伍長、"わるいことを してしまったときは ごめんなさいって あやまる"のが大事なんですよ。
by sabasaba13 | 2016-06-26 08:43 | | Comments(0)

『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』 (その二)

 そしてもう一つ、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(前泊博盛 創元社)が教えてくれた衝撃的な事実を紹介します。それは…

 日本は法治国家ではない

 …という事実です。皮肉でもレトリックでもなく、ほんとうに日本は法治国家ではないのです。なにしろ米軍基地をめぐる最高裁での審理において、最高検察庁がアメリカの国務長官の指示通りの最終弁論を行ない、田中耕太郎最高裁長官は大法廷での評議の内容を細かく駐日アメリカ大使に報告したあげく、アメリカ国務省の考えた筋書きにそって判決を下したことが、アメリカ側の公文書によってあきらかになっているのです。(p.239)

 そう、砂川事件に関して、東京地裁の伊達秋雄裁判長が、在日米軍の違憲判決を出した、いわゆる「伊達判決」です(1959.3.30)。安保条約改定直前ということもあって、あわてふためいた日米両政府は協力して事を進め、跳躍上告の結果、なんとわずか九ヵ月弱のスピード審理で、在日米軍は違憲ではないという最高裁判決が出されます(1959.12.16)。さらに問題なのはその判決の内容です。以下、長文ですが引用します。筆者の言にあるように、これは戦後史最大の事件かもしれません。
 しかしこの判決のもつ最大の意味は、判決要旨六の内容です。「安保条約のごとき、主権国としてのわが国の存立の基盤に重大な関係をもつ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否かの法的判断は、(略)裁判所の司法審査権の範囲外にある」
 これこそ「戦後日本」という国家の中枢をなす条文です。それはなぜか。この判決文は「安保条約のような高度な政治性をもつ事案については憲法判断をしない」とのべています。ところが判決要旨一と七でもとくに言及されている「憲法第98条第2項」(「日本国が締結した条約および確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」)の一般的解釈では、「条約は憲法以外の国内法に優先する」となっています。ですからこの最高裁判決と、憲法第98条第2項の一般的解釈を重ねあわせると、…安保を中心としたアメリカとの条約群が日本の法体系よりも上位にあるという戦後日本の大原則が確定するのです。
 …この…ロジックもまた、アメリカ国務省が「長年の研究」にもとづいて考案したものだった可能性が非常に高いと思います。…
 砂川判決のもつ最大のポイントは、この判決によって、GHQ=アメリカ(上位)>日本政府(下位)という、占領期に生まれ、その後もおそらくウラ側で温存されていた権力構造が、安保を中心としたアメリカとの条約群>日本政府(下位)という形で法的に確定してしまったことにあります。…
 さらにもうひとつ、大問題があります。こうしたウラ側の権力構造が法的根拠を得た結果、今度はアメリカだけでなく、アメリカの意向をバックにした日本の官僚たちまでもが、日本の国内法を超越した存在になってしまったということです。
 注目していただきたいのは、「憲法判断ができない」と最高裁が決めたのが、「安保条約」そのものではなく、「安保条約のごとき、高度の政治性を有するもの」というあいまいな定義になっているところです。ここにアメリカ自身ではなく、「アメリカの意向」を知る立場にある(=解釈する権限をもつ)と自称する日本の官僚たちの法的権限が生まれるのです。
 砂川裁判の判決を読めば、少なくとも「国家レベルの安全保障」に関しては、最高裁は憲法判断ができず、この分野に法的コントロールがおよばないことは、ほぼ確定しています。おそらく昨年(2012年)改正された「原子力基本法」に、こっそり「わが国の安全保障に資することを目的として」という言葉が入ったのもそのせいでしょう。これによって今後、原子力に関する国家側の行動はすべて法的コントロールの枠外へ移行する可能性があります。どんなにメチャクチャなことをやっても憲法判断ができず、罰することができないからです。
 すでにいまから35年前の1978年、周辺住民が原子炉の設置許可取り消しを求めて争った伊方原発訴訟の一審判決で柏木賢吉裁判長は、「原子炉の設置は国の高度の政策的判断と密接に関連することから、原子炉の設置許可は周辺住民との関係でも国の裁量行為に属する」とのべ、1992年の同訴訟の最高裁判決で小野幹雄裁判長は、「〔原発の安全性の審査は〕原子力工学はもとより、多方面にわたるきわめて高度な最新の科学的、専門技術的知見にもとづく総合的判断が必要とされる」から、「原子力委員会の科学的、専門技術的知見にもとづく意見を尊重して行なう内閣総理大臣の合理的判断にゆだねる」のが適当(相当)であるとのべていました。
 このロジックは、先に見た田中耕太郎長官の最高裁判決とまったく同じであることがわかります。三権分立の立場からアメリカや行政のまちがいに歯止めをかけようという姿勢はどこにもなく、アメリカや行政側の判断に対し、ただちに無条件でしたがっているだけです。田中耕太郎判決のロジックは「統治行為論」、柏木賢吉判決のロジックは「裁量行為論」と呼ばれますが、どちらも内容は同じです。こうしてアメリカが米軍基地問題に関してあみだした「日本の憲法を機能停止に追いこむための法的トリック」が、次は原子力の分野でも適用されるようになってしまった。その行きついた先が、現実に放射能汚染が進行し、多くの国民が被曝しつづけるなかでの原発再稼働という狂気の政策なのです。(p.253~7)

 「政府は憲法に違反する法律を制定することができる」
 これをやったら、もちろんどんな国だって亡ぶに決まっています。しかし日本の場合はすでに見たように、米軍基地問題をきっかけに憲法が機能停止に追いこまれ、「アメリカの意向」をバックにした行政官僚たちが平然と憲法違反をくり返すようになりました。すでにのべたとおり憲法とは、主権者である国民から政府への命令、官僚をしばる鎖。それがまったく機能しなくなってしまったのです。
「『法律が憲法に違反できる』というような法律は、いまはどんな独裁国家にも存在しない」と、早稲田大学法学部の水島朝穂教授は言います。
 しかし、現在の日本における法体系は、ナチスよりもひどい。法律どころか、「官僚が自分たちでつくった省令や行政指導」でさえ、憲法に違反できる状態になっているのです。(p.258)
 すこしでも関心があれば、1500円の身銭を切れば、克明にわかることなのに。日本人の思考停止と無知と無関心の深淵は計り難い…
by sabasaba13 | 2016-05-27 06:37 | | Comments(0)